《転写者》の黙示録 ―死に捨てられし者の記憶侵食― 作:とっとこ吞太郎
「ふぇ……」
死んだな。これは。
勇者パーティの一員――いや、正確にはただの荷物持ちとして、ダンジョンの最深部までついていった。
戦う力も、癒す魔法もない。あるのは、多少の力仕事と雑用スキルだけ。
そんな俺が、ある日突然「お前はもういらない」と言われた。
ダンジョンの壁の苔が冷たい。
床は湿っていて、背中がじわりと濡れるのがわかる。
俺は、捨てられた。
勇者たちは、何のためらいもなく俺を置いて行った。
「あーあ……死ぬのか、俺。なんか呆気なかったな」
腹が減っている。
喉も焼けつくように乾いて、声すらかすれる。
眠い。頭の中がぼんやりしてきて、思考が霞んでいく。
このまま眠ってしまえば、もう目を覚ますことはないだろう。
「あの世って、あるのかな……もしあるなら、家族に会えるんだろうか」
家族。
そんな言葉を、何年ぶりに思い出しただろう。
俺は孤児だった。両親の顔も知らない。
でも、孤児院の仲間たちとの日々は――思い出せば、悪くなかった。
あの狭い部屋で、毛布を取り合って笑い合ったこと。
クリスマスに先生がくれた、たった一個のチョコレートの甘さ。
それらが、今になって胸の奥で静かに灯りをともしていた。
……これを思い出しながら、死ねるなら。
案外、悪くない人生だったのかもしれない。
そう思ったその瞬間だった。
「うっ……な、何だよこれ……」
突然、頭の奥に響いた不気味な声――いや、"音"とでも言うべきもの。
《──適正者確認。神話級スキル【転写者】を起動します。》
「・・・転写者?」
聞いたことがないスキルだ。そもそもなんだこの声は・・・。一体どこから・・・。
おもわずあたりを見回すが、そこにあるのは無機質な土の壁。見慣れたダンジョンの構造だ。
「誰かいるのか!?」
自然と声を荒げる。もし、人がいれば助けてもらえるかもしれない。
出口までの案内は無理でも、回復薬の1つでも分けてくれたら行幸だ。
返事はない。それもそのはずだ。ここはダンジョンの中でも未踏破の場所。難関といわれるダンジョンの中でも最奥に位置している。ここで、置いていったあいつらはどれだけ意地が悪いのだろうか。
——静寂が支配する中、ふと、胸元のあたりが温かく光を帯び始めた。
「……っ、なにこれ」
見ると、胸にかけていた装備の一部――見覚えのないペンダントが淡く発光している。いや、こんなもの身に着けた覚えはない。だが、触れた瞬間、脳内に直接流れ込んでくるような感覚があった。
《スキル【転写者】起動確認……対象の記憶・能力断片の転写先を探索中……》
機械のような、しかしどこか人間のような、そんな声が響いた。さっきの声と同じだ。だがこの「転写」とは一体なんなのか。
《対象選定完了。第一転写:『剣聖ギルバート』の戦闘記憶、断片的転写開始——》
視界が一瞬、真白に染まる。
***
次の瞬間、俺の脳裏に信じられない情報が流れ込んできた。剣の構え、間合いの詰め方、殺気の読み方。まるで、何百戦と修羅場をくぐり抜けた者の経験が、俺の中に刻み込まれていくようだった。
「はぁ……はっ、くそ、頭が割れそうだ……!」
膝をつき、地面に手をつく。呼吸が荒い。だが、確かに“何か”が、自分の中で変わったのを感じた。恐怖が……少し、薄れた。
そして、ダンジョンの奥の闇が、ふと揺らいだ気がした。……いや、違う。誰かが、こっちを見ている。
「おい……そこに誰かいるんだろ。出てこいよ」
返事はない。だが、土壁の陰から、わずかに黒い影が揺れる。
その影は、音もなくこちらへと一歩近づいた。だが、その歩みはどこか“人”のものではない。生き物の気配があるのに、温度がない。息づかいすら、聞こえない。
──ゴクリ。
喉が鳴ったのは、恐怖からか、それとも、闘志か。
「……誰だ」
問いかける声は震えていた。だが、もう“ただの荷物持ち”の声ではなかった。背後から這い上がるように、己の中の何かが目を覚ましつつある。
影の中から現れたのは――人型の魔物だった。
黒いフードに顔を隠し、手には赤黒く染まった刃。だが、なぜかそれを見ても、腰が抜けることはなかった。むしろ、右足が自然と一歩、前に出ていた。
(……ギルバートの“癖”か)
《第一転写完了。戦闘適応率:23%。初期発動スキル【見切りLv1】【気配感知Lv1】を付与》
再び脳内に声が響く。同時に、視界の端に見慣れぬ“表示”が浮かんでいた。ステータスウィンドウ……? ゲームのような、それでいて異常に現実的な情報だ。
「……気配、見える」
そう、感じた瞬間だった。
魔物が、動いた。
だが、遅い――そう感じた。
本来なら避けきれなかったはずの一撃が、自然と身体を捻ることで回避される。ギルバートの記憶か、それとも……?
「くっそ、俺に何が起きてるんだ……!」
驚きと戸惑いの中、咄嗟に落ちていた鉄片を拾い上げる。粗末な、武器とも呼べないただの金属片。だが――脳が、腕が、勝手に動いた。
ガキィン!
一閃。鉄片が、魔物の刃を弾いた。
驚いているのは、むしろ魔物の方だった。
「……やれる、かも」
わずかに灯った自信。それは、希望ではない。生存への執念、そして復讐のための“怨念”だ。
――俺を置き去りにした、あの連中を、絶対に許さない。
「ッらあああああッ!」
喉の奥からほとばしる怒声。体が勝手に動いた。鉄片を振り抜いた軌道は、予想以上に鋭く、重く、そして“的確”だった。
ザクリ。
魔物の肩口から胸元まで、深々と斬り裂く。濁った黒血が飛び散る。
魔物は一瞬のけぞり――そのまま、音もなく崩れ落ちた。
「……やった、のか?」
手が、震えていた。勝てた。それも“偶然”じゃない。明らかに、自分の意志と技術で倒した実感がある。体はまだ重く、空腹も喉の渇きも残っている。それでも、頭の中には異様なほどの“明瞭さ”があった。
そして――
《転写適応レベル上昇。第二転写候補を探索中……》
また、あの声だ。脳内に響く無機質な告知。だが、今回は少し違う。どこか、嬉々とした色がにじんでいるようにさえ感じた。
(こいつ……まるで俺を“育てよう”としてるみたいだな)
だが、その意図が何であれ、利用できるものはすべて使う。そうでなければ、この命を繋ぐことなどできない。
「クソ勇者ども……覚えてろよ」
俺は立ち上がった。フラつきながらも、目の奥には、暗く燃えるような殺意が灯っていた。
転写者(コピーキャリア)――それは、奪われた者にのみ与えられる、最悪で最高のスキル。
「……始めようか。俺の物語を」
ダンジョンの奥――かつて勇者たちと共に歩んだその“最深”を、今度は一人で踏みしめる。
生き残るために、そして、全てを“転写”して、奪い返すために。