また、原作キャラを貶める意図は一切御座いません。
部屋の外でバイクが止まった音がした。
その後すぐに、喧しい話し声が聞こえてくる。今日も奴らが来たらしい。
カーテンを開けて外を見る。道路の近くの自販機周りに、4人ほどが集まっている。ここ最近はずっとこの調子だ。
溜息を一つついて、パソコンに向かう。
予め仕組んであったプログラムを起動して、その時を待った。
「…ファイナルラウンド」
花岡ユズはこの日、自室で格闘ゲームをプレイしていた。
彼女はミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部所属である。つまり、大のゲーム愛好家だ。性格は内向的であるが、部活に賭ける情熱は人一倍強い。
「…そこっ」
彼女の強みは目の良さと反射神経。
ワンフレームの動きも見逃さない目の良さ、それに追随する指先の動き。
それは数多のプロゲーマーたちにも負けず劣らず。その強さから、界隈では「UZQueen」として名を馳せている。
相手のHPバーが赤くなる。それを見てすかさず、必殺のコンボを組み立てる。相手は成すすべなく撃破された。
「…やった」
そう言った時だった。窓の外が急に明るくなる。
今は夜の1時前だ。外が明るいわけがない。
「何が起こってるんだろ」
何時も締め切っている部屋の窓を開け、ベランダに出る。
「…嘘」
信じられないものを見た。
柵の向こう側、道路沿いの自販機の近く。
――人が、燃えている。
突然飛び込んできたあまりにもショッキングな光景に、身体が恐怖で震え始める。嫌な汗が止まらない。
――通報。通報しなければ。
「あ、あ、通報、しないと…え、えと、救急?消防?番号、番号は――」
手が震えて、うまく番号を打てない。何とか打ち込んで、電話を掛ける。
『はい、消防局です。救急ですか?消防ですか?』
「ひ、人が燃えてるんです。は、はやく、はやく来て――!」
『多磨川橋梁の復旧作業は予定通り行われ、今週末には上り線、下り線ともに開通する見通しです。またアオバ区鉄橋に於いても――』
『シラトリ本局から交機23、応答お願いします』
一本の無線。しかも名指しである。
しかし、以前のような緊急性のある事案ではないようで、無線から聞こえた声はのんびりと間延びしていた。
「キリノ、取ってくれない?」
「はい。こちら交機23です」
『交機23、カンナ局長がフブキ巡査をお呼びです。至急本局へお戻り下さい』
「ですって、フブキ」
「カンナ局長が、ねぇ…」
もう正直この時点で嫌な予感しかしない。が、呼び出しを無視するほど、私は不真面目でもない。
キリノから無線機を受け取る。ちょうど赤信号に捕まったところだった。
「交機23了解。今から戻るね。多分30分ぐらい掛かるかな」
『本局了解。局長に伝えておきます』
「うん、よろしく〜…」
また厄介な事に巻き込まれたぞ、なんて事を考えながら、署の方へ舵を切った。
「ミレニアムのセミナーから、お前宛に捜査の依頼が来た」
「…私宛?」
開口一番、局長はそんな事を言った。
外部からの捜査の依頼。公安局ならまだしも、生活安全局、しかも一個人への依頼というのは例外中の例外だ。
「そういうのは公安局の管轄じゃないの?」
「そう思ったんだがな…セミナーから、どうしてもお前に頼みたいと」
「えー…」
…やはり面倒な事になりそうだ。
「…ミレニアムぐらいの学校なら、ちょっとした事件ぐらいすぐ解決できそうなものだけど?」
「それがそうも行かないらしくてな。保安部と共同で捜査を行なっているそうだが、どうも上手く行っていないらしい」
「そんな状況なのに、私一人行ったぐらいでどうにかなるの?」
「…とにかく寄越せとの事だ。…頼む」
そう言って、カンナ局長は頭を下げた。
…参ったな。局長にここまでさせておいて、行きませんとは中々言えたものではない。それに、私はそこまで人間ができていない訳でもない。
「…わかった。行くだけ行くよ」
「…すまん」
「ありがとうでいいじゃんか」
顔を上げた局長は、何処か申し訳無さそうな顔をしている。この前の事件に巻き込んだ事をまだ引きずっているのか。
まあいいや。兎に角行こう。引き受けた以上、向こうを待たせる訳にもいかない。
「んじゃ、準備してミレニアム行ってきます。お土産何がいい?」
「…特にいらん」
ここに来るのは2度目になる。
しかし、今回用があるのはエンジニア部、ひいてはヒマリさんではない。
「…これがミレニアムタワー…でかいね」
今回用があるのはセミナー。ミレニアムの生徒会機能を持つ組織である。ここで自治区の運営、政治が行われている。
現生徒会長の横領、失踪事案があったにも関わらず自治区が安定しているのは、ひとえにこの組織に優秀な人材が多いことの、何よりの証明だろう。
「外部の方ですか?」
「うん、ヴァルキューレ生活安全局の。セミナーに呼び出されてここに出向、ってとこ」
「では許可証を…」
予め受け取っていた許可証を提示する。保安部の生徒はそれを専用の機械に通した。
「確認しました。合歓垣フブキさんですね。ご案内します、こちらへ」
保安部員の背中についていく。
エレベーターに乗り込む。保安部員は迷わずに階のボタンを押した。
扉が閉まる。ふわり、というには些か重たい、下から押し上げられる感覚を覚えながら、エレベーターは上がっていく。
「ミレニアムは初めてですか?」
「いや、2回目だよ」
「前回も捜査の協力ですか?」
「うん。まあ、前は協力してもらったんだけど」
そう言うと、保安部員はこちらを驚いたように見た。
「…どしたの」
「もしかして、以前、難事件を解決した刑事さんって…あなたですか?」
「何さ、その根も葉もない噂は」
「エンジニア部の方から聞きました。何でも、カンの良い刑事さんが居ると」
そういえばニュースにも映ってましたね、と、保安部員は笑いながら言った。
…私のことセミナーに売り込んだの、あの人達だったか。
「…刑事さんじゃなくて、どっちかというと『お巡りさん』だよ。あんまり期待しないで」
エレベーターが止まる。扉が開いて、目の前に生徒会室の自動ドアが現れる。
保安部員がインターホンを押す。
「合歓垣フブキさん、到着されました」
『早かったわね。わかった、すぐ開けるわ』
ドアが開く。保安部員に先導され、私も中に入る。
そこには、紫色の髪の人と、白髪ロングヘアの人が待っていた。制服を見る限り、セミナーの人で間違いないだろう。
「貴方がヴァルキューレの?」
「そうだよ。ヴァルキューレ生活安全局所属、1年生の合歓垣フブキです。よろしくね」
「セミナーの2年生、早瀬ユウカです。こっちは同じく2年の生塩ノア」
「よろしくお願いします、フブキさん。さ、どうぞこちらへ」
ノアさんに促され、ソファに腰掛ける。
「…さて。事件の概要、教えてもらえる?」
「はい。起こったのは3日前でした」
ノアさんが淡々と語り始める。
「幹線道路の近くの自販機で、突然火が上がる事故が起きました。この事故で、近くに居た4人の内1人が意識不明の重体、他3人が火傷などの怪我を負いました」
自販機のすぐそばでの発火現象。しかも重体の者まで出てしまっている。
キヴォトスに於いて、銃や火など、外部からの危害についてはある程度の耐性がある人が殆どだ。火が出た程度で意識不明になるのは、余程長時間焼かれない限りあり得ない。
「近隣住民の通報によって、火は直ぐに消し止められました。保安部の捜査により、自販機のそばにあったポリタンクの引火であるというのが、現状の有力な発火原因とみられています」
「引火…じゃあ、着火の原因は?」
「そこなんですが…現場からはまだ何も発見できていません」
着火原因が特定されていない。前のナトリウム騒ぎと同じような内容だ。
タバコか何かがあったとしても、それだけでポリタンクに火が点くだろうか。蓋が空いていなければ、着火するのは難しいだろう。
「あ、待ってノア。さっき聞き取り調査の音声ログが送られてきたの。その中に、何だか気になる部分があって…」
「気になる部分ですか?」
ユウカさんはポケットからスマホを取り出した。
該当の音声ログを開いて、再生する。暫くすると、保安部員と思しき人物の声と、掠れた声が聞こえてきた。
『――燃えた時の事を教えて下さい。何か変わった事とか、何でも構いません』
『…変わった、こと』
『何でも良いんです。貴方は何をしていましたか?』
『私…私は、リーダーの話を聞いていて…』
『他の友達は?』
『特に何も…皆、リーダーの話を聞いてたんだ。そしたら、急に燃え出して…すごく、びっくりした』
『ポリタンクが燃えだした、と』
『…違う。リーダー…リーダーの頭が』
『頭?』
『うん…急に頭の後ろから火が上がって…ばたっと、倒れた。そしたら、私たちも火に巻き込まれて…』
『ちょっと待ってください。それは順序が逆では?』
『違う。先に燃えたのは、リーダーの頭だった』
ここまで聞いた所で、ユウカさんは音声ログの再生を止めた。
「…どう?」
「頭が燃えた…?どういうことです、ユウカちゃん」
「私に聞かれても…」
「…頭が、燃える」
燃える。頭が先に燃える。
大道芸で火を噴く芸がある。が、あれも頭は燃えない。
仮にポリタンクが先に発火していたとしても、ポリタンクの炎は指向性を持つことはない。ならば、何故先に頭が燃えたのか。
「…あのー、大丈夫ですか?」
思考の海から引き揚げられる。私の顔を、ユウカさんが心配そうに覗き込んでいた。
「あー、ごめん、大丈夫…」
手を振りながらそう答える。正直大丈夫ではない。
手詰まりだ。これらの情報だけでは、到底事件の全貌など判りやしない。
もっと情報が要る。ならば次は――
「…現場が見たいかな」
「分かりました。ノア、連れてってもらえる?」
現場は閑静な住宅街に通されている幹線道路だった。少し遠目には、何やら町工場のような建物が見える。
件の自販機は事件当時のままにされているようで、飲み物が出てくる部分が真っ黒に焦げている。
「保安部員の聞き取り調査によれば、重体になった人物が立っていたのは、大体このあたりだそうです」
ノアさんは、自販機から2メートルほど離れた場所を指し示した。
「その人はどっちを向いて立ってたの?」
「自販機の方です。他の人たちはそれを取り囲むように」
「ふーん…ポリタンクの位置は?」
「自販機のすぐ横にありました。カゴか何かが積まれていて、その上に置いてあったと」
ちょうどこのくらいです、と、ノアさんは自身の頭の位置ぐらいを示した。ノアさんの身長は凡そキリノと同じ位だ。
わざわざカゴを積んで、その上にポリタンクを置く。偶然ではないだろう。
「…ノアさんは、この件についてどう思う?」
「私ですか…ええ、私は、誰かがわざとやったことだと思います」
「根拠とかはある?」
「やはりポリタンクですね。誰かが偶然置いたとは思えないですし」
「同感だね。で、次は…」
出火原因。
聞き取り調査によれば、火はポリタンクからではなく、リーダーと呼ばれていた被害者の後頭部から出火した。
リーダーの立ち位置は自販機から2メートル、自販機に正対。
「…やっぱり、リーダーの頭から出火したと見ていいかも」
「…ポリタンクが先に燃えれば、後頭部よりも先に顔が焼けるから、ですか」
「あら、わかる?」
「記憶力はいい方なので」
そう。先にポリタンクが燃えたとすると、自販機、ポリタンクに正対するリーダーは、先に顔が焼かれる。
しかし、聞き取り調査では後頭部からの出火とある。不良たちのただの勘違いの可能性もあるが、証言は正しいとみていいだろう。
だがこの場合、不思議な点が一つ。
「…でも、ポリタンクが燃えるまで、彼女らは『熱い』という感覚を持たなかった…」
「そうなんです。何でそんな風に、局部的な熱が発生したのかが分からなくて…」
ノアさんが唸りながら、メモ帳をぺらぺらと捲る。かなり苦戦しているようだ。
「…近隣住民に話を聞こうかな。流石に、ちょっと分かんない」
「そうですね…私はもう少し、ここに何かないか見てみます」
「了解。じゃ、また後で」
次回「トリガーを引いたのは 中編」
完成したら投稿すると言いましたね?まだ結末まで書ききれていません。
中編の範囲までは書けていますので、気長に待ってやって下さい。