『不明組織グルノーブル幹部、鐘崎港で逮捕 複数のテロ行為に関与か』
『有名バイオリニストが引退を表明 ラストコンサートは誕生日に』
クロノス新聞の見出しには、そんなニュースが並んでいる。
今日9月20日、私は先の事件で負傷したキリノの慰安旅行に同行している。本来、キリノ1人で行くはずの所を、キリノのお願い、ならびにカンナ局長、生活安全局局長の気遣いで同行させてもらえることになった。
キリノと私は、寝台特急「きたゆき」に乗車し、百鬼夜行自治区を目指している。予定通りなら、翌8時20分に到着する筈だ。
「…中々動きませんね」
…予定通りなら、であるが。
現在、列車は何かしらのトラブルによって長時間停車している。時刻はすでに21時を回っていて、予定時刻を大幅にオーバーしていた。
個室の窓から見える景色は一面真っ暗で、遥か遠くにサンクトゥムタワーと思しき光が見えるだけだ。
「百鬼夜行グルメ、楽しみにしてたのに…」
「いつか動くでしょ。気長に待とうよ」
口にドーナツの最後のひとかけらを放り込んで、コーヒーで流し込む。カップの中身が空になってしまった。対面するキリノの方も、もう飲み物がない。
「…こんな時だけど、ルームサービスっていけるのかな」
「どうなんでしょう…迷惑極まりない気がしますが…」
「…ものは試しだね。掛けてみよ」
部屋に備え付けてある電話を掛ける。昔ながらの黒電話式だがダイヤルが付いておらず、代わりに発信、通話終了のボタンが付いている。直通の内線電話なのだろう。天板はしっかりネジで固定してある。
『はい、3両目客室乗務員ですが』
「あー、4号室なんだけど…今って、ルームサービス頼んでも大丈夫かな?」
『えーと…今、確認作業で手が離せませんので、客室備え付けのリフトで送らせて頂きますが、よろしいですか?』
自身の左側を見る。そこには、少し古めのリフトがあった。客室間で物を行き来させられる代物だ。
「全然大丈夫。じゃあオールドファッションとコーヒーセットを2つお願い」
『かしこまりました。少々お待ち下さい』
電話が切れる。
「どうでした?」
「そこのリフトで送ってくれるってさ。いやぁ、ありがたい話だね」
呑気に話しながらドーナツとコーヒーを待つ。退屈な時間は寝るか、何か食べるかで潰すのが最適だ。普段もそうしている。
その時だった。私のスマホに着信が入る。旅行だと言うのに電源を入れたままにしてしまっていた。
スマホの画面を見る。そこには尾刃と表示されていた。
「…誰からですか?」
「カンナ局長から。…仕事のこと、考えたくないんだけど…」
渋々電話に出る。すぐに、カンナ局長特有の低い声が聞こえてきた。
「もしもし…」
『フブキ…すまん、旅行中なのに』
「ほんとだよ…で、要件は何…?」
リフトが開く。ドーナツとコーヒーが届いたようだ。肩でスマホを耳元に寄せながら、それを受け取る。
『今お前、「きたゆき」に乗ってんだよな』
「そうだよ?」
『だよな。…確認なんだがな…グルノーブルって知ってるか』
グルノーブル。新聞の一面にも載っていた、正体不明の組織の名称である。最近、鐘崎港で幹部連中が検挙された。
しかし、果たしてそれが私達にどう関係するのだろうか。
「グルノーブルね……知ってるけど、それがどうかしたの?」
『情報提供があった。…奴らの生き残りが、どうやら「きたゆき」に乗車してるらしい』
唐突に告げられた事実に、暫し思考が止まる。
何とか冷静さを取り戻そうとコーヒーを一口啜ってから、カンナ局長に返事をする。
「…何でそんな事になってんのさ」
『そこまではわからん。奴らの人数、目標、その全てがな』
「ええ…」
『しかし一つ分かってることもある』
「…それは?」
『情報提供者が「きたゆき」の3号車に居る。元組織所属の人間だそうだ』
通報者は3号車に居る。私達が今乗っている車両だ。
しかもその人物は組織の裏切り者と来た。旅行中だと言うのに、何故局長は私に面倒事を背負い込ませようとするのか。
…嫌な流れだ。これは多分――
「…まさか、私達で調べろって言いたいわけ?」
『今情報を集められるのはお前達だけだ。頼めないか』
平時の私であれば、押し負けて受けてしまうかもしれない。
だが今は状況が違う。今はキリノの旅行に付き合っているのだ。私一人ならまだしも、キリノまで巻き込むわけにはいかない。
…適当にはぐらかして電話を切ろう。
「……きっと乗ってないよ。うん、乗ってない。そんな物騒な奴らが公共交通機関で移動するわけ無いよ、きっとそうだ」
『私もできる限り協力する。だから…頼む』
ちらりとキリノの方を見る。どうするか、とアイコンタクトで問いかける。
「グルノーブル関連でしょう?放っておけませんよ」
つい最近負傷したばかりだというのに、自ら戦線復帰を望むとは。キリノがやる気なら、私も付き合わなきゃなぁ。
「……プラドアベニュー3番街のグレーズドーナツ2箱。キリマンジャロ付き」
『…ありがとう』
心底ほっとしたような声が聞こえる。
キリノの承認も得られたので、通話モードをスピーカーに変更する。部屋の防音は完璧なので、通話内容が外に漏れることはない。
『…すまないキリノ。お前まで巻き込んだ』
「本官は警察官です。構いません。…本官たちは何をすれば?」
『先ずは3号車の情報提供者を探して欲しい。その人物と協力して、グルノーブル構成員の居場所を割り出してくれ』
「了解。特徴とかある?」
『若い女性の声だった。…すまんが、それぐらいしかわからん』
「若い女性ですか…」
『…あ、あと何か言ってたな…「追われてる」って……』
追われている。
情報提供者は確か、元組織の構成員だったはずだ。身柄を狙われるのも無理はない。
「追われてるって…それなら一刻も早く保護しないと…!」
「あーキリノ、部屋から出ちゃ駄目」
「…どうしてです?」
「向こうさんにばれちゃう。多分、グルノーブルの連中もこの車両に居るから」
追われているという情報。これは相手の位置を割り出すにあたり、有益な情報になり得る。
情報提供者が追われているなら、構成員達はその人物の直ぐ側で動向を見たいはずだ。そうなると、構成員達は3号車の何処かに潜伏していると考えた方が良い。
故に、部屋を出ての捜索はリスクが大きいのだ。
「じゃあ、どうやって提供者さんを探すんですか?」
「それを考えてんだけどねぇ…思いつかない」
一応、何も考えがないわけではない。
目星を付けているのはリフトと内線電話。
リフトであれば各部屋に物を送ることができる。故に、パイプが各部屋に伸びている筈だ。上手く使えばコンタクトが取れるかもしれない。が、どう取るかについてはノーアイデアだ。
内線電話については、客室乗務員に電話を掛け、乗客名簿を確認させることを考えた。しかし提供者の名前が分からない以上、名簿を見ても意味がない。
「…電話、上手く使えないかな…」
「内側の配線をいじったりしたら盗聴器とかに…って、さすがに不味いですかね?」
『それ以前に、どうやって配線を覗くんだ。外れないだろ、天板』
「……いや、外せる…外せるよ、これ」
天板はネジで四隅をしっかりと固定されていた。つまり、マイナスドライバーがあれば開けられる。
もしキリノの推測通り、この電話が盗聴器の代わりになるのならば……部屋を出ずに情報提供者の捜索ができる。
「キリノ、マイナスドライバーとかある?」
「流石に持ってきませんよ、ドライバーは」
「そうだよね…どうしよ」
『……マイナスドライバーで開けられる所なら、硬貨でもいける筈だ』
「…硬貨で、ですか?」
『ああ。少々時間は掛かるが、上手くやれば開くぞ』
財布から十円玉を取り出す。それをネジの窪みにあてがうと、ピタリとはまった。
十円玉を回転させていくと、不思議な事にネジはどんどん緩んでいき、ついには外れた。
「…ほんとに外れちゃったよ。何処でこんな事習ったのさ」
『1年生の時に少し、な』
「局長、歴戦ですね…」
四隅のネジを外しきる。天板を外すと、中には予想通り配線があった。「1 2 3 4 5 6 CCR」と書かれた差込口がある。この数字は、恐らく部屋番号を意味している。
今は4とCCR、つまり今いる4号室と客室乗務員室に配線が繋がっている。
「さて、じゃあ聞かせてもらおうかな」
配線を1号室につなぐ。受話器から聞こえてくる声は、長時間列車が止まっていることに退屈しているものだった。
1号室は外れ。次へ。
しかしその後、2号室、3号室と聞いてみたものの、有効な手掛かりは掴めなかった。
「どうです?」
「全然。ただの一般人っぽい」
『続けてくれ。きっと何処かには居るはずだ』
配線を5号室に繋ぐ。
「……ん?」
この部屋は少し様子が違った。
「どうしました?」
「いや…5号室、なんか雰囲気が違うっていうか…」
『協力者か?』
「わかんない」
「どんな雰囲気なんですか?」
「……バイオリン。バイオリンの音が聞こえる」
5号室。ここは話し声ではなく、バイオリンの音が聞こえてくる。しかも音源ではなく、生演奏だ。
いくら何でもうるさくないのかと思ったが、この列車の防音設備はかなり良いものであるため、外へ音が漏れていない。
それよりも。フブキにはバイオリンについて心当たりがあった。
机に置きっぱなしの新聞を見る。そこには、バイオリニスト引退のニュースが載っていた。
「カンナ局長、今日の夕刊に載ってるバイオリニストってさ」
『ん、…ああ、そういう事か……えー、名前は――、百鬼夜行出身。自治区では異文化的なバイオリニストの道へ――ちょっと待て…!』
突然、カンナ局長が何かを思いついた。がさごそと何かを漁る音が聞こえた後、興奮した様子で局長が話した。
『間違いない…こいつ、捜査チームが接触した組織の奴だ…!鐘崎港の情報を寄越したのもこいつだった…!!』
何で気づかなかったんだ、と悔しがる局長。
つまり、新聞に載っているバイオリニストは組織のスパイであり、警察の協力者だったのだ。
「…キリノ、後で3号車の乗客名簿を見てきてくれない?」
「例のバイオリニストかどうか、情報提供者かどうか…そうですね?」
「そうそう」
最後に6号室に配線を繋ぐ。この部屋も雰囲気が異質だった。
『――特に動きはない』
『乗務員は、私達をグルノーブルだと気づいてるか』
『いや、そんな様子はない』
『よし。通報されれば面倒な事になる。ヴァルキューレならまだいいが、百花の連中となると――』
提供された情報は確かだったようだ。
グルノーブルの構成員はこの車両の6号室に居る。
「…6号室だ」
「グルノーブルですか?」
「うん。会話の中で名前が出てた」
「どうします?突入しますか?」
『リスクが大きすぎるな。向こうがどう出てくるかわからん以上、情報提供者の保護が先だ』
「ならそっちからだね。何となく目星もついたし」
『場所が分かったのか?』
「何となくね。キリノに乗客名簿を確認させるからちょっと待って」
「じゃあ行ってきます!」
「よろしく〜。6号室だけ気をつけてね」
キリノが部屋から出ていく。この待ち時間を使って、現状を整理する。
現在、9月20日21時半過ぎ。寝台特急「きたゆき」は未だ停車中、原因不明。
情報提供者は有名バイオリニストで、組織の裏切り者。追跡されている。組織の構成員は6号室に潜伏中。
「…カンナ局長」
『どうした』
「なんかさ…ダブルオーなんとかみたいじゃない?」
『確かに。じゃあ、バイオリニストはさながらボンドガールだな』
「だよね〜…何がしたいのかな、ボンドガールは」
その時だった。部屋の扉が開き、中に人が入ってきた。キリノが帰ってきたのだ。
「大当たりです。5号室の人はバイオリニストでした」
「よし、情報提供者の場所も割れたね」
「じゃあ早速、協力者とコンタクトを!」
「……どうやって?」
「…あ」
位置が分かった。ならばキリノの言う通り、早急にコンタクトを取るべきだろう。
しかし、今はその手段がない。自ら赴いてもいいが、監視下にある人間の部屋に飛び込むのは自殺行為だ。
そうなると、こちらの動きを察知されないように、かつこちらの存在を5号室に伝えられる手段を探さなければならない。
「…電話、とか?」
「こっちが信用できるって伝えないとだから…電話だと信用を得られない」
「乗務員に…」
「電話で聞いた感じ、6号室は乗務員の動向も確認してる。迂闊に動かすと却って危ないかも」
「じゃあどうすれば…」
そう言って唸るキリノを横目に、ぐるりと部屋を見渡して、使えそうなものがないか確認する。
盗聴器代わりの固定電話。手付かずのドーナツ。それが運ばれてきたリフト。
――リフト。
「…これだ」
「あ…確かにこれなら、本官達が動かなくてもやり取りが出来ますね…!」
「キリノ、手帳!」
「はい!!」
キリノから警察手帳を受け取る。それをリフトに入れ、ダイヤルを5にセットする。
紐を引くと戸が閉まり、キリノの手帳が運ばれていった。
「…これで、協力者にこっちの存在を伝えられるね」
「うまくいくといいですけど…」
その時。机の上の固定電話に着信が入った。
5号室に配線をつなぎ直して、電話に出る。直ぐに女の声が聞こえてきた。
「もしもし」
『……刑事さん?』
「惜しい。生活安全局だよ」
『どっちでもいい。今は時間が無いの。協力して』
次回「バースデイ・ボンドガール 後編」