『どっちでもいい。今は時間が無いの。協力して』
「了解。で、何したらいい?」
『取引よ。私からそっちにグルノーブルの情報を渡す。代わりに、私を免罪してほしい』
免罪。恐らく彼女は組織から足を洗い、全ての関係を絶って生きていきたいのだろう。
「免罪って言っても…現状、私達じゃどうしようもないけど」
『…今、公安局長さんと電話できる?』
「……もう繋がってるけど」
『なら好都合ね。公安局長さんなら、どうにかできるはずよ』
カンナ局長ならば、か。
そういえば、この電話の相手は一度公安と接触している。そのときに、何か密約があったかもしれない。
「カンナ局長?」
『何だ?』
「協力者の免罪状って発行できたりするの?」
『ああ…そうだな。一応、公安では準備が済んでる』
「伝えてもいい?」
『構わん』
許可を得たため、協力者に全てを伝える。
免罪状の準備はできている。あとは約束通り、そちらから情報を受け取りたい。
そう伝えると、電話の向こう側からほっとしたような声が聞こえてきた。
『よかった。じゃあ約束通り情報を提供するわ。監視下にあるので直接は行けないけど――っ』
突然、協力者の声が詰まる。
「……何かあった?」
『…ドアの前に誰か居る。ちょっと、不味いかもしれないわ』
……6号室に察知されたか。
「キリノ、応戦準備」
「えっ?」
「拳銃と煙幕弾。今あるだけの火力を用意して」
「あっはい!」
「そっちは大丈夫?」
『…駄目ね。鍵を壊そうとしてる。長くは保たない』
「…応援行こうか?」
『いや、今は情報を生かすのが先よ。リフトでデバイスをそっちに送る。パスワードは誕生日、だから急いで――』
瞬間、電話口から何かが壊された音と怒号が聞こえてきた。やられたか。
リフトが物品の到着を告げ、戸が開く。そこにはスマホ位の大きさのデバイスが入っていた。
「……どうです?」
「時間がない。多分向こうは捕まった。これの解除を急ぐよ」
「見た感じ4桁のパスワードが必要みたいですね」
「誕生日がパスワードって言ってた。何処か、なんか書いてないかな…」
協力者の身辺情報を探す。思い当たる節は一つだけ。新聞だ。
芸能面の一面を飾った記事。彼女の引退コンサートの記事。
『有名バイオリニストが引退を表明 ラストコンサートは誕生日に』
誕生日がラストコンサート。なら、その日程を推察すればいい。
紙面をよく読む。そこには、2日後がコンサートの開催日であることが書いてある。彼女はこれについて、このコンサートが私の誕生日プレゼントになる、とコメントしている。
「…2日後」
彼女の誕生日は2日後。この夕刊が発行されたのが今日、9月20日の昼。ならば。
「…9月22日、か」
デバイスを操作する。パスワードの入力画面に『0922』と打ち込む。すると、デバイスのロックが解除され、情報が開示された。
「…大当たり。カンナ局長、情報を手に入れた」
『本当か!こっちに送れるか?』
「写真でいいなら」
『何でも良い、送ってくれ!!』
文面を写真に収め、カンナ局長に送信する。長めの文章だったため、写真は分割して送ることになった。
『よくやってくれたフブキ!百花繚乱と連絡をとって駅で待機させておくから、被疑者の引き渡しも頼む!』
「了解」
局長と連絡を取りつつ、私も情報を見る。
内容は以下の通り。
グルノーブル本拠点の位置。
10月開催の紅葉祭における、テロ攻撃の準備。
「裏切り者」の始末。
さらに、この攻撃は「裏切り者」が行ったことにされる、との記載もあった。つまり、5号室の彼女はスケープゴートにされた後、始末される手筈だった。
「……なるほど。そりゃ、組織を抜ける気にもなるか」
組織に在籍している間、彼女が何を行ってきたのかはわからない。もしかすると、何か罪を犯しているかもしれない。
…が、それを調べるのは公安の仕事だ。免罪状を発行するだけの根拠があるのだろう。そう納得することにした。
「…とりあえず、この問題は解決――」
キリノが口を開いた時、
ドアがノックされた。
「……乗務員さん、でしょうか」
「……違う。電話の配線を見て、私達の位置を特定したんだ」
テーブルの下のライフルを取る。
「………死に物狂いで来ます、よね?」
「もう遅い…けど」
情報を入手した私達を、生かして帰す訳が無い。
チャンバーチェック。5.56mmの弾薬が入っている。
「実包5、装填確認よし…」
「局長…百花はこっちに呼んで」
『……了解』
安全装置解除。整備をさぼっていたせいで、ダットサイトが正常に機能していない。
ドアの向こう側、何やら物音が聞こえる。どうやら鍵を破壊しようとしているようだ。
「…来ますよ」
鍵が壊される。ドアが破られた瞬間――
「撃てっ!!」
けたたましい発砲音が、部屋中に轟いた。
フルオート射撃が先鋒の身体を蜂の巣にする。しかし、ばたりと倒れた身体を踏み越え、敵は部屋に入ってこようとする。
装填。合間にキリノが発砲。綺麗に全弾外しやがった。
「嘘ぉ!?」
「ぅ、ぉぉおおおおお!!」
拳銃を捨て、キリノが飛びついた。それを撃とうとした敵を、援護射撃で落とす。
キリノは見事な手際で敵を締め上げた。偶然が重なったとはいえ、SRTの小隊長をも落としてみせた体術である。局内において、格闘戦でキリノの右に出るものは居ない。
「キリノ、リフトで煙幕弾を6号室に!足止めする!!」
「了っ解!!」
ピンが抜かれた煙幕弾が、6号室に運ばれる。時間稼ぎくらいにはなるはずだ。
廊下へ出る。目指すのは5号室、そして6号室。
「っぐ…!」
「フブキ!」
「平気!!」
5号室からSMGの発砲。2発もらったが、大したことじゃない。撃ち返して、頭を下げさせる。
6号室の火災報知器が作動。廊下のスプリンクラーが水を撒き始めた。
拳銃を拾ったキリノが前進。合わせて私も前に出る。
「…私は5号室へ」
「6号室は私か…」
息を合わせ、同時に部屋へ飛び込む。
6号室は煙たかった。視界が悪いため、壁を背にし、死角を少しでも減らす。
その悪い視界の中、ベッドの下に飛び込む影を見た。それに向かって発砲。その影は呻き声を上げ、脱力した。
部屋のクリアリングを済ませる。今ので最後だったようだ。
「げほっ…キリノ、そっちはどう…?」
「制圧!協力者を保護しました!!」
5号室には2人の人間が転がっていた。そして、立っている女性がひとり。
「…はじめまして、刑事さん」
「……お巡りさん、だけどね」
「どっちでもいいって言ったでしょ?…ありがとう」
「…どうも」
「…じゃあ、これの身柄は暫くこっちで?」
「そういうことになるかな…」
「…ま、わかった。副委員長には私から言っておく。お疲れ様、刑事さん」
「……もういいよ、それでさ」
あの後、寝台特急「きたゆき」は運行を取りやめ。最寄りの駅で乗客全員を降ろした。
そこでは、百花繚乱の作戦参謀が治安部隊を引き連れて増援に来ていた。これらが全て済んだのは、制圧から約1時間後のことだった。
「……旅行、パーになっちゃったね」
「百鬼夜行グルメ……食べたかった…」
嘆くキリノ。私は、一度ならず二度もキリノに迷惑を掛けた。
「…ごめん、キリノ」
「えっ?…ああいやいや、別に謝ることじゃないでしょう!?」
「…でもさ」
「それに、皆様の安全をお守りするのが警察の職務ですから!」
そう笑うキリノは、いつもより眩しく見えた。
「…ちょっと、いいかしら」
不意に、後ろから声を掛けられる。そこに居たのは、例のバイオリニストだった。
「…どうかした?」
「改めてお礼を言いたくて…ありがとう」
「なんだ、そんな事…」
「当たり前のことをしただけです!!」
キリノがそう言う。
「…それで、なんだけど…あなた達、寝床が無いでしょう?…百鬼夜行の知り合いと連絡が取れたの。良ければ…一緒にどうかしら」
「えーっ!!いいんですか!?」
思わぬ提案。
寝台特急が運行を取りやめた今、私達には寝床が無い。その状況でのこの誘いは、まさしく神からの助け舟だ。
…しかし、私はそれとは別に、もう一つお願いしたいことがあった。
「…も一つ、いい?」
「…何かしら」
私が今、願うこと。
「次のコンサート。私達にも見せて欲しいな」
「…ええ、喜んで!」
彼女の最後の晴れ舞台を、キリノと一緒に見届けたい。
夜が更けていく。
月明かりだけが私達を照らしていた。
『さようならバイオリニスト 涙のラストコンサート』
でかでかと全国紙の一面に載ったそれを眺めつつ、グレーズドーナツをひと齧り。やはりプラドアベニューのスイーツショップは名店揃いだ。
「幸せ…」
「局長、これ高かったんじゃ……」
「いいんだ、好きに食べろ」
財布は少し寂しいがな、と笑いながら呟く局長を横目で見つつ、キリマンジャロコーヒーを啜る。甘味の後に、爽やかな酸味を感じるコーヒー。これで無限に食べられてしまう。
「…しかし、今回は大車輪だったな。公安の面子が立たないぐらいだ」
「その割に、これにはちっちゃくしか載ってないけどね」
そう指差したのは新聞の二面。
『ヴァルキューレ、グルノーブル本拠点を家宅捜索 生活安全局員が奮戦』
所謂、業界で「都落ち」と揶揄される二面に、私達の活躍が報道されていた。
「別に有名になるために警察やってるわけじゃ無いでしょう?」
「でも有名になったら、警備局転任が早まるかもよ?」
「それはもういいんですっ」
そう言うと、キリノらしくない乱暴な所作でドーナツを齧った。
「……ま、私には縁のない話かな、転任は」
私にはここが性に合っている。
願わくば、何も起こらない、ただただ退屈な1日が欲しいものだ。