動物愛護施設代表の俺、人間嫌いの神獣たちからドロドロに愛される 〜地位の低い非戦闘系職業だったのに、なぜか『破滅の使徒』なんて物騒な職が生えてきた〜   作:mench

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5話 初めて(?)の邂逅

 

 そうして、試験官についてギルド内を移動した俺たちは。階段を降り、地下にある大部屋へと足を踏み入れる。

 

 会場に入らない大きさの使役獣は別の場所に預けられていたから、それを回収した上でここまできたのだが。

 

 受験者全員と、さらにその使役獣までがゆうに入る大きさ。

 

 試験官はやがて足を止めると言った。

 

「ここが実技試験会場の地下訓練場です。初めてくる方は、よく訓練による崩落など気にされますが、床や壁には防御の魔法がかけられているのでご心配なく」

 

 俺はここへ来たのは初めてではないが、興味深げにあたりを見回している者もいる。

 

 彼らの視線の先で、床や壁に魔法陣が浮かんでおり、試験官の言葉通りであることが分かる。

 

 さらに。これは前回来た時はなかったのだが……訓練場の所々に、障害物やら的やらが設置されている。おそらくこの後の実技試験で使うのだろうと、そう考えていると。

 

 俺の考えを読んだように、試験官が俺たちへ言う。

 

「今回の実技試験の内容ですが――」

 

 そして、彼はこれから始まる試験を説明した。

 

 ――要は、使役獣に障害物走をさせるようなものらしい。

 

 主人側から声かけか魔獣使い用の魔法のみで指示を出し、用意された仕掛けを攻略していく。全てをクリアする必要はないらしいが、点数が付くのでそれで合否が決まるという。

 

 この試験の実技は回によって内容が変わるらしいが――いずれにせよ、クレハにとっては容易いことこの上ない。人に全く劣らない、どころか俺より賢いだろうクレハにとって、懸念事項など何もなかった。

 

 俺の肩の上で、試験官の説明を聞いていたクレハが嘴を開く。

 

「こんな簡単なことでいいのなら、ルウでも出来るくらいだね。大船に乗ったつもりでいいよ。試験の合否は筆記試験の出来次第だよ」

 

「頼もしいな。クレハには俺の指示もいらないだろうし、やり方は任せるよ」

 

 簡単な仕事だと言わんばかりに、クレハはカァ、と一声鳴いた。

 

 そして、試験官から受験者の名が呼ばれ始める。順番に、ふたりずつ挑戦していく形式らしい。

 

 よその魔獣と一緒にコースを回ることになるが、クレハにとっては何も問題ないだろう。空を飛べる彼女はここにいる魔獣の中でも特に機動力があるから、他の魔獣から妨害を受ける心配もあまりない。

 

 俺たちは特に緊張もせず、次々コースへ挑戦する魔獣たちを見ながら自分の順がくるのを待った。

 

 ……そうして、とうとう俺の名が呼ばれる。俺とクレハはコースの開始位置まで移動して、ペアになった他の組と並んで試験官の合図を待つ。

 

 ――試験官が開始の掛け声を発したのを聞いて。クレハは、俺のもとから飛び立っていった。

 

 そして。

 

 ――結果は、言うまでもない。

 

 俺は、様々な障害を突破し、ゴール地点までやってきたクレハを迎える。手を差し出し、クレハの滑らかな身体を受け止めると、ねぎらいの声をかけた。

 

「お疲れさま、クレハ。引っかかるところはひとつもなかったし、文句なしだ……! 他の受験者もクレハに注目してたよ」

 

「ふふ、それはキミも鼻が高いんじゃないかい? キミはボクのご主人さまなんだから」

 

 少し得意げなクレハ。いつも冷静な彼女だけに、どこか子どもっぽく見えて微笑ましい。

 

 しかし、実際不思議なものだ。どうもクレハは魔獣としてかなりの格らしいし、これだけ頭もいい。どうしてこんな優秀な彼女が、俺を主と認めてくれるのか。

 

 と、そんな考えは置いておいて。いまはクレハをねぎらおう。

 

「今日はクレハにずいぶん世話になっちゃったな。……そうだ。試験が終わって合否を聞けたら、ふたりで買い物にでも寄って帰らないか? 頑張ってくれたクレハに何かお礼をしないと」

 

 苦労ばかりかけるクレハにせめて何かお返しをと、俺はそう口にする。

 

 それを聞いたクレハは、珍しくその綺麗な黒曜石の瞳をぱちぱちと瞬かせる。そして、柔らかく笑った。

 

「……それは、いいね。じゃあ、ボクもヒトの姿になってデートと洒落込もうか。エスコートはお願いするよ? オスカー」

 

「クレハがヒトの姿に? それは楽しみだな……!」

 

 未だ見ぬクレハの姿を想像して、俺は胸を躍らせる。カラスの姿でも人の姿でも、どちらも大切な家族のクレハであることは変わりないが、親しい者の新たな一面を知れるというのはいつになっても嬉しいものだ。

 

 俺は寂しい財布事情を考慮しつつ、精一杯クレハに楽しんでもらえるお店をと、脳内の地図を手繰る。

 

 そうしているうちに、やがてすべての受験者が実技試験を終えたらしい。訓練場の一角に固まっている俺たち受験者に向けて、試験官が告げた。

 

「――全員の実技試験が終了しましたので……これを以って、魔獣使い資格の取得試験は完了となります。全員、合格発表があるまで一階のロビーで待機するようお願いします」

 

 その言葉と同時に、あちこちから試験終了を喜ぶ声が上がる。また、みんなが一斉に訓練場から退室しようと動き出し、俺たちもその流れに乗って外に出る。

 

 ……そういえば。もう試験も終わったし、さっきの小鬼の主に声をかけて、様子を確かめておかないとな。

 

 俺は人の流れの中、目的の人物はいないかときょろきょろ視線をさまよわせた。しかし、結局歩きながらあの男を見つけることはできず、やがてギルド一階まで戻ってくる。

 

 そうして、ここで合格発表を待つであろう大柄な男の姿を探して――。

 

 ――見つけた。

 

 俺は見覚えのある後ろ姿に目を止める。足元にはあちこち傷ができた小鬼を連れており、彼で間違いないだろう。

 

 その背中に向かって歩み寄ろうとした、その時。

 

「――すこし待ってくれるかい、オスカー」

 

「うん?」

 

 肩の上からかけられた声に、俺は足を止める。先ほどから何やら静かにしていたクレハだが、どうかしたのだろうか。

 

 そんな俺の疑問に答えるようにクレハは言った。

 

「あの、いかにもな男のもとまで行くつもりだね。それならちょうど良い。ついさっき、タマと決めたんだ」

 

「タマ? なんでここでタマの名前が出るんだ」

 

「あ、すこし待ってほしい。うーん、ぶっつけ本番だと案外難しい……どうしようか……。――……そうだ。デートの話じゃないけど、いったんボクもヒトになって自分の身体で調整すればいいのか」

 

 何やらぶつぶつと呟くクレハ。どうかしたのかと聞こうとして、しかしその時――

 

「よし。オスカー、ちょっと着いてきてくれるかい」

 

「あっ。どこ行くんだクレハ」

 

 俺の肩を降りたクレハが、その翼でギルド内を横断していく。人の少ない方へと向かっているらしい。

 

 俺は一瞬あの男へ視線を向ける。俺の視界には、相変わらずどこか横柄な雰囲気を漂わせた男が、身体を縮こませる小鬼を従え、ふてぶてしく立っている。……しかし、彼がここを去ることはまだないはずだから、今はクレハだ。

 

 俺はすーっと音もなく宙を進むクレハを追いかけ、冒険者たちの間を縫う。そうして、クレハが飛んで行った先――どうも職員の通用口らしい廊下に入ると、すぐに横へ曲がってその先に視線を向ける。

 

 その直後、俺は目を見開いた。

 

 ――そこで俺を待っていたのは、全身を真っ黒で染めた女性。

 

 俺を見るその顔は、怖いほどに整っている。背は女性にしては高く、俺と同じくらい。黒髪が真っすぐ腰元まで伸び、漆黒で極東風の服に掛かっている。

 

 その女性は蠱惑的な瞳を瞬かせ、俺に言った。

 

「それじゃあ。誰かが来る前に、済ませてしまおうか」

 

 その艶のある赤い唇が動くと、聞き覚えのある声が耳に入る。さっきまでとのギャップで頭がまだ混乱しているけれど……。

 

 俺はちょっと呆然としながら、恐る恐る口を開いた。

 

「えっと……クレハ、なのか?」

 

「うん? ああ。いかにも、そうだとも。ボクは間違いなく――キミのクレハだとも」

 

 彼女は澄まし顔で、しかし俺からわずかに視線を逸らして言う。ついでに、いつもより少し早口で……。

 

 そんな彼女を見て、俺は初めて気がついた。

 

 ――なんだ。……緊張してるの、俺だけじゃないんだな。なら。

 

 俺はちょっとおかしくなって、小さく笑みを浮かべながら言った。

 

「ごめん。クレハがあんまり綺麗なもんだから、ちょっと戸惑ったんっだ」

 

「――っ。そうかい? それは、褒めてもらえて光栄だな。この後いっしょにデートなんだから、ちゃんとエスコートできるよう慣れておいてくれよ」

 

 見慣れない姿だけれど、その軽口はこれまで一緒に過ごしてきたクレハのイメージそのままで。直接言葉を交わしたのすらつい最近なのに、俺はまるでこのクレハとずっと昔から一緒にいたようにすら思える。

 

 互いのことは良く知っているのに、なじみのないその姿。けれど、身体は勝手にそれがクレハだと受け入れてくれる。

 

 俺たちは思わず、互いにぷっと吹き出してしまう。先ほどまでの少しだけぎこちないやり取りが、どうにもおかしくって。もう何年も一緒に暮らしてきた相手なのに、と。

 

 そうして、ひとしきり笑って。その後、唐突に。

 

 ――クレハが、思い出したように俺へ手をかざしてくる。

 

「うお。どうしたんだ?」

 

「すぐ終わるよ。すこしだけ待って」

 

 その傷一つない真っ白な手が、灰色の光に覆われる。クレハは手を伸ばして俺の胸元に触れ、不思議な力を感じるその魔力を――俺の中へと注ぎ込んだ。

 

「こ、これは……!」

 

「いったんはボクの力だけだけど。資格試験合格の前祝いみたいなものだよ」

 

 そんなことを言うクレハから、俺の身体にどんどん熱が流れ込んでくる。

 

 それは得体の知れない力だが、まったく嫌な感じはなく。それどころか、むしろどこか暖かい……。

 

 身体に、力がみなぎる。今ならなんだってできそうな気がするほど――。

 

 そうして、やがて。

 

 クレハは光の消えた手を俺から離すと、クールに微笑んで言った。

 

「ボクからのプレゼントだ。必要になったら、どうか遠慮なく使ってほしい。さあ――戻ろうか」

 

 

 

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