探偵フブキ   作:サワベ

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ブルアカだし、軽率に人が死ぬのってよくないよな…いやでもこの話はそっちのほうが…いやでも――
みたいな感じで悩みまくって書きました。

今回、ネームドキャラが何人か出てきます。悪しからず。


復讐と矜持 前編

 

 

 手が届きそうなほど、海が近くにある。暖かな午前の光を吸い込んで、きらきらと光っていた。時折、遠方で魚が跳ねる。

 線路脇のバラストを突き破るようにして植物が生えていて、その中には四輪のヒメジョオンが咲いていた。

 

大白町(おおじろちょう)海岸、大白町海岸です。3番線到着の電車は――』

 

 まばらに人が行き交う駅のホームを、自動改札に向かって進む。その手には大小それぞれの鞄がひとつずつ、それと愛銃"第14号ヴァルキューレ制式ライフル"を提げる。数多の肩掛け紐に拘束された白のコートが窮屈だった。

 

「…都心とはえらく違うなぁ」

 

 合歓垣フブキは今日から、ヴァルキューレ大白町局に出張することになっていた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「姉御」

 

 自分のデスクで相変わらずの大量の仕事を片付けていると、不意に話しかけられた。顔を上げると、そこには何時にも増して深刻な面持ちのコノカが居た。普段はにやけ面に近い笑顔を絶やさない彼女のその表情から、なにやらただ事でないことは察せられた。

 

「…何かあったか」

「……うす。至急、第一会議室に来てくれ、と」

「誰からだ」

「防衛室刑事警察管理官からっす」

 

 刑事警察管理官。公安局、いやヴァルキューレに於ける、全体の上司にあたる存在。連邦生徒会のお偉いさんである。

 

「…あいつが来てるのか?」

「そうっすね。何か、姉御に直接話したいことがあるって」

「すぐ行く。着いてきてくれ」

「らじゃ、っす」

 

 私はその管理官と交友があった。というのも、彼女は私と同じ3年生で、ヴァルキューレ公安局から連邦生徒会に選抜された優秀な奴だったのだ。防衛室、ヴァルキューレの汚職が発覚した際、潔白だった側の一人でもある。

 しかし、ここ最近は直接会うどころか、連絡さえ取っていなかった。いきなり何事だろうか。

 

「…何か聞いてたりするか」

「いえ。でも、連邦生徒会の連中が首を突っ込んでくるってことは、絶対ろくなことにならないっすね」

「違いないな」

 

 そんな話をしながら、廊下を進んでいく。会議室に近づくにつれ、人の気配が減っていく。

 会議室の前にたどり着く。ノックの前に服装を整え、息をひとつ吐く。それから、ドアを3度叩いた。

 

「尾刃カンナです」

「コノカっす」

 

 そう言うと、部屋の中から「どうぞ」という声が聞こえた。それを確認して、ノブを回し、コノカと共に部屋に入った。

 

「久しぶりだね、カンナ」

「本当にな。元気にしていたか」

「まあね。前の騒動の時(カヤがやらかした時)からバタバタしっぱなしだけど」

「どこに行っても、やってることは一緒だな」

「そうだねぇ」

 

 管理官――旧友はそう言いながら、私たちに着席を促した。私は椅子を引いたが、コノカは座ろうとしなかった。

 

「君…コノカさんも座ってください」

「ああいや、私は立ったままで大丈夫っす」

「話は少し長くなりますから。座ってください」

「じゃあ、失礼するっす」

 

 そう言って、コノカは私の隣に腰掛けた。

 さて、と旧友は私の顔を見据えてきた。大事な話、または仕事の話をするときの仕草である。

 

「私が今日ここに来たのは理由があるんだ。…カンナ、君にしか頼めないことがあってね」

「…私にだけ、か。他の者じゃ駄目なのか」

「そうだね。これを解決できるのはカンナしか…いや、私達が解決しないといけないんだ」

 

 そんなことを話している間、横から視線を感じていた。コノカの、二人しか知らないことばっか話しやがって、というものだ。どうも仲間外れが嫌いらしい。

 目の前に座る旧友はそれを気に留めず、続けた。

 

「…大白町で半年前に発生した誘拐事件があってね。進展があったんだ」

「…例のやつか」

「例の、ってなんすか?」

 

 コノカが訊く。そういえば、彼女はこの事件の捜査に加わっていなかったはずだ。

 

「ああ、お前は知らなかったな」

「半年前、大白町のある食堂の娘が行方不明になったんです」

 

 半年前のある日、ある食堂の二人娘、その長女が行方不明になった。

 学校からの帰りが遅いことを心配した両親は、娘に何度も連絡したが返信がなかった。その日の深夜、大白町局に捜索願が出された。

 捜索を続けるうちに、シラトリ局にも応援要請が入った。攫われたと思しき地点に抵抗した跡があったことから誘拐事件の可能性が浮上し、私の所にお鉢が回ってきたのだ。

 しかし、今日に至るまで、目立った進展は無かった。旧友がこの話を持ち込むまでは。

 

「……」

「…被害者は失踪した当時、16歳。今は17になってるはず。現場には9ミリ拳銃の空薬莢だけが残っていた」

「…マジすか」

 

 部屋に重苦しい空気が流れる。

 膝の上に置いた拳に力が入る。奥歯を噛み締める力が強くなり、ぎりぎりという音が微かにする。

 ――任されておきながら、私は何も……

 ――警察という立場でありながら、私達は何を…

 

「…クソッ」

「……まだ、被害者は見つかってないんすか」

「…ええ。でも最近の捜査で有益な情報が得られまして。被疑者と思しき人物の拘束に成功したんです」

「……本当か。それで、被疑者というのは?」

「それが問題なんだ。…被疑者が曲者なのが、これを私達がやらなきゃいけない理由だよ」

 

 そう言って、旧友は懐から一枚の写真を取り出し、机の上に滑らせた。それは身分証の拡大コピーのようだった。

 それを見たとき、私は全身が粟立つような感覚を覚えた。どこかで見たことが、いや、会ったことがある。

 

「こいつは……!」

「……うん。倉野だ」

 

 倉野。2年前、入学したての私と目の前の旧友、そして大白町局にいる公安局の同級生と担当した誘拐事件で被疑者だった人間。

 

「…こいつを、()()()()落とさなきゃいけないんだ」

「……」

「…今度こそって、どういうことっすか」

「…こいつは2年前に逮捕されたとき、完全黙秘を貫きやがった。それで証拠不十分、無罪になった」

 

 2年前の事件。断片的ではあったが、証拠はあった。

 不審な動きを見ていた職場の同僚。ペットの死骸とゴミを一緒に運んでくれと頼まれた人物。決定的ではないにしろ、証拠はあったのだ。あとは、倉野から自供を引き出すだけだった。

 だが、奴は何一つ答えなかった。事件の話のみならず、本人確認や、相槌でさえ打たなかった。

 そして、もうひとつ誤算があった。それは、断片的な証拠をたどってたどり着いた場所に、被害者の痕跡がさっぱりなかったのだ。遺体や骨、髪の毛ひとつでさえ。

 結果、裁判では証拠不十分、釈放。私達は負けた。そんな相手を、私はこれから落とさねばならない。

 

「…今、奴はどこにいるんだ」

「今は大白町局で預かってる。近いうち、カンナも出向くことになるかも」

「…! ということは――」

 

 ひとつ、説明していないことがあった。2年前の事件、その被害者について。未だ行方知れずの人物について。

 その被害者は―――

 

「…真鍋は…落とせなかったよ。カンナしかいない、だから頼む、って………」

 

「"狂犬"ならきっと、って……」

 

 大白町局の公安局員。私達と捜査を共にした人物、その家族。

 ――真鍋の妹である。

 それに気付いたのは、すでにフブキを大白町に送り出した後だった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 出張に行くことになった経緯は、特段何かあったわけでもなく、ただの生活安全局のお手伝いという話だった。

 

『――で、私なんだね』

『そういうことになるな。悪いな、何度も使いっ走りさせてしまって』

『別にいいよ。今回はめんどくさい話じゃないんでしょ?』

『ああ。場所が変わるだけで、やることは普段と変わらん』

 

 幸い、今回は探偵の真似事はしなくても良いらしかった。それならば、適度に働き、適度に休んで(サボって)いれば良い話だ。悪い話ではない。

 

『…わかったよ。ちなみに交通費って』

『流石に出るぞ。頼む、な』

『りょうかい。ま、ぼちぼちやってくるよ』

『…さぼるなよ』

『……』

『図星かよ、まったく…』

 

 シラトリ局での会話を思い出しながら、重い荷物を持って町を行く。大白町のメインストリートということもあってか、人の流れは多い。それでも、D.Uには敵わない数だが。

 風景を見回しながら、ナビ通りに進んでいく。液体窒素を扱っている様子の工場や、地元民に愛されているであろう食堂などがあった。そうしているうちに、目的の建物が見えてくる。

 

「あれか」

 

 ヴァルキューレ大白町局は、小高い丘の上に位置していた。シラトリ局ほどの大きさではないものの、それなりに立派な建物だった。

 正面入口から堂々と入って、受付に身分と要件を話した。すでに連絡は取れていたようで、すんなり職員エリアに通された。

 

「こちらです」

 

 そう案内されたのは、生活安全局のオフィスだった。

 

「局長はどこ?」

「奥のデスクに」

「おっけー、ありがとね」

「こちらこそ、本局も人手が足らんでしょうに…」

「あー、まあそれはお互い様でしょ」

 

 件のデスクに向かって歩みを進める。向こうもこちらに気付いたようで、近づくと顔を上げた。

 

「お、来てくれたんやね!はるばるすまんなぁ」

 

 …ここの局長は些か訛りが強いようだった。

 

「いや、私は全然…シラトリ本局の生活安全局所属、1年生の合歓垣フブキです。1ヶ月お世話になるね。あ、これ、ささやかだけど」

「おお、マスタードーナツの限定品やんか!ええの?」

「いいのいいの。お世話になるんだから」

「力借りるんはこっちやし、気ぃ使わんでもええのに。ウチ、ここの局長。よろしくな。わからんことあったらウチに聞いてや」

 

 そう言いながら、大白町局長は私の手を激しく上下させた。かなり距離の近い人だ。悪い気はしないが。

 

「えーとな、まあやることは向こうと変わらんわ。フブキさんには特に割り振りとかもあらへんで、手ぇ足らんな思たとこ手伝ったってや」

「わかった。どこに座ったらいい?」

「それやったら窓際の―――」

「局長、真鍋先輩が過去の判例よこせって……」

 

 横から、唐突に誰かが話しかけてきた。服装を見た感じ、公安局の人物らしかった。カンナ局長のようなグレーのシャツに、紺のネクタイを通している。

 

「あー、そんなら資料室の――」

「―――あー!!」

「うわびっくりした」

 

 その人物は、私を見るなり叫び声を上げた。公安局員は皆カンナ局長のように声が大きいのだろうか。一瞬、部屋の中が静まり返り、こちらに視線が集中する。

 

「あ、あなた確か、あの"生活安全局の名刑事"でしょ!?」

 

 …嫌な予感がした。具体的に言えば、面倒事に巻き込まれる予感である。

 

「……違いマス」

「いーや、私の目に狂いは無い! "きたゆき"でテロリストの一斉検挙に貢献した、あのフブキさんだ!」

「おーい、フブキさん困っとるやんか。その辺で…」

 

 掩護射撃になってないぞ局長さん。この状況で名前を出すのは悪手だ。

 局長の言葉を聞くと、予想通り、公安局の彼女の顔はより活き活きとし始めた。言わんこっちゃない。言ってないけど。

 

「やっぱりそうじゃん! 私、公安局未解決事件対策チームの芦屋って言います! よろしくね!」

 

 満面の笑みで自己紹介をした芦屋さんは、そのまま私の袖を引っ張って、何処かへ連れていこうとする。

 

「ちょ、ちょっと、どこ行くの…?」

「決まってるでしょう、私達のチームの場所です! あ、局長、ちょっとお借りしますね! あとついでに判例も!」

「た、助けて…」

「…すまんな、ちょっとだけ…堪忍な」

 

 私の願いも虚しく、局長は根負けした。ヒラの公安刑事が局長を押しきれてしまうとは。この局はどうやら自由人が多いらしい。シラトリ局だったら間違いなくカンナ局長の雷が降るだろう。

 半ば引きずられるように連れていかれる。最早抵抗しても無駄だろう。そう考えたときだった。

 

「…この人なら、あの件も、きっと」

 

 ぼそっと、そう言ったのが聞こえた。

 あの件とはなんだろうか。未解決対策、なんてチーム名なのだから、多分難しい事件なのだろう。何にせよ、面倒事はごめんだ。

 そう考えていると、目的地に着いたようだった。

 そこは仕切りで囲われたスペースに、デスクがあるだけの場所。そのデスクのひとつに、誰かが腰掛けていた。その人はカンナさんと同じような制服を着ていて、椅子には大きめの黒い公安局のコートが掛かっている。

 

「…ああ、芦屋さん。戻って――その方は?」

「紹介します! この方は合歓垣フブキさん。シラトリ本局生活安全局の1年生ですが、実は数々の難事件を解決している、ヴァルキューレ内の有名人なんです!」

 

 …どうして私の噂が他局にまで波及しているのだろうか。嫌なんだけどな、あんまり持ち上げられるの。仕事が増えるだけだし。

 

「…まあ、うん。フブキだよ、よろしく」

 

 一瞬、怪訝な顔をしたその人は、そう聞くとすぐに表情を軟化させた。日溜まりのような、柔らかな笑みを浮かべている。いい人なのだろうと一発で分かった。

 

「フブキさんですね。私は公安局3年生の真鍋と言います。よろしくお願いします」

 

 飲み物でも、と真鍋さんは立ち上がる。すぐ近くの局員用らしきコーヒーメーカーを慣れた手付きで操作し、コーヒーを差し出してくれた。その後、座るよう促されたので、真鍋さんの向かい側の空きデスクに座った。

 

「インスタントですが、よければ」

「ありがと。別に拘りはないよ」

「そうですか。それならよかった。…そういえば芦屋さん、どうしてこの方をこちらに?」

 

 真鍋さんがそう訊くと、あからさまに芦屋さんは動揺し始めた。

 

「……あー、えーっと」

「…まさか、この人の噂を聞いて、無理やり連れてきたんじゃないですよね」

「…ごめんなさい」

 

 ばつが悪そうに、芦屋さんは謝った。雷が落ちるかと身構えたが、真鍋さんは予想に反して、物腰柔らかに叱った。

 

「…こらっ。駄目でしょう、無理やり連れてくるなんて。…すみません、ご迷惑を」

「ああいや、私は別に気にしてないよ」

 

 そう言いつつ、コーヒーを啜る。ブラックらしい苦味が口に広がる。ダイレクトにカフェインが入ってくるような感覚も一緒だった。

 その時、いつの間にか真鍋さんの横に腰掛けていた芦屋さんが言った。

 

「…フブキさん。折り入ってお願いがあります」

 

 その表情は真剣そのもので、どこか鬼気迫るものも孕んでいた。

 

「…何? 面倒なことは嫌なんだけど…」

「……それでも、です」

 

 まっすぐこちらを見つめ、芦屋さんは言った。

 

「お願いします。私達の捜査に協力してください」

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「―――クソッ!!」

 

 怒号と共に、激しい衝撃音が取調室の中から聞こえた。それは紛れもなく、カンナが椅子か何かを投げ飛ばした音だった。

 

「クソッ、クソ、ちくしょう!!!」

 

 カンナ特有の低いがなり声が、扉の向こうで響いている。何か金属でできたものを殴る音も。

 

「ちくしょう!! ちくしょう……ああ―――」

 

 きっと、カンナは自分を責めるのだろう。人一倍責任感が強い彼女のことだ。

 ――私の為に、これだけの思いをもって臨んでくれる仲間がいる。そのことに、嬉しいながらも辛さを感じていた。

 成長した彼女なら。"狂犬"と呼ばれるに至った彼女なら。そう思い、託した。だがそれでも、()()を落とすことはできないらしい。

 

「……真鍋…すまない……」

 

 扉の向こうから聞こえた声に、胸を痛めた。

 ――もういいんだと、そう言ってやりたかった。だが、私の弱さが、その言葉を飲み込んでしまう。

 消えた妹。あの子の無念を晴らすことを、未だ諦めきれていなかったんだ。

 例の生活安全局の名刑事――フブキさんが臨時で着任して数日。力を借りる考えも過ったが、本人はそれを嫌がったし、何より私はフブキさんをこの件に巻き込みたくなかった。これは私が決着をつけなければならないのだ。

 

 妹がいなくなって、もう2年が経つ。

 今日も倉野は何も話さなかった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 大白町局に着任して、早数日が過ぎた。

 こちらの仕事にも少しずつ慣れてきた。最初のうちは初めて来る町、初めて会う人々に戸惑ったものの、少しずつ打ち解けられていると思う。街灯が点きはじめた町を歩きながら、回想する。

 

 結局、私は芦屋さんのお願いを断った。

 面倒だ、ということが主な理由であることは否定しない。しかし、私は本来、この大白町に"生活安全局の"仕事を手伝いに来ている。公安局とは管轄や役割も違うし、ましてや私は刑事ではなくお巡りさんなのだ。無闇矢鱈に首を突っ込むべきではない。

 そのため、事件の詳細なども一切聞かなかった。芦屋さんはどうにか協力を取り付けようとしていたが、

 

『フブキさんも嫌がってますし、何より生活安全局の人だ。いくらヴァルキューレで有名でも、フブキさんのお仕事の邪魔をしてはいけませんよ』

 

という一言もあって、渋々ながらも引き下がってもらえた。良心が痛まなかったわけではないが、それでも私は公安局の人間じゃない。そういうことは本職がやるべきだ。

 

 そんなこんなで、今は町中を巡回している。生活安全局の仕事のひとつだ。監視の目があるわけでもないので、ある程度自由に動ける。私の好きな仕事のひとつでもあった。

 

「…足痛い」

 

 誤算だったのは、パトロールに警察車両を使えなかったこと。シラトリ局、広く言えばD.Uでは巡回範囲が広いので車で回れたのだが、ここは大白町。車両の数も少ないし、巡回範囲も比較的狭い。よって、自身の足を使わなければならなかった。

 そのため、私の足は疲労が蓄積していた。今日は朝からずっと動きっぱなしで、車とデスクワークに慣れきった身体には些かハードワークと相成った。

 

「…どっかで足を休めよう。ちょっと位休んだって、バチは当たらないよね」

 

 そうひとり呟きながら、腰を下ろせる場所を探す。大白町はキヴォトスとは思えないほど平和な場所だった。だからこそ巡回の必要性があまりなく、生活安全局が使える車両も少ないのかもしれない。

 

「なにかないかな。カフェとか、公園とか…もう6時だし、ごはん屋さんでもいいね」

 

 そう思いながら、辺りを見回す。そうすると、ひとつ目についた店があった。

 その店は、初めてこの町に来た時に見た食堂だった。引き戸の上に暖簾が掛かっているのを見るに、どうやら営業中らしい。

 

「…どうしよう。ここにしようかな…」

 

 一瞬、入るのを躊躇った。来たときに見た店の様子は、常連客で賑わっているようで、肩身の狭い思いをするのではないかと思ったからだ。

 

「…ものは試し、かな。キリノも言ってたし」

 

『意外と大丈夫ですよ!』という、食べ歩きが趣味の同僚の言葉を信じることにした。しかも、わざわざ知らない土地に来て、食事がチェーン店等ばかりというのも寂しい。勇気を出して、飛び込むことにした。

 引き戸を開ける。近々催しがあるらしく、宣伝ポスターが貼られていた。

 

「…あのー……」

 

 店内は予想通り常連客で一杯だった。声を掛けたとき、ほぼ全員がこちらに振り向いたので、少々気圧された。

 

「…お?」

「学生さん? 珍しいな」

 

 しまった、と思った。反応が芳しくない。ここじゃアウェーな雰囲気になってしまう。

 

「…あー、もしかして、一見さんはだめな感じ…?」

「全然! そんなことないですよ」

 

 そう言ったのは、ちょうどテーブルに料理を運んでいた女の子だった。私と同年代くらいだろうと、一目見て思った。

 

「ささ、どうぞお掛けになってください。相席ですけど――」

「…うん、大丈夫。ありがと」

 

 正直抵抗感はあった。だが、その人のペースにのせられ、あれよあれよと六人掛けの席についてしまった。

 

「おしぼりとお冷や持ってきますね」

 

 そう言うと、その人は厨房の方へと向かっていった。相席になった二人組は、ひとりは作業着を、もうひとりはスーツを着ていた。どちらも店に入ったときよりもトーンを落として話している。

 

「嬢ちゃん、どっから来たの」

 

 メニュー表を眺めていると、ふいに相席した二人組から話しかけられた。いきなりのことだったし、雰囲気にも呑まれていたのだろう。少しだけ肩が跳ね上がった。

 

「…えーっと、D.Uから来たよ」

「ほぉ、都会っ子だ」

「向こうに比べたら、ここ、何にもないだろ?」

「何にも無いことはないでしょ? うちがあるじゃないですか、もう」

 

 笑いながら言った二人組に、おしぼりとお冷やを持ってきてくれた女の子が、冗談めかして言った。そのお陰か、少しこのテーブルの雰囲気も柔らかくなった。

 

「そりゃそうだな!」

「違いない」

「注文決まったら、遠慮せず呼んでくださいね」

「あ、それなんだけどさ」

 

 メニュー表を眺めてはいたものの、私はこの店のことをよくわかっていない。オススメがあれば聞いておこうと、女の子を呼び止めた。

 

「はい、どうしました?」

「オススメとかってある?」

 

 そう言った瞬間、常連二人組の目付きが変わったような気がした。

 

 今思えば、この一言が打ち解ける要因になったのだと思う。そして、これからの捜査に対する呪いにも。

 

「…嬢ちゃん、今オススメを聞いたな?」

「…えっ? …まあ、うん」

「そういうことなら俺たちに任せな」

 

 …どうやらこの店は、地元の方々にかなり愛されているようだ。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「おいしーっ!」

「だろー?」

「気に入ってくれて良かった」

 

 少しした時、私は常連さん達の輪の中で、目を輝かせながら舌鼓を打っていた。他のテーブルの人達も、私に積極的に話しかけてくれている。

 打ち解けた経緯としては、オススメをあれこれ聞いているうちに、他のテーブルの人達も色々勧めてくれたのだ。そのお陰で会話が増えた。

 

「このだし巻き玉子ふわふわ! D.Uでも滅多に食べられないよこれ! アジも脂乗ってておいしー!」

「そうかそうか! ご主人ー! 嬢ちゃんが絶賛してくれてるぞー!」

「ありがとねー! おかわりもいいよ!」

「嬢ちゃんこれも食え! うまいぞー!」

「いいの? ありがとー!」

 

 店主だったり、他卓の人達だったりと、まるで私も常連の一員になったかのような様子だった。店に入った時の不安感は、とうに吹き飛ばされていた。

 そうこうしながらアジフライ定食を食べ進めていると、誰かが言った。

 

「そういや、明日の準備はどうなんだ?」

「ばっちりですよ。頑張りましょうね!」

「明日?」

「ありゃ、嬢ちゃん、ポスター見てないのか?」

 

 そう言われてようやく、店の戸に貼ってあったポスターの存在を思い出した。

 

「ああ、あの祭りの…どんな感じなの?」

「オオジロ・パレード・フェスティバルっていって、遊園地のパレードみたいな催しをするんです」

「ここ数年は結構規模が大きくなっててね。全国から色んな人が集まってくるようになったんだよ」

 

 私の疑問に、女の子と店の主人が答えた。

 

「へぇ…ここの人達も?」

「もちろん出るぜ。今回は優勝するぞ」

「無論だな。嬢ちゃんも見るか?」

 

 見たい、と言おうとして、自分が生活安全局の人間であることを思い出した。

 祭りをやるとなれば、当然警備出動することになる。民間の催しなら、生活安全局も駆り出されることになるだろう。

 心の中で悪態をついた。応援要請って、もしかしなくてもこのことだったんじゃないのか。

 だが、この場は一期一会。話を合わせるのも大事だと思った。それに、局を早く出ておけば、公務と称して祭りを楽しめる可能性もある。

 

「見たい。観覧席とかあるの?」

「関係者席や来賓席ならありますけど、そういうのはコネがないと無理ですね」

「そんなのは無いなぁ」

「じゃあ早出するしかないな。後ろの方じゃ見づらいだろうからね」

「わかった。ありがとね」

 

 好都合だった。だったら尚更局を早く出て、前列を確保しておこう。

 

「よければ当日、私が案内しましょうか?」

「あー、まあ自分で行くから大丈――」

 

 そう言いかけたとき、引き戸ががらりと開く音がした。

 

「あっ、いらっしゃいま――」

 

 そこまで言った女の子の表情が、誰が見てもわかるほど青ざめた。何かあったのかと思い、入り口の方を見た。

 そこには誰かが立っていた。明らかに常連ではないだろう風貌で、黒のウインドブレーカーを羽織り、フードを目深に被っている。

 よくよく辺りを見ると、店内の空気が凍りついているのがわかった。あれだけ騒がしかった店内も、今は重苦しく、どこか怒りを含んだ静寂が包んでいる。

 その人はなにも言わず、私の向かいにどかっと座った。

 

「どうしよう、お父さん」女の子が主人に言った。主人は女の子に、厨房に下がっているように言い聞かせた。それを聞いて、女の子は厨房に避難した。

 

「……何しに来たんだ」

 

 主人は低い声で言った。先程とはまるで様子が違う主人を見て、やっとただ事では無いのだと実感した。

 

「…ここは飯を食わせる所じゃないのか」

「……あんたに食わす飯はないよ」

 

 その人の問いに、主人は答えた。「出ていってくれ」

 すると、その人は顎を上げ、主人を睨み返した。主人のこめかみに血管の筋が浮き出ている。

 

「おい、おまえっ」

 

 突然、今まで黙っていた作業着の常連が叫んだ。

 

「ご主人や妹ちゃんの様子がおかしいと思ったら、おまえだったのか! よくも顔を出せたもんだな、ええ!?」

「戸田、黙っててくれ。巻き込みたくない」

 

 主人は作業着の常連――戸田を見ながらそう言い、件の人間に向き直った。

 

「何が目的か知らないが、ここはあんたが来るところじゃない、倉野」

 

 ほう、とその人――主人が倉野と言った人物は、鼻で笑った。

 

「理由を聞こうか」

「その必要はない。他のお客さんにも迷惑だ。早く出ていけ」

「何か勘違いしてないか、ご主人よぉ」

 

 倉野の言葉に主人が反応した。ああ、と倉野は言うと、低い声で続けた。

 

「こっちは被害者なんだぜ。あんたらのせいで犯人扱いされて、仕事も信用も全部パーだ。どうしてくれるんだよ?」

「…犯人扱いだと? 俺はあんたを犯人だと思ってるよ」

 

 今にも噴火しそうな主人とは対照的に、倉野は飄々と続ける。

 

「じゃあ、俺はどうして矯正局に入ってないんだ? ん?」

「今だけだろうが。警察だって諦めちゃいない」

「そいつはどうかな」

 

 倉野は口元を歪めた。

 

「ああそうだ、それより答えを聞いてなかったな。あんたはどう落とし前をつけてくれるんだ?」

「…落とし前? 何のだ」

「賠償金だよ。俺を警察に売ったのはおまえだろうが」

「俺は本当のことを言っただけだ。当然だろう」

「とぼけんなよ。…賠償金が払えねえってなら、別のモノでもいい」

 

 そう言うと、倉野は趣味の悪い笑みを浮かべた。背中に悪寒が走ったのを憶えている。

 

 

「――例えば、妹の方、とかな」

「てめえ!!!」

 

 

 主人は叫び、ポケットからハンドガンを取り出し、それを倉野に突きつけた。

 

「やっぱりお前なんだろうが!! 人攫いが、クソ野郎!!」

「攫うなんざ言ってねえだろうが、それにな」

 

 そう言うと、倉野も胸ポケットのハンドガンを取り出した。それを見た瞬間、主人はひどく狼狽したようだった。

 

「俺だって、ただで撃たれてやるほど甘かないんだよ」

「…お前、それ、どこで手に入れやがった!!」

「ベレッタなんざどこでも売ってるよ。機種被りなんてよくあるだろ」

 

 私は、なぜ主人がそこまで狼狽したのか理解が出来なかった。たかだか9mm口径の拳銃なんて、キヴォトスではありふれた代物だ。

 

「なあ、どうするってんだよ、おい」

「…はい、そこまでだよ」

 

 とにかくこの場を納めよう。そう思い、主人と倉野の間に割って入った。仕事終わりに見えるかもしれないが、一応公務中なのである。

 

「…なんだお前。誰だよ、ひっこんでろ」

「一見さんだからね。知らなくても仕方ないよ」

「なら尚更引っ込んでろよ。お前にゃ――」

 

 そう言いかけたとき、倉野は私の姿に、何か引っ掛かるものを覚えたようだった。

 

「…お前、ヴァルキューレか」

「そうだけど、どうかしたの」

 

 倉野はへらへらとした笑みを浮かべる。それと同時に、誰かが叫んだ。

 

「ちょうどいい! 嬢ちゃん、こいつを捕まえてくれよ!」

「…そうしたいんだけどさ、撃ってきたりでもしないと…無理かな」

「…だってよ、おい。お利口なこった」

「だからさ、大人しく帰ってよ。迷惑してるしさ、これ以上やるとこっちも…ね」

 

 相手を刺激しないよう、しかし譲らない姿勢を示しながら、倉野に言い放つ。それでもなお、倉野は動じた様子はなかった。

 

「こっちも――なんだよ。公安でさえ仕事しないじゃねえか」

「…どういうことさ」

「お前やヴァルキューレじゃどうこうできやしねえって話だ。ましてや生活安全局なんざ箸にも棒にもかからんぜ」

「ふうん、そう。じゃあ私なんか相手せずにさっさと帰った方がいいんじゃない」

 

 思いがけず頭に来たので、少しむきになって返す。その理由としては、倉野の言葉がヴァルキューレへの言葉でなく、誰か個人を貶すような言動だと思ったからだ。

 しっしっ、と手を払う動作を見せると、何やら気に食わなかったのか、薄ら笑いは消えていた。倉野は面白くなさそうに言った。

 

「そうかよ。まあいいさ。今日の所は帰ってやる。おたくにも心の準備ってもんがあるだろうしな。とにかくだ、俺は被害者なんだ。あんたらにとやかく言われる筋合いも、この店を出禁になる理由もない。あんたらに冤罪を被せられそうになった哀れな被害者なんだ」

 

 倉野はふてぶてしく言い放つと、店内をぐるりと見回した。すべての客が怒りと不快感に顔を歪めている様を見て、またしても口元を歪め、引き戸を乱暴に開けた。

 

「また来るぜ」

 

 店主が何か叫んでいた。塩を持ってこいだとか、そんなことを言っていた気がする。しかし、身の回りで起きた出来事の衝撃と不快感によって、その後の事はあまり覚えていなかった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 D.U、コーギータウンの歩行者天国と同等の密度とおぼしき人並みを掻き分けながら、局への帰り道を行く。周りの人々は、未だ祭りの熱に浮かされているようだった。

 オオジロ・パレード・フェスティバルのあと。帰路につく人々と逆の方向へ、合歓垣フブキは歩みを進めていた。

 

「いやー、すごかった…!」

 

 パレードは、どのチームも想像よりクオリティが高かった。素人目ではあるが、もしかしたらD.U近郊の夢の国パークと同じくらいのものを見せられたように感じていた。それくらい、圧巻だった。

 特に目を引かれたのは、あの食堂で出会った地元の人達の発表だった。海賊をモチーフにした発表で、船員たちが航海の中で宝を見つけていくというものだった。途中、いくつもの宝箱を開けていく形式だったのだが、皆の演技力は目を見張るものがあった。

 

「いいもの見せてもらっちゃった。…さ、帰って業務報告かな」

 

 一応、今の私は交通整理の仕事中。…というのをいいことに、最前列でパレードを見ていた。我ながらひどい話である。

 祭りが終わったあとの整理は管轄外だったので、局に帰っている最中だった。

 

"あれ、フブキ?"

 

 不意に、どこからか私を呼ぶ声が聞こえた。少し、私の心が色めき立った気がした。それは聞き馴染みがあって、かつ私が敬愛する人物のそれであったからだ。

 

「先生じゃん」

"やっぱりフブキだ。なんでここに?"

「こっちの台詞だよ。てっきりどっかの助っ人に行ってるのかと思ってた」

"ウミカ…百鬼夜行の子から、ここですごいお祭りが見られるって聞いてね。いやはや、想像以上だったよ…!"

 

 声の主――先生は、興奮気味にそう言った。この人も、祭りの熱に浮かされているようだった。

 

"ここじゃ何だし、移動しようか。…っていっても、私はここの土地勘なんて無いんだけどね"

「それなら私に任せて。何日かパトロールしてるから、空いてるところはいくつかわかるよ」

"ありがとう。お願いするね"

 

 そう言いながらメインストリートを抜け出して、裏道に出る。そうすると、人の流れはぐっと少なくなった。人の壁がなくなり、爽やかな夕暮れ時の風が抜ける。

 

"…それで、フブキは何でここに? シラトリ勤務じゃ無かったっけ?"

「そうなんだけどさ、こっちの人達の応援に回されちゃって。今は臨時で転勤してるんだよね」

 

 そう聞くと、先生は合点がいったという表情を見せた。

 

"それで、フブキは楽しめた?"

「もちろん。先生は…楽しめたっぽいね」

"そりゃあもう。動画まで撮っちゃったよ"

 

 そう言って、先生は携帯の画面を見せてくれた。かなりの長尺動画のようだった。いかに先生がこのパレードを楽しんでいたかがわかる。

 

"フブキはこれから局に?"

「うん。先生は?」

"私は駅前に宿を取ってるから。明日の昼ぐらいには帰るかな。…あ、どこかおいしいご飯屋さんとか知ってる?"

「あ、それなら――」

 

 先日、私が訪れた食堂のことを話した。

 

"――そんなところが"

「そうなの。雰囲気もよくてさ…あ、今日は多分混むから、早めに行った方がいいよ」

"わかった。じゃあ早速行ってみようかな"

「行ってらっしゃい。じゃ、また当番の時に」

"うん。頑張ってね"

「ドーナツ用意しといてね」

 

 もちろん、と言いながら、先生は離れていった。それに背を向け、局への帰路を急いだ。昨日と違って、今日はよく眠れそうな気がした。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 局に帰るなり、局長から真鍋さんへの言伝を頼まれた。公安局はこんな日でも働き詰めのようだ。

 何か労いのために持っていったほうがいいだろう。そう思って、二人分のコーヒーを作って、未解決対策チームのデスクへと持っていった。ささやかだが、今はこれが精一杯だ。

 

「真鍋さ――」

 

 仕切りの向こうを覗いたとき、呼び掛けの声は途切れてしまった。

 そこには真鍋さんと、何故かカンナ局長がいた。

 そこまでは良かった。カンナ局長がいるのも、多分何か用事があって来たのだろうということが予想できる。

 気になったのはその様子だった。仕切りの向こう側の空気はずうんと重苦しい。会話のひとつもなかった。

 さらに目についたのは、カンナ局長が真鍋さんの胸に頭をうずめている点だった。よく見ると、肩が小さく上下していた。

 

 ――泣いているのか。カンナ局長が?

 誰にも弱音を吐かず、たったひとり死地に向かっても、それが切っ掛けで大怪我を負ってもなお涙を見せなかった()()カンナ局長が。

 

 よく見ると、真鍋さんの表情にも胸が痛んだ。どこか諦めているような、そんな表情をしていた。

 

「…フブキさん、ちょっと……」

 

 いつの間にか後ろにいた芦屋さんに声をかけられた。振り返ると、ついてくるよう手招きされた。それにしたがって、芦屋さんについていった。

 ついていった先は屋上だった。この季節の夜は少し冷える。コートでも持ってくるべきだったかと、そう思った矢先だった。

 

「…真鍋先輩には妹さんがいたんです」

 

 唐突に、芦屋さんはそう言った。

 

「私たちと同い年で…姉妹仲が良くて、よく局にも遊びに来てたんですよ」

「…はあ」

 

 そう言いながら、芦屋さんは屋上のフェンスにもたれかかった。眼下には大白町の灯りが煌々と輝いている。遠方にはうっすらとサンクトゥムタワーの光が見えた。

 

「…2年前、この町である事件が起きました。何でもない、ただの誘拐事件でした」

 

 そこまで聞いて、まさか、と思った。さっき、芦屋さんは妹が"いた"と過去形で話していた。

 

「その事件を担当したのは真鍋先輩でした。志願してのことでした」

「…もしかして、その事件の被害者って」

「……真鍋先輩の妹さんです」

 

 予想通りだった。過去形で話していたのは、これが理由だったのだろう。

 

「事件の捜査は難航しました。残っていた証拠が少なかったこと、発覚が遅れたこと…それが理由です」

「…それで、応援でカンナ局長が?」

「はい。尾刃さんは、昔からの仲だったそうです。それと、今は連邦生徒会にいる人も。…2人の協力の甲斐あって、なんとか被疑者の拘束まで持っていきました」

「…何て言う人だったの」

「…倉野といいます」

 

 倉野、と聞いて、私は昨日の出来事を思い出した。

 和やかな雰囲気をぶち壊しにしたあいつ。

 食堂の主人と何かがあったあいつ。

 性格が悪いやつだと思ってはいたが、やはり以前にも何か事件を起こしているようだった。そのため、驚きは少なかった。

 

「倉野は取り調べで、完全黙秘を貫き通しました。証拠が少なかったことも相まって、あいつは釈放されたんです」

「…カンナ局長でも、黙秘を崩せなかったの?」

「はい。そしてそれは、今回も…」

「…今回」

「はい。今回も同様の事件で、倉野を被疑者として同行させました。…結果はお察しの通りです。"狂犬"でもダメでした」

 

 カンナ局長でも崩せなかった。それがどれほどのことか、共に仕事をしている私には嫌というほど理解できた。

 

「…今日をもって、倉野の同行、聴取可能期間が終了します。新たな証拠でも出てこない限り…あいつは捜査線上から外さざるを得なくなります」

「……」

「…でも、私は諦められない」

 

 そう言うと、芦屋さんはフェンスにもたれ掛かるのを止め、私に向き直った。表情は暗くてよく見えなかったが、目元で何かが光ったのがわかった。

 

「…時折見るんです。真鍋先輩が物陰で、ひとりで泣いているのを」

「……」

「2年経って見つかってないんだ、妹さんが見つかる可能性は低い……」

「…そうだね」

「…だったらせめて……せめてあいつを捕まえて牢屋に叩き込むことで…真鍋先輩の仇を討ってあげたいんです…!」

 

 芦屋さんの拳に力が入る。

 

「でも…でも! 私には独力で証拠を集めるだけの力がない…! 私ひとりじゃ何もできないんです…! だから――」

 

 そう言って、芦屋さんは頭を下げた。

 

「お願いします…力を貸してください……!」

 

 受けたほうがいいのだろう。そう思った。

 だが、これはデリケートな問題だ。余所者である私が勝手にこの捜査に協力することは、却って真鍋さんの心の柔い部分を突くことにならないだろうか。

 

「…前にも言ったと思うけどさ。私は公安局の刑事じゃないの。お巡りさんなんだよ。他にも――」

「それでも!」

 

 そう叫んで、芦屋さんは三つ指をついて、床に頭を擦り付けた。

 

「な…!」

「無理を言っているのはわかってます…でもこれだけは譲りたくない!」

「何をやって――」

「これはあなたのような――いや」

あなた(探偵フブキ)にしか頼めないんです!」

「顔を…」

「お願いします――」

 

「貴方の力を貸してください…!」

「お願いします!!」

 

 

 

 

 これは、真鍋さんだけじゃない。

 

 カンナ局長の仇でもあるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…わかった。私は何をしたらいいの?」

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 わかりやすい悪役がいるということは、とても楽なのだろうと思う。怒りに任せて振り上げた拳を、そのままそれに振り下ろせばいいからだ。

 だが、それがいなくなったとき、その怒りはどこにぶつければ良いのだろうか。

 

 こうなることは、もしかしたら真鍋さんも望んだのかもしれない。望んでないにせよ、幾分か報われたかもしれない。

 

 ――現実は非情だ。仇も討たせてくれない。復讐さえ許してくれない。

 

 

 

 

 

 ――倉野が意識不明の重体で発見されたのは、次の日の朝のことだった。

 

 






次回「復讐と矜持 中編」

前座で15000字も使ってんじゃないよ…
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