魔法先生ネギま!(裏)   作:Ahiru

9 / 10
9時間目 影使い

 2026年 4月8日 19:30

 

「吸血鬼なんてホントに出るのかなー?」

 

「あんなのデマに決まってるです」

 

「だよねぇ」

 

 新学期の初日の夜。宮崎(みやざき)のどかはクラスメイト数名と共に帰途に着いていた。

 

「じゃあ先帰っててね、のどかー」

 

「はいー」

 

 のどかは彼女たちに別れを告げた。

 

 なんでも友人の1人──綾瀬(あやせ)夕映(ゆえ)が面白いジュースを取り揃えている自動販売機を寮の近くで発見したとのことで、今からみんなで買いに行くそうだ。しかし、のどかは先に自室に戻ることにした。先日購入したばかりのイギリスの児童文学書に早く目を通したかったのだ。

 

 それにしても、随分と帰りが遅くなってしまった。当初の予定では夕方くらいには解散かと踏んでいたのだが。

 

 まぁ、仕方がない。

 

 ファミレスではなぜか明日菜(あすな)の制服が急に破けるという珍事に見舞われ(静電気のせいで燃えただけだと本人は言い張っていた)、替えの制服の手配に時間を要した。その後、不思議な編入生に麻帆良(まほら)学園の魅力を堪能してもらうべく、やけに張り切った様子の木乃香(このか)とハルナによるヒミナのエスコートは日が落ちるまで続いた。

 

 ところで、先ほどの別れ際、明日菜がちらちらと心配そうにこちらを見ていたことが少し引っかかるのだが──

 

「あ……」

 

 いつの間にかのどかは桜通りに差しかかっていた。

 

 いつもの帰り道ではある。ただ、嫌なタイミングで件の噂話を思い出す。この場所では、血に(まみ)れた真っ黒な吸血鬼が出没し、生徒を襲うのだと。

 

 しかも、昨晩には地下に敷設されたガス管の爆発事故も起きたと聞いた。現場はもっと奥の方らしく、この位置から惨禍の跡を見ることはできない。もちろん吸血鬼の怪奇談とはまた別件だと理解はしているけれど、だからと言って不安が解消されるわけではない。

 

 時刻は19時をとっくに回っていた。

 

 本来、休日にはちょっとした観桜(かんおう)に興じる生徒もいるほど壮観な場所ではあるのだが、日没後の桜通りはどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。遠くの方では街灯が力なく明滅している。

 

「か、風強いですねー。……ちょっと急ごうかなー……」

 

 自らを奮い立たせるように呟き、のどかは街路を慎重に歩く。

 

 嫌な風が吹いた。ざわざわと桜の枝が揺れ、何者かに覗かれているような違和感を抱く。背後を振り返ってみても、もちろん誰もいない。

 

 安堵の息を吐こうとした時だった。

 

「ひっ……」

 

 正面に視線を戻すと、数メートル先の街灯の頂点になにやら黒い影が佇んでいた。黒檀(こくたん)みたいな色のとんがり帽子に襤褸(ぼろ)のような(ころも)。間違いない、噂の吸血鬼だ。

 

「27番、宮崎のどかか。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」

 

 吸血鬼がニヤリと笑い、のどかに襲いかかった。

 

「きゃあああああああっ!」

 

 のどかは悲鳴を上げた。

 

 そして、吸血鬼の牙がその柔肌に届くよりも早く少年が叫んだ。

 

 ◆

 

 2026年 4月8日 19:35

 

 明日菜は足を止めて振り返った。

 

「……本屋ちゃん、1人で大丈夫かな?」

 

 隣で木乃香が呑気に微笑んでいる。

 

「吸血鬼なんていない言うたん明日菜やろー?」

 

「そうなんだけど……」

 

 もちろん、明日菜は吸血鬼の存在なんて信じていない。

 

 でも、妙に胸騒ぎがする。今日の身体測定の際に知った吸血鬼の風聞、保健室でのネギの意味深長な態度──そして、昼間のヒミナの発言だ。

 

 冗談を口にするタイプには絶対に見えない。そんな子が吸血鬼は実在すると言った。

 

 鵜呑みにはしたくなかった。けれど、たぶんヒミナはネギと()()()()()の人間だ。魔法使いの存在を認知しているかのような口振りと、くしゃみと共に吐き出された謎の雷がその証左だ(実際にネギがよく似たようなやらかしをするし)。そのヒミナが吸血鬼について、さも当たり前のように言及した。だからこそ余計に不安を煽る。

 

 本当は詳しく問い質したかった。だが、木乃香たちがヒミナにべったりだったせいで追及の機会は訪れなかった。ファミレスではつい声に出してしまったけれど、もしヒミナの言葉が真実だとすれば、きっと人前で触れていい話題ではないはずだ。

 

 そうこうしている間に夜を迎えてしまった。

 

 悶々としている内に、制服を雷で焼かれた怒りなんてどこかに消えた。そう言えば、ネギと同じく不可思議な界隈に属していることに間違いはないと思うのだが、やっぱりヒミナも魔法使いなのだろうか。一般人の明日菜にとって、映画化もされたイギリスのローファンタジー小説の印象が強すぎるせいなのだろうけれど、着物姿の魔法使いなんてものは割烹着姿のおばちゃんがアフタヌーンティーを提供するカフェを営んでいるくらい違和感のある話で──

 

「……あれ? そういえばヒミナくんは?」

 

「ほんまや、どこ行ったんやろ。さっきまでおってんけどなー」

 

 いつの間にかヒミナが姿を消していた。周囲を見渡してみるが、どこにもいない。あの特徴的な足音も聞こえてこない。

 

 いよいよ嫌な予感がした。

 

「……」

 

 立ち止まった明日菜に気付かず、ハルナと夕映は先を進んでいる。

 

「やっぱ気になるから本屋ちゃん送ってくよ」

 

「あ、明日菜ー!」

 

 明日菜が桜通りに向かって駆け出すと、その後を木乃香が追った。

 

 ◆

 

 2026年 4月8日 19:35

 

 ヒミナは顔を上げた。

 

「……」

 

 手には買い物袋を下げている。今日、明日菜や木乃香たちと麻帆良学園都市を巡っている道中で購入したものだ。中にはちょっとした日用品や携帯食が入っていた。

 

「……同じ場所で連日とはな。熱心なだけか、蒙昧(もうまい)なのか」

 

 ここは中等部の学生寮の近くの公園だ。

 

 桜通りとは寮を挟んでちょうど反対側に位置する。ほどほどの敷地面積で、中央部の池の周辺には芝生広場があり、何本もの桜の木が植えられていた。寮生だけではなく、近隣の住民にとっても憩いの場として利用されている公園だった。今はちょうど人気(ひとけ)がない。寮の東側にはもっと大きな緑地や公園があるため、夜桜見物の人々はそちらに流れているのだろう。

 

 (おもむろ)にヒミナが振り返った。

 

「いい加減に姿を見せろ」

 

 ヒミナが告げると、黒い外套を纏った人物が桜の木の陰から現れた。

 

烏羽(からすば)色の着物に薄墨(うすずみ)色の髪──……あなたがヒミナさんですね?」

 

 黒尽(くろず)くめは2人いた。フードを深く被っているせいで容姿はわからない。その片割れが折り目正しく頭を下げた。声は女だった。

 

「まずは、そちらから接触してくださったことにお礼を申し上げます。声をかける時機を窺っていたのですが、ご学友と行動されているヒミナさんの前に我々が出ていくわけにもいかず、正直なところ手を(こまね)いていて──……しかし、なぜわざわざ?」

 

「今日の昼方(ひるつかた)から、私のことをずっと尾けていただろう」

 

「……」

 

「締まりのない敵意が垂れ流しだったぞ。学舎(がくしゃ)の中にいても感じたほどにな。……いよいよ(いと)わしく思えたから、人の気配がしない場所に移動しただけだ」

 

 ヒミナが瞳を細め、音もなく片手を持ち上げた。

 

 その小さな掌は対面する()の顔をしっかりと捉えている。ぱちん、と一筋の細い紫電が指の隙間を走った。女が体を強張(こわば)らせる。

 

「目的には興味がない。私に害心を抱いていることは理解した。衆目がなければ、私が超常を行使しても魔法使いの規範とやらに抵触することはない。つまり、この場所であればお前たちが私に杖を向けようとも委細構わずに返り討ちにすることができる──……と、言いたいのだがな。釘を刺されたばかりだ。(わずら)わしいが話を聞いてやる」

 

 息を吐き出すと、ヒミナが手を下ろした。

 

 声音も表情も相変わらずの透き通った無味であり、依然として感情は読めない。だが、どうやら今すぐに攻撃を加える意思はないようだ。暴力ではなく対話を選べというタカミチからの忠告を本人なりには意識しているらしい。

 

 2人いた闖入者(ちんにゅうしゃ)の片側──長身だった方が外套のフードを脱いだ。

 

「私は聖ウルスラ女子高等学校に所属する高音(たかね)・D・グッドマンと申します」

 

 長く伸びた金髪、凛々しい碧眼、頭の上に乗っかった十字架のシンボル入りの白い帽子。西洋人を想起させる見た目の少女だったが、その割には顔が小さくて丸い。恐らくは欧米と日本の血が混ざっているのだろう。

 

 高音は憤然とした様子で鼻息を荒げていた。

 

「そして──……ほら、あなたも」

 

 促され、高音の背後に隠れるようにして立っていた小柄な人物も顔を見せた。

 

 2つに結んだ栗色の髪と花びらのような髪飾りが特徴の少女だ。今にも泣き出しそうな顔でヒミナのことを見つめ──いや睨んでいる。眉根にちょっと力が入っていた。しかし気の弱い性分なのか、ヒミナと目が合った途端に(すが)るようにして両手で長箒を握り締めた。

 

「彼女は麻帆良学園女子中等部の佐倉(さくら)愛衣(めい)です」

 

 高音は仰々しい咳払いを挟むと、

 

「私たちは共に『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指しており、この麻帆良学園で修行を積みつつ、陰ながら魔法生徒として活動しています」

 

「そうか、よかったな」

 

異端審問院(いたんしんもんいん)の人間が、あまつさえ男性が女子中等部に編入されたことについて──腹蔵(ふくぞう)なくお話しすると一片も納得はできていないのですが、それは学園長がお決めになられたことです。私のような一介の魔法生徒が異を唱えるわけにはいきません」

 

「……私はもう院を抜けているのだが」

 

「たしかに思うところはあります。火急の事態でないにも関わらず、悪しき異端審問院を本当に招き入れる必要はあるのかと。私たちも修行の身ではありますが、有事には麻帆良の戦力の一端として巨悪に立ち向かうことのできる実力はあるという自負が──……いえ、戦場に立ったことのない若輩者が偉そうなことを吐くべきではないということは重々──」

 

「話を聞いてやるとは言ったがお前の独白に付き合うとは言っていないぞ」

 

 (しか)めっ面になったヒミナが話を遮ると、高音はびしりと指を差した。

 

「ですが、あなたが愛衣にしたことだけは許すわけにはいきません!」

 

「……誰だそれは」

 

「今さっき紹介したでしょう! この子です!」

 

 高音は栗色髪の少女を──愛衣を掌で示した。

 

「忘れたとは言わせません! あなたがこの子になにをしたか……!」

 

「忘れた」

 

「覚えてないんですか!」

 

 唐突に愛衣が叫んだ。ここにきて初めての発言だった。顔を真っ赤に染め、なぜか半泣きになっている。どうやらご立腹の様子だ。

 

遭逢(そうほう)したすべての人間の顔を覚えているわけがないだろう。何年前の話だ?」

 

「昨日の女子中等部の校舎前です!」

 

 ヒミナは首を傾げる。

 

「……煙草(えんそう)の男と逢った場所か」

 

「私もそこで、あなたとお話してるはずです」

 

「……赤毛の子供もいたな」

 

「私も! 私もその場所にいました!」

 

「……?」

 

「なんで私だけ思い出に残ってないんですか!」

 

 愛衣は箒を握る手に一層の力を込めると、もにょもにょと口を動かした。

 

「私、気絶しちゃって、目が覚めたらスカートも下着も履いてなくて……気を失っている間になにされたかも覚えてなくて……」

 

 まるで辞書の一番後ろにこっそり載っていそうな猥雑な単語を音読させられているかのように歯切れ悪く、愛衣は地面を見つめたまま声を詰まらせ、耳まで沸騰させて──そして意を決したかのように顔を上げた。

 

「わ、わたっ……私のぱんつを返してください!」

 

 ヒミナはきっかり3秒間だけ固まった。

 

「…………なんの話だ」

 

 怒り心頭に発したらしい高音が口を挟んだ。

 

「お黙りなさい! 用件はご理解いただけたでしょう!」

 

「微塵も理解できていない」

 

 愛衣は熱湯を頭から被ったかのように顔を真っ赤にしていた。

 

「あの後、私の服を回収するためにお姉さまが中等部の校舎まで足を運んでくれました。でも発見できたのはスカートだけで……。私のぱんつ、ヒミナさんが持ってるんですよね? お姉さまがそうに違いないって言ってました!」

 

「そうです! 高畑(たかはた)先生の証言から、愛衣の制服を脱がせたのはヒミナさんであるという裏は取れています! そして休校日である昨日、女子中等部の校舎にほとんど人の出入りはありませんでした! あなたが持ち去ったとしか考えられません! 女性の格好をしている理由は、無垢な獲物を油断させて近付くためですか? なんて(たち)の悪い! 愛衣のぱんつをいったいナニに使うおつもりですか!」

 

「逆に問うが、その女の下穿きがなにに使えると言うのだ」

 

「お下品な! 黙りなさい!」

 

「……理不尽が過ぎるぞ」

 

 ヒミナの声音は淡々としていたが、どこか呆れたニュアンスが含まれていた。

 

「審問院の性質上、知らぬ間に愚物(ぐぶつ)から怨恨を買うことが多い。院を抜けた後も()()から襲撃を受けることが間々あった。今回もその手の輩かと考えていたのだが──……烏滸(おこ)の沙汰だな。これほど付き合う価値が見出せない逆恨みは初めてだ」

 

 言って、ヒミナは(きびす)を返した。

 

 そのまま寮がある方角に歩を進める。足場が地面であるため、からころという特徴的な足音は文字通りに鳴りを潜めていた。

 

「まっ……待ちなさい! 話は終わっていません!」

 

 高音は慌てて呼び止めた。

 

「この際、ヒミナさんが女子中等部に編入したことに対してはとやかく言いません! ですが、愛衣を辱めたことだけは許すわけにはいかないのです! あなたの外道無道な行いについて、海よりも深く反省していただきます!」

 

「知るか。私には関係が──」

 

 ぴくりと、不意にヒミナが顔を上げた。

 

 虚空をじっと睨んでいる。それはまるで、なにもないはずの部屋の片隅をじっと見つめる飼い猫のような──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような、そんな仕草だった。

 

 ◆

 

 2026年 4月8日 19:35

 

 どうにも雲行きが怪しくなってきた。

 

 今日の昼、佐々木(ささき)まき()のお見舞いとして保健室に立ち寄った際、彼女の体から魔力の残渣(ざんさ)を感じたことがネギの頭にずっと引っかかっていた。なにかしらの魔法の干渉を受けたか、あるいは魔力を()びた何者かと接触したのか。

 

 では、その犯人は誰だ?

 

 ネギはヒミナの発言を思い出す。彼女は──いや彼はこう言っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 吸血鬼なんてとっくの昔に絶滅していると思っていた。少なくとも学校ではそう習った。だから当初は気にも止めていなかった。そんな根拠のない囈語(げいご)よりも、鉢合わせた着物姿の不審人物に殺されかけるという珍事の方がよっぽどインパクトがあったから。でもよくよく考えてみれば、たしかにヒミナは戯言(ざれごと)を吐くようなタイプではない。まさか吸血鬼が本当に実存しており、人知れず麻帆良に棲息しているとすれば──

 

 日が沈んでから、ネギは女子寮近くの桜通りにやってきた。

 

 気を失ったまき絵が発見され、ガス管の爆発事故があったとされる現場だ。念のため、今夜は一帯を巡回しておこうと思ったのだ。

 

 そして予感は的中した。

 

「待てーっ!」

 

 杖に跨り宙を駆け、ネギは叫んだ。

 

 薄闇に包まれた桜通りで、小さな黒い影がネギのクラスの生徒──宮崎のどかに襲いかかろうとしているところだった。

 

「ぼくの生徒になにするんですかーっ!」

 

 その影は黒檀(こくたん)のような色の襤褸(ぼろ)ととんがり帽子を纏っていた。まるで魔女みたいな格好だけれど、あれが吸血鬼なのだろうか? とても小さい。ネギと変わらない体格だ。

 

「〝魔法の射手・戒めの風矢(サギタ・マギカ・アエール・カプトューラエ)〟!」

 

 接近と同時にネギは掌から魔法を放った。

 

 風が束となり、複数の矢と化して敵に殺到する。殺傷効果はほぼなく、対象に絡まって行動を制限するための捕縛魔法だ。まずはのどかの安全を確保しようとネギは考えた(ちなみに肝心ののどかと言えば、小さな黒い吸血鬼に驚いたのか気絶してしまった)。

 

「またか」

 

 黒い影が忌々しそうに呟いた。小さなフラスコが放られる。

 

〝氷楯〟(レフレクシオー)

 

 風矢の射線を遮るように、氷の盾が出現した。

 

 ネギの〝魔法の射手(サギタ・マキカ)〟は氷塊に激突し、凄まじい音を立てて次々に弾かれてしまった。──これは魔法だ。非常に弱々しい力だけれど、まき絵の体に残存していた魔力と匂いが似ている。やっぱり昨晩の件には吸血鬼が──魔法使いが関与していたのか。

 

 四散した風が、相手のとんがり帽子をふわりと舞い上げた。

 

「驚いたぞ。まさか貴様()()バレるとは……」

 

 黒い影の正体は少女だった。

 

 腰まで届く波打つ金髪と、まるでアンティークドールのように精巧な造りの面立ち。ネギは彼女に見覚えがあった。なんだったら今朝も顔を合わせている。

 

「エヴァンジェリンさん!」

 

 ネギのクラスの生徒───エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。

 

「ふふ。新学期に入ったことだし、改めて歓迎のご挨拶といこうか、先生──いや、ネギ・スプリングフィールド」

 

 エヴァは逃げようともせず、口角を吊り上げた。まるで中学生とは思えないほど(身長が小さすぎるという意味ではなく)(なま)めいて、それでいて薄氷のような鋭さを孕む、悪辣な魔女のような笑い方だった。

 

「10歳にしてこの力、さすがに()()の息子だけはある」

 

 卒倒したのどかの半身を支えながら、ネギはエヴァを睨みつけた。

 

「な、何者なんですかあなたは! ぼくと同じ魔法使いのくせになぜこんなことを!」

 

「この世には、いい魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ、ネギ先生」

 

 エヴァが試験管とフラスコを放り投げた。──中身は魔法薬か。零れた液体が混合し、ネギの眼前で炸裂する。

 

〝氷結 ・武装解除〟(フリーゲランス・エクサルマティオー)!」

 

「うあっ!」

 

 氷属性の〝武装解除(エクサルマティオー)〟──対象の服飾品を凍結させ、装備を剥がすための非致死性魔法(ノン・リーサル・マジック)だ。ネギは反射的に左手を(かざ)すも、服の袖が凍って砕け散ってしまった。

 

「み、宮崎さんだいじょ……わぁっ!」

 

 のどかの制服は無惨にも消し飛んでいた。

 

 魔法を抵抗(レジスト)したネギは軽微な被害で済んだが、耐性のない一般人の彼女はそうもいかない。正確には鎖骨から上にある布だけは無事に生き残っていたけれど、果たしてこれを衣服と呼んでいいものか。肌の9/10を外気に晒したのどかを抱えたままネギが慌てていると、背後からバタバタと足音が聞こえてきた。

 

「なんや今の音!」

 

「あっ、ネギ!」

 

 木乃香と明日菜だった。ほぼ全裸ののどかを見て彼女たちは顔を曇らせた。

 

「あんたそれ……!」

 

「ネ、ネギくんが吸血鬼やったんかー!?」

 

「ち、違います! 誤解ですーっ!」

 

 ネギたちがわちゃわちゃと騒ぎ始めた隙を突いて、エヴァは体を翻して夜闇と同化するように姿を(くら)ませた。このまま逃奔する気だ。

 

 ネギは声を張り上げる。

 

「あっ、待て!」

 

 その声は、本来であれば離れた誰かにまで届くはずはなかった。

 

 ◆

 

 2026年 4月8日 19:39

 

 ヒミナは足を止めていた。

 

「……急ぎの用ができた」

 

 日用品や携帯食が入っている買い物袋をその場に落とす。

 

「しかし、私が帰ると言ってもお前たちは食い下がるつもりだろう? であれば、この場で対処した方が早い。いいぞ、付き合ってやる」

 

「付き合う、とは?」

 

 じり、と高音が片足を後ろに下げた。

 

「なんだ? よくわからんが、私が憎いのではないのか? それとも、頓珍漢な面罵(めんば)をするために私の尻を終日(ひねもす)追いかけていたのか? お前の顔には、私を殴ってやりたいと書いてあるぞ。それに付き合うと言っているんだ。無論、黙って殴られるつもりもないが」

 

 ヒミナが発する魔力の濃度が増していく。

 

 しかし、好戦的な言葉とは裏腹にヒミナは力を抜いていた。エヴァと対峙した際に見せたほどの異質な気配もない。理由は簡単で、目の前の敵を侮っているからだ。

 

 高音は額に汗の玉を滲ませつつ、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「余裕を見せていられるのも今だけですよ。異端審問院の〝雷帝(らいてい)〟ヒミナさん?」

 

「……」

 

「たしかに修行中の身である私たちでは、異端審問院に所属しているあなたに戦闘の経験値では敵いません。しかし、あなたの得意な戦闘スタイルは徒手空拳による近接戦だそうですね。残念ですが、拳を振り回すだけではこの〝影使(かげつか)い〟の高音には勝てませんよ」

 

 そして2人の少女が外套を勢いよく脱ぎ捨てた。

 

 高音と愛衣は共に、光を吸い込む深い影色のパーティドレスのような衣装を着込んでいた。胸元が開け、股下の丈も短いが、タイツやグローブなどで肌の露出は抑えられている。正確にはドレスよりも舞台衣装に近い印象だ。

 

〝黒衣の夜想曲〟(ノクトウルナ・ニグレーディニス)!」

 

 高音の背後で大きな黒い影が膨れ上がる。

 

 影は人の輪郭を構築し、やがて白い仮面を被った大きな黒装束を形作った。

 

 下半身のない黒装束は、高音を包み込むかのように優しく背後から腕を回し──その衣装の隙間から伸びた無数の影の鞭が、外敵を威嚇するかのように風切り音を伴って振るわれた。言わずもがな、魔法によって召喚された影属性の精霊だ。

 

「さぁ、観念しなさい! お仕置きの時間です!」

 

 ビシッと腕を交差させ、雄々しくポーズを決める高音。やる気満々といった様子だった。その隣では、愛衣が遠慮がちに箒を構えている。

 

「……この学園には変人しかいないのだな」

 

 ヒミナはぽつりと呟いた。

 

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