カンナ局長のキヴォトス超常事件捜査ファイル   作:33z

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アビドス砂漠にて遭遇した事件ファイル。


Case2.アビドス砂漠_PMC駐屯地/

 アビドス自治区、カイザーPMC駐屯地……元駐屯地と言うべきか。

 

 カイザーがアビドスから手を引いて以来、ヘルメット団やその他集団が一時的拠点にすることは前からあった。

 多少人口が栄えている場所からは距離があるものの、ブラックマーケットなりの根城からあぶれた者たちが居つくにはむしろその距離が丁度良く。

 また、多少人口が栄えている場所からは距離があるせいで本格的な拠点にはし難い。そんな場所。

 

 その元駐屯地から、人が消えた。人が倒れている。

 

 そういう通報がここしばらく頻発して入ってきている。

 通報者は数は少ないものの決して一人ではないし、一種類でも無かった。

 *

 例えばヘルメット団の一人が青い顔をして駆け込んで来たり。また、一般市民から恐々と連絡を貰ったりと。

 ただ単に人が居ないだけであれば根城にする者が居なくなった、という喜ばしい状況なのだが。どうやらそう単純な話でもないらしい。

 

 曰く。

 夕方ごろに数人で駐屯地に入っていき、翌朝にはその集団が丸ごと消え、キヴォトス内の各地で発見された。

 

 曰く。

 駐屯地に入っていった数人が何日も出てこないから足を運んでみると、昏倒するようにその場に倒れていた、などなど。

 

 他にも、つじつまの合わないような、または何かがおかしいような証言が複数。けれども。

 そもそも砂漠化して久しいアビドス自治区の、しかも企業が撤退したと公言している場所での話。

 

 ヴァルキューレとして対応が難しい他自治区内での出来事であり、そして他の発生する事件に比べれば対応の優先度はどうしても下がる為、耳に届きながらも対処されることは無かった。

 ただしそれも組織として。私個人であれば多少の融通は効く。……どうにも、先日のゲヘナ学園での一件と同じ匂いがする。前回と同じく勘でしかないが。

 

 ここしばらくの間で薄れていた粘つく空気がまた、肌にまとわりつく感覚。それを覚えて私は、この件の調査を行う事に決めた。

 

 しかしどうしたものか。

 仮にまた先日の「何か」のようなものが出てくると仮定した場合、通常の装備では如何とも対応し難い。

 なにせ顔面に弾丸が当たって怯みもしないどころか、弾自体が吸い込まれるようにして消えてしまったのだから。

 

 何か、眉唾でもいいから対策を。そう考えて私は。ダメ元で良い、ネットで調査を行ってから現地に赴くことにした。

 *

 あまり期待せず、ネットの海を彷徨う。……ある種予想通り、大して有益な情報は出てこない。そのまましばらく役に立たない情報を瞳に映すだけの作業を続け、手ごたえの無さに辟易してパソコンを閉じようとし……ページネーションが普段では到底遷移しえない様なページ数の先。たった一つだけ気にかかる検索結果を発見。

 

 ──タイトルが「連邦生徒会捜査部先生のどんと来い、超常現象」。

 

「何やってるんですか……先生……」

 

 溜息と共に、思わず独り言が漏れた。

 ───

 ──

 ─

 ”いや……何それ知らない……怖……”

 

 時刻は十七時頃。今日の仕事を全て片付け、シャーレの執務室へ赴いて先生へ話を聞いてみた。

 私の手の内に握られている端末に表示されているのは、今時作成することの方が難しいんじゃないかとさえ思えるような骨董品じみたHP。でかでかとトップに表示される「連邦生徒会捜査部先生のどんと来い、超常現象」の文字と、先生の自画像。

 

 ……やけに高速表示されるので少し面白かったのは内緒だが、それはともかく。連邦捜査部、などと堂々と銘打っているから先生が作成したのではないかと思ったものの、どうやらそういう訳でも無いらしかった。

 

「であれば……先生以外の誰かがあのサイトを作成したと?」

 ”うーん、どうだろう……。ねえカンナ、手が空いた時で良いから調べて貰える? サーバーとか、後はアクセス解析とか”

「構いませんが、心当たりでも?」

 ”まあ、ちょっとだけ。それより”

 ”私のところへ来たの、それが本題じゃないんでしょ? ……今日は誰にも当番お願いしてないし、聞くだけならモモトークでも構わないもんね”

 

 眼鏡の奥、細められた視線が私を射抜く。話が本題に移る。そういえば先生が、タートルネックのインナーを身に着けているのは珍しいなあ、なんて場違いな感想が頭をよぎった。

 *

 いつもの様に目の下にあるクマのせいか、やけに視線が鋭く刺さる。そう感じるのは私自身の思惑を、僅かな期待を込めてここを訪れた事を見破られたせいだろうか。

 ……ある意味想定通りではあったが、ネットで軽く調べた程度では先日遭遇した手合いに対する有効手段は見つけることが出来なかった。

 そんな折見かけた、先生の名を冠したウェブサイトと超常現象の文字。

 

 信憑性には著しく欠ける。あまりにも怪しい。一考するまでもない。けれど万が一、もしかしたら。先生が何か知っているのではないか? 

 そう思ってしまうのはやはり、先日の経験があってこそだろう。あれが無ければ、別にこんなサイトなどそれこそ当番の時の雑談のネタにでもすればいいのだから。

 意を決して口を開く。この人なら悪い夢のような出来事を話したとして、一笑に付すようなことはしないだろう。

 

「ええ。実は──」

 *

 ゲヘナ学園で遭遇した一件について。それから、調査予定であるアビドス自治区の、カイザーPMC駐屯地における不可解な噂について。

 それらをまとめて、先生へ語る。あまりにも荒唐無稽な経験、飛躍した発想に基づく調査。自身すらそう思う内容に、しかし先生は真剣に首を縦に二度三度と揺らし。私が語り終える前に引き出しに手を伸ばす。

 

 ”なるほど、事情は分かったよ。つまり、アビドスでの調査を行う「何か」への対策が欲しいってことで良いかな? ”

 

 ならタイミングが良かったね。ごそごそと引き出しを漁りつつ、先生は続ける。

 

 ”私のその噂については気になっていてね。ちょうど調べに行くところだったんだ。ホシノ……アビドスの生徒会相当の組織へは私から連絡を入れておくから、カンナも一緒にどう? ”

 

 引き出しから取り出した──一目で分かる、明らかに未流通品の拳銃を私へ差し出しつつ、先生は私にそう言葉を投げた。

 万が一に賭けた私の直感は正しかった。先生は何かを知っている。私の言葉を疑わず、驚かず、当然の物として受け入れているその態度が。言葉にせずとも雄弁に語っていた。

 

 聞きたいことは沢山ある。知りたいことは山程ある。けれど今はまず、目的の調査へ。

 

「先生が何を知っておられるのか、私が何に遭遇したのか。後でご説明願えますか?」

 ”もちろん。けれど私もなんでも知っているって訳じゃない。分かる範囲で、になるけどね。それでも良ければ”

 

 十分だ。正直今ここで問いたい気持ちでいっぱいだが、それ以上に。先生がアポイントメントまでを一足飛びに済ませてくれた絶好のチャンスを逃す訳には行かない。これを逃せば、事情に詳しい人物とともに調査へ赴ける機会はいつになるか分からない。

 

 次々に浮かぶ疑問を胸の内にとどめ、差し出された拳銃を受け取った。

 *

 シャーレを出て、目的地であるカイザーPMC駐屯地へ到着した時にはもうとっぷりと日が暮れており。太陽の代わりに月が私達の足元を照らしていた。

 まだ駐屯地へは距離がある位置で、渡された拳銃についての説明を聞く。

 純銀の弾を射出可能な、ミレニアム謹製のハンドガン。

 

 ”詳しい説明は省くけど、要は魔除けだよ。聞いたことあるでしょ? 吸血鬼には銀の十字架とか、人狼には銀の弾丸が弱点だとか。それと同じ”

 

 だからそういうのと似た、「なにか一般的でないもの」には総じて一定の効果が見込める、らしい。

 

 ”逆にこれで効果がない場合には「なにか一般的でないもの」から更に一段と()()()()()ことが多いから。十分に注意して。百鬼夜行の燈籠祭以降、どうにもそういうのが増えているみたいで……っと、準備は大丈夫? ”

 

 足を踏み入れる直前、掌の内でマガジンやスライドなどの機構を一通り改める。装備品であるヴァルキューレ制式拳銃とは多少使い勝手が異なるものの、扱えないことはない。

 

「ええ。行きましょう」

 

 頷きを返し、視線は件の目的地へ。寂れて砂にまみれた駐屯地が、月明かりを怪しく照らし返していた。

 *

 駐屯地へ足を踏み入れ、まず注目したのは砂に残る足跡。

 内部には砂が入り込んでいる、というより砂に埋もれていて、もはや靴裏で砂を踏む、ではなく足で砂をかきわけ歩く。そんな表現がしっくりくる有様。

 そのため足跡はしっかりと残っており、それは私達の他にも人が居ることを示していた。

 

 しかし、人の気配が一切感じられない。まるで私達二人以外、誰もここに存在しないかのように。

 

 念の為足跡を詳しく確認してみたが、外から内へ数人分が残っているものの、内から外へ、つまり敷地外へ出ていったものは見当たらない。

 特に姿を隠してきたわけではないので、仮にここを根城にしている不良達が見張りでも立てていれば、私達はすぐに発見される。

 そうすれば物音がするし、抵抗されれば不法侵入等の取り締まりという業務が発生するが、少なくとも誰かが昏倒するような事象は発生していない。常通りの仕事を済ませればいいだけ。

 何もないパターンであればそれが一番良い。

 

 そう考えていたのだが、やはりそう簡単に事は運ばないようだった。

 

 ここへ入り込んだ誰かは果たして、倒れているのか。キヴォトスのどこかで発見されているのか。はたまた、全く別の何かが起きているのか。

 

 確かめるべく、更に内部へ足を進める。

 

 そういえばここは、アビドス砂漠の地下を発掘調査する為の拠点なのでしたか」

 ”そうだね。ま、カイザーは既に手を引いたし、手引きしていた奴ももう手を出すつもりはないんじゃないかなと思うよ”

 

 駐屯地内部を、足跡を辿るようにして捜索していく。幾分か大きめの声で雑談を交わす。それを聞きつけて誰かが出てくれば、との思いからだが、やはり効果は薄い。

 

 そうして調べていくことしばし。駐屯地の丁度中央、おそらくは発掘調査の司令室なのか、大小様々なディスプレイが複数かけられた部屋を発見した。

 頑丈なガラスで部屋の内外が仕切られていて、駐屯地内の通路などから室内が見通せる作り。一方外界へ面している窓は一つもなく、司令室へ砂が入り込むことを避けるための構造なのだろうと想像がついた。

 

 私達は司令室の中を、通路からガラスの壁を通して覗く形。一見して分かる。異常であるのはこの部屋だと。

 *

「──先生、これはっ」

 ”ああ、すぐに助け出そう。触れることが出来れば、の話だけど”

 

 司令室内部、ガラス越しに見える腰の辺りの高さまで。たった今踏みしめている足元の砂とは、明らかに異なる極彩色の砂で満ちている。

 明らかに、放棄された建物内に風で砂が運ばれたという量を超えていて。まるで容器の半分まで道具を用いて砂を入れたような、そんな様相。

 

 なぜ室内が砂に埋もれていたのか、これも一目で理解できた。砂に見えていたものが、極彩色である理由も。密室のはずのその空間へ。煌めく粒子が延々と降り注いでいる。

 

 青色の粒子が。赤色の粒子が。黄色の粒子が。橙色の粒子が。その他様々な色の粒子が。無から生まれ、中空を漂い、落下した粒子が、まるで砂のように。あたり一面に。

 

 そして室内に広がる極彩色の砂漠へ、(うず)もれている人の姿──制服を着ていることからおそらく生徒──が複数人分。おそらく私達が辿ってきた足跡の主達。ヘイローは消えており、意識を失っていることは間違いなく。

 

 ──更には半透明になっていて。ありていに言うなら「消えかかっている」。そう直感できる状態だった。

 *

 サイケデリックな粒子を目にしているだけで気分が悪くなる。沸き上がる吐き気を堪えて、扉を探す。

 少し視線を走らせればすぐに扉が見つかった。急いでドアノブを回して──。

 

「開かっ……!?」

 

 押しても引いても、一向に開く様子を見せない。中の人間がどれだけの時間をかけ「消えかかってしまって」いるのか判断が付かない以上、鍵を探してくる暇は無く。

 文字通りの打開策として、本来の、手に馴染む拳銃をホルスターから引き抜く。動かないものに対しての照準など片目を瞑っていたって合わせられる。引き金に指をかけ、三発分をトリガ。激音と共にドアノブごと鍵を破壊する。

 

 壊した穴から強引に扉を開こうとして、僅かに違和感。……向こうの部屋からすれば既に砂に埋まっている位置にたった今、穴をあけた。それなのになぜ、漏れ出てこない? 

 

 自らの内に鳴った警鐘と同時、

 

 ”待った! ……私が開ける”

 

 後から制止の声。振り返ると先生がこちらへ駆けてくるのが見えた。

 

「しかし……いえ」

 ”対策があるかもって信頼して私を頼ってくれたでしょ? だから、私に任せて”

 

 そう言われれば、そうだ。私より詳しい誰かに力を借りたくて、そして実際に先生は私より知識を持っていた。専用の拳銃などもその一つ。ならば詳しい人の意見は聞くべきだ。しかし同時に、何でも知っている訳では無いとも自ら言っていた。あの砂、粒子について対策を打てているのだろうか? 

 

 ……ダメだ。逡巡している時間が惜しい。せめて少し考える時間があれば。迷いを断ち切る意味も込め、頷きで答えを示す。

 

 一歩引いて、扉の前を譲る。先生はポケットから手袋を取り出して身に着け、空けた穴へ手を差し込む。力を込めた様子が背中から伝わる。地面を踏みしめて、一気に扉を開けた。

 

 遮る壁が無くなったのだから砂が流れ込んでくるだろう。その予想は裏切られた。

 

 扉が開いた先、おおよそ腰の高さまで積もった極彩色の砂……粒子の山。それが。

 まるで未だに仕切られているかのように、崩れることはない。かといって見えない壁があるのかと言えばそういう事でもないようで。

 

 先生は扉の奥へ足を進め、室内へ踏み入る。しかし、砂の山へ乗り上げるようなこと動作は取らず。言うなれば砂の山を素通りするかのような。

 

 仕切りも無く崩れ落ちない極彩色の砂の山。

 質量のあるそれを物ともしない、いや、そこに存在していないかのように通っていく先生。

 その光景に一瞬思考が停止し、思わず棒立ちで呆けてしまっていた。

 *

 ”カンナ。多少気持ちが悪くなったり、眩暈がするかもしれないけど、少しの間触れているだけなら問題はなさそう。……あまり長い時間触らないに越したことは無いから、急いで全員を外へ運び出そう”

 

 声を掛けられ、意識を戻す。そうだ。あっけにとられている場合じゃない。迅速に中に倒れている人を回収しなければ。

 

 返事の代わりに行動を。躊躇いはあるが(かぶり)を振って、それを振り払う。先生の後へ続いて室内へ。

 砂を乗り越えようと足を大きく上げ、振り下ろす。目に映る、極彩色の砂へ足が触れる。が、靴裏は砂へ触れる感触を捕らえず、床を叩く硬質な反射だけが体に伝わってきた。

 試しに腰の高さにある砂の山を一掴みしようと左手を伸ばす。私の眼には砂の山に埋まる左手が映っているが、肝心の左手には空を掴む感触だけが残る。

 

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 出来の悪い拡張現実(AR)じみた違和感に脳が悲鳴を上げる。

 

 しかもそれだけではなく。

 

 砂がある場所へ足が入ると同時、かすかに耳の奥がかき乱されるような感覚。

 もう一歩足を進めると,今度は耳の奥の感覚は消える代わりに僅かばかりの腐臭が鼻に付く。

 さらに足を進めると悪臭は立ち消え、その代わりといわんばかりに肌の上を虫が這いまわるような感覚が。

 

 また一歩。また一歩と足を進めるごとに。それほど強くは無い、しかし種類の異なる不快感が入れ代わり立ち代わり襲ってくる。

 五感を刺激する何もかもが不快で、すぐにでも部屋から飛び出していきたくなるが。意識不明者たちを助けるという目的を強く意識して、どうにか気を取り直す。

 

「正直、この不快感の中で余裕をもって人ひとりを運べる気がしません。ですので」

 ”うん。私も同じ。二人で一人を順番に運んでいこう”

 

 言葉少なに合意を取って、砂に埋もれた生徒達の救出作業が始まった。

 *

 先生と私は視覚上腰近くまで砂に埋もれているが、それは言ってしまえば見かけだけ。砂で動きが制限されるようなことは無い。逆に言えば、私達では砂に対して物理的な干渉が出来ない。

 例えばもし今この場で転んだならば、倒れ込む先は砂では無く床。

 

 一方で意識不明になっている生徒たちは、文字通り砂の中に倒れ込んでいて。それはつまり砂から物理的な影響を受けている、という事に他ならない。

 私達と彼女達でいったい何が違うのか。それをに思考のリソースを割く暇もなく、あたりを見回して人数を数える。全部で四人ほどがこの場で意識を失っているようだ。

 

 一人へ近づき、消えかかっている体に触る。どうやら物理的に掴むことは「まだ」出来そうだった。しかしこれは。

 なんというか、手ごたえが薄い。触れているという現実感が無い。掴んでいることは間違いないのに、今にもすり抜けてしまいそう。……おそらく、このままならその懸念は実現してしまう。しかもそう遠くない時間で。

 

 悠長に一人ずつ運ぶような猶予はもはや無い。そう直感する。思わず先生の方に視線をやれば、どうやら同じ結論に至ったようだった。

 

 そこからはひどい有様だった。

 砂の上に突き出している体の一部分から居場所の見当を付けて近づく。昏睡している生徒達からまず運搬の邪魔になるヘルメットをもぎ取り投げ捨て、腕を両肩を通して腕を首へ回す。尻の下へ私自身の両手を差し込み体重を支え、扉へ歩く。

 

 その行動の間にも神経を苛む感覚は相変わらず襲って来ていて、一動作を行うごとに正常な五感をはぎ取られていく。

 しかも先程までとは違い、その感覚を無視して強引に進んでいるせいか、「多少気持ち悪くなる」レベルを超えてしまったようで。

 

 いつ、どのタイミングで三半規管が揺らされたのかさえ覚束ないまま、吐き気を堪え切れずに戻してしまった。反動で倒れそうになる体を両足で無理やり支え、正常な空間へ、入って来た扉の先へと体を投げ出す。

 

 砂から体が脱した瞬間、五感が正常に戻った。思わず倒れ込んで咳き込む。肺から息を吐き出し切り、また咳き込んで、ようやくまた酸素を取り込めた。

 

 その間に、先生も一人を背負いながらこちらへ倒れ込んでくるのが見え。堪え切れなかったのか俯いて嘔吐。ひどく呼吸が苦しいのか、数度首筋を掻き毟るような動作が見える。

 

 お互いにゲホゲホと咳き込み、万全とは真逆の状態ながらもどうにか立ち上がる。あの空間の中に後二人、まだ意識を失っている生徒が倒れている。

 

 言葉を交わす余裕はなく、視線を合わせてお互いに頷き。私達は再度、極彩色の砂漠へと入り込んだ。

 *

 もう一人を背負って扉を(くぐ)る頃には、指一本動かすのさえ億劫になる程疲労困憊していた。

 息も絶え絶えに再び地面へ倒れ込む直前、背負っていた生徒も落とすようにして先程救出した二人の横に並べる。

 同じように先生も、背負ってきた生徒を先に救出した二人の横へ寝かせていた。そのまま地面へ腰を落とし、横へ倒れる。

 

 疲労具合でいえば私も先生も大差なく。

 

「これで……あの……砂の中に居た……人間は……全部ですか……?」

 ”うん……そうだと……思うよ……”

 

 地面に転がって天井を見ながら、視線だけは扉の向こうへ向けて問いかける。

 同時に思考を回す。ここからどうすべきか。幸いあの砂はこちらへ流れ込んでくる様子は無い。ならこの場を離れても問題は無いが、今の私達では移動さえままならない。

 扉へ向けていた視線を、あの部屋から連れ出した四人へ向ける。見れば、胸はゆっくりとだが規則正しく上下していて、命に別状はなさそうだった。

 

 また、未だに「消えかかって」いる状態ではあるものの、部屋の中で感じていたような、症状が進行する様子は無い。……現実感が増している、というか。

 ──さっきまでは余裕が無くて意識を割けなかったが、改めて観察すると「何か」の気配を纏っていると感じられた。

 以前、ゲヘナ学園の廃校舎にて。連邦生徒会長に似た人型と相対した時と同じ気配。比べるべくもない程幽かだが確かに。

 

 仮にあのまま消えるに任せていたら一体、どうなっていたのだろうか? 

 そもそもあの砂、いや、「粒子」のようなものは何なのだろうか? 

 

 深刻な状況を脱したからこそ次々に浮かぶ疑問の群れ。

 その辺りも先生に確認を取りたいが、とりあえず今はここから移動する算段を付けることが先決だ。

 

 少しだけの時間経過の後、しばらく深呼吸を繰り返してようやく息を整えた先生が声を掛けてきた。

 

 ”ヘリを呼ぼう……。アヤネに連絡すれば多分回してくれるから……”

 

 そう言いながら先生は寝そべったまま、スマホを操作して電話をかける体制に入る。漏れ聞こえるコール音と、数舜後に耳に届く慌てたような声。

 僅かな応答と共に、了承の意が聞こえて通話が切れる。これで帰りの足もどうにか。

 問題は山ほどあるが。それでも致命的な事態は脱することが出来たのだと、その実感が追い付いてきた。

 *

 それから一時間程して。駐屯地内外に大きく響くプロペラの駆動音。先生が呼んだ、アヤネと言う生徒が駆るヘリが到着したことを知らせるような音。

 気を失ったままの、少しずつ回復してきているとはいえ通常であればあり得ない、「消えかかっている」生徒を見ても軽く驚きを露わにしただけでヘリへの積み込みを手伝ってくれたあたり、彼女も多少は事情を知っているだろうか。

 ……お世辞にも綺麗とはいえない(吐瀉物にまみれた)私達の様子にも苦笑いを浮かべてタオルを差し出してくれたので、おそらく間違いない。

 

 その後は回されたヘリに乗り込んで、一路シャーレへ。

 

 意識不明の彼女達をどうするかを相談した結果、これ以上の悪化も無いとは思うが万が一の保険として、目の届く所で様子を見ておくとの事。

 流石にあの疲労の後に一人では辛いだろうと見て、私も協力を申し出た。近くのヘリポートで意識不明の彼女らを降ろし、シャーレへ運び込む。

 

 運び込みまで協力して貰ったところで奥空アヤネとは別れることに。いきなり巻き込んだことに対する謝罪とここまで運んでくれた礼を述べ、それを受けた彼女は微笑みを浮かべて。私は、彼女がヘリへと再び乗り込むのを見届けた。

 

 奥空アヤネと別れてしばらく。シャーレの執務室内。人工の光と、それに照らされた穏やかな色調の家具たち。

 人の生活圏に帰ってきた気がして、ようやく気が抜けた。緊張が解けると今度は、自分の汚さが気に障る。先程タオルで多少は拭ったものの、洗い流したい。

 

 ”とりあえず……体綺麗にしなきゃだね。先シャワー使っていいよ。私は彼女達をベッドへ寝かせておくから”

「すみません、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 まずは私から身を整えることになった。

 ───

 ──

 ─

 時刻は二十三時頃。

 未だに昏睡している彼女達が目を覚ますそぶりは無く。お互いに身綺麗になった後、先生が珈琲を淹れてくれるとの事で。しばしの間、その物音だけが耳に届く。

 お湯がフィルターへ流れる音に、珈琲がカップへ落ちる音。

 

 香ばしい豆の香りが鼻孔を擽って、ソファへ座った私へ珈琲の入ったマグカップが差し出され。礼を告げ、一口啜る。公安局で飲む珈琲とは味の違う、シャーレ(ここ)特有の豆の味と香り。それを味わうと、どことなく落ち着いた気分になる。

 

 先生は普段使いしているチェアに腰掛け、同じように珈琲を飲んで頷きを一つ。そして、口火を切った。

 

 ”さて、何から話そうか……といっても改めて言っておきたいんだけど。私も全てを知っているって訳じゃないし、特に今回は調査も検証も不十分な状態での推察を話す形になる。だから、実態とは異なる可能性が高いけど、それでもいい? ”

 

 その言葉にうなずきを返す。例え考察材料が少なかろうと、私が一人で延々と頭をひねり続けるよりは建設的な筈だ。何より、多少なりとも答えのようなものを聞けないと、文字通り夜も眠れない。

 

「説明を欲しいことは数多くありますが、まずはあの「砂」について」

 

 聞きたい事、知りたいことは数多くあるが。結局のところはそれに帰結する。今回の噂の大元にして、不良達が昏睡する原因。そして私達が文字通り反吐にまみれて救出作業を行うことになった元凶。

 

 先生はまた一口珈琲を含み飲み下し、一呼吸おいてから言葉を紡いだ。

 

 ”あの「砂」について、ね。あれは、”

 ”例えば幽霊。例えば(まじな)い。例えば超常現象”

 ”そういった、誰かから誰かへ言葉を介して紡がれる、噂や怪談など……になれなかったもの。手慰みの、場を繋ぐような会話のネタにすら至れなかった、人の興味を引けなかった「何か」の、なり損ない”

 ”けれど一度(ひとたび)のきっかけさえあれば。それを呼び水に、一斉に力を持つような。そんなひどく不安定な「種」が寄り集まって、淀んでいた”

 

 ”──言うなれば、何か(怪異)の、不発弾。その場にあるだけでは影響を及ぼさず。しかしてほんの僅かな衝撃で起爆してしまう。それがあの砂、……粒子の正体”

 

 だと思うよ。多分だけどね。そう言って先生はまた一口、珈琲を啜った。

 

 ”あの砂に足を踏み入れた瞬間、感覚がおかしくなったでしょ? それも次々に刺激が入れ替わるように。基本的にああいう場所へ足を踏み込む時って寒気を感じたり変な音を聞いたり……いわゆる霊障(れいしょう)に見舞われたりするんだけど。そういうのって大体一種類か二種類なんだよね。それを感じさせてくる大元の原因によって。でも”

「あの場には数多の原因があって、私達はそれに自ら次々と触れた。だから、効果の小さい……霊障? が連続して襲ってきた。……そういう事でしょうか?」

 ”うん。合ってると思う。それで最終的には許容量みたいなのを超えて耐えきれずに”

「嘔吐という形で現れたと」

 ”多分ね”

 

 霊障だのなんだのと、業務時間内に部下からそんな事を言われたなら説教では済まないが。私自身が遭遇した経験から不思議と受け入れさせた。

 

「ではあの、砂の中で昏睡していた不良達は? ……あれは明らかに私達とは違う形で「砂」へ、先生の言う「種」の粒子へと干渉していました」

 

 そして現実感が薄れるというか、気迫というか。大雑把に表現するなら、存在感が消えかかる。……というのは、私達への症状とはまた違う症状。

 

 ”そちらに関してはまた別の理由だね。あれは多分、長く粒子に触れた結果、存在が何か(怪異)に寄り始めてた……影響を受け始めていたんだと思う。朱に交われば赤くなる、じゃないけど。”

 ”ほら、駐屯地に流れた噂があったでしょ。人が消えたりとか、倒れてたりとか。あれこそが多分、長く粒子に触れた結果だと思う。長時間触れて、「種」を揺り動かした。そして、その時触れていた粒子の、「怪談」の影響を受けた”

 

 それは例えば。気が付いたら別の場所に居た、とか。気づけば気を失っていた、とか。

 そういう類の怪談、噂。確かにそんな話は、雑談のネタに事欠かない。

 

「では、今回消えかかっていた不良達は」

 

 より正確に表現するなら、「消えかかっていた」というより。「成りかかっていた」という事なのだろうか。

 

 ……いや。一瞬のちに、脳裏に走った思考に背筋が凍る。

 怪談でなくたって。私の好きな推理小説にだってよく出てくる、読み覚えのある、普遍的な〆の一文。

 

「その後、姿を見た者はいなかった」

 

 そう〆られるような怪談や超常現象の「種」が。あの場にあったとしたなら。それに長く触れて、影響を受け終わった(成り切った)としたなら。

 冬も終わり、肌寒さも無くなったこの季節なのに。歯の根が音を鳴らす。温かさを求める様に、マグカップから珈琲を啜った。

 *

 とにかくあの砂の正体は分かった。なら次は。あの場所に、「種」が淀んだ理由。

 

「なぜ砂は、あの部屋へ溜まっていたのですか?」

 ”基本的に噂とああいった現象の関係性は鶏と卵に近いからねえ……噂が立ったから「種」が集まったのか、「種」が集まったから噂が広まったのか。特に今回は断言できないかな。碌に調べられてないから、情報が少なすぎる”

 ”それでも理屈をつけるのであれば、ひとつは自然に、だと思う。そもそも「砂漠」って浪漫があるじゃない? それにアビドスさ──”

 

 流暢に説明を続けていた先生が、一度そこで流れを切った。まるで、言葉を探すかのように。

 

 ”──砂漠からはほら、ウトナピシュティムの本船が出たからさ”

 

 結局続いた言葉が、当初意図した考えなのかは私には判断が付かないが、それはともかく。

 

 遺跡、発掘、ミイラ、ピラミッド。ざっと思いつくだけでも、映画や小説のフックになる要素には事欠かない。それがアドビス砂漠に実在するかは問題ではない。「実は」という枕詞さえあれば、いくらでも想像を広げられるのだから。それに加えて巨大な舟が発掘された事実があれば、そこに尾ひれがついた噂の一つや二つ。流れてもおかしくないだろう。

 

 ”後は、何者かが意図的に細工をした、とかかな。何をどうやって、とかは全然見当もつかないけどね”

 

 ふと思い出す。そういえば、私が先生に相談するきっかけになったふざけたサイト。……「連邦生徒会捜査部先生のどんと来い、超常現象」。

 あれも、心当たりがあるような雰囲気だった。

 

「そういえば、あのサイトにも何か思うところがあるようでしたが。そちらとも関係が?」

 ”確証は無い。けれど「何か」を、怪談、都市伝説を。本来まことしやかに、ひそやかに語られていくべき、無意味な御伽噺を。「押し上げよう」とする、あるいは公に晒そうとする組織に心当たりはある。……私の名前を使ってサイトを作るのは完全に私への嫌がらせだろうけど”

 

 ”──ゲマトリア。あるいは、花鳥風月部”

 

 それらが、何某かの実験をしていたとしても不思議じゃない。……ホームページのやり口は少なくとも、ゲマトリアらしくは無いけどね。

先生はそう言って、ぬるくなり始めた珈琲を飲み干した。

 *

 その後。珈琲を飲み終えた私達は交代で仮眠を取ることに。先に私が休み、続いて先生。

 私が休む前、起きた後でも意識不明の生徒達は起きることなく。実際に目を覚ましたのは、先生の仮眠が終わる時とほぼ同じタイミングだった。

 その頃にはもう消えかかっている様なことは無く、しっかりとした現実味を帯びていて。……幽かに感じていた、連邦生徒会長の似姿のような気配も完全に消え去っていた。

 また、彼女たちはPMC駐屯地へ踏み込んだ時から記憶が無いようで、知らない天井が見えたかと思えば上質なベッドに寝転がっていてと、随分と驚いた様子だった。

 

 特に異変も起きなかった彼女たちから軽く事情を聞き、すぐに開放した。仮にも公安局長(わたし)とシャーレの先生が出張っていた事からして何かしらがあったことは察したらしく。普段の不良共の様子とは打って変わって借りてきた猫のように大人しかった。……ヘルメットが無い事には随分と不満げだったが。

 

 彼女らを解放した後は、それぞれ日常の業務に戻り。仕事を終えてから再度、PMC駐屯地へと赴く。が。

 件の、砂に埋まった部屋まで行きついてみれば。

 

 ──極彩色の粒子の、一粒さえも残っていなかった。

 

 自然に発生していたからこそ、何の予兆も無くそこにあって、また何の予兆も無く消え去って行ったのか。あるいは、異変に明確に対応した私達が足を踏み入れたから、何者かが手を引いたのか。

 

 どちらが正しいのかなど分かるはずも無く。けれど思いを馳せる。

 この部屋を半分ほど埋めていた、幾百幾千幾万幾億の、極彩色の砂。先生の言葉を借りるなら、何か(怪異)の「種」。成り切れなかった不発弾()でさえ無数にあるというのなら。

 果たして何かへと、明確に芽吹いた「種」は。どれ程の量、キヴォトスへ渦巻いているのか。

 それを想像して思わず手元の、正式装備品でない(ミレニアム謹製の)拳銃を弄びながら、窓の外へを目をやる。

 

 遥か彼方まで広がる砂漠の向こうに、得体の知れない影が見えたような気がした。




【Case2.アビドス砂漠_PMC駐屯地/不発弾】
 正常終了。
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