《転写者》の黙示録 ―死に捨てられし者の記憶侵食― 作:とっとこ吞太郎
「……本当に、置いてくのかよ、レオン」
「ああ。……もう決めた」
「マジでか。あいつ、ただの荷物持ちだろ?」
「もう“ただ”じゃない。あの日から……何かが変わった」
「……セラ、お前はそれでも連れていきたいか?」
ダンジョンの最深部、濡れた石畳に足音がこだまする。
壁には魔物の血が乾ききらずに黒く滲んでいた。
三人の視線の先、闇の奥に“彼”が倒れている気配だけが残っている。
静寂が、異常に重い。
誰もが、言葉では言い表せない“違和感”を感じていた。
「反応したんだよ、あの碑文に……あいつだけが」
「封印の部屋の前で、古代語を……読んだんだ。本人は無意識だったがな」
「冗談だろ。あのバカが? 読み書きすらロクにできねえのに?」
「それなのに、“扉”が反応した。封印が……揺れた」
「スキル《転写者》。ありえないけど、状況がそうとしか思えない」
3日前、古代碑文の前で、彼は立ち尽くしていた。
誰も読めなかった謎の文字を目で追い、指でなぞっていた。
レオンたちは冗談半分で笑っていたが――
扉が震え、重苦しい音とともに光が漏れた瞬間、笑いは消えた。
そして彼は倒れ、眠ったまま、何かを“視て”いた。
「スキルが目覚めただけならよかった……でも、問題はその中身だ」
「あのスキル、記憶を写すっていうより……憑依に近い」
「模倣じゃなく、継承……いや、“侵食”かもしれない」
「それに、写す相手を選べるわけじゃないらしい」
「もし写ったのが“災厄”だったら……俺たちじゃ止められない」
セラは唇を噛んだまま、何も言わない。
彼女だけが、彼の寝顔を覗き込んだとき、涙をこぼしていた。
誰よりも優しく接していた。誰よりも近くにいた。
だからこそ、その“変化”に最も早く気づいた。
そして誰よりも――怯えていた。
「……それでも置いてくのか。目覚めたとき、あいつが何も知らなかったら?」
「いいや、きっと気づいてる。……だからこそ、俺たちは逃げたんだ」
「この判断が正しいとは思わない。でも、間違ってるとも言い切れない」
「最低だな、俺たち」
「それでも、俺たちがやらなきゃいけない」
ダンジョンの外への転移陣が淡く光る。
その光が三人の影を伸ばし、やがて彼のいた場所に届きそうになる。
レオンは目を伏せ、そっと腰のポーチから一枚の紙切れを取り出した。
古ぼけた、ちぎれかけの文書――そこにはこう記されている。
《神話級スキル:転写者――模倣・継承・記憶侵食。人外に至る“道”の一端》
「……セラ。お前、最後に彼に何か言いたいこと、あったか?」
「言っても、もう届かない……でしょ?」
「いや、届くかもしれない。……届いたら、それが最後の“楔”になるかもしれない」
「じゃあ……こう伝えて」
「“ずっと味方でいたかった”って」
転移陣が輝きを増し、三人の姿がゆっくりと消えていく。
静寂の中、ただその言葉だけが、空間に残された。
やがて、冷たい空気が吹き抜ける。
そして――奥の暗闇で、何かが静かに、目を開いた。