動物愛護施設代表の俺、人間嫌いの神獣たちからドロドロに愛される 〜地位の低い非戦闘系職業だったのに、なぜか『破滅の使徒』なんて物騒な職が生えてきた〜 作:mench
今日は、朝からどんよりとした曇り空だった。
それでも、王都の往来はいつも通りの賑わいを見せ、たくさんの人が行き交っている。
石畳の通りを叩くのは人の足だけでなく、いななく馬が馬車を引いて、いまも俺の横を通り過ぎていく。
――歪な円形の王都の、中心と城壁を結んだ線のちょうど半分くらいの位置。ここは王都でも商業的に栄える場所で、商店や劇場など、数多くの施設が通り沿いに立ち並んでいる。
そんな通りを、俺は一体の魔獣――カラスのクレハを肩に乗せて進んでいた。
俺はクレハに視線を向け、口を開く。
「ごめんな。じろじろ見られて嫌かもだけど、今日だけは我慢してほしいんだ」
俺は申し訳ない気持ちでクレハに謝る。それに対して、当のクレハは俺にだけ聞こえる大きさで、飄々と言った。
「べつにキミのせいじゃないさ。それに、程度の低い連中の視線なんて、意識にも上がってこない」
俺はそんなクレハの台詞に苦笑いする。
物珍しげな視線を向けられ辟易しているかと思ったが、気位の高いクレハには案外気にならないらしい。
しかし……。俺は昨日の、役人たちとのやり取りを思い返してため息を吐く。
まさか、この間の不審者騒動からこんなことになってしまうとは……。
――俺がクレハやタマ、そしてサラと初めて言葉を交わした、その直後。
希望の庭を訪れたのは、几帳面そうな顔をした、ひとりの王国役人。
彼はカバンから一枚の書類を取り出すと、それを俺に手渡して言ったのだ。
「この施設の非営利団体認可が、一時取消となりました」と。
その言葉を聞いて、ルウやサラは何のことだかという様子だったが……俺とクレハ、そしてタマはその影響を正しく理解していた。
すなわち――国からの補助が下りなくなったということだ。
営利目的ではない慈善事業に国から援助があるというのは、この王国特有の仕組みだ。他国と比べてかなり進んでいると思うし、俺はこれまでその恩恵にあずかってきた。
施設の運営はほとんど赤字みたいなものだが、それでも保持があったからなんとかやってこられた。
だが、役人はそれが一時的に取り消されたと、改めて言う。
それを聞いて、人間嫌いでちょっと早合点しがちなルウなんかは、牙を剥いて役人を威嚇しちゃったのだが……。
問題は、なぜそんなことになったのかということ。
理由をこちらから問うまでもなく、役人はルウに不快げな視線を向けて告げた。
先日ルウが氷漬けにした男から、国に対する通報があったのだと。
あのとき、ルウが俺の前で初めて喋り、力を見せた後。俺は不審者に対して怒れるルウをなんとかなだめ、狼に戻ってもらったうえで氷を解いてもらった。
自由を取り戻した男は悲鳴を上げて逃げていったのだが、まさか国に垂れ込んでいたとは。
自分の悪事を棚に上げてなんて面の皮が厚いやつだと、そう憤っていても仕方がない。俺はきちんと役人に事情を説明し、正当な対応だったと伝えたのが、それでも反応は冷たいものだった。
俺の証言が無視され、あのゴロツキの言葉が受け入れられたのは、いったいどうしてなのだろう。
そう疑問に思うが、それよりもあの時は怒れる家族たちを抑えるのに必死だった。とにかく役人に必要なことだけ聞いて、無事に帰ってもらうだけで一苦労……。
結局、役人の話や受け取った書類を要約するとこうだ。
――この施設、希望の庭は、きちんと俺が管理しきることを前提に、魔獣や動物の保護に許可を貰っている。
だというのに、ある時やってきた
まったく納得はいかないが……あの役人は、俺の言葉に聞く耳を持たず、とりつく島もなかった。まさにお役所仕事といった感じで、あのまま話をしたとして、認可取消を撤回などしてくれなかっただろう。
しかし、幸いだったのは。認可の取り消しがあくまで一時的なものだということ――。
要は、きちんと保護する魔獣や動物を管理できる体制があれば、再度認可を与えてもらえるはずなのだ。
実際、あの役人は言っていた。ひと一人を氷漬けにできる魔獣がいるなら、せめて魔獣使いの資格くらいは必要だと。
そんな事情があったから、こうして俺とクレハは資格取得のため――冒険者ギルドへと向かっているわけだ。
人混みのなか通りを進む俺は、見えてきた大きな建物を指差し、肩の上のクレハに言う。
「あれが冒険者ギルドの王国本部だよ。魔獣使いの資格も、低級のものならギルドで試験を受けて、今日には取得できるはず」
「ふうん。この辺りは人間が多くてうっとおしいから来たこともなかったね」
「……ほんとごめんな、クレハ。俺だけで来られたらよかったんだけど、魔獣使いって言うくらいだから、やっぱり試験にもテイムした魔獣を連れてこなきゃいけなくって」
「さっきも言ったけれど、キミのせいじゃないんだからいいさ。それに、国からの補助金だってキミはほとんど自分のために使ってないじゃないか。結局ボクたちが使うものなんだから、ボクがそれに協力するのは当たり前のことだ」
クレハはそう、なんでもないことのように言ってくれる。俺がひとりでなんとかしなきゃと気負っていたから、そう言ってもらえるとすこし気が楽になる。
それでもやっぱり、魔獣や動物の保護は俺が始めたことなんだから、途中で無責任に放り出すようなことは絶対にできない。そのためにも、まずは何としても認可の再取得を。
そう、意気込んで。目の前に立つ大きなレンガ造りの建物――冒険者ギルドの扉を開いた。
その直後、耳に飛び込んでくる荒っぽい喧騒――。
「相変わらずだなあ、ここは」
俺の目に映るのは、建物の中を闊歩する幾人もの冒険者。荒事を生業とするだけあって、いかつい顔をした男が多く、そしてみんな例外なく武器を携帯している。もちろん女性冒険者だっていないわけじゃないけど、割合としてはやっぱり……。
「――むさくるしいところだね……。すこしうんざりしてきたよ」
そうこぼしたクレハに、俺は苦笑いする。
「そうだよな、クレハは女だもんな。俺たちみたいな自称無骨な男なんて、暑苦しいだけだよな」
「――! ……べつに、オスカーをそうだとは言っていない。ボクが言ったのは、あくまでキミ以外のやつらだ。だって見てごらんよ。あいつなんて髭から胸毛までつながって、なんだかイヤな臭いがしそうだし、あいつも傲慢そうな顔をして……」
早口で、あたりの男たちを手当たり次第にけなし始めるクレハ。あんまり人間にいい感情を持っていないことは分かってたけど、どうも男に対してはさらに顕著らしい。
俺もクレハに嫌われないよう気をつけないと。なんだろう、まずは身だしなみでも整えるべきか。
そんなことを考えながら。俺たちは受付に並ぶ冒険者の列へと加わった。
いくつかある受付のどこも、依頼の受注や完了報告をしようとする冒険者や……変わり種なら、これから冒険者登録でもしようとしてそうな初々しい子まで並んでいる。これだけ盛況だと、俺たちの番まで少し時間がかかるだろう。
俺は列に並んでいる間、クレハと小声で話したり、あたりを観察したりして時間を潰していたが、気になったのは……。
――隣の列の、俺より後方にいる大男。なにやら、首輪をはめた傷だらけの小鬼《ゴブリン》を連れてる。小鬼のほうは男を怖がってるみたいだし……。
小鬼は場合によっては徒党を組んで人を襲ったりするが、すべてがすべてそうというわけではない。高度な知性を持つ種もいて、そういった小鬼は人から離れて里を作ったりもする。
男が連れている小鬼も、おそらく上位種のように見えるが……。
魔獣の保護を生業にする者として、不適切な扱いをしているかもしれない彼に事情を聞いてみようと、そう思った瞬間だった。
「――次の方。こちらまでお越しください」
受付で手続きをしていた前の冒険者が、ちょうど用を終えて去ったらしい。そして、今度は次の俺が受付嬢に呼ばれてしまう。
俺は後ろの小鬼が気になるが……しかし、今は希望の庭のことも重要だ。ひとまず受付に向かう。
そうして。
あの小鬼については、主人らしい男が受付で用を済ませてから確認しようと。そう考えて、受付まで進んだ俺は、魔獣使い資格について受付嬢と言葉を交わすのであった。