『――今日の午後にはD.U区全域で雨模様となる予報です。傘を持ってお出掛けください』
「んー…」
3人での会議の後。キリノに私が見た被疑者の特徴を伝えたあと、すぐに暗号解読に取り掛かった。
しかしながら、すでに丸一日署にカンヅメになって考えているのにも関わらず、一向に解読が進まない。
「…塔を讃えよ…塔って言われて思い付くの、サンクトゥムタワーぐらいだしなぁ…」
おもむろに地図を机に広げてみる。赤ペンでサンクトゥムタワーをマーキングする。
「黒き海…黒って何さ。鋼鉄の翼?熱狂の渦って…スポーツ?ライブ?分かんないよ…」
完全に手詰まり。リミットだってあるというのに。
「先生に相談してみようかな…」
そう思い、シャーレに電話を掛けようとスマホを操作し――
そこで手を止めた。
「…先生?」
先生。教職。先を生きるもの。先導する者。
…全ての導き手。
地図を見る。サンクトゥムタワーの真西にシャーレが位置している。
定規を探して、距離を測る。
「…真西にジャスト40kmだ。中層階にはテラスもある。そこを爆破すれば、ビルの解体も容易…」
刹那。フブキの脳に、さらなる閃きが降った。
南側に定規を合わせる。そこには、D.U新第三空港が位置している。ちょうど、40km地点だ。
「鋼鉄の翼…」
東側に定規を合わせる。またしても40km地点に、鐘崎港石油コンビナートがある。
「海岸線の石油…黒い海…!」
心臓が早鐘を打つ。変な汗が出る。
最後に、北側に定規を合わせた。そこには――
サッカースタジアムがあった。
しかし、ほか三つの場所と違う点が一つ。
「…少し、ズレる?」
方角が真北ではなかった。少しずれている。
「…こっちのドーム球場の方がぴったり合うような…」
胸騒ぎがする。何かを見落としている気がする。
「…現状整理して落ち着こう。ちょっと疲れちゃってるかもだし」
発生した事案は2つ。多磨川橋梁とアオバ区鉄道橋だ。
犯人の手がかりは多磨川で見た後ろ姿のみ。
起爆剤はナトリウム。ミレニアムから5つ盗まれている。
水と反応し、起爆する。
「…水…水?」
窓の外を見た。空にはどんよりとした灰色の雲が広がっている。今にも泣き出しそうだ。
――脳裏を過る、最悪のケース。
「…いやいや、まさか、ね…」
2日前のアオバ区の天気を見る。
爆発が起こった時間帯の雨雲レーダーを見た。
…真っ赤。ゲリラ豪雨に見舞われていたようだ。
「…やばい」
なぜ気が付かなかったのか。
「フブキ、カメラの映像にそれっぽいのがいました。確認して――」
「キリノ、今すぐカンナ局長を呼んで」
「…どうしました?まさか暗号が?」
「急いで。解けたから、早く」
「何か変ですよ、大丈夫――」
「急いで!!雨が降る前に!!早く…!」
『本当に合ってるんだろうな!?』
「合ってなかったら吹っ飛ぶだけだよ!!」
大通りをいくつもの赤色灯が通過していく。
信号も、民間車も、いつもは邪魔ばかりする不良達も、その異様な光景に道を開ける。
「フブキ!飛ばし過ぎじゃ――」
「雨が降ったらおしまいなんだから、飛ばさないと話になんないよ!!」
『見えたぞ!スタジアムだ!』
『交機17はすでに現着、待機中!』
『交機22現着、南口から捜索開始!』
私達の担当は北側のターゲット。
最後までドームとスタジアムで迷ったが、雨で起爆するなら屋根のないスタジアムだろう、という結論で賭けに出た。
続々と交通機動隊が到着し、危険物処理班でない者たちも捜索に加わっている。
「フブキ、私達も急ぎましょう!」
…しかし、どうしても引っかかる。
どうして真北に位置するドームではないのか。
どうしてここだけずらしたのか。
ミスリードを誘ったか、位置の都合か――
それとも、本当にドームにあるのか。
ブレーキペダルを踏み込む。タイヤとコンクリートが擦れる音がして、交差点内でパトカーは止まった。
「フブキ、何して…!本官たちも早く行かないと!」
―確か、ナトリウムは5つ。内2つは前回と前々回で使用した、とすると…
「…キリノ、爆薬の解除は?」
「はい?…訓練で一度だけ…」
「なら大丈夫だね」
アクセルを踏み込んで、ハンドルを思い切り左に切る。
「交機23、ちょっと寄り道。以降、こちらからの発信以外通信は無し。交機23以上」
向かう先はドーム球場だ。
「本官は裏の方を」
「私は客席か…間に合うかな」
「お互いベストを尽くしましょう」
「…うん」
キリノが裏方へ入っていくのを見送って、私も行動を始める。
コンコースから三塁側内野席に出た。それと同時に、客席から歓声が上がる。
「こんなに居るの…?」
当然だ。警備員に聞いた情報通りなら、今日はキヴォトスでトップクラスの知名度を持つアーティストのライブの日だ。それを観るため、五万人を超える観衆が集まっている。
無理だ。こんなところで爆薬なんか見つかる訳が無い。
「…やるしかない、よね」
それでも。
珍しくここまで自分の意志で来たのだ。今更、諦めきれない。
僅かに空いている通路を縫うように歩いて行く。観客達が跳ねたり揺れたりするたび、何かしらが身体に当たる。
レフトポール際まで何とか確認を終えた。しかし、収穫ゼロ。
そのままセンター方向へ確認に入ろうとした時だった。
「いてっ」
「うわっと…あー、ごめんね」
反対側から移動してきていた人影とぶつかってしまった。その人影はぶつかった衝撃でしりもちをついた。
起き上がらせようと、手を差し出したとき。
「…っ!」
こいつ。こいつだ。
多磨川橋梁で見た。防犯カメラの映像と一致した。
ついに見つけた。
『フブキ!見つけました!!ステージの裏側に爆薬を確認!!恐らくこれが起点になって、ドーム全体を――』
「…あんた、生活安全局か」
「…そうかもね」
瞬間、被疑者は走り出した。これだけの人混みだというのに、うまくすり抜けていく。
「どいて…!」
人混みを強引に掻き分けながら追いかける。被疑者は通路を通ってコンコースへ抜けた。
「至急至急、北地区担当全捜査員!!」
『フブキ!お前一体どこにいるんだ!!』
「D.Uセントラルドーム!被疑者を確認した!!爆薬はキリノが対応中、応援送って!!」
被疑者は職員用のドアを体当たりでぶち破って、通路へ入っていった。
まずい。そっちはステージ裏の方だ。今キリノが対応している。
「キリノ、そっちに被疑者が向かってる!」
『えっ!?…あっはい、了解!』
「ちっくしょ…しつこいんだよ…!」
被疑者が棚を倒して、簡易的なバリケードを作る。その上を飛び越えて、追いかけていく。
次いで着弾音。サプレッサー付きの銃で撃たれたらしく、銃声はほぼ聞こえなかった。
ステージ裏に出た。それと同時に、視界の端からキリノが被疑者に体当たり。地面に押し倒した。
「キリノ!」
「犯人を抑えます!!フブキは爆薬を――」
その時だった。被疑者の右手が太腿に伸び、刃物を引き抜いた。それがキリノの脇腹に突き刺さる。キリノは苦悶の声をあげ、地面に倒れ伏した。そのキリノに対して、被疑者が数発発砲。キリノのヘイローが消えた。
「キリノ…!!」
刺した。撃った。同期を、仲間を、相棒を撃った。
ふつふつと何かが腹の底からこみ上げてくる。それは此奴に対する怒りか、この状況を作ってしまった私に対しての怒りか。
向かってきた被疑者の手を掴んで背負い投げ。地面に叩きつける。
「何発撃ったの…何発撃った!!キリノに!!」
馬乗りになって胸ぐらを掴み、拳を固めて被疑者の顔を殴る。何回も、何回も。
しばらくすると、被疑者のヘイローも消えていた。どうやら伸びたようだ。
ポケットから手錠を取り出して、被疑者の手と近くの柱に掛ける。
「…公務執行妨害、暴行傷害、ならびに火薬類取締法違反で逮捕だよ…!」
被疑者は片付いた。あとは――
「…爆薬」
キリノが途中まで行なっていた、爆薬の解除に取り掛かる。
タイマーを見る。あと2分と少し。
「…覚えてないや。教本で1回やったっきり…」
何とか思い出しながら、コードを切っていく。
赤の次に緑。その次が青。もう一度緑。
1分半。
1分。
30秒。
最後に残ったのは、2本とも黒色のコード。確か、どちらかを切れば終わる。
「…あれ」
どっちだったっけ。
おぼえてない。
やばい。
どうしよう。
どうしよう。
20秒。
10秒。
5――
「右です、フブキ…」
考えるより先に手が動いた。切断した瞬間、タイマーの光が消え、爆薬は機能を停止した。
声がした方を見る。気絶したはずのキリノが、這う形で私のそばに居た。
「…やりましたね…大手柄、ですよ…」
そう言いながら、キリノは笑った。
私は何も言えないまま、彼女を抱き締めた。
『捜査本部より全捜査員、全ての爆薬の無力化に成功。またナトリウム塊3つの回収を確認した。尾刃局長、現状どうか』
『こちら尾刃。現在――』
「…何でわかったんだ」
パトカーの後部座席に放り込んだ被疑者が、唐突に言った。
「…言わなきゃだめ?」
「是非とも」
別に説明する義務はない。が、分からないとこいつも気が済まないだろう。
「…ナトリウムが着火原因だってことは、ミレニアムに行けばすぐ突き止められたよ」
「そこもそうだが、最後、ドームが標的だということは何故。ナトリウムと水が原因なら、スタジアムの方に向かうと思ったが」
「…最初はそのつもりだったよ。でもね、よく考えたら分かったんだよね」
「というと?」
「…予告状には4カ所のターゲットが書いてあった。そしてその場所は、全部サンクトゥムタワーから四方40kmの地点にあった」
東に位置する鐘崎港石油コンビナート。
西に位置するシャーレビル。
南に位置するD.U新第三空港。
そして、北に位置するD.Uセントラルドーム。
「雨で起爆するって気づいたから、焦ってスタジアムだと決めつけちゃったけど…ミレニアムから持ち出されたナトリウムは5つ。内2つはすでに使っている、そうすると」
「一つ足りなかった」
「そう。で、通常の爆薬なら、ドームでも起爆できると思ってさ。…焦ったよ、正直」
地図を見た時、真北にあったのがスタジアムではなく、ドームだったことも大きかった。あの時点で違和感を感じていなければ、ドームは吹っ飛んでいた。
「…お見事だな。あんた公安の方が向いてるんじゃないか?」
「冗談よしてよ。あんな所行ったら潰れちゃうよ」
「同感だな」
「…あれ、警察関係の人?」
「…まあ、な」
被疑者は元警察の人間だった。彼女は続ける。
「…私は生活安全局志望だった。が、なまじ頭が良かったのが祟って、公安配属になった」
理由は違えど、現公安局長と同じ境遇にあったようだ。
「しかし私には公安でやっていく才覚が無かった。それで…」
「…辞めちゃった?」
「…ああ」
「そして警察を恨んだ?」
「逆恨みもいいところだろ?…目に物見せてやりたかったんだ。私をこんな目に遭わせたから、って」
声が弱々しくなっていく。
車内のミラーで彼女を見た。とても警察相手に大立ち回りしたとは思えない、繊細な顔立ちをしている。その目には後悔と、少しの安堵が浮かんでいた。
「…同情はしないよ。事情がどうあれ、そっちはキリノを刺して撃って…爆破予告までした犯罪者なんだから」
「…やっぱあんた、公安向いてるよ」
窓に土砂降りの雨が叩きつけて、それを押し退けようとワイパーが忙しなく動いている。
「…私はそういう風に割り切れなかった」
「予報は雨」完。
次回「トリガーを引いたのは」
完成次第投稿します。