《偽りに抗う剣》―Re:ゼロ外伝   作:ハラカナ

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 最初にアレクを見たとき、正直、何を考えてるのか分からない奴だと思っていた。
 ぼさぼさの金髪、泥にまみれた粗末な服、緊張と怯えで固まった身体。父上に拾われなければ、どこかで一人で死んでいたかもしれない、そんなふうに思える少年だった。

 でも――違った。

 あいつは、ただ無表情なだけじゃない。心を閉ざしているわけでもない。沈黙の奥には、俺には見えない「確かな何か」があった。なのに俺は、それを見ようとしなかった。


焦燥という名の影

「構え、もう少し低くしろ。足元、ぶれるぞ」

 

「うん。……ありがとう」

 

 いつものように、俺はアレクに指導をしていた。最初はそんな乗り気じゃなかった。でも、こいつが初めて父上と鍛錬をしているのを見ていたとき、突然握っていた木刀を落としてしまったのだ。もちろん、急に父上がアレクに向かって迫るものだから、びっくりしてしまうのは仕方ないと思う。

 だが、俺が近寄ったとき、それだけでは説明できないくらい、アレクの視線は遠くを見ていた気がする。焦点も合ってはいなかった。でも、驚いただけでそうなってしまうものなのか。

 

 わからない。

 

 剣の技術がまだまだな俺でも、少し引っかかっていた。以降、その疑問を解決したかったのか、不思議と俺はアレクの鍛錬に付き合っていた。

 

 けど、それは余計だったかもしれない。

 

 アレクは俺相手でも父上の時と変わらず、何度も何度も同じ型を繰り返した。黙々と。まるで機械のように、ただひたすらに。その姿に、ふと昔の自分を重ねた。小さい頃から、父上に叩き込まれた「剣の道」。周囲と比べられ、今でも「剣聖と剣鬼の息子」という肩書きに縛られている。必死で剣を振るえば振るほど、目の前の父の背中が遠ざかっていく気がしていた。

 アレクも、そんな気持ちを抱えているのだろうか――そう思いかけて、すぐに否定した。

 

 それは、あいつが俺の剣を完璧に見切ったこと。

 

 偶然だと思った。でも俺の問いにアレクの目は、焦りも虚勢もなく、ただ、真っ直ぐに“何か”を見据えていた。俺なんかより、ずっと遠くを。

 そしていつの間にか、アレクの構えが整っていった。粗はまだ多いが、無駄がないように感じる。他にも力の配分、足の運び、呼吸の整え方。すべてが正直言って俺よりも正確だ。

 何より筋力も、技術も、まだ俺よりないはずなのに、剣を振るう姿に迷いがない。

 まるで最初から「こうするものだ」と知っているように、当たり前のように動いている。

 

 何なんだ、あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 焦りなんて感じていない――そう思っていた。

 でも気づけば、俺はアレクばかり見ていた。父上の視線があいつに向いているたびに、心がざわついた。

 

「アレク、だいぶ様になってきたな」

 

「見込みがある。素直だし、体も無理をしてない」

 

 そんな言葉が、まるで自分に向けられているかのように胸に突き刺さる。

 

 俺だって、努力してるのに。

 

 ずっと剣の道を歩いてきたのに。

 

 対してアレクは、日を追うごとに上達していく。それが俺の中にある何かをより増幅させる。

 

「ハインケル。少しいいかな?」

 

 そんな俺を見抜いたのか、そばに寄ってきた母上が話しかけてきた。

 

「ねえハインケル。アレクの剣、どう思う?」

 

 試すような眼差しに、言葉を詰まらせた。咄嗟に「大したことありません」と返しかけたが、嘘になると分かっていた。

 

「――俺より、筋が良い」

 

 口から出たのは、それだった。悔しかった。本当に、悔しかった。

 母上は微笑みながら「そうね」とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 次の日も、俺たちは鍛錬場に立っていた。

 木刀を握る手が、自然と力む。アレクは俺の隣で、昨日と同じように、何も言わず型を繰り返していた。完璧じゃない。けど、確実に上達してる。俺より、ずっと速く。

 

「……なんでそんなにできるんだよ」

 

 つい、口から出た言葉だった。

 アレクは木刀を振る手を止めて、首を傾げた。

 

「え?」

 

「なんでだよ……! 剣なんてろくに知らなかったくせに……っ!」

 

 思わず怒鳴っていた。でも、止められなかった。

 

「父上はお前のことばっかり見てる。母上も、お前の話ばっかり。俺はずっと……剣の道をやってきたのに、俺の何が足りないんだよ……!」

 

 空気が凍りついたようだった。アレクは何も言わない。ただ、じっと俺を見ていた。

 

「……俺は、君のこと、すごいって思ってる」

 

「は?」

 

「最初、俺に手を差し伸べてくれたのは君だった。剣のことも教えてくれて……。だから、俺は……」

 

「そんなの聞いてねぇよ!!」

 

 言葉が、耳に届かなかった。届きたくなかった。

 どうしてだ。こんなこと、言いたかったんじゃないのに。なのに、止められなかった。

 

 その夜、俺は屋敷を抜け出した。

 

 アストレア家の見張りの交代時間は、子供の頃から知っていた。以前、遊び半分で出ようとしたときは、母上に怒られたこともある。……でも、今日は都合が良かった。父上は任務でいなく、母上は夕方からずっと書斎。今なら、誰にも見つからずに出られる。

 

 ――目指すは、あの森。ゾアの森。アレクがいた場所。

 

 あいつがあんなにも強くなった理由があるとしたら、きっと、あの森に答えがある。

 俺だって、それくらい……。

 

「俺だって……」

 

 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。冷たい夜の空気が肌を刺す。

 でも、俺の中の焦りは、それ以上に熱かった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたとき、屋敷は静まり返っていた。

 誰の気配もしない。寝室を出て、廊下を見回しても、誰もいなかった。

 

「……?」

 

 朝の日差しが差し込む廊下は、いつもより冷たく感じる。

 いつもなら、朝食の準備の音がどこかから聞こえてきてもいい時間帯だった。廊下の隅に置かれているはずの花瓶も倒れていたし、昨夜使われたと思しきランプの火が、まだかすかに揺れている。整然としていたはずの屋敷が、どこか慌ただしく散らかっていた。

 

 誰かが、急いで出ていった――そんな空気が、屋敷全体に残っている。

 

 それでも昨日の夜、彼が屋敷を出ていったことに、俺はまだ気づいていなかった。

 やがて、書斎に残された紙切れと、テーブルに置かれた一振りの練習用木刀を見つけたとき――胸の奥がざわついた。

 これはきっと、俺に向けられたものじゃない。けれど、伝わってきたのは焦りと、痛みと、迷い。

 その全てを、何故か俺は知っている気がした。

 

「行ったんだ……一人で」

 

 それを確信したとき、誰もいない屋敷の中で、俺の加護が反応した。

 

 先見の加護――

 

 未来が、見える。

 

 視界に流れ込む映像。その中で彼は、深い森の中で魔獣に囲まれ、今にも倒れそうになっていた。誰も助けに来ない。叫びも届かない。

 

 俺は、気づいてしまった。

 

 ――この未来に、俺以外の誰もいない。

 

 テレシアさんも、屋敷の人たちも、彼を探している。でも、辿り着けない。あの場所へ行けるのは――俺だけだ。

 

「……行かなきゃ」

 

 あの森に、また。

 

 あの時、俺が生まれ変わった場所に。

 

 

 

 

 

 

 森はやけに静かだった。けれどその静けさは、冷たく、どこか不気味で。

 深く進むにつれ、空気が重くなる。腐葉土の匂いと、遠くから聞こえる獣の唸り。足元の土はぬかるみ、枝が顔にかかる。

 ここは、ゾアの森。かつて俺が暮らしていた、生き延びるためにすべてを捨てた場所。

 その中心部近く。倒木の影に、彼がいた。服は泥にまみれ、呼吸は荒く、片膝をついている。

 目の前には、唸り声を上げる魔獣―― 俺が最初に遭遇したあの森の魔物。現実感のない鋭い視線と、泡立つ唾を垂らして、牙をむき、今にも飛びかかってきそうだった。

 俺は考えるより先に、身体が動いていた。

 

「……どけ!」

 

 その叫びと同時に、俺は駆け出し、魔獣の視線を横から逸らすように斬りかかった。木刀の一撃では致命傷は与えられない。それでも、俺は何度も、何度も振るった。

 魔獣がひるんだ隙に、彼のもとへ駆け寄る。

 

「よかった……。間に合って」

 

「っ……なんで、お前がここに……!」

 

 彼は俺を見上げ、怒鳴った。傷つき、震える声だった。怒りと、戸惑いと、恥と――色んなものが混ざっていた。

 俺は、息を整えながら、それでも伝えた。

 

「君を、放っておけなかった」

 

「は……? なんだよ、それ……」

 

「俺は、君の剣が好きだった。君の、真っ直ぐな姿が――羨ましかった。君の隣に立ちたかった」

 

「……っ!」

 

 彼の表情が揺れた。目が泳ぎ、口がわななく。何かを言いかけて、言葉にできず、うつむいた。

 だけど、そんな時間は与えてくれない。

 魔獣が再び唸り声を上げ、こちらに向かって突進してくる。

 彼は身体を引こうとした。

 だけど、足がうまく動かない。

 絶望に染まりかけたその瞬間――

 

「動くな!」

 

 声が自然と叫んだ。気づけば身体は、彼の前に立っていた。

 牙が迫る。振るった木刀がそれを弾き飛ばす。

 けれど、力が足りない。

 動きが鈍る。

 その一瞬に魔獣の爪が、俺の肩をかすめた。

 鈍い衝撃と激痛が走る。血が滲む。

 だけど、俺は退かない。

 

「なんで……お前が、そこまで……っ」

 

「俺は、君に助けられたんだ。だから今度は、俺の番だ!」

 

 木刀を握る手に、力が入る。足を踏み出す。

 痛みも、恐怖も、振り払って。

 でも、1人じゃ勝てない。

 そう思った時だった。

 

「……一緒に戦ってくれないか? 君と、なら」

 

 口から自然と出た言葉。

 同時に起こる数秒の沈黙。

 そして――彼が、立ち上がった。

 

「ああ……分かった。俺も、逃げねぇ」

 

 そう言って、彼が俺の隣に立ったとき、俺は初めて、その背中を見た気がした。

 

 ――最初に憧れた人とは違う。

 

 でも、俺が追いかけたかったもう一つの背中は、確かにここにあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 共に戦った。ぎこちない連携。けど、不思議と呼吸が合った。

 

「そっち、回り込む!」

 

「わかった、背後は任せる!」

 

 言葉は少なかった。

 でも、目が合えば次にどう動くかが分かった。

 お互いに傷を負いながら、それでも何度も立ち上がる。

 片方が倒れそうになれば、もう一人がカバーに入る。

 きっと、この森に来る前の俺たちなら、こんなふうには戦えなかった。

 

「お前、本当に初めてなのかよ……」

 

「君だって……すごい。俺、一人じゃここまで動けなかった」

 

 口に出せば照れ臭くなるような言葉が、戦いの中では自然と出てきた。

 俺は、彼の背中を見ていた。

 足を踏み出すたび、剣を振るうたび、その存在が確かになっていく。

 息をするように動くその姿に、俺の足も自然とついていく。

 

 だけど――それでも、力の差は歴然だった。

 

 相手は魔獣。

 人の技や経験では太刀打ちできない、理不尽の象徴。

 徐々に包囲されていく。

 隙を見せれば、即座に牙や爪が迫ってくる。

 息が苦しい。脚が重い。

 彼の額にも汗が滲んでいた。

 肩で息をして、剣の振りも次第に鈍っていく。

 子供二人の力では、限界がある。

 剣を構えたまま、俺たちは背中合わせになった。

 

「まだ戦えるか……?」

 

「……正直、分からない。でも、負けたくはない」

 

 その返事を聞いて、なぜだろう。胸の奥が、ほんの少しだけ、温かくなった。

 

 ――でも、限界はすぐそこにあった。

 

 息が荒くなり、視界の端がかすむ。

 魔獣たちはじりじりと間合いを詰めてきた。

 鋭い爪が土をえぐり、耳を劈くような咆哮が周囲に響く。

 俺たちは、もう腕が思うように上がらなかった。

 追い詰められ、包囲され、もう駄目だと感じたその時――

 

 風を裂く音が聞こえた。

 

 その刹那――飛来する鋼の斬撃が、魔獣を薙ぎ払う。

 

「二人とも……よく、持ちこたえたな」

 

 黒髪をなびかせて、俺の運命を変えてくれた人が現れた。

 手には血の滲んだ長剣。

 凛としたその姿は、今回で二度目だった。

 そのすぐ背後では、まだ数体の魔獣が唸り声を上げ、森を蹴立てていた。

 その人は、振り向きざまに剣を構え直し、鋭い眼光で魔獣を睨み据える。

 魔獣たちも一瞬怯んだように距離を取るが、その牙は、なおも殺気を孕んでいた。

 剣先がわずかに揺れ、黒髪の人の輪郭が朝の光にきらめく。

 それは、まだこの戦いが終わっていないことを示していた。

 

「アレク、怪我は!? そっちは……!」

 

 息を切らしながら、テレシアさんが駆け寄る。

 俺を見て、そして、彼に目を向けた。

 その時、ようやく彼は安堵したようにその場に膝をついた。

 どれだけ無理をしていたのか、表情から痛いほど伝わってきた。

 そして、テレシアさんが彼に近づいた時だった。

 

 パァン、と乾いた音が森に響く。

 

 彼の頬がわずかに赤くなる。

 けれどテレシアさんはすぐに、その胸に彼の頭を抱き寄せた。

 

「心配かけないでよ……。どれだけ探したと思ってるの!」

 

 声は震えていた。怒っているはずなのに、その瞳は潤んでいる。

 彼は何も言えず、ただ、息を詰めて俯いていた。

 テレシアさんはしばらくそのまま彼を抱きしめていると、やっと安心したのか、ようやく彼から離れた。

 背後では、憧れの背中が剣を握り直し、魔獣たちに一歩踏み込んだ。

 森の奥から鋭い風切り音が響き、魔獣の吠える声がそれに混ざる。

 けれどその背中は揺るがることはなかった。

 そんな中、彼は小さく頷き、立ち上がると、ゆっくりと俺の方へ向き直った。

 まだ息が整いきっていない。けれど、その目だけは真っ直ぐに俺を捉えていた。

 

 その時――彼は、ゆっくりと俺の方を向き、静かに口を開いた。

 

「……俺は、ハインケル。ハインケル・アストレアだ」

 

 その言葉は、ただの名乗りじゃなかった。

 それは、自分の存在を初めて誰かに預けるような、重みのある名だった。 

 

 初めて聞いた、彼の名前。

 

 そしてハインケルは、一歩こちらへ踏み出すと、俺に手を差し出した。

 泥に汚れたその手は、小さく震えていたけれど、真っ直ぐに俺へ向けられていた。

 胸の奥が熱くなる。

 あのとき、立ち上がれなかった俺に、初めて伸ばされた手。

 その記憶が、重なる。

 俺はその名を、心に深く刻んだ。

 そして、小さく、けれど確かに頷き、ハインケルの手を取った。

 その瞬間、どこかで遠く鳥が鳴いた。

 夜が終わり、森に朝の光が差し込み始めていた。




高評価をつけて下さった方々、誠にありがとうございます!
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(特に10をつけて下さった方。コメントまで書いていただき、それにまさか10をもらえるとは思っていなかったので、びっくりしています)

さて、今回ハインケル視点を初めて書きましたが、原作のハインケルをあまり好まない方もいると思います。
ただ、個人的には良い意味で現実味のあるキャラ、悪い意味でなろう系らしくないキャラだというのが、率直な意見です。
この小説では、アレクが関わることで、ハインケルに限らず、アストレア家の運命も変わっていくところも書いていきたいと思っております。
(あらすじを見ていただければ、なんとなく想像はつくかなと)

まだ原作開始前が続くと思いますが、どうか遠い目で見てもらえると幸いです。
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