《転写者》の黙示録 ―死に捨てられし者の記憶侵食― 作:とっとこ吞太郎
……勝てた。
いや、勝ってしまった、と言うべきか。
目の前で崩れた魔物の骸。それを見下ろす自分の手が、まだわずかに震えている。
「……本当に、やったんだな……俺が、俺の手で……」
そう呟いた声は、どこか現実味を欠いていた。
けれど、刃の代わりに握り締めた鉄片には、乾ききらない黒い血がこびりついている。これが、俺の"初めて"の証。
だが、感傷に浸っている余裕はなかった。
――気配が、またひとつ。
「……来るな。次は、正面から来る気かよ……」
気配感知《Lv1》が、土壁の向こうの異質な“鼓動”を捉える。
ギルバートの剣士記憶。そのおかげで、俺は動ける。だが所詮は断片的な模倣だ。過信したら、次こそ本当に死ぬ。
「……でもまあ……生きて帰るには、やるしかないか」
わずかに笑みを浮かべながら、鉄片を握りなおす。
ふと、右の耳が“風”の鳴る音を捉えた。
(右後方……!)
跳ねるように身を翻すと、刹那、肩の位置を何かが掠めた。見切り《Lv1》――その効果は確かに働いている。だがギリギリすぎる。
「こっちも、慣れてきたんだよ……って言いたいとこだけど、まだ怖いもんは怖いんだよなぁ……!」
心の中で泣きながら、俺は反撃に転じる。
敵の姿は、四足で這う獣型の魔物。目は赤く、口からは糸のように垂れる唾液が糸を引く。さっきの人型魔物とはまた違うタイプだ。
(ここで退けば、死ぬ。だったら――)
瞬間、地を蹴った。
自分でも驚くようなスピードだった。体が、勝手に最適解を選んで動いている。
「はっ!」
鉄片を握る手が閃いた。
ズブ、と濡れた肉を裂く感触。狙ったのは魔物の右眼。直前に気配感知で“脆さ”を感じ取っていた箇所。
断末魔を上げて、魔物は崩れ落ちた。
「……よし。これで、二体目」
ようやく、静寂が戻る。だが、それもすぐに終わるだろう。このダンジョンの魔物たちは、俺が"ただの荷物持ち"じゃないと気づいてきている。
だが、それでいい。
むしろ――
「見てろよ……俺を捨てたあの連中」
その瞬間――脳内に鋭い“鐘の音”のような共鳴が走った。
《第二段階転写進行中──適応率、更新中》
《現在値:23% → 31%へ上昇》
《条件達成:連続戦闘勝利・対象記憶との共鳴》
(……また、来た。これ……脳が焼けるみたいな感覚……!)
身体の奥底から沸き上がる熱。それは苦痛を伴いながらも、確かに“力”の形をしていた。
《新スキル獲得:戦技【間合い管理Lv1】を付与》
《第二段階転写完了。戦闘適応率:31%。身体制御領域の補強を確認》
(間合い管理……? 攻防の距離感……ああ、なんとなく、わかる……!)
脳裏に、誰かの声が響く。
──「剣士にとって、間合いとは“命の境界”だ。それを制す者が、生き残る」
ギルバート。おそらくは、かつての剣士の名。
それは記憶の残響でありながら、どこか自分自身の声にも聞こえた。
「……成長、してる……俺の中の、“誰か”が教えてくれてる……」
転写とは、ただ模倣するだけじゃない。共鳴し、学び、そして変質する。
(まだ……まだ、俺は強くなれる……!)
握った鉄片の重さが、わずかに変わった気がした。それは気のせいかもしれない。
でも今の俺には、その“錯覚”すら、確かな力に思えた。