探偵フブキ   作:サワベ

3 / 10
予報は雨 後編

『――今日の午後にはD.U区全域で雨模様となる予報です。傘を持ってお出掛けください』

「んー…」

 

3人での会議の後。キリノに私が見た被疑者の特徴を伝えたあと、すぐに暗号解読に取り掛かった。

しかしながら、すでに丸一日署にカンヅメになって考えているのにも関わらず、一向に解読が進まない。

 

「…塔を讃えよ…塔って言われて思い付くの、サンクトゥムタワーぐらいだしなぁ…」

 

おもむろに地図を机に広げてみる。赤ペンでサンクトゥムタワーをマーキングする。

 

「黒き海…黒って何さ。鋼鉄の翼?熱狂の渦って…スポーツ?ライブ?分かんないよ…」

 

完全に手詰まり。リミットだってあるというのに。

 

「先生に相談してみようかな…」

 

そう思い、シャーレに電話を掛けようとスマホを操作し――

そこで手を止めた。

 

「…先生?」

 

先生。教職。先を生きるもの。先導する者。

…全ての導き手。

地図を見る。サンクトゥムタワーの真西にシャーレが位置している。

定規を探して、距離を測る。

 

「…真西にジャスト40kmだ。中層階にはテラスもある。そこを爆破すれば、ビルの解体も容易…」

 

刹那。フブキの脳に、さらなる閃きが降った。

南側に定規を合わせる。そこには、D.U新第三空港が位置している。ちょうど、40km地点だ。

 

「鋼鉄の翼…」

 

東側に定規を合わせる。またしても40km地点に、鐘崎港石油コンビナートがある。

 

「海岸線の石油…黒い海…!」

 

心臓が早鐘を打つ。変な汗が出る。

最後に、北側に定規を合わせた。そこには――

サッカースタジアムがあった。

しかし、ほか三つの場所と違う点が一つ。

 

「…少し、ズレる?」

 

方角が真北ではなかった。少しずれている。

 

「…こっちのドーム球場の方がぴったり合うような…」

 

胸騒ぎがする。何かを見落としている気がする。

 

「…現状整理して落ち着こう。ちょっと疲れちゃってるかもだし」

 

発生した事案は2つ。多磨川橋梁とアオバ区鉄道橋だ。

犯人の手がかりは多磨川で見た後ろ姿のみ。

起爆剤はナトリウム。ミレニアムから5つ盗まれている。

水と反応し、起爆する。

 

「…水…水?」

 

窓の外を見た。空にはどんよりとした灰色の雲が広がっている。今にも泣き出しそうだ。

――脳裏を過る、最悪のケース。

 

「…いやいや、まさか、ね…」

 

2日前のアオバ区の天気を見る。

爆発が起こった時間帯の雨雲レーダーを見た。

…真っ赤。ゲリラ豪雨に見舞われていたようだ。

 

「…やばい」

 

なぜ気が付かなかったのか。

 

「フブキ、カメラの映像にそれっぽいのがいました。確認して――」

「キリノ、今すぐカンナ局長を呼んで」

「…どうしました?まさか暗号が?」

「急いで。解けたから、早く」

「何か変ですよ、大丈夫――」

「急いで!!雨が降る前に!!早く…!」

 

 

 

 

 

『本当に合ってるんだろうな!?』

「合ってなかったら吹っ飛ぶだけだよ!!」

 

大通りをいくつもの赤色灯が通過していく。

信号も、民間車も、いつもは邪魔ばかりする不良達も、その異様な光景に道を開ける。

 

「フブキ!飛ばし過ぎじゃ――」

「雨が降ったらおしまいなんだから、飛ばさないと話になんないよ!!」

『見えたぞ!スタジアムだ!』

『交機17はすでに現着、待機中!』

『交機22現着、南口から捜索開始!』

 

私達の担当は北側のターゲット。

最後までドームとスタジアムで迷ったが、雨で起爆するなら屋根のないスタジアムだろう、という結論で賭けに出た。

続々と交通機動隊が到着し、危険物処理班でない者たちも捜索に加わっている。

 

「フブキ、私達も急ぎましょう!」

 

…しかし、どうしても引っかかる。

どうして真北に位置するドームではないのか。

どうしてここだけずらしたのか。

ミスリードを誘ったか、位置の都合か――

それとも、本当にドームにあるのか。

ブレーキペダルを踏み込む。タイヤとコンクリートが擦れる音がして、交差点内でパトカーは止まった。

 

「フブキ、何して…!本官たちも早く行かないと!」

 

―確か、ナトリウムは5つ。内2つは前回と前々回で使用した、とすると…

 

「…キリノ、爆薬の解除は?」

「はい?…訓練で一度だけ…」

「なら大丈夫だね」

 

アクセルを踏み込んで、ハンドルを思い切り左に切る。

 

「交機23、ちょっと寄り道。以降、こちらからの発信以外通信は無し。交機23以上」

 

向かう先はドーム球場だ。

 

 

 

 

 

「本官は裏の方を」

「私は客席か…間に合うかな」

「お互いベストを尽くしましょう」

「…うん」

 

キリノが裏方へ入っていくのを見送って、私も行動を始める。

コンコースから三塁側内野席に出た。それと同時に、客席から歓声が上がる。

 

「こんなに居るの…?」

 

当然だ。警備員に聞いた情報通りなら、今日はキヴォトスでトップクラスの知名度を持つアーティストのライブの日だ。それを観るため、五万人を超える観衆が集まっている。

無理だ。こんなところで爆薬なんか見つかる訳が無い。

 

「…やるしかない、よね」

 

それでも。

珍しくここまで自分の意志で来たのだ。今更、諦めきれない。

僅かに空いている通路を縫うように歩いて行く。観客達が跳ねたり揺れたりするたび、何かしらが身体に当たる。

レフトポール際まで何とか確認を終えた。しかし、収穫ゼロ。

そのままセンター方向へ確認に入ろうとした時だった。

 

「いてっ」

「うわっと…あー、ごめんね」

 

反対側から移動してきていた人影とぶつかってしまった。その人影はぶつかった衝撃でしりもちをついた。

起き上がらせようと、手を差し出したとき。

 

「…っ!」

 

こいつ。こいつだ。

多磨川橋梁で見た。防犯カメラの映像と一致した。

ついに見つけた。

 

『フブキ!見つけました!!ステージの裏側に爆薬を確認!!恐らくこれが起点になって、ドーム全体を――』

「…あんた、生活安全局か」

「…そうかもね」

 

瞬間、被疑者は走り出した。これだけの人混みだというのに、うまくすり抜けていく。

 

「どいて…!」

 

人混みを強引に掻き分けながら追いかける。被疑者は通路を通ってコンコースへ抜けた。

 

「至急至急、北地区担当全捜査員!!」

『フブキ!お前一体どこにいるんだ!!』

「D.Uセントラルドーム!被疑者を確認した!!爆薬はキリノが対応中、応援送って!!」

 

被疑者は職員用のドアを体当たりでぶち破って、通路へ入っていった。

まずい。そっちはステージ裏の方だ。今キリノが対応している。

 

「キリノ、そっちに被疑者が向かってる!」

『えっ!?…あっはい、了解!』

「ちっくしょ…しつこいんだよ…!」

 

被疑者が棚を倒して、簡易的なバリケードを作る。その上を飛び越えて、追いかけていく。

次いで着弾音。サプレッサー付きの銃で撃たれたらしく、銃声はほぼ聞こえなかった。

ステージ裏に出た。それと同時に、視界の端からキリノが被疑者に体当たり。地面に押し倒した。

 

「キリノ!」

「犯人を抑えます!!フブキは爆薬を――」

 

その時だった。被疑者の右手が太腿に伸び、刃物を引き抜いた。それがキリノの脇腹に突き刺さる。キリノは苦悶の声をあげ、地面に倒れ伏した。そのキリノに対して、被疑者が数発発砲。キリノのヘイローが消えた。

 

「キリノ…!!」

 

刺した。撃った。同期を、仲間を、相棒を撃った。

ふつふつと何かが腹の底からこみ上げてくる。それは此奴に対する怒りか、この状況を作ってしまった私に対しての怒りか。

向かってきた被疑者の手を掴んで背負い投げ。地面に叩きつける。

 

「何発撃ったの…何発撃った!!キリノに!!」

 

馬乗りになって胸ぐらを掴み、拳を固めて被疑者の顔を殴る。何回も、何回も。

しばらくすると、被疑者のヘイローも消えていた。どうやら伸びたようだ。

ポケットから手錠を取り出して、被疑者の手と近くの柱に掛ける。

 

「…公務執行妨害、暴行傷害、ならびに火薬類取締法違反で逮捕だよ…!」

 

被疑者は片付いた。あとは――

 

「…爆薬」

 

キリノが途中まで行なっていた、爆薬の解除に取り掛かる。

タイマーを見る。あと2分と少し。

 

「…覚えてないや。教本で1回やったっきり…」

 

何とか思い出しながら、コードを切っていく。

赤の次に緑。その次が青。もう一度緑。

1分半。

1分。

30秒。

最後に残ったのは、2本とも黒色のコード。確か、どちらかを切れば終わる。

 

「…あれ」

 

どっちだったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

おぼえてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

やばい。

 

どうしよう。

 

どうしよう。

 

 

 

 

20秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10秒。

 

 

 

 

 

 

 

5――

「右です、フブキ…」

 

考えるより先に手が動いた。切断した瞬間、タイマーの光が消え、爆薬は機能を停止した。

声がした方を見る。気絶したはずのキリノが、這う形で私のそばに居た。

 

「…やりましたね…大手柄、ですよ…」

 

そう言いながら、キリノは笑った。

私は何も言えないまま、彼女を抱き締めた。

 

『捜査本部より全捜査員、全ての爆薬の無力化に成功。またナトリウム塊3つの回収を確認した。尾刃局長、現状どうか』

『こちら尾刃。現在――』

 

 

 

 

「…何でわかったんだ」

 

パトカーの後部座席に放り込んだ被疑者が、唐突に言った。

 

「…言わなきゃだめ?」

「是非とも」

 

別に説明する義務はない。が、分からないとこいつも気が済まないだろう。

 

「…ナトリウムが着火原因だってことは、ミレニアムに行けばすぐ突き止められたよ」

「そこもそうだが、最後、ドームが標的だということは何故。ナトリウムと水が原因なら、スタジアムの方に向かうと思ったが」

「…最初はそのつもりだったよ。でもね、よく考えたら分かったんだよね」

「というと?」

「…予告状には4カ所のターゲットが書いてあった。そしてその場所は、全部サンクトゥムタワーから四方40kmの地点にあった」

 

東に位置する鐘崎港石油コンビナート。

西に位置するシャーレビル。

南に位置するD.U新第三空港。

そして、北に位置するD.Uセントラルドーム。

 

「雨で起爆するって気づいたから、焦ってスタジアムだと決めつけちゃったけど…ミレニアムから持ち出されたナトリウムは5つ。内2つはすでに使っている、そうすると」

「一つ足りなかった」

「そう。で、通常の爆薬なら、ドームでも起爆できると思ってさ。…焦ったよ、正直」

 

地図を見た時、真北にあったのがスタジアムではなく、ドームだったことも大きかった。あの時点で違和感を感じていなければ、ドームは吹っ飛んでいた。

 

「…お見事だな。あんた公安の方が向いてるんじゃないか?」

「冗談よしてよ。あんな所行ったら潰れちゃうよ」

「同感だな」

「…あれ、警察関係の人?」

「…まあ、な」

 

被疑者は元警察の人間だった。彼女は続ける。

 

「…私は生活安全局志望だった。が、なまじ頭が良かったのが祟って、公安配属になった」

 

理由は違えど、現公安局長と同じ境遇にあったようだ。

 

「しかし私には公安でやっていく才覚が無かった。それで…」

「…辞めちゃった?」

「…ああ」

「そして警察を恨んだ?」

「逆恨みもいいところだろ?…目に物見せてやりたかったんだ。私をこんな目に遭わせたから、って」

 

声が弱々しくなっていく。

車内のミラーで彼女を見た。とても警察相手に大立ち回りしたとは思えない、繊細な顔立ちをしている。その目には後悔と、少しの安堵が浮かんでいた。

 

「…同情はしないよ。事情がどうあれ、そっちはキリノを刺して撃って…爆破予告までした犯罪者なんだから」

「…やっぱあんた、公安向いてるよ」

 

窓に土砂降りの雨が叩きつけて、それを押し退けようとワイパーが忙しなく動いている。

 

「…私はそういう風に割り切れなかった」




「予報は雨」完。

次回「トリガーを引いたのは」
完成次第投稿します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。