動物愛護施設代表の俺、人間嫌いの神獣たちからドロドロに愛される 〜地位の低い非戦闘系職業だったのに、なぜか『破滅の使徒』なんて物騒な職が生えてきた〜 作:mench
そうして、ギルドを出て通りを歩くことしばらく。
二体の魔獣を連れた俺は、往路よりもさらに注目を浴びてしまっていたが……。
外縁部に近づくに連れ、通りから人の数は減っていき、ついでに道もどんどんボロボロに。それでも外縁部育ちの俺にとっては、むしろこっちの方が落ち着く。
俺は手を繋ぐ小鬼へと優しく話しかける。
「じろじろ見られて疲れたよな。もうすぐ新しい家に着くからな」
言葉が通じているかは分からないが……しかし、小鬼は俺を上目遣いで見て、こくりと頷いた。
うーん。こういう素直でおとなしいタイプの子はうちにいないから、どう接するのが正解かわからんな……。
とりあえず嫌そうな顔はしてないから大丈夫か?
そんなことを考えながら歩いていると。自然とこの子の方をじっと見てしまっていたのだろう。
小鬼はまた上目遣いで俺を見上げて、どうかしたのとばかりに首を傾げて見せる。その可愛らしい仕草に、俺は思わずクレハに言っていた。
「なあ、クレハ……! やっぱりどんな種族でも子どもってかわいいもんだな。お前も、この子には良くしてやってな」
「はあ……。キミのお人好しは、子どもが相手だとより悪化するね。べつに、同じところで暮らすからには、先輩として最低限のことは教えてあげるけれど」
クレハは俺の肩で、じとっとした目をしながら言う。
「でも、言っておくけど」
「うん?」
「この子、たしかにまだ子どもだろうけど、たぶんキミが思っているほど幼くはないからね」
「そうなのか?」
「小鬼は人間に比べて寿命も短いしね。幼く見えても、たぶん人間で言う12、3歳くらいじゃないかな」
「え! そんなにか? じゃあ、さっき許可なく抱きしめたりしたのももしかして嫌だったかり……。というか、今も手繋いじゃってるけど」
人間で言えば思春期真っ盛りの少女。俺のようなむさ苦しい大人の男に触れられて、実は嫌な思いをしているのでは、と。
俺はとっさに小鬼の小さな手を離そうと力を抜いたけれど。
繋がった手と手は離れることなく。ぎゅっと力を込めた小鬼の手が、俺の手を掴んで離さない。
どころか、小鬼は力を抜いた俺に不安げな視線を向け、どうしたのかと言いたげな表情をしている。
恐る恐る手に力を入れ直し、小鬼の顔を窺うと……。
「これは、許されたかな?」
「ふん。そんなこと、ボクに聞かないでくれ」
つんとそっぽを向くクレハだが、対照的に小鬼は満足げな顔をする。
すっかり慣れた様子で、繋いだ手をかすかに振りながら、機嫌良さげに道を進む。
――クレハの機嫌は、また取らないといけないとして。この子のことはひとまず心配しなくてもよさそうだ。
ああ、それにいつまでも『この子』や『小鬼』じゃいけないから、名前も何か考えてあげないと。
俺はそう、新たな家族ができることに浮かれて、少し油断していたのかもしれない。
いつもなら、街の中心と比べて治安も悪い外縁部では、周囲を多少警戒しながら歩いていたはず。
だが、今日はすっかり小鬼のことに意識を取られて、いつもならできることができていなかった。
だから。
それに気づけたのは、今日クレハから貰った新たな力のおかげだった。
――背後にある廃墟の物陰で。唐突に、魔力が立ち昇る。
それはクレハには遠く及ばずとも、以前の俺ならひとたまりもないほどの規模で。明らかに、こちらへ高速で近づいてくる。
俺は急いで振り返って、そして目を見開いた。
「――あんたは……!」
「よお。さっきぶりだ……なァ!」
抜き身の大剣を振りかぶり突進してくる大男――小鬼の、元の主。
先ほど金貨三枚で手を打ったはずの男が、人通りもないところで襲ってくる――。その意味がわからないほど、俺は馬鹿じゃない
俺を狙って振り切られた大剣を避けながら、一応持ってきていた長剣を腰から抜き放つ。
俺は怒りを込めて叫んだ。
「なんで……! この子を、解放してやらないんだ!!」
身体が熱い。腹の底から込み上げる怒りが、魔力に乗って全身を巡っている。
まるで湯気のように、身体から漏れ出た魔力が立ち昇る。
そんなことに気付いた様子もなく、男は笑いながら答えた。
「そんな役立たず、今さら別にいらねえけどよ。ただ、てめえがムカつくからだよ!」
「この……クズ野郎!」
「そのクズに今から殺されるんだぜ? 6万位の雑魚よお!」
――速い……!
男が振りかぶった剣が、再び俺目掛けて振り切られる。それを何とか交わした俺は、そばでおろおろしている小鬼に言った。
「危ないから離れてろ! クレハも……出来ればこの子を見てあげてくれ!」
「ふうん? 手伝えって言わないんだね。この男、昨日までのオスカーよりずいぶん強そうだけど」
「甘えっきりじゃ、俺はクレハと対等な家族になれない。ただでさえこんな力までもらってるんだから!」
「……そういうとこが、ずるいんだよねえ」
何ごとか小さく呟いて。クレハ俺の肩から飛び立ち、小鬼を突っついて俺たちから離れてくれる。
どうもさっきから機嫌を損ねているクレハに、これ以上負担になるお願いはできない。
たしかに昨日までの俺なら完膚なきまでまでに打ちのめされる相手だが……。
今なら――やれるはずだ。
俺はにやにやと汚い歯を見せる男と、剣を構えて対峙する。
「その顔。まさか、俺をどうにかできるとか思っちゃいねえよなあ? さっきの一撃を避けたことさえ、てめえにとっちゃ望外の幸運だと理解できてねえのか?」
こちらを見下す目で見て、男は言った。
「教えてやるよ、俺のランクを。てめえにゃ想像もできないだろうこの力。――俺のランクは、1万と221。てめえに分かるか? 四桁も目前のこの実力が……!」
男の魔力が、その身と大剣を覆っていく。
四桁近い順位というのは嘘ではないのだろう。たしかにその魔力の密度は、今日ギルドで見たどの冒険者よりも高い。
単純でいて、磨き上げれば対処も難しいその魔力運用。――魔力強化。
俺の手にある、魔力の通わぬ鋼の塊が、とたんに頼りないものに見える。それほどの威圧。
男はぐっと足を沈み込ませ、そして。
次の瞬間、弾けた。
「はっはぁ! 避けてみろよ!」
繰り出される連撃。縦に横にと高速で振るわれる大剣は、轟々と空気を両断し、俺の髪を巻き上げる。
そして、強化された膂力と体力に支えられ、その剣は止まらない。
……だが、しかし。
何度も振るわれる高速の斬撃は、しかし未だ俺の身体を捉えることはない。
どころか、初めはまだぎこちない回避で、ときおり身体を掠めて僅かな血や千切れた髪が舞っていたというのに。
いまや。
――見える……全部、攻撃が見える!
もはや、男の攻撃に当たる気がしない。
動きの起こり、その過程。すべてがはっきりと分かり、大剣の軌跡を紙一重でかわすほどの余裕さえある。
そんなことが可能なのも、すべては……。
――この眼のおかげだ。
俺は一瞬クレハに視線を送る。クレハがくれたこの眼が、俺の洞察をこれまでより遥か上の次元に持っていってくれたのだ。
元来……魔力というのは、人の目に見えない存在だ。
実力者なら何となくその存在を感じるし、そうでなくても強力な魔力なら感じ取ることができるだろうが。
しかし、今の俺はそんなレベルじゃない。
もはや、男の身体のどこに魔力が集中し、どう動いているのか。その速度、濃淡、絶対量。全てが手に取るようにわかる。
だから、男の魔力の動きを読むことで、どう攻撃しようとしているのか先読みできる。この眼の精度なら、それこそ達人の見切りと見紛うばかりに。
「くそ! なんで、一向に当たらねえ! 動きは速くねえのに、俺の攻撃を読んでやがるのか!?」
焦りと疲れからか。男の剣は次第に大振りになり、またその速度も落ちていく。
しかしそれでも、まだ男は俺のことを脅威とも思っていないのだろう。
俺から一切攻撃していないこともあって、舐めているのか。どうせ反撃の余裕はなく、されたとてこんな遅いやつの攻撃は問題ない、と。
たしかにそれは間違いじゃない。反撃はできるだろうが、俺程度の力じゃ容易く剣を避けられるだろう。もし当たっても、魔力の鎧を貫けるかどうか。
――だが。それは、これまでの俺ならの話だ。
昨日までのわずかな魔力しか持たない俺は、男のように身体や剣の強化などできなかった。魔力の動かし方など知らないし、そもそもできるほどの量がなかったのだ。
しかし、今なら。クレハによってそこらの冒険者を軽く超える魔力を手に入れ、さらに魔力を捉える眼、感覚まで身につけることができた。
そして、俺の目の前には、絶好のお手本がある。人格は最低かもしれないが、その実力は冒険者として上澄み。そんな、初めての実践に最適な相手が。
俺は息を荒らげながら剣を振るう男を前に。もはや意識せずとも軽やかに身をかわし、そして身体の内側に意識を向ける。
腹の奥で渦巻く力。そこから引っ張り出すように、魔力の塊を動かしてやる。大きな熱を孕んだそれを意のままに操り、体外に放出すると同時に身に纏う。
瞬間。
「――な、……んだよ、それは……!」
相対する男が、驚きと恐れに目を見開く。その視線はこゆるぎもせず俺に固定され、剣を持った腕が細かく震えている。
その様子が、どうにも先ほどまでと違いすぎて。不思議に思った俺が、ふと自らの剣を感覚ではなく肉眼で捉えたその時。
――剣を覆う、不吉な黒い魔力。
「うわっ、なんだこれ……」
渦を巻くように、黒い火花を散らしながら魔力が蠢く。ついでに剣だけでなく、俺の身体も同様に黒に包まれていて、思わず声を漏らす。
しかし、まあ。今は、このろくでなしを撃退できれば、それで十分かと。
俺は男に視線を戻して――。
「お、おい! てめえ、まさかそれで俺を……? 嘘だろ!?」
なにやらうるさく喚く男。しかし、もはやそれを聞く気はない。
俺は剣を両手で握り、斜めに振り上げる。
「お、おい、やめろって! 悪かった、俺が悪かったからよ! だから…………クソ! てめえ、何が6万位だよ! 嘘つきやがって、これのどこが――」
苦し紛れに男が剣を振るう。しかし、もはやそれを避ける意味も見出せない。
だって、ほら。
「クソがああぁッ!」
俺に当たった剣は、黒い暴風のような魔力に飲み込まれ、何の痛痒も俺に与えない。どころか、硬い物に当たった時のように弾かれ、男の手からぽろりとこぼれ落ちる。
男は後退ったのち、すぐさま俺に背を向け逃げ出そうとして。
「ぐあぁッ!」
俺が振るった片手から、黒い衝撃が男へ飛ぶ。背中に当たったそれは、男の衣服を吹き飛ばし、強い力を与える。
「クソクソクソクソッ」
男はガチガチと歯を鳴らしながら、もはや恥も外聞もなく地面を這う。
そして、ちょうどすぐそばに落ちていた大剣を拾い、地面に倒れたまま俺に構えて。
そのボロボロになった大剣の刃を見て、ヒッと小さく悲鳴を漏らし。
「やめてくれえええええぇぇ!!」
――男に向かって、俺は黒い力を振り抜いた。