動物愛護施設代表の俺、人間嫌いの神獣たちからドロドロに愛される 〜地位の低い非戦闘系職業だったのに、なぜか『破滅の使徒』なんて物騒な職が生えてきた〜   作:mench

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7話 小鬼の新たな主

 

 視線の先で、未だ怒鳴られる小鬼が怯えた顔をしている。さすがに人の言葉は話せないようで、無言で何度も頭を下げていた。

 

 その様子にひどく心が痛む。人に協力的な魔獣なんだから、人に対するのと同じように接するべきだ。

 

 種族のことは置いておいて、彼らは仲間同士なんだろう?

 

 だったら――

 

「――すみません。そう乱暴にするのはやめませんか?」

 

「……あぁ?」

 

 声をかけた俺に、男も小鬼もともに振り向く。

 

 男は苛ついた表情で口を開く。

 

「誰だ、てめえ。何の用だよ」

 

「俺も、魔獣使いの試験を受けに来た冒険者です。試験の時からあなたのことは見てましたが……自分の仲間に暴力なんて、やめましょうよ」

 

 男は拳を握り、俺を睨みつける。そのまま殴りかかってくるかと警戒したが、男はチラリと受付に目をやった後、振り上げかけた腕を下ろす。

 

 そして、舌打ちして言った。

 

「……てめえ、ここがギルド内で助かったな。後で落とし前はつけるとして……今の話、なんかてめえに関係あんのか? 試験で下手こいた下僕に何しようが、てめえが口出しすることじゃねえだろうが」

 

「あなたとその子が互いに納得している関係なら、確かに俺が口を挟む権利はないかもしれないですが……そうは、見えない。だから声をかけた。あなたは、魔獣使いの風上にも置けない行いをしていたから」

 

 男はぎゅっと拳を何度も握りながら、忌々しそうに俺を見る。そして、もう一度特大の舌打ち。

 

「てめえ……それを俺に言って、なんか改善するとでも思ってんのか? ここで口だけハイハイ言って、それでてめえは納得すんの? 口だけ出して行動した気になってる偽善者が……。仲間ごっこは、てめえが勝手にその薄汚え鳥とやってろや」

 

 男はそう吐き捨て、さっさとこちらに背を向け去ろうとする。

 

「……あのゴミ、誰が薄汚い鳥だと? オスカーに害がないならと捨て置いていればつけ上がって――」

 

「……どうどう。俺が話をつけるから、クレハは抑えて」

 

 俺は肩で魔力を高めるクレハを撫でて宥め、男を呼び止めた。

 

「俺を貶すならいいけど、家族をけなすのはやめてくれ。それに――あんたがその子への扱いを変えないって言うなら、こっちにも考えがある」

 

「考えだと?」

 

「――テイムした魔獣に対する暴力は王国法で禁止されてるって知ってたか? 俺は魔獣や動物を保護する施設を運営してる。あんたが態度を改めないって言うなら、法律に則ってその小鬼を俺が引き取り、保護させてもらう」

 

 こういうやつから魔獣を守るため、俺は希望の庭を作ったんだ。

 

 経営状況が厳しいだとか、補助が打ち切られただとか、そんなことは関係ない。男がこれからも暴力を続けるって言うなら、この小鬼は責任を持ってうちの施設で保護する。

 

 そう反論されたことが、男はよほど気に入らなかったらしい。

 

 俺に背を向けたまま、肩越しに顔を向けていた体勢から……こちらを振り返り、つかつかと歩み寄ってくる。そして俺の胸ぐらを掴み、凄んだ顔をぐいっと近づけた。

 

「てめえ、こっちが下手に出てやってたら……調子に乗ってんじゃねえぞ……! 俺が誰だか分かってんのか? 『大鷲《おおわし》のヴェルゴ』を敵に回すってか!?」

 

 大鷲のヴェルゴ――その名は俺も知っている。王都の外縁部には自治組織を名乗る集団、いわゆるヤクザ者たちがおり、そのトップがそんな名だったはず。

 

 禿頭の男で、異名の理由はよく知らないが、天職が由来になっていると聞いたことがある。一応冒険者登録もしてるらしく、ランカーではないもののかなりの強者だとか。

 

 ――でもこいつは……髪があるからヴェルゴじゃない。なら、ヴェルゴの一味の一員か。

 

 男の言葉が本当かどうか、俺には判断つかないが……。例え本当だとしても、この小鬼より俺の身を優先するくらいなら、希望の庭なんて立ち上げてない。

 

 それでも、希望の庭で保護する他の子たちに迷惑をかけるのは本意じゃないから――。

 

 俺はすこし考えて。そうして、再び口を開いた。

 

「それなら。ちゃんと対価を払うから、その子を解放してあげてくれ。その後は、ちゃんとうちで責任を持つ」

 

「は? この役立たずを、てめえが買い取ると?」

 

「もちろん、この子が嫌じゃなければだけど……」

 

 俺は頷いたのち、男の足元にしゃがみ、小鬼へ優しく問いかける。

 

 こちらの言葉を理解しているかは分からないが……。それでも、じっと合わせた目から俺への悪感情は伝わってこない。

 

 俺は小鬼を指差し、次いでその指を俺に向け、なんとかジェスチャーで意図を伝えようとする。

 

 小鬼は男へしきりに怯えた視線を向けるが、やがて俺に向かってこくりと。助けを乞うような目で頷いた。

 

 だから。

 

 俺は、男に言った。

 

「さあ。通報されてタダでこの子を手放すか、俺から正当な対価を受け取って解放するか。選んでくれ」

 

 そう俺に問いかけられ、男はしばらく考え込む。そうして、男はおもむろに口を開く。

 

「お前……冒険者ランクはいくつだよ」

 

「は? ランクは……6万と、ちょっとだったと思うけど」

 

「6万ん? ……よくそんな雑魚が俺に楯突いたもんだぜ。しかし、まあ」

 

 男は一瞬にやりと笑ったかと思うと。

 

 指を三つ立てた手を、俺の顔の前に突き出した。

 

「金貨三枚。この小鬼の値段だ。これ以上は負けねえぜ」

 

 そう言って、どうしたとばかりににやにや笑みを浮かべる。

 

 ――金貨三枚といえば、うちの子たちの食費一ヶ月分くらい。正直、今の状況だとかなり厳しい金額だ。だが……。

 

 俺は間髪入れずに答えた。

 

「分かった。金貨三枚、きっちり払う。その代わり、今後一切この子の処遇に口を出すことはできないからな」

 

「ああ、いいぜ。そんなカス、金さえ貰えりゃ喜んで捨ててやるよ」

 

 いちいち余計なことを言うやつだ……。そう、頭に来ている俺に、肩の上から囁く声。

 

「……オスカー、私がやってあげようか? こんなゴミに金を出さなくてもいいんじゃないかい」

 

 小声で問うクレハに、しかし俺は首を横に振る。クレハの気遣いは嬉しいが、筋は通すべきだろう。

 

 俺は男に向かって言った。

 

「金を下ろしてくるから、ちょっと待っててくれ」

 

 そうして、俺は再び受付に戻って少し並び、先ほどの受付嬢と話をする。

 

 途中で急にいなくなったことの謝罪と、資格情報が登録された冒険者証の受け取り。そして、預けていた金を金貨三枚だけ引き出した。

 

 どうもよそよそしい受付嬢に礼を言って、男と小鬼のもとまで戻る。

 

 金色のコインを握って現れた俺に、男は下卑た笑みを浮かべて言った。

 

「おら、さっさと金貨をよこしな」

 

「ああ。ほら……たしかに三枚、渡したぞ」

 

「ひひ、バカなやつだ。こんなカスに金貨三枚も払うなんてよ。――ほら、お望みのもんだ」

 

 俺から金を受け取った途端、男は足元の小鬼を蹴飛ばしてくる。

 

 小鬼は「ぎゃ」と小さく悲鳴を上げながら、突き飛ばされた勢いそのままに突っ込んできた。

 

 俺はその小鬼が床に倒れ込まないよう受け止め、そして男を睨む。

 

「おい……! だから、そうやって暴力を振るうなって言っただろ! 金を払った以上、この子はもうお前から解放されたんだ……!」

 

「ふん。最後なんだ、別にいいだろうがよ。これからはてめえの好きなようにしろよ。――じゃあな」

 

 男は悪びれる様子もなく、鬱陶しそうに手を振って去っていく。

 

 俺はその背を一瞬睨むも、すぐに腕の中の小鬼へ視線を向ける。

 

 その髪はボサボサで、ろくに洗ってもらえてないらしく脂に濡れている。薄緑の皮膚は垢や傷で汚れ、まとったボロ切れのような服が今にも破れ落ちそうだ。

 

 ひどい状態だな……。クレハには悪いけど、デートはまた後日にしないと。

 

 そんなことを、考えていると。

 

 小鬼は見られていることに気づき、すぐに俺から離れた。そして怯えた顔で、何度も何度も頭を下げる。

 

 もう身体に染み付いているかのように、淀みのない動き。これまで何度あの男に怒鳴られ、いたぶられ、そして頭を下げてきたというのか。

 

 俺はその姿に、思わず小鬼の肩を抑え、口を開いていた。

 

「――そんなこと、しなくていい。謝らなくていいんだ。だって君は、何も悪いことなんてしてないだろ。……俺たちは、君を無意味に傷つけることなんて、絶対しないから」

 

「――――」

 

 俺を見上げ、そしておそらくは小鬼独自であろう言語をこぼす。

 

 その意味は分からなかったが――。俺は何も言わず、小鬼の小さな身体を優しく抱きしめた。

 

 折れそうなほど痩せ細った四肢。人よりよっぽど丈夫なはずだから、そんなことはないんだろうけど……。

 

 それでも、俺は声に出さずに決意する。これからはきっと、この子が無意味に怒られることを恐れ、食べ物に困るようなことには決してしないと。

 

 そうして、しばらくこうしていると。やがてクレハが「そろそろ離れたらどうだい」と、ちょっと機嫌悪そうに口にするものだから。

 

 俺は首を傾げながら小鬼を離し、クレハをひと撫で。そして小鬼へ視線を向ける。

 

 気持ちが通じたのか、もう俺を恐れることはなく、どこか心細げに俺を見上げるだけ。

 

 小鬼はたいてい小柄だが、この子はまだ幼そうな顔をしているから、おそらく子どもなのだろう。

 

 俺は小鬼の手を握ってあげて、クレハに言った。

 

「クレハって、もしかして治癒魔法とか使えたりしないか? それだけ魔力があるし、さっきも俺に魂を分けるとか難しそうなことしてたし……」

 

 もし使えるなら、この子の怪我をと。そう、期待とともに問いかけてみたところ。

 

 クレハは目を細めて俺と小鬼の手を見つめながら、何でもないことのように言った。

 

「もちろん使えるとも。それでキミは……今日すでに大活躍したボクを、これからさらにこき使おうと言うんだね? どうせ、このあとのご褒美も無くなるだろうに?」

 

「うっ……。それは、その通りなんだけど……」

 

 クレハの主張はもっともだ。いくら家族だからって、甘えさせてもらう側がそれを当然と思ってはいけない。

 

 だったら……。

 

 俺は少し考えて言った。

 

「わかった。じゃあ、また後日、丸一日クレハの好きなところに連れて行って、俺にできることなら何でもするから…………それじゃダメかな」

 

 ぴくり、と。肩の上のクレハが無言で反応する。

 

 これはどうなんだ……? もうひと押しなのか?

 

「頼むよ。――こんなこと、クレハにしかお願いできないんだ」

 

 頼みの綱はクレハだけなのだ。他の家族がそんなに器用に魔法を使えるとも思えないし、治癒魔法士のところだとかなり金を取られる。

 

 だから、と。

 

 果たして、そんな俺の願いが通じてくれたのか。クレハは深くため息を吐いて口を開いた。

 

「仕方ないな……そこまで言うなら、仕方ない。うん。ボクしか頼れない、ボクだけ。うんうん。そこまで言うんだったら……キミがちゃんとボクへ感謝して、お礼も忘れず今言った通りにしてくれるって言うなら。うん……。――――仕方ない、いいとも」

 

 そう早口で言って。

 

 クレハは唱えた。

 

「《治癒》。と、ついでに《浄化》」

 

 クレハから一瞬魔力が立ち昇った直後。小鬼の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間――。

 

「おお。すごい……」

 

 俺の視線の先には、ずいぶんすっきりした顔の小鬼がいる。身体についた傷はひとつも無くなり、さらに髪や皮膚、そして服のひどい汚れも綺麗さっぱりなくなっている。

 

 傷や垢、その他の汚れで赤黒くなっていた顔は、いまやもとの可愛らしさを取り戻し、表情もよく見えるようになった。

 

 そして、俺は気づく。

 

 ――この子、やっぱり子どもってのは正解だったけど……たぶん、女の子だ。顔の作りがかなり人に近いし……。

 

 だからなんだという話ではあるが……うちにいる魔獣はクレハたち四体だけで、そのいずれも女の子だから、偶然とは続くものだなと。

 

 俺はそんなことを考えながら。試験に続き大役を果たしてくれたクレハに、ありがとうと、きっちりお礼を告げる。

 

 それを聞いて、クレハは少し得意げにひと鳴きした。

 

 そうして。

 

 ようやくギルドを出られると、ふと周りに意識を向けると。

 

 ――ずいぶんと、注意を引いてしまっている。

 

 試験前よりだいぶ人が減ってはいるが、それでもまだそれなりに人がいるロビー。周囲の視線は半分くらい俺たちに向いていて、何があったのかと気にされているようだ。

 

 そんな視線に晒され、治療は外でやれば良かったと後悔する。俺は急いで小鬼の手を引き、ギルドから出た。

 

 外はすでに日が暮れてきていて、家路につく人が多く通りを歩いている。

 

 その中に混ざり、妙な注目を集めてしまったことを恥ずかしく思いながら。

 

 ひとりと二体で、さっさと施設への帰路につくのであった。

 

 

 

 ――このとき。

 

 俺はまだ、気づいていなかった。

 

 背後に光る悪意のこもった両目が、俺たちの姿を捉えていることに。

 

 

 

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