少なくともカルロッタシリーズは漂泊者とのカップリングを推しています。よしなに。
「漂泊者さんはあまりご自分の服装に興味を持たれないのですか?」
目的のお店に到着したのち、馴染みのある店員さんもとい音骸に案内されながらいつものようにお洋服を見繕います。
そんな中、職業病なのかわたくしの観察眼にて隣に佇んでいる漂泊者さんがどこかそわそわしている様子を汲み取りました。
「そうだな……やっぱり旅をしているから、服装に気を遣うことは少ないかもしれない」
なるほど、旅をしている人にとってはわたくしの『赤』のような、いわゆるトレードマークにこだわりを持つこともないのかもしれません。
「そうでしたか……では、こういうのはどうでしょう? わたくしが漂泊者さんの新しいお洋服を見繕う、とか」
このような場合は発想の転換です。
わたくしが扱っているビジネスのように欲しい人へ欲しいものを提供する、もしくは新しい市場を開拓する。
仮に漂泊者さんの服装に対する意識が今は薄いものだとしても、わたくしがその興味のお手伝いをすればいいのです。
「カルロッタが? それは嬉しいな」
これもわたくしの読み通り、ですわね。
「ふふっ、これでもわたくし、流行りの服装や装飾にも造詣が深いのですわよ? 芸術とは人の心を動かすもの。それは美しいドレスや煌びやかな装飾にも言えることですわ」
ぱちりと漂泊者さんにウインクをしながら男性用のものがある奥のスペースへ手を引いていきます。
本日は普段に比べて利用客が少ないせいか、こつこつとわたくしたちが歩く音でさえまるで1つの曲のようです。
「『キャッツアイ』。その聡明そうな色をした宝石を飾るには、引き立て役は目立たず、落ち着いた色味をしていないといけません。そんな瞳を持つ漂泊者さんには……」
黒でももちろんいいのですが、それは今の漂泊者さんの服装と被ってしまうのでいただけません。
そう思い、わたくしが手にしたのは宵闇を体現するような紺色のスーツでした。
「こちら、ですわね。いかがでしょう漂泊者さん。ここはわたくしの顔を立てて試着してみませんか?」
我ながらずるい言い方をしたとは思うのですが、きっと漂泊者さんはこのオファーを受け入れてくれるはずです。
「ありがとう……たしかに、これなら俺でも着れそうだ。試着はどこで行えばいい?」
手渡されたスーツを軽く見回して、納得した様子の漂泊者さんはわたくしにこう尋ねました。
「気に入っていただけて何よりですわ。試着室はあちらの方にあります。わたくしはここで待っていますので、どうぞごゆっくり試してくださいまし」
そんなわたくしの言葉に漂泊者さんは頷いて、店内を見渡しながらその場を後にしました。
そうして手持ち無沙汰となった今、耳に流れる静かな音楽と人が出入りするドアの鈴の音を楽しみながら適当に目についたお洋服を手に取ります。
(この素材を使ったドレスも着てみたいですわね……)
漂泊者さんが試着室に赴いてからどれくらい時間が経ったのでしょうか、気づいた頃にはお洋服を改めた漂泊者さんがいつの間にか戻っていました。
「お待たせ、カルロッタ。こんな感じでどうかな?」
そう言ってわたくしの前に立つ漂泊者さんの姿をさっと眺めてみます。
「ええ……良いですわね! 一目見た時からこのスーツは漂泊者さんに似合うと思っていたのですが、スーツ単体で見たときと比べてより洗練されて見えます」
長身である漂泊者さんが着こなしているせいか、紺色が際立って寡黙で誠実な印象をわたくしに植え付けました。
漂泊者さんが元々寡黙で誠実であるかはさておき、客観的に見てもパーティーで一目置かれるような存在感を纏っていることはひしひしと感じます。
「それにこのシルバーのバックル、漂泊者さんが纏う芯の通った強靭な心を表現するのにぴったりですわ!」
流石、わたくしの審美眼といったところでしょうか。
「そうなのか……? 自分で確認した時はその纏っている雰囲気とかあまり分からなかったけど……ん? 何か、外が騒がしくないか?」
先ほどのやんわりとした漂泊者さんの言葉から一転、訝しげに外を見る漂泊者さんの目線をわたくしも追いかけます。
「また音骸の暴走でしょうか……それにしてはファミリーの対応が遅いような……」
個人用デバイスの普及に努めるモンテリファミリーが『あのような』失態を再び広める真似はしないはずです。
事件の初動対応を誤らないようにと例の件の後でファミリー全員へ通達を行ったばかりなのですが、これはどういうことなのでしょうか。
「あの音骸、なにかおかしい……悲鳴に向かって行ってる?」
暴走する音骸の違和感を素早く察知した漂泊者さんと共に事件を収拾するためお店の外に出ます。
漂泊者さんが紺色のスーツを試着したままお店を出てしまうのは良くありませんが、緊急事態であるため店員さんにはアイコンタクトで謝罪の意思を伝えました。
「カルロッタ! 銃声だ! 音で音骸を引きつけるんだ!」
「わかりましたわ!」
漂泊者さんの意図を汲み取り、共鳴能力による宝石で発砲を行います。
「よし! とりあえずこの間に皆は逃げきれそうだな」
逃げていく市民を横目に音骸は大きな音がしたわたくしたちの方に振り向いて、今か今かと飛び掛かる機会を窺っている様子をみせていました。
「漂泊者さん、この後はどうしますか? このまま戦闘を行えば、二次被害は免れません」
以前起きた残星組織によるダンサーの暴走は、ダンサー自身が市外へ逃走したために二次被害は最小で済んだのですが、今回は音に反応している様子からそうはいきません。
「……」
嵐の前の静けさというのか、音のたたぬまま睨み合いが続きます。
と、その時。
『チリン……』
「! 危ない!」
先ほどまでいたお店のドアが風に煽られた影響で鈴の音がなってしまい、興奮状態の音骸はそのドアめがけて飛び掛かりました。
わたくしがお店の方へ発砲に躊躇ってしまった代わりに漂泊者さんが音骸の一撃を受け止めます。
「漂泊者さん! お怪我はありませんか!?」
そして戦闘は広い市内から打って変わって、狭いお店の中での戦いとなりました。
「しっ! 静かに。俺は大丈夫。でも、お店の中で激しい戦闘は避けたい」
慌てふためくわたくしを漂泊者さんが人差し指で制しながらゆっくりと静かに音骸から距離をとっていきます。
「(どう倒せばいいのでしょう。漂泊者さん、何かいいお考えはありますか?)」
何かと制約が付き纏う屋内での戦闘。
むやみやたらに商品まで被害は出したくありません。
「(……カルロッタの銃で狙撃を頼みたい。それも一撃で)」
「(……難しい注文ですわね。あの音骸を倒すような威力で撃つならば、体を貫通してしまうことも考慮しなければいけません)」
そうなってしまえば、この手でお気に入りのお店を壊してしまうことに繋がります。
「(そこは……カルロッタの腕を信じる)」
清々しいまでの信頼。
漂泊者さん、いいえ、『キャッツアイ』にそこまで言われればここが正念場です。
幸い、音骸はわたくしたちを探しているようなので、少し脆く作った宝石で急所を撃ち抜けば可能性はあります。
「(頭をこちらに向けてくれれば……きゃっ!)」
銃を構えようとした結果、あろうことか陳列してあったお洋服に絡まって体勢を崩してしまいした。
「(っ……カルロッタ、大丈夫?)」
転倒して音を発してしまうことは避けられたものの、なんと今は漂泊者さんに抱きかかえられてしまっている状態。
漂泊者さんの右手で腰の部分を、左手でわたくしの髪と肩の部分を支えてもらっています。
「(え、ええ……あの、漂泊者さん?)」
続けて『少しお顔が近いのでは?』と口を開こうとしたところで、漂泊者さんは離れていきました。
「(今がチャンス。カルロッタのおかげで音骸がこっちを向いた)」
さもわたくしの失態を強調するかのような漂泊者さんの言い方に、ちょっとの間目を細めて睨みつける仕草をしてから一呼吸おいて再度銃を構えます。
そして、漂泊者さんがカウントダウンを始めました。
「(3、2、1……)」
『0』という言葉は引き金にとって代わられ、頭を撃ち抜かれた音骸はその場で消えてなくなりました。
「お疲れ様、カルロッタ」
「漂泊者さんも、お疲れ様ですわ」
元凶が無くなってしまえば後は簡単で、ファミリーのメンバーが現場検証や聞き取り調査を行い、わたくしたちはいつもの報告書を提出するだけ。
現場となったお店からは感謝されて、漂泊者さんのスーツをお代無しでいただけることが決まりました。
欲を言えば、わたくしからのプレゼントとさせていただきたかったのですが、これはこれで忘れられない思い出となるのでいいでしょう。
「……カルロッタ? 何かあったか?」
そんな事後、わたくしのような華やかで繊細な乙女心を知らない漂泊者さんは無粋にも『何かあったか』と尋ねてきます。
その『何か』なんて漂泊者さんは気にもしていない様子がわたくしの心をさらに波立てていることも知らずに。
「わたくしのようなレディの髪を触るなんて、漂泊者さんには覚悟がおありで?」
むっとした表情をこれ見よがしに見せつけながら漂泊者さんにいたずらをします。
「あれは不可抗力で……その、ごめん」
わたくしもそのくらい分かっているのですが、ここはあえて言及せずにこう言ってあげました。
「謝らなくていいのですわよ? 漂泊者さんがその責任をとっていただければ」
わたくしの言葉を聞いて慌てる様子の漂泊者さん。
先ほどまでもやもやしていた心がすっきりしていくのを感じながら思うのです。
わたくしの隣に、これからもずっと漂泊者さんがいてくれればと。