ミレニアムサイエンススクール。
近年、キヴォトス三大校に名を連ねた新興学園である。
理系分野の叡智が結集し、「千年問題」の解決に向け、日々研究が重ねられている。
合歓垣フブキは今、ある研究室の前に来ていた。
「エンジニア部開発用第一ハンガー…ここだね」
今回、先生からの要請に快く応えてくれたのは、エンジニア部という部活であった。
何でも、ミレニアムプライスという賞レースに於いて複数回の受賞経験がある、腕の立つ部活なのだそう。
「失礼しまーす…」
「お、来た」
中に入ると、恐らくエンジニア部に所属しているであろう3人と、車椅子に乗った白髪の人が居た。
「先生から話は聞いているよ。エンジニア部三年の白石ウタハだ。こっちは一年の猫塚ヒビキと豊見コトリ」
「ヴァルキューレ生活安全局所属、一年の合歓垣フブキです。よろしくね〜…こっちの人は?」
「ああ、いや、なんだ。私達はどちらかというと物理工学の担当でね、化学の分野には疎いんだ。だから助っ人としてミレニアムの「全知」と呼ばれる人物に来てもらったのさ」
車椅子の人に目を向ける。お淑やかで、何処か理知的な雰囲気を感じさせる人物だ。
「こんにちは。お話は伺っております。私はヴェリタス及び特異現象捜査部部長――」
特異現象捜査部。何だか物々しい部活だな…
「―であり、ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である明星ヒマリです」
「うんごめん何て?」
「ミレニアムが誇る超天才清楚系―」
「あーもうわかった、うんヒマリさんね、おっけーおっけー」
何だこの人。本当に頼りになるのか…?
いや、現状警察内部で手がかりが掴めていない以上、この人達を頼る他無い。
「まあ、立ち話も何だし、早速始めようか」
「あ、うん。よろしくね」
「確か依頼内容は『水で炸裂する爆薬、若しくは物質』との事でしたね?」
さっきまで調子良く喋っていたヒマリさんが、急に真面目に話し始める。
「それでしたら、恐らくこちらかと」
そういいながら、ヒマリさんは何やら金属の塊を取り出した。凡そ筆箱位の大きさである。
「それは?」
「ナトリウムの塊です」
ナトリウム。中学の授業か何かで聞いたきり、馴染みのない物質だった。これが爆発とどう関係するのだろうか。
「…まあ、説明するよりも目で見た方が分かりやすいだろうね。さ、実証実験といこうか。ヒビキ、コトリ、始めよう」
「はい!フブキさん、こちらです!」
「一応、ゴーグルだけ付けておいて」
ヒビキさんに言われるがまま、渡されたゴーグルを装着する。
そのまま四人に付いていくと、何やら巨大な箱のようなものがあった。ウタハさんはその中にナトリウムを放り込んだ。
「この中で水とナトリウムを接触させます。あとは…見てからのお楽しみ、です」
ヒマリさんがいたずらっぽく笑う。何が起こるというのか。
「注入開始。全員離れておいてくれ」
水が箱の中に流し込まれる。それがナトリウム塊と接触した瞬間――
黄色い爆炎をあげ、爆ぜた。
「…爆発した…?」
「予想通りだね」
「…どういうこと?」
「ナトリウムは水と激しく反応し、水素ガスを発生させます。この反応で発生する熱によって爆発が起こる、ということです。それにナトリウムのみで構成されているなら塊の全てが反応しますから、証拠も残りません」
成程。つまり火薬と炎ではなく、水素爆発のような原理と同じということだ。
…本当に存在したのか、水で炸裂する物質。
「さらに言えば、ナトリウムはこの様な現象が起こった際、炎色反応として黄色い炎が観測されます。貴方が現場で見た炎も、この様な黄色い炎だったのではないでしょうか?」
「…あ、そうか…!」
そうだ。あの時私が見た爆炎は、間違いなく黄色い炎だった。
もしあの時、車にナトリウム塊が仕掛けられていて、まんまと警備局員が引っかかったとしたら―
「―辻褄が合う、かも」
「どうやら満足していただけたみたいですね」
「お役に立てたようだね」
となれば、まず報告だ。まだ犯人の尻尾すら掴めていない。早くカンナ局長に報告して――
「ああそうだ、これはセミナーからの依頼なんだが…」
「何?」
「保管庫からナトリウム塊が5つ、盗まれたそうだ。保安部とC&Cが追撃したが、取り逃がしたらしい」
「…そういうのは公安に頼んだほうがいいと思うよ。でも了解、局長に言っとくね」
その時だった。携帯に一本の着信。件のカンナ局長からだった。
「ちょっと失礼。…はいもしもし?」
『フブキか!?』
電話の向こう側はやけに騒がしく、局長も何処か焦った声色だ。
何か起こったな。
『そっちはどうだったんだ!?』
「収穫おおあり。着火原因を突き止めた。ナトリウムだったよ。ミレニアムからの盗品で、5つやられちゃったみたい」
『ナトリウム…ああわかった、ところで今すぐ本局へ帰ってこれるか!?』
「どうかしたの?」
『状況が動いたんだ。アオバ区線路橋で同様の爆破事件があった!それと一緒に、ホシから予告状が…!』
『塔を讃えよ
涙落ちるとき 黒き海へ 鋼鉄の翼へ 熱狂の渦へ
そして全ての導き手のもとへ』
犯人から届いた手紙には、気味悪いフォントでそう書かれていた。
「…フブキの言った通り、目撃情報では黄色の炎を見たと言う者が多かった。今回の事件のタネはナトリウムで間違いないだろう。…今回の一件で、警備局はD.U区内全域で緊急配備を実施するそうだ」
緊急配備。かつてサンクトゥムタワーが機能不全に陥って以来の決定だ。
本来キヴォトスに於いて、爆弾による事件はそう珍しいことではない。
しかし、環状道、鉄道橋などの交通インフラを的確に狙った犯行であること、そしてこの予告状によって、異例の決定が下されたのである。
「…で、今度は堂々と警察に宣戦布告とはねぇ…面倒なことになったね」
「何かの暗号…でしょうか」
「おそらくそうだろうな。というより、そうであって欲しいが…」
暗号、ね。定石通りなら、次のターゲットってところかな。
そんなことを考えていると、カンナ局長がこちらを向いた。
「…フブキ。お前確か、よくクロスワードとかやってたよな」
「…まさか、私に頼む気なの?」
「…頼む」
「えー…だったら、そっちの副局長とか、公安の切れ者達にやらせたらいいじゃん」
「コノカは総監部に緊急配備の許可を取りに行ってるよ。それにお前も当事者なんだ。分かってくれ」
クロスワードと暗号系って、少し形態が違う気がする。恐らくリミットがある中で、間に合わせる事ができるか…
…まあ、一度関わった身だ。退く訳にはいかないか。
「…マスタードーナツの新作。それで手を打つよ」
「…すまない、助かる。キリノはアオバ区周辺の防犯カメラを洗ってくれ」
「了解です!」
「あ、キリノ。あとで映像こっちに回しといてくれない?」
「えっ?何でです」
「…多分見たんだ。最初の現場で、犯人を」
次回「予報は雨 後編」