カンナ局長のキヴォトス超常事件捜査ファイル   作:33z

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ゲヘナ学園廃校舎で遭遇した事件ファイル。


Case1.ゲヘナ学園_廃校舎/

「──ゲヘナの廃教室で連邦生徒会長を見た?」

「ええ。勿論ただの噂ではありますが。証言がある以上確かめない訳にも行かず」

 

 念の為、行方不明者の捜索を。こんな要請でゲヘナ自治区内での捜査要請が通るとも思えないが、それでも。

 ダメで元々。ゲヘナ学園の風紀委員長、空崎ヒナへ。話を通しに来たのが午後三時。

 そもそものきっかけは、今日の昼時まで遡る。

 ───

 ──

 ─

 連邦生徒会長を見かけた人がいるらしい。

 一息つこうと珈琲を淹れに食堂を訪れた際に中務キリノからそんな雑談を振られたのが、本日の昼頃。

 なんでもキリノがパトロールの最中、ゲヘナの生徒から縋り付くように肩を掴まれ捲し立てられたのだとか。

 キリノ自身もあまり重要視していないようで。言うなれば食堂でたまたま会った際の話題繋ぎの会話のつもり、だったのだろうけれど。どうにも意識の端に引っかかり詳しく聞いてみれば。

 

「又聞きにはなってしまうんですが」

 

 そんな前置きと共に聴取の内容を教えてくれた。

 

 曰く。

 夜中の廃校舎、その奥まった一室にあるピアノ室。そこへ近づくだに流れる調子はずれの、ピアノの旋律。

 誰がイタズラをしているのかと部屋を覗いてみればそこには、間違ってもゲヘナの制服ではあり得ない、白を基調とした制服に身を包み、青い長髪が印象的な人の姿が。後ろ姿の為顔は見えなかったものの、青の長髪の人物などキヴォトスには一人しかない。すなわち、連邦生徒会長。

 

 行方不明のはずの彼女が月の光に照らされて。白鍵を叩いていたという。

 自分が立てた物音で気づいたのか、ぐりんと……顎を真上に上げて、そこから真後ろへ、──きっかり百八十度真後ろの自分へ、あり得ない角度へ首を回して。

 

 にやりと微笑んだ──。

 

 

 詳しく聞けたのはそこまでで、なぜ夜中に廃校舎へ近づいたのか、とキリノが突っ込んでみたらすぐに走り去ってしまったらしい。

 ……どうやらあまり褒められるような行動で近づいたの訳では無いのは確かなようだったがそれはともかく。

 そもゲヘナの生徒からの証言、重ねて夜中に校舎に入り込んで何か(悪さ)をしようとする不良生徒の言い分であり、信用には値しないと考えて然るべきではあるのだが。

 思考に過るのは去年からにわかに湧き始めた、奇妙な、それでいて真に迫るような与太話の数々。

 

 どこぞの廃ビルには幽霊が居る。

 肝試しで踏み込んだ神社に行ったきり眠り込んだ友人がいる。

 たった一人だけなのに、一心不乱に、まるで誰かと遊んでいるかのようにふるまう姿を見た。

 

 そんな話が次々と。一考にするにも値しない筈の、けれど細々と消える事なく耳に届いた与太話。それが今脳内に閃いて。

 一つ一つに関連は無く。なのにどうしても無関係とも思えない。新人の時であればともかく、仮にも局長という立場になって他人に言うのには恥ずかしい、いわゆる刑事の『勘』。

 それが耳元で囁く。放っておいてはいけないと。

 少し前の私であれば無視出来たであろうそれに、今はどうしてか逆らう気がおこらず。むしろそんな不確かなものに従って調査を行おう。そんな反骨心めいた感情も相まって、調査しよう。そう決断し、温くなった珈琲を飲み干した。

 ───

 ──

 ─

「──ええ。話は分かったわ。構わないわよ」

 

 意気込みはありつつも直ぐに捜査へ赴けるかと言うとそういう事も無く。様々な手続きを踏まないとならない訳で。特に区を跨ぐ場合は猶更だった。……シャーレのような特別権限があればまた別なのだが、ないものをねだっていても仕方がない。

 

 基本的に各学校の自治区にはヴァルキューレは立ち入れない規則になっており、それでも一度申請は通してみようと思って話をしに来たら、思いのほかあっさりと許可が下りてしまって、むしろ私が戸惑う。

 

「……よろしいのですか?」

 

「来週には修学旅行が控えていてね。それに対する手続きや浮かれた生徒達への対処、そしてこれ幸いにと無理難題を課してくるどこかの誰か(万魔殿)の相手をしないと行けなくて……。廃校舎へは手が回らない、と言うのが正直なところなの」

 

 そういう彼女──空崎委員長の顔色には疲労が濃く、組織は違えど規律を取り締まる側のトップへ座す者として若干の同情も抱くような、苦労を伺わせるものだった。

 

「それに、他の人員が来るならともかく、貴方が調査するんでしょ? なら大丈夫そう」

 

「……ええ、まあ。直接的に危害を加えられたりした場合はそれ相応の力の行使が必要にはなりますが」

 

 と、一応の注釈を付け加えておく。……私へ向ける視線にはなぜか、初対面のはずなのに気苦労と共にした仲間を見るかのような、そんな感情が籠っていた。

 ともあれ許可は取れたのだ。調査のための準備をしないと、と一礼と共に執務室の外へと扉を開けて出ていくと同時、背後から声を投げられた。

 

「ああそれと。呼ぶのは名前で構わないし敬語もいらないわ、カンナ」

 

 その声が届くときにはもう扉を閉め始めてしまっていたので確証はないが。

 

「同い年なのに敬語で、しかもフルネームに役職付きで呼び合うだなんて面倒くさいじゃない」

 

 ため息のような呟きが、聞こえた気がした。

 *

 ともあれ、ゲヘナで自由に動ける許可は取れた。

 

 キリノからの又聞きの聴取によれば、(くだん)の噂人物が姿を表すのは深夜とのこと。具体的な時間までは聞き取りできなかったのが少々痛いが、それは足で潰そう。

 

 そんな考えと共に準備を整え、目標であるピアノ室から念の為教室二つ分ほど距離を開け、適当な教室へ入り込み廊下の様子を伺える位置へ腰を下ろしてサンドイッチを頬張りつつ、ピアノ室を見張る。

 

 時刻は生徒も軒並み帰宅し、人の影一つなくなった二十二時。

 ……あまり張り込みの最中にモノを食べるのは趣味ではないのだが。長丁場になりそうなことを思えば、心強い差し入れであることには間違いない。

 

 夜に備えて現場の下見をしている時、給食部の部長である愛清フウカに()されて栄養たっぷりの食事を取らされ、夜食用のサンドイッチを持たされたのは、自身の健康だけを鑑みれば僥倖ではあったのだろう。

 

 曰く、

「そんな不健康そうな顔色しててほっとける訳ないじゃない。どうせ珈琲しか飲んでないんでしょ? ほら、ここで食べていきなさいよ。味は……まあちょっとしょうがないかもしれないけど、栄養に関しては保証するわ。夜も動くならこれも持って行きなさい」

 との事だった。座った瞳からはなぜだか有無を言わせない様子があったのでおとなしく従い。

 

 ……ともかく、張り込みを開始する。

 果たして本当に連邦生徒会長は現れるのか。はたまたただの妄言だったのか。

 どちらに揺れれば満足いくのだろう。なぜ自分がここまでこの調査に注力するのか。その正体を掴めないまま、長時間の勝負が始まった。

 *

 一時間が経過した。特に変化はない。

 **

 二時間が経過した。特に変化はない。

 ***

 三時間が経過した。特に変化はない。周りに人影や物音が無い事を確認した上で周囲を歩き回ってみたが、やはり変わった様子は見受けられない。

 キリノに話をした不良のような、そういう生徒の影すら見えない。やはり噂は噂という事か。それならそれで喜ばしい事ではある。

 *

 四時間が経過しようとしている。流石に集中力も切れてきた自覚があり、残りのサンドイッチを食み、合わせて持たされた水筒へ口を付け、珈琲をすする。

 オフィスで淹れる珈琲とは少し違う、それでも嗅ぎ慣れた香りが鼻孔を突いて、少しだけ気分が落ち着く。そのまま左手首に巻いた腕時計を見やる。

 時刻は「1:59」。

 時刻を見てこれは長丁場だと、改めて覚悟を決めてもう一口と手元のポットへ口を付けようと──した動作と同時、時刻が2:00を回った。

 

 瞬間。一帯の空気が変わる。何かが居る。そんな、聴取ならば落第も良いところの間抜けな直感が最初の感想だった。

 

 それでも重く、粘つくような空気に変わった事だけはまぎれもない事実。

 自嘲を抱きつつも、周囲を見回す。自身の周囲には重苦しくなった雰囲気以外の変化は見受けられない。ただ、わずかに露出した肌の部分、例えば手袋と袖の切れ目の手首であり、また覆いの無い顔の部分。素肌に感じる刺々しさ。

 

 それは紛れもなく今、私が覚えている不快感であり、気味悪さと同義だ。

 

 その気味悪さを辿るように感覚を尖らせれば、やはりと言うべきか。大本の感覚はピアノ室から感じるように見受けられた。

 しばらく使用していなかったヴァルキューレ制式拳銃のマガジンを確認し、遊底(スライド)を引く。引き金に指を乗せれば、いつでも応戦可能な準備が整う。……書類と格闘してばかりの割に、動作だけは身に沁みついているものだとまた、自嘲が零れるがそれを気にしてはいられない。

 

 一応の武装を整えて自分の居た教室から出るころには既に、この四時間で聞くことの無かった自ら以外の発する音を耳にする。

 仮に不良達がたむろしているだけであればどれだけよかったか。それなら注意して家に帰すだけで済むのに。そんな的外れなことを考えて気を紛らわせることも難しく、耳に届く音を分析すればそれは、話に聞いた通りの。ピアノの音だった。

 

 ♪ ~♬♬~♪

 

 気味悪さをいっそう引き立たせる調子はずれのピアノの音。

 誰かが奏でているのであれば即刻止めて、調律を頼みたくなるような。例えるのならそう、黒板に爪を立てて引っ掻いたような。

 無駄に耳朶を刺激して、ただただ不快感を煽る事だけを目的としたようなそんな音。

 

 それでもどうにか耐えて音を辿り、件のピアノ室の前へとたどり着く。

 夜中の廃校舎、その奥まった一室にあるピアノ室。そこへ近づくだに流れる調子はずれの、ピアノの旋律。

 

 誰がイタズラをしているのかと部屋を覗いてみればそこには、間違ってもゲヘナの制服ではあり得ない、白を基調とした制服に身を包み、青い長髪が印象的な人の姿が。後ろ姿の為顔は見えなかったものの、青の長髪の人物などキヴォトスには一人しかない。すなわち、連邦生徒会長。

 

 行方不明のはずの彼女が月の光に照らされて。白鍵を叩いていたという。

 耳に障るピアノの音に顔を顰めながら、ピアノ室の扉の先に視線を送る。同時に、すぐにでも射撃に移行できるように拳銃を構えて。

 

 ライトも不要なほどの月明かりの下、長い青髪に真白な連邦生徒会制服……の後ろ姿が目に入った。

 声を発しておらず顔も見えていないから断定はできないものの、その姿は確かに連邦生徒会長を連想させる。

 その連邦生徒会長に似た人物は椅子には腰掛けることなく、立ったままの状態で鍵盤を叩き続けている。

 物音を消すことなく距離を詰め、向こうも私の存在に気付くであろう距離まで歩を進めて、声を投げた。投げようとした。

 

「ヴァルキューレ──ッ!?」

 公安局だ、と。いつもの通りに続けようとした言葉は私自身の喉の奥へ消える。

 

 なぜなら。鍵盤を叩く手を止めないまま、ぐりんと。

 顎を真上に上げて、そこから真後ろへ。きっかり百八十度、真後ろに居る私へ。首を回して。

 人体の構造上あり得ない首の動き。ピアノの音に混じる、木の枝を折ったような音と、可動域を無視した動きに嫌悪感を刺激される。けれど問題はそれだけじゃない。

 

 笑ってしまう。一体「これ」に遭遇したゲヘナの生徒は何を思って微笑んだ、などと判断したのだろうか。

 

 ──()()()()相手の笑み、だなんて。

 

 こちらへ向けられた、歪な角度の首の上。そこにある筈の顔には。見覚えなんて無く。それどころか目も鼻も口も、肌すらも無く。

 真っ黒な、くらやみが渦巻いているだけだった。

 *

 判断は一瞬。銃を構えた右手へ力を込めて引鉄を引く。射出された弾丸は想定通りの軌道で着弾し、しかしその結果は想定外。

 普通であれば額のあたりを狙った弾丸は、傷を残すことも跳ね返ることも無くただ、くらやみへと吸い込まれて消えた。

 ……キヴォトスでは銃は効かない相手は多い。多いがそれは、銃弾を食らってもものともしないという意味合いが強い。だが、こういう類いの「効かなさ」は想定外。想定外の事態に慌てつつも次の対策を、と思考を回そうとして。

 視界の端に映ったのは。殊更に強く鍵盤を叩いた連邦生徒会長(正体不明)

 

 直後。

 ピアノから発せられていた不協和音が更に拡大して耳をつんざく。平衡感覚を失う程に滅茶苦茶な音程と音量。もはや楽器から発せられてるだけとは言えない様々な種類の「音」がこの部屋へ鳴り響いた。

 

「~~~ッ!」

 

 耳から入り込み脳を丸ごとミキサーにかけたような、今までの人生の中で不快だと感じた音を全て詰め込んだような。そんな「音」。

 理性ではダメだと分かっている。敵対的な相手の前で銃を取り落とすなど言語道断。それが分かっていて尚、耳を塞ぐ動作を止められない。

 一刻も早くこの音を遮断しないと気が狂う。本能の部分で耳を抑える動作を止められない。どうしてもこの音から逃れたい欲求から逃れられず、無意識と理性の狭間で銃を取り落としてしまい、膝をついて耳を塞ぐ。衝動に任せて鼓膜を破りたくなる感情を強く強く唇を噛み締めて誤魔化す。切れた端から流れた血を拭う暇もない。

 

 手元から零れた銃が床を撥ね、転がる雑音さえもこの、脳を切り刻む刃のような騒音に比べたら上等なオーケストラの様だった。

 

 その動作のまま思わず目を力強く瞑り、視界が黒に染まる。後悔と共に、気休め程度にでも音を弱められた事に安堵を抱く。

 同時にまるで、今までの拷問のごとき不協和音が何事もなかったかのような静寂があたりに満ちた。

 

 その緩急に驚いて、思わず目を開く。開いた視界の先には既に連邦生徒会長の姿に似た、くらやみの顔の何者かは跡形も無く消えていて。

 

 代わりといわんばかりに。

 

 二頭身ほどの連邦生徒会長の姿に似せた無数の人形が、四方八方から私を射すくめていた。

 

 

 一体は床に置かれていた。胸には銃痕と赤色のパッチワークがある。

 一体はピアノ演奏者用の椅子に座らされていた。首には絞め痕があり縄が巻かれている。

 一体はロッカーの上から私を見ていた。目の位置は「×」のボタンが縫い合わされて顔色は緑に染められている。

 一体は教卓の上に据えられていた。頭頂部には顔と同じ大きさのたんこぶが表されている。

 一体は背後から私の背を睨んでいた。胴体と首が分かたれ、ひっくり返った首が私を見つめている。

 

 その他。その他。その他。

 

 まるで死に様をデフォルメしたかのような趣味の悪いマスコット。フェルトで作られたそれはまともな出来なら愛嬌にでもなったのだろうが、今この場においては無機質な「可愛さ」がより一層の不気味さを生み出していた。

 

 そうして、その悪趣味な人形の視線に一瞬だけ怯んでしまい、瞬きをする。表現するならコンマ数秒といった、文字通りの瞬く間。

 また眼を開いたその先には。

 

 一体の人形さえも、存在しなかった。

 *

 心臓が早鐘を打ち、体の内側で鼓動が暴れまわっている。呼吸は浅く、不規則に刻まれて口から漏れた。吸い込む空気は相変わらず、喉へ張り付くような気持ちの悪さはあるが。呆けてばかりはいられない。取り落とした銃を拾い、口元の血を拭って、周囲へ視線を走らせる。

 

 顔のない人間も、趣味の悪い人形も全て消え去り。廃れた教室とその真ん中へ鎮座するピアノがあるだけ。差し込む月明かりだけが唯一、先程と変わらない。

 数舜前までの事が幻でもあったかのような。少なくとも今この瞬間を誰かが見たところで、何かがあったとは微塵も思わないであろうそんな景色。自分自身でさえ白昼夢でも見ていたのではないかと考えてしまうような光景。

 

 けれど嚙み切った唇の痛みと、拭った右の手袋に付いた血がまぎれもなく現実であったと思い知らせてくる。

 

 腕時計に目をやると、時刻は「2:03」を指していた。あれだけの事があったのに、たったの三分しか経っていない。

 先程の異変の唐突さを思えば、また次の瞬きの合間に何が起きてもおかしくない。目に見える脅威が消えても周囲への警戒を強く、人や、その他の気配を探る。

 だからだろうか。背後から聞こえる物音はすぐに耳に付いた。コツコツと硬質な音。リズムからして足音なのだろうと想像がつくそれは、私がピアノ室へ入って来たその方角から。

 

 反射的に拳銃を構え振り向こうとして、私の後ろまでは月明かりが届かない事に気が付く。そして私の目も、直前まで明かりを視界に入れていたせいで暗順応が働いていない。

 舌打ちと共に左手でライトを逆手持ちし、左手首に重ねる様にして右手で拳銃を構え。

 

「何者だ!」

 

 短く発した警告と共に背後へ向き直る。

 ──拳銃を構えたところでどうする? 連邦生徒会長の姿を模した「なにか」は銃弾を意に介しているようには見えなかった。近接戦に持ち込んで拘束する? 考えるまでも無く却下だ。万が一、正体不明の顔に触れた時の結果が未知数すぎる。この場は離脱を狙うしか。

 

 明確に対応策を思いつかないまま、けれど振り返らない訳には行かず。自然光とはまた違う、人工の光に照らされた先へ目を凝らして。

 

 そこにいたのは──。

 *

 視線の先には誰の姿も見受けられない。いや、視線の高さが交わっていないだけ。手首を傾けて光を下げると、眩しそうに手で庇を作る人影だと認識できた。

 私より頭一つ分以上低い位置にある顔は、丁度十二時間ほど前に見た覚えがある。

 目があり、鼻があり、口があり、肌がある。──きちんと「顔」がある。

 その当たり前の事実に小さく安堵の息が漏れそうになり、誤魔化すように言葉を紡いだ。

 

「空崎、風紀委員長……?」

「お疲れ様、カンナ」

 

 ゲヘナ学園風紀委員会、委員長。

 空崎ヒナが目を細めながらこちらを見つめていた。

 *

 なぜここへ。そう問う前に。

 

「やっぱり、ゲヘナで起きた問題を人任せにするのもどうかと思って。それに、「なにか」あったんでしょ?」

 足元へ転がる薬莢。噛み切った痕の残る唇。そんな私の姿と周囲を確認し、彼女はそう述べた。

 

「心当たりがあるのですか?」

「……心当たりと呼べるほどはっきりしたものじゃないんだけど。思い当たる節を思い出した、というか。それを確認したくて来たというのもある」

 

 いつの間にか手にしたライトで周囲を確認しながら、彼女が話す。動作を見るに、ここが自身の学園だという事以上に、この場所について精通しているようだった。

 

 敬語、要らないって言ったのに。言葉尻に小さくそう呟いて、さらに続ける。

 

「少し前にゲヘナで大規模なパーティをやったでしょ? その時に二、三度変なイタズラ? 現象? があったの。……昼間の時にはすっかり忘れていて。ごめんね、思い出せていれば警告くらいにはなったかもしれないのに」

 

 その言葉を受けて少しだけ逡巡し、すぐさま首を横に振る。仮に警告を貰えていたとして、昼間の私が出来たのはせいぜいイタズラを仕掛けてくる不良をどう取り締まれば角が立たないかを考える程度だったろう。このような以上に対する備えが出来たとは思えない。

 

「……いや。謝る必要は無い。それで、その現象というのは?」

 

 流石に二回も言われてしまえば、私だけが敬語を使うのも申し訳ない。今は厳密には仕事中、という訳でも無い。言葉にするなら個人的な興味と意地。そんなもので動いているだけなのだから。

 それに、緊張を緩めたかったというのもある。誰かと会話してみて実感したが、私はどうやらいつも以上に気を張り詰めていたようだった。

 過度な緊張は動きを固くさせてしまう。ある程度は解しておく必要があった。

 

「委員会室前の廊下で、誰も歩いていないのに足跡が出来てて。それで追ってみたら突然真っ暗闇に覆われたこと。照明も外からの光もあったのにも関わらず」

 

 誰もいない筈の所で、まるで人が何かをしたような痕跡がある。確かに、私が目撃した事象と似通う点はあるかもしれない。

 

「あとは誰も捨てない筈のイブキのクレヨンがゴミ箱に入っていたり」

「……」

「あとはパンケーキが動いたり」

「……?」

「あ、ただ動いたんじゃなくて、大きくなったの。話を聞くと地下の温泉の力だとか……」

「……??」

 

 似通う点がある、というのはただの勘違いだった。

 そう結論付けて話を遮ろうとした時、ヒナの口から語られた言葉は、私の興味を引くのにあまりある内容。

 

「──あとはそれこそ、このピアノ室。放置されて久しい筈なのに、調律の整ったグランドピアノ」

 

 彼女の右手は鍵盤へ添えられていて、手慣れた様子で白鍵を叩く。

 先程まで私の耳と脳を好き放題に蹂躙した、ノイズという言葉さえ生温い不快な音はどこへ消えたのか。そんな疑問もかき消すような、透き通る音色が響いた。

 

「次は、今ここで起こったことを聞かせて」

 

 話しながら彼女は白鍵、黒鍵、白鍵と無造作に鍵盤を叩いていく。法則性の無い音たちは、やはり先程まで私の脳髄をかき回したノイズとは比べ物にならない程に綺麗なものだった。

 *

 ピアノの音色とヒナの言葉に促され、私は先程までの、脳裏にこびり付いた恐怖染みた体験を掻い摘んで話す。

 

午前二時を回ると同時、連邦生徒会長の後姿がピアノ室に現れたこと。

 調子はずれの不快な音を奏でていたこと。

 その連邦生徒会長の姿の何者かには顔が無く、ただ()()()()が広がっていたこと。

 目を閉じた一瞬の隙に何者かの姿は消え、代わりに悪趣味な人形が無数に私を見ていたこと。

 それさえも瞬きの合間に消え去ったこと。

 

「……そうして次は何が来るのかと警戒していた矢先に、委員長……ヒナが来たという訳だ」

 

 口に出せば自分でも信じがたい数々に、彼女は否定するでもなく緩く頷いた。

 

「成程。そうだったのね……」

 

 こくりこくりと首を縦に揺らし、何事かを思考している様子。彼女はピアノから手を離し、ライトを床や書棚、天井へ、あちらこちらへと彷徨わせた。まるで、何かを探すような動き。

 

「どうやら私が経験したものとは随分と毛色が異なるみたいだから、あまり参考になることは言えそうにない。けれど」

 

 そこで一度言葉を切って視線を私に固定し、瞳を覗き込むようにして言葉を繋いだ。

 

「多分私がここを使っていた時には無くて、今は存在する「何か」があると思う。それを探してみよう。……私の時にあったから、そういうのが」

 

 私の顔の位置より一段以上低い場所から注がれる視線。

 参考になることは言えそうにない、との言葉とは裏腹に。彼女の瞳にはある種の確信が垣間見え。私は視線を逸らさないまま頷きを返す。

 

 ──かくして、深夜の物探しが始まった。

 

 改めて室内を見回してみると、どうやらピアノ室というよりは物置部屋にピアノを放り込んだ、という表現がしっくりくるような様相だった。

 うず高く積まれた机と椅子。備品でも仕舞われているのだろう段ポールの箱の群れ。床には本と紙が無造作に散らばり、どこかしらから外れて放置されたような窓と割れたガラスが散乱している。

 

 中でも目を引くのは室内だというのに立派に育っている木。廃校舎であることを差し引いても、ここまで大きくなる前に誰か切ろうとは思わなかったのだろうか。

 ともあれ、二手に分かれてヒナの言うところの「何か」を探す。彼女は机と椅子の山から見るようだった。私はというと、床に広がる紙と本を手当たり次第見る事にした。

 ライトで足元を照らしながら紙を拾い上げて内容を見る。

 が、ここにあるもの全てに馴染みの無い私は手当たり次第、といった形での捜索になる。……気になるものがあればピックアップしてヒナへ見せてみよう。

 そう考えて探す事しばし、見つかるのは何年も前のテストの答案や楽譜、あるいは何かの手続きに使う書類などで、統一感はかけらもない。より一層ここがただの物置として使われていたのだろうとの推察が強まる。

 

 また、今回の現象に関係ありそうなものも特には見つからず、その後も段ボールの群れからも同じようなものが出てくるばかりで、手がかりが出てくることは無かった。

 額に浮かんだ汗を拭い、今しがた開けた段ボールを閉じる。

 あと見ていないところは、と室内を見回したところで、どうやら机の椅子の山の探索を終えたヒナと目が合った。

 

「見つかった?」

「いや特には。そちらも……手ごたえはなさそうだな」

「ええ。あと見ていないのは……」

 

 言葉と共に、自然と視線が同じ方向へ向く。遅れてライトを向けた先には白の胴体に紫色の蓋が付いた、ゴミ箱。

 

 どちらからともなく顔を見合わせて、つばを飲み込む。「何か」あるとすれば後はここだけ。

 意を決してゴミ箱に近づく。ライトをヒナに頼み、まずは外の部分を軽く叩く。コン、と軽く響く音から察するに、あまり中身は入ってはなさそうだ。

 蓋に手を添えて力を込める。軽い抵抗と共に蓋が外れ、すかさずヒナが中を照らした。

 

 ──先程ヒナが言っていたことを思い出す。イブキという生徒のクレヨンがなぜかゴミ箱で見つかったと。

 

 予想通り、ゴミ箱の中はほぼ空だった。ただしその底に一つだけ。

 視界に留めた時間は文字通り瞬きの間。それでも、衝撃を深く私の脳裏に刻んだ、「何か」が。ヒナの指摘通り見つかる。

 平時であれば可愛くデフォルメされていると思えるだろう、けれど私にはもう不気味にしか感じられない、それ。

 

 フェルトで作られた、連邦生徒会長似の人形が転がっていた。

 ──ただし、目も鼻も口も無い、のっぺらぼうの状態で。

 

「これ、カンナが話してた……」

「……ああ、間違いない、と思う」

 

 人形を見た瞬間、またかという気分と、やはりこれかという気分が同時に胸の内に押し寄せた。

 ヒナが語った「何か」。それがどのような品なのかと考えた時、今回ならこの形ではないのかと。そういう考えは少なからずあった。

 

 手を伸ばし、人形を拾う。同時に思い至る。今回の元凶はこの人形だったのだと。そう思わざるを得ない雰囲気があった。

 人形から発せられる不気味さ。この部屋に満ちる、粘ついたような、ひりつくような空気はこの人形から発せられていた。

 

 また早鐘を打ち始める鼓動を意図的に無視。わざとらしい程に大げさに一つ、息を吸って吐き、形だけでも平常心を取り繕う。

 

 気を取り直してよくよく人形を観察するのであれば、どうやら人形の顔はただ単に未完成、という印象を受けた。

 少なくともピアノを弾いていたあの、顔の位置にくらやみが広がっていた人型のような、未知の空間とは思えない。

 

 持ち上げ、試しに逆さにしたり振ってみたりして見たものの、再度異常現象に襲われるというようなことは無いらしい。

 

「どうやら予想通り「何か」はあったみたいだけど、どうする?」

 

 ヒナがこちらへ疑問を投げてきて、それを受けてしばし目を閉じて逡巡する。判断は私に任せると、言外の態度が告げていた。

 これが通常通りの調査であるなら、持ち帰って証拠として提出するべきだ。だが今の状況はどうだ? 事件や事故が起きた訳では無い。事実だけを述べるなら、私が一人で夢や幻覚を見て騒いだだけ。

 人形が原因と言うのも、刑事としてはとても口に出来ない「勘」のみ。

 

 ヒナが私の言を信じてくれているのも、以前に似たような事象を経験しているからに過ぎない。

 全てを無視して証拠を提出するとして、一体どこにどうやって。

 それよりこれを保存したとして、今日と同じような事が起こる可能性は? 

 今回は偶然何ともなかったが、次はどうか分からない。次に遭遇するのが多少なりとも事情を知っている私やヒナである可能性は限りなく低く。なによりこれを放置していく、という結論は最初から論外だ。

 

 それに、この人形をどうにかすれば今回の事象は起こらなくなる。そんな漠然とした確信があった。

 

「……処分しよう」

 

 私の言にヒナは頷きだけを返し。合意を確認して、私達はピアノ室を後にする。

 部屋を出がてらふと腕時計に目をやると、時刻は「2:31」を指していた。

 *

 その後、廃校舎を後にした私達は途中委員長室によってライターを調達。再び外に出て人形に火を付けた。

 仮にも見知った人の似姿が燃えていく様は気分が良いものでは無かったが、燃えるにつれ粘つくような異質な空気感が霧散していくのを肌で感じた。

 

 燃えカスは適当にゴミ箱にでも入れておけばいい、とのヒナの言に従ってその辺のゴミ箱に捨てる。

 

 手に付いた炭を払い、夜風を思いっきり吸い込む。

 これでもうあの異質な現象は再発しない。形はどうあれ、一応の決着は付けることができたのだと。そう実感が湧いた。

 

 ゲヘナ学園への用はこれで終わり。後はまた何かあれば、とヒナと連絡先を交換し帰路に付く。

 タクシーを使い寮へ帰り、シャワーだけ軽く済ませてベッドへ潜る。

 

 ようやく実感する疲労が、私の意識を容易に狩り取ることだろうことは想像に安い。抗う必要も無く目を閉じる。

 

 意識を失う直前に脳裏を過ったのは、別れる直前のヒナとの会話。

 

「ねえ。そもそもカンナは、いいえ、貴方へ噂を伝えた人は、「誰」から噂を聞いたの?」

「本当にウチの──ゲヘナの生徒だった?」

 

 *

 翌日。

 キリノを捕まえ、発端になった証言を行ったゲヘナの生徒の特長をなるべく詳しく聞きだす。

 髪色、身長、制服、部活、銃種。その他何かしらの手がかりを。

 

 ……キリノ自身もあまり覚えていない様で。そもそも一言二言言葉を交わしただけの間柄。無理もないと思う反面、昨日の出来事を尋ねた割には、まるではるか昔の事を思い出すかのように、むむむと唸りながら記憶を絞り出す彼女の様子がいやに印象的だった。

 

 ともかく、出来る限り手に入れた情報をそのままヒナへ伝え、該当生徒を洗い出して貰うように依頼する。

 他の仕事の合間になるからあまり優先は出来ないけど、との言通り、結果報告は三日後だった。

 

 挨拶を交わして軽い雑談。その中にはあれ以来ピアノ室では何も起きていないとの言葉があり、とりあえず一安心。

 

 本命の調査結果については。

 データが少ない以上追い切れていない可能性はある、との前置きの上で。

 

 

 

 ──該当生徒ゼロ名。

 

 

 

 それが結果の全て。

 粘つく空気がまた薄く。けれど確かに、纏わりつくような予感があった。




【Case1.ゲヘナ学園_廃校舎/人形】
 正常終了。
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