『別れてからの一つひとつの瞬間が、再開までのカウントダウン』
ラグーナ城の橋の上でわたくしは漂泊者さんにこう伝えました。
その言葉はたしかにわたくしのお気に入りの言葉のひとつですが、なにも寂しさを感じていないわけではありません。
(はあ……なにか、こう、物足りない感じがしますわね……)
モンテリでの一件の後処理に追われるある日の昼下がり、ちょっとした暇を見つけて紅茶を楽しんでいました。
(香水、お洋服、『パフューム』……ううん、どれも問題ないわ……)
違和感の正体を暴くために手持ちの物をさっと確認しても、手入れはいつも通り行っているために乱れはみられません。
結局、心のざわつきは続いたままで手にしている紅茶を一口進めながら落ち着こうと試みます。
「カルロッタお嬢様、ご休憩のところ失礼します。例の件で進展が……」
「……ええ、聞かせて頂戴」
一息つけたような気がすることもなく、つかの間の休息だったものはこなすべき任務へと移ろってしまいました。
それからというものの、教団の動向やこちらの一件に対するフィサリアファミリーへの情報流出妨害で手一杯の毎日を過ごしていました。
最高級の権限を持つ人が1人いなくなるだけで増える負担は倍にとどまりません。
一言一句に伴う責任や一挙手一投足に注がれる視線を含めれば、精神的負担は以前よりも比べ物にならないくらいになりました。
(はあ……甘く見ていたわけではないけど、モンテリの名がここまでわたくしにのしかかる時が来るとは……)
心もどこか満たされないままラグーナを歩き回る日々が続きます。
そんな沈んだ気持ちが続いたある日のことでした。
「カルロッタお嬢様、ご客人がお見えになっています」
部屋のノックと共にモンテリファミリーの1人がわたくしに声をかけました。
「ご客人……? わたくし、今日はそのような予定を入れた覚えがないのだけど」
連日の疲れのせいか、何か約束を違えてしまったのかと不安になりながらスケジュール帳を開きます。
しかし、今日の欄を見ても何ひとつ記述はありません。
「ええ、それが、ご客人は申し訳なさそうにしている様子で、カルロッタお嬢様に『キャッツアイが来た』と伝えてくれと申し受けまして」
「! 『キャッツアイ』と本当におっしゃっていたのですね?」
「はい、間違いありません」
『キャッツアイ』。
それはわたくしが唯一他人に与えたコードネームで、その名前を冠している人は過去、現在、未来にただ1人。
(漂泊者さん!? でもどうして……いいえ、彼を待たせてはいけないわ。今すぐ支度をしないと)
すぐさま立ち上がり、姿見で衣服の乱れやリボンを調整してから外へ向かいます。
「報告ありがとう。わたくしは少し出かけてきますわ」
「承知いたしました。お供は必要で?」
「いらないわ。わたくしにはラグーナで最も強いパートナーがいるんですもの」
一緒に任務を全うした仲間、パートナー、相棒である漂泊者さんがいればどんな問題でも解決できる。
そう思える相手が一枚の扉越しに待っている。
(ああ、わたくしに今必要なのは……)
心の中で言葉を繋げなくても、わたくしの中のわだかまりが消えていくのを感じていました。
「……お待たせしてしまいましたか? 漂泊者さん」
わたくしの嬉しさが漂泊者さんにバレないように。
いたずらっぽく微笑みながら漂泊者さんの顔をのぞきこみます。
「カルロッタ、また会えて嬉しいよ」
コードネームの通り、キャッツアイの輝きを見せる漂泊者さんの瞳がまっすぐわたくしに向けられていることに喜びを感じて、思わずスキップしそうになりながら漂泊者さんの手を取ってわたくしはこう言いました。
「漂泊者さん、今日はどこへわたくしを連れて行ってくれるのかしら?」