ノアさんを追いかけた先でたどり着いたのは、現場から遠目に見えていた町工場だった。
「…これ?」
「…はい。これです」
そこには、とても大きな機械が鎮座していた。この工場で使用しているもののようだ。
「ノアさん、これは…何の機械?」
「放電加工機とワイヤーカット機だね。レーザーで加工部品を作るんだ。これは昨年リリースされた最新型だよ」
聞き覚えのある声が、工場の奥から聞こえた。
「…ウタハ先輩?」
「やあ、刑事さん。ノアも一緒か。久しい…というには、些か早すぎるかな」
以前、捜査に協力してもらったエンジニア部の部長が居た。捜査は順調かい、などとぬかして笑ってみせる。
…なるほど。これがレーザー加工機なのだとしたら、ユズさんが見た糸のようなものはレーザーだったのか。
「なんでここにいるのさ」
「この工場の社長さんからの依頼でね。機械の誤作動騒ぎで来てみれば、君が居たと言うことさ」
「へえ…」
「しかし、最新型がもう誤作動を起こすとは…」
信じられないね、と、肩をすくめながらウタハさんは言う。
…確かに、これはとても真新しい見た目をしている。昨年リリースのモデルであれば、耐用年数が過ぎているということもあり得ない。
ぐるりと機械を眺めてみる。すると、裏側にディスプレイのようなものを見つけた。
「…なんだろ、これ」
「機械の制御装置…ですかね?」
後ろからディスプレイを見たノアさんが言う。
「ああ、このモデル、遠隔操作の機能も付いているらしい。それ用の制御装置だ。OSも書き込めるよ」
…OS?
「…それってさ、外部からも書き込めたりするの?」
「一応出来るだろうが…セキュリティロックが掛かってる筈だ。無闇矢鱈に書き換えは出来ない」
「…今から、これのプログラムって見れたりする?」
「点検として見ることは許可されているが…何をする気だい」
「ちょっと気になることがあって…ね」
許可を得たので、早速閲覧することにした。幸い、日々のサボりで培われたプログラミングの知識がある。
それに、このOS以外にも気になることがもう一つ。
『4人とも悶えてて…』
『――趣味程度、ですけど…』
――彼女が、やったのか。
「これは…」
「…少なくとも、この会社のものではないね」
見つけた。機械のOSに紛れ込んだ異物を。
だが、合歓垣フブキはそれを信じられなかった。
何故ならば。そこに書いてあった、起動信号の送り主が――
「…どうして」
ポケットのスマートフォンが振動した。
知らない番号からの着信だったので、出るかどうか迷ったものの、一応出ることにした。
「…もしもし、どちら様ですか」
『あー、もしもし…ミドリさん、で合ってる?』
電話口から聞こえる、間延びした声。
「…フブキさん?」
『おっけ、大丈夫みたいだね…ちょっとさ、頼みがあるんだけど』
だがしかし、今のフブキさんの声色は何処か硬い。気が落ちているような、緊迫しているような、そんな声だ。
「私ができることなら、どうにか」
『よかった。じゃあ、メールで内容と時間を送るから、やってくれるかな』
「分かりました」
そう伝えると、電話は切れた。同時に、メールが送られてくる。
「…どういうこと?」
内容は以下のようだった。
『午後8時、ユズさんの家にあるプライステーション4で、ユズさんの持ちキャラの必殺コンボを起動すること』
「…これ、事件と何か関係あるのかな…?」
目の前、自販機の隣で、突然段ボールが燃え上がった。それは直近で起こった事件と酷似していた。
現場には目撃者がひとり。張り込み中の合歓垣フブキであった。
「…どっちが掛かるかな」
車を降りる。今回はパトカーではなく、セミナーから借りてきた一般車だ。
足早に工場へ急ぐ。予想通り、機械が動いていた。
「…誰か来た」
遠くに人影が見えたので、そばの物陰に身を隠した。人影は依然、こちらに近づいてくる。
その影が機械のディスプレイの前で立ち止まる。犯行の証を隠そうとした所で、フブキは声をかけた。
彼女は一瞬びくっと身体を震わせて、それからこちらをゆっくりと振り向いた。
「…貴方だったんだね」
そこには、花岡ユズの部屋の上階に住んでいた彼女が立っていた。その顔は青ざめていて、両方の目は真っ赤だった。
「今回はありがとうございました」
翌日のこと。セミナーの部室に赴くと、ノアさんが労いの言葉をかけてきた。
「…ま、大したことはしてないけど」
「そんなことありませんよ。本当に助かりました」
あのあと、彼女は逮捕された。いくら傷害事件のラインが緩いとはいえ、人の頭にレーザーを直撃させて意識不明にしたのは、些か許されない事だったようだ。
「結局原因は、あの工場のレーザーでしたか」
「そうだね。ポリタンクを燃やすだけのつもりだったのが、その前に立ってたリーダーの頭に当たっちゃったっぽい」
彼女曰く、毎晩うるさくしていたあの集団に辟易し、少し脅かすつもりでやったそうだ。
しかし想定外だったのが、レーザーの軌道上に人が入ってしまったこと。レーザーはリーダーの後頭部を焼き、その後ポリタンクを焼いた。彼女も想定していなかった事態だったのだ。
「…しかし、部屋から遠隔操作で動かしたって、よくわかりましたね」
「…部屋を訪ねた時、プログラミングやる、って言ってたからさ。もしかしたら、って」
私もよくやるし、と自嘲気味に笑って言ってみせる。
「…まあ、この事件の全貌は『4人を鬱陶しく思った住人が、プログラミングを用いてレーザーを遠隔操作して、人を燃やした』って事件だったわけ。…これでおしまい、そうでしょ…?」
そう言うと、ノアさんの表情が少し翳る。
「…じゃ、私はこれで…じゃあね」
「待ってください」
不意にノアさんに引き留められた。私はそちらを振り向くことが出来なかった。
「…何か隠していませんか。あなただけ知っている何かを」
「…別に、何も――」
「私は文官ですから、あの時、OSに何が書いてあったか分かりませんでした」
私の言葉を遮って、ノアさんは話し続ける。
「でも、あの時貴方は『どうして』と仰っていました。今話して頂いたことが全ての真相なら、それだけがどうしても腑に落ちません」
「…」
「お願いです。私にも、何があったのか教えて頂けませんか。貴方が見た全てを」
「…ノアさん。駄目だよ、そりゃ」
そうだ。駄目だ、これだけは。
「…この事件はこれでおしまいなの。これ以上もこれ以下もない、完璧な終わり方なんだよ…」
「…でも」
「ノアさん、お願い。…これだけは、墓まで持って行かせて」
そう言い残すと、ノアさんの返事を待つことなく、セミナーを後にした。
…私は一つだけ嘘をついた。
犯人の部屋のパソコン。その中から、機械への起動信号とは少し違うプログラムが見つかった。
…つまり、最後のトリガーを引いた、いや、『引かされた』者は別人だったのだ。
だが、あの日の彼女らの表情はとても生き生きとしていて、忘れられそうになかった。彼女の居場所を奪いたくなかった。
この真実を知ってしまえば、たとえ犯人がそう仕組んでいたと伝えたとしても、きっと自分自身を責めてしまう。そうして彼女は、きっとあの3人の元から去ってしまう。
――私は真面目な人間ではない。キリノやカンナ局長のように、正しい警察官にはなれない。だから、このことは、誰にも公言しないことにした。
あの時、私が見つけたOSの異物。起動信号の送り主。それは――
――花岡ユズの、プライステーション4。
彼女の必殺のコンボが、最後のトリガーにされていたのだ。
「…なんだそのゲーム」
「ん?テイルズ・サガ・クロニクル」
「面白いのか、それ」
「面白いよ。もう二度とやりたくないけど」
貴重な休暇をTSCに費やしたフブキであった。
次回「バースデイ・ボンドガール」
完成次第投稿します。