Re Take of Evangelion 作:Air1204
「あらおはよう、そっくりさん。」
足音に気づいたヒカリが振り返る。
「…『おはよう』って何?」
アヤナミは障子の隙間から顔を覗かせてツバメやヒカリの様子を伺っている。
「そうねぇ…今日も一緒に生きていくためのおまじない…かな?おはよう。そっくりさん。」
ヒカリはニコニコと笑いながら振り返り、寝癖だらけのアヤナミに言う。
「おはよう…わかったわ。おはよう…。」
不慣れながらも挨拶をするアヤナミ。遅れて眠そうに眼を擦るソウリュウが顔を覗かせる。
「あ…おはようございます…あの…洗面所を借りたいんですけど…。どちらに…?」
「おはようソウリュウさん。洗面所はこっちよ?」
ソウリュウの手を引き洗面所に連れていく。
「あ、あの…わざわざありがとうございます。」
「そんなに畏まらなくても良いのよ。まだ子供なんだから。」
「それでも…。です…。」
言葉を上手く紡げないソウリュウ。それだけ彼女のトラウマは深い。
「うーん…。仕方ないわねぇ…。とにかく!2人とも顔を洗ってらっしゃい。朝ごはんにしましょ。」
そう言い残し台所に戻って行くヒカリ。取り残されたソウリュウは顔を洗い、身支度を整える。それの真似をするようにアヤナミも顔を洗う。次に髪を梳かそうとするが櫛に髪が引っかかり上手くいかない。
「…痛いわ。」
そう呟きどうしたらいいかも分からないアヤナミを見かねてソウリュウが声をかける。
「あらあら…おバカさんね。貸しなさい私がしてあげるわ。」
手際よく絡まった髪を梳かす。その姿はまるで姉のようにも見える。
「昔、良く上手く髪を梳かせない私を見かねて研究所の職員の人がこうして手伝ってくれたの。なんだか懐かしいわ。」
「そう…。」
頭に触れるブラシが心地よい。そう感じたアヤナミはソウリュウに身を任せる。
ものの5分とかからずに跳ねていた髪は綺麗に整えられた。
「さ、出来たわ。早く戻って食事をしましょう。」
「うん。」
リビングに戻るとトウジ、ヒカリ、義父の3人が既に座り2人を待っていたようだ。
「あの…シンジさんは?」
「シンジのやっちゃもう仕事に出てったで。さ、お二人さんと早う食べんと仕事に遅れてまう!いただきますしよか!」
そう促され2人も座り手を合わせ、いただきますと食事を始めた。黙々と食べ進めるが先程の仕事が気になってしまう。ソウリュウは黙っていられず、トウジに聞く。
「あの、先程仰っていた仕事って…。」
「おぉ、すまんすまん。ちゃんと説明しとらんかったのう…。ソウリュウさんはわしと一緒に診療所に来てもらう。そっくりさんはヒカリと一緒に田植えや。頼んでもええか?」
「…わかった。」
「え、あ…。私は…。シンジさんが居ないのはちょっと…。」
目線を泳がせやんわりと断りを入れようとするソウリュウ。だがトウジが
「無理やったら途中で帰ってもかまへん。でもいつまでもシンジにベッタリくっついとる訳にもいかんのやぞ?」
笑顔で諭すように言う。その時、ソウリュウは過去のことを思い出した。さっき髪を梳かしてくれた研究員の話、あの人は先生って呼ばれてた。それに、拙いドイツ語で一生懸命に話して居た事を。2人きりになれば、ソウリュウが日本語を喋れることを知ると流暢な関西弁で話しはじめたことを。
もしかしたら…この人はあの先生の様に、信じてみてもいいのかもしれない、そう思った。
「…分かりました。邪魔にはならないようにします。」
「おっしゃ!決まりやな!ヒカリ。そっくりさんこと頼んだで。ごっそーさんでした!ほな、ソウリュウさんワシと行こか?」
「え、あ、ご馳走様でした…。」
勢い任せに飛び出たトウジを後ろからついて行く。
玄関でトウジは
「ほな!行ってくるわ!」
とだけ言うと扉を開け飛び出して行ってしまう。なんとまぁ快活な事か。ソウリュウは必死に後を追いかけ昨日の診療所まで辿り着いた。
「ほな、頼むでソウリュウさん。」
「が、頑張ります。」
医療の知識がないソウリュウはてんてこ舞いであれやこれやと出される指示に従うことしか出来なかった。
意外とこの診療所に来る人は多く、子供から老人まで様々な人が駆け込んでくる。怪我をした。風邪をひいた。腰が痛い等様々に。
ついて行く事がやっとなソウリュウは満身創痍になりながらも頑張った。気がつけばもう時計は昼頃を指し示していた。
「ほな、昼休憩にしよか。」
差し出された手にはおにぎりとお茶が握られている。
「あ、ありがとうございます。」
「午前はお疲れさん。よう頑張ったのう…。」
簡易ベッドに腰を降ろしお茶を啜る。
丁寧にラップをされたおにぎりには付箋が貼られており、ソウリュウさんと書かれている。
「ワシんおにぎりがデカくてのう。間違えてしまわんように貼ってくれたんやろ。」
海苔、などという大層な物はなく、米と粟や麦が混ざったおにぎり。生まれてから一度も見たことがなかったそれを見て目を丸くする。
「早う食わんと休憩時間無くなるで。」
ぱんっと手を合わせ、いただきますの声をかけおにぎりを頬張る。質素な物ではあるが、中には手製の梅干しも入っている。
その初めて味わう酸味に眉をひそめている。
「酸っぱいやろ?これがええんや。嫁さんが上手に漬けてくれとるからのう…。」
「うん…美味しい…。」
心境の変化。憎むべきではないとおもったトウジのこと。
先生と慕われ。子供から、老人から好かれる彼を疑ったりするのは逆に失礼なのではないか、ソウリュウはそう思ったからだった。
「うんうん。せやろわしん嫁さんは自慢の嫁さんやでほんまに。」
「センセ。シンジさんとは…仲良かったんですか?」
「なんや…なんも聞かされとんのか…。ワシはアイツとはマブや。ちゅっても1年足らずでアイツとは離れてしもうたがな。それでもワシはアイツをマブやと思っとる。」
「そうなんですね…。どんな人ですか…?」
その言葉に他意は無く、ただ純粋に彼を知りたかった。ここに来る道中あれだけ身体を重ねても心までは分からなかった。
同じ顔だから、同姓同名だから。クローンだから、ただ、そんな気持ちで抱かれているんだろうとソウリュウは思っていた。
「優しゅうて誰よりも謙虚で内気なやつやな…。今のアイツぁなんや、事情あるようでのう…。昔とはちゃうけど。ソレでもアイツは変わらずに優しいやっちゃ。自分の身より他人の心配ばかりしよる。ジブンが全部ケリィつける言うてのう…。」
「ケリをつける…?」
彼がしたことはわかっている。それでも彼女に雌雄を決する事は出来ない。来るべきそれの為に調整されたシキナミタイプのオリジナル。アドバンスドシリーズと同じく…。
「ニアはアイツが起こしてしもた、それは揺るがん事実や、それでもアイツは世界の為に戦うた。何度も世界を護った。それすらも評価されんとアイツは大罪人扱いや。アイツが乗らんかったらワシらはとっくに全員死んどるぅ言うのにな…。」
贄として、第13号機を動かす為だけに生かされていた彼女は世界を知らない。どうなっているかは文字では理解している。
赤く染った大地と海。ヒトはそこでは生きていけない。
ヒトは多くが魂の形を変えインフィニティへとその姿を変えた。
意味はわかる。でもそれで、ヒトがどのような思いで生きているのかそれによって何を憎むのかそれが理解できない。
「…シンジさんは誰の落とし前をつけるのですか?」
「そらぁ自分の親父の落とし前や。子供がそないな事背負う必要は無いんやけど、どうしてもアイツは自分の手で止めなあかんと思っとるみたいや。」
「…ふぅん…。」
そこまで説明をされても彼の思いは分からない。それでも、碇ゲンドウを止める、ということだけは伝わってきた。
「センセは…。碇ゲンドウのやっている事が止まったら…嬉しいですか…?」
何気ない質問だった。ソウリュウにとっては別段、この世界がどうなろうと知ったことでは無かった。だが、碇シンジには興味があった。彼が言ったあの言葉。そして、過去の思い。
だからこそ着いてきた。
「どやろなぁ?でも…ツバメが生きやすい世の中になるぅ言うんやったら…ワシはそうなって欲しいのう…。ツバメだけやのうて子供たちが生きやすい世になるんであれば…ええんやけどな。」
「そうですか…。ありがとうございます。」
ええんやで。と笑顔で返し。パソコンを睨むトウジ。
喋ることも無くなり暇になってしまったソウリュウはベッドの上に座り足をバタつかせる。時折、唸り声を上げるトウジ。
よく聞いてみるとあぁ間違えてしもうた。こっちやない…やら。
どうやら調薬に手間取っているみたいだった。
暇なソウリュウは後ろからパソコンを覗き込む。
「センセ…ここ0.5違う。」
「!?なんやソウリュウさん。薬ん事わかるんかい!」
全部が全部わかる訳ではない。それでも多少の知識はあった。
やる事が無かった研究所生活。ある本は医学書や薬の本。
医学に興味がなかったソウリュウは薬の本を読むのを好んだ。
「おおきに!うちの村、薬ん調剤もわし1人やから…てんてこ舞いやったんや。ソウリュウさんが出来る言うんなら助かるわぁ!」
そんな大層な仕事…とソウリュウは言いかけた、だがトウジのその瞳が訴えかけて来たため言うに言えずえぇあぁ、はい。としか言うことが出来なかった。
「んじゃワシはちょっと機材の方見てくる。ソウリュウさん任せたで。」
「え、あっ…。」
そう言い残すとトウジはそそくさと倉庫の方に出ていってしまった。
次の診療まであと2時間。どうしたものかと頭を抱えやらないという選択肢を選ぶことは出来ず、渋々カルテに目を向けるのであった。
一方、第3村外れ 第6相補性L結界浄化装置にて
「これのメンテナンスも俺らの仕事だ。」
防護服に身を包んだケンスケが言う。
「メンテナンスって言ったって…。何すんの?」
「碇の言う通り、これは俺には直せない。だから、ここら一帯は既に立ち入り禁止区域に指定されている。」
悲しそうにそういうケンスケの目線の先には畑や田んぼが広がっている。
「…あそこの作物たちは…どうなるの?」
「ギリギリまで粘るよ。取れるものは取る。その為に俺らが来ているんだ。」
「そっか…。僕が見て見ても良いかな?」
直せる算段は無いが、一応見るだけ見てみよう、そう思った。
元より使徒封印システム、L結界浄化システムに使われている言語は第1始祖民族の言語だ。だからこそ僕とマリさんがかの世界では生み出している。
地面に突き刺さっているそれに近づく。
「防護服、着ないで大丈夫か?コンソールはそこに付いてる。」
「既に人じゃないしね…。かえって作業の邪魔になるから。」
それの根元にハッチがあり開く。
コンソールと旧世代のモニターが点灯する。
「うーん…。」
表示された言語を読み進める。
どこに綻びがあるのかを意味を解読しながら。
成程…。これは…。
死海文書の一幕をわざわざ書き綴ってる。それでL結界浄化システムが作動してるって事か…。
「ケンスケ。ミサトさんから預かってるものの中にそれっぽいの無い?」
「ああ、確か…。ほらこれだ。」
資料を差し出される。それにはつらつらとその言語が連ねられている。
リツコさんが書き綴ったものだろう。
使徒封印システム。L結界浄化システム、そして第13号機に対する停止信号プログラム。その全てが書き記されていた。
「なるほどね…。ここが綻びの原因か…。」
一幕とコンソールに表示された言語を照らし合わせ、答え合わせのようにツラツラと目を通していくと明らかにおかしな言語になっている所が2箇所あった。
雨に晒され風に晒され、調子が悪くなるのは仕方ない。
「こことこことを書き直して…。よし…。これで再起動っと!」
L結界浄化装置が動きを辞め再起動に入る。180秒か…意外と長いものだな…。
「おい!碇!?何したんだよ!」
焦るように言うケンスケ。
「おかしな所があったから書き直して再起動してるんだよ。だから大丈夫。」
「お、おい…本当に大丈夫なのかよ…。」
徐々に赤く染まる大地。こうして大地が侵食されるのか…。
「ケンスケは一応車に戻ってて、あと120秒くらいはかかるから。」
「とは言っても…!碇後ろ!」
「へ??」
気付きもしなかった地中から現れたそれがむくむくと立ち上がる。
初号機と同じ顔をしたそれ、立ち上がると同時に頭が地に落ち、白骨化していく。
「ケンスケ!逃げろ!」
「お前置いて逃げられるわけないだろ!お、おい!危ない!」
振りかざされた手、僕に覆い被さるように振り下ろされた手。
「うわぁ……!」
びっくりして目を瞑る。だが手が僕に届くことはなかった。
間一髪、当たるところで山中より黒い影が飛びかかる。まるで獣のようなそれ。
エヴァUSAウルフパックの姿。
「エヴァ…!?エヴァなのか…?何故…。何処の!?」
焦るケンスケ。それもそうだ、この世界にはエヴァはWILLEかNERVに所属するものしかない。
「大丈夫敵じゃないよ。何かいるなとはずっと思っていたけど…君だったのか…。マリ。」
インフィニティをなぎ倒しその胸部を貪るウルフパック。
活動を停止したそれを確認すると僕の方に目線を送り喉を鳴らし顔を下ろす。
「…そのサイズじゃ撫でられないだろ?まったく…そんな姿になってまで僕の事が気になるのか…。」
ぐるぐると喉を鳴らし僕に寄る。
かつて別の世界でのマリ・イラストリアス。同姓同名の人が現れて驚いたが、元よりこのウルフパックのパイロットであるマリは遺伝子工学によって生み出されたデザイナーズチルドレン。
どの世界にもアルマロスは正しく1つ。アルマロスから解放されているということはまた別の身体を手に入れたのだろう…。嫌な予感がする。
解放されてもなお、その獣性が故に人には戻れなかったのだろう…それでも僕という匂いを頼りにこの世界まで辿り着いた、そういう事だろう。
「助かったよ。君が助けてくれなければ僕はぺちゃんこだったよ…。」
顎を撫でてやる。グルルと喉を鳴らしている。
大きな欠伸をしてしっぽを振る。
まぁ普通にデカイ犬だよなぁ…。ケンスケびっくりして動けてないけど…。
「い、碇の知り合いなのか…?」
「まぁ…知り合いだけど…。多分今はもうヒトではないと思う。」
「どういうことだよ…。」
見てわかる通り、人の域を出たエヴァとのシンクロは魂もそれに引っ張られてしまう。魂の形が引っ張られ、その形になってしまえばもう二度とヒトには戻れない。
「人の域から出てしまったから…。もう人格と呼べるものは残っていないんだよ…。」
再起動を果たした相補性L結界浄化装置が唸りを上げ辺りを元の色に戻す。
危機を脱した事を察したのかウルフパックは伏せ大きな欠伸をする。
「ケンスケ。他に回るところはあと何ヶ所ある?」
「ざっと3箇所だな。どれもここと同じように止まりかけている。」
地図を広げるケンスケ、それをのぞき込むように赤い印を付けられた場所を見る。車で移動するよりもウルフパックの方が早いか…。
「あとは僕がやっておくよ。ケンスケは別の事をしてくれると助かる。」
「あぁ、碇に任せた方が俺が行くより余っ程いいな。しかし…このエヴァはどう説明すればいいんだか…。」
「それに関しては…人目のつかないところに置いておくしかないかな…。それで構わない?」
返事をするように喉を鳴らすウルフパック。
ワンとひと吠えするとATフィールドで狼の群れを作り出す。どうやらこれを使えと言っているようだ。
また1つ大きな欠伸をすると伏せうずくまり寝息を立てて寝始めてしまった。
「…お前の世界の技術力ってどうなってるんだよ…。」
「それに関しては僕にも分からないや…。」
「まぁいいわ…。気をつけろよ碇。」
「うん。ケンスケも気を付けてね。じゃ!」
軽く挨拶を交し群れの中心にいる一際大きな狼に乗る。
ATフィールドに乗るって中々ない経験だな…。
一瞥するようにワンと吠えるとウルフパックも唸る。
そして地を蹴りかけ出す、本当に車で行くよりも全然早い…。
どんどんと小さくなるケンスケを見送りながら次の目的地を目指す。
生活環境が広がればそれだけ生活が豊かになるという事だ。
兎に角、僕にしか出来ないことをしよう。
第3村農業地区
「えらいピチピチタイトな娘さんだねぇ…。」
作業着を着込んだおば様と言う様な妙齢の女性がアヤナミを見て呟く。同じような格好の女性4名が取り囲む。
「先生んとこの奥さんから頼まれた。そっくりさんだって。今日からよろしくってさ。」
恰幅の良いリーダー格の女性がそう告げる。車座になってアヤナミを見上げる。
「そっくりさん?なんか訳ありそうな名前ねぇ?」
「班に入れて大丈夫かい?」
「なぁに、働けりゃ問題ないよ!これ付けな!」
手渡されたのは手拭いと麦わら帽子、長靴、軍手、アームカバー。
「…これは?」
「それ付けないと働けないよ!さっさと着替えな!」
「『働く』…。命令、ならそうする。」
「命令じゃないよ。これは仕事だ!」
リーダー格の女性が言う。だが仕事というものを知らないアヤナミは首をかしげ聞き返す。
「『仕事』ってなに?」
「何って…なんだろうねぇ?」
「そんなこと考えたこともなかったよ。」
「まぁ、みんなで汗水流すって事かねぇ?」
不思議な感覚。風が水面を凪ぐ心地よい音。葉の擦れる音。遠くに聞こえる陽気な笑い声。アヤナミは自分の知らないこの感覚がなんなのか知りたくなった。
「汗水…。」
「そうそう。三本の指で軽くね?まっすぐ上から…。深くに置いてくる感じ。」
「こら!ぎゅっと持たない!指は添えるだけよ。あー。もう慣れるしかないかぁ…。」
「あんただけテンポ遅れてるよ!急ぎな!」
「うん。」
真剣な眼差しで何度もトライアンドエラーを繰り返すアヤナミ。前屈みの中腰というのは結構大変で、額から出た汗が頬を伝い水面に落ちる。
「これが…汗水…。」
初めての感覚に思わず呟く。だが、泥濘に足を取られバランスを崩し後ろに倒れてしまう。
「きゃっ!」
水しぶきを上げて派手に倒れたアヤナミは潤んだ瞳で天を仰ぐ。
「…これが仕事…?」
「なぁにやってんだい全く!植えた苗が台無しじゃないかい。」
「仕方ないねぇ…ほら!手貸しな!」
初めてにしては上手くやるよとフォローを入れられ、また植えればいいさと快活に笑い飛ばす農婦。
失敗なんぞなんのそのとその場は和やかな空気に包まれていた。
せせらぎで野菜を洗う一行。そのうちの一人が労いの言葉を皆に投げる。
「ご苦労さん。今日も何とかノルマは賄えたね。」
ちょいちょいとアヤナミの裾を引く者がいる。振り返ると昨日自分に群れていた子供のひとりが大きなカブを携えて立っている。
「ん!初日から頑張ったから特別だって!」
カブをずいっと前につきだす。アヤナミはどうしていいか分からずに困惑する。
「こんな時、なんていえばいいの?」
「ありがとう。」
その娘は朗らかな笑みを浮かべている。乳歯が1本抜けなんとも間抜けな顔だが、それはそれで人の成長を感じさせるものであった。
アヤナミはそれを反芻して繰り返す。
「ありがとう…。」
「さぁてっと!みんな風呂に行くよ!」
リーダーと思しき女性が立ち上がり声を上げる。またしてもなんの事だか分からないアヤナミはキョトンとした顔を上げる。
「風呂って…何?」
「そんなことも知らないたぁねぇ…。ひでぇ記憶喪失だよ…。とりあえず着いてきな!」
言われるがまま農業地区を後にする。道中足元を歩くアヤナミは見たことも無い生き物に遭遇する。
「これは…何?」
「犬も知らないのかアンタは…。これは犬だよ。」
「犬…?じゃあこっちは?」
「アンタ、本当になんにもしらないんだねぇ?これは猫さ。10匹ぐらい車両の下を根城にして暮らしてる。ここじゃ猫や犬でも居るだけで嬉しいもんだよ。」
「犬…猫…。覚えた。」
物珍しそうにアヤナミの足元をグルグルと回る犬に目を落とす。
「これも…可愛い?」
1人ボソッと呟いたそれはアヤナミの心的成長を表していた。
「さ、着いたよ。」
車両を改装して作られたそれは上手いこと作られているようで前後の扉を男湯、女湯と分け中央に仕切りが設けられているようだ。
「これが…『風呂』…。」
浴槽はブルーシートを使った簡素なものだったが、それでも数人は入れ、足を伸ばせるくらいの広さはありそうだ。
見様見真似で足先をつける。
「アンタ…。服のままは困るよ…。」
リーダー格の女性にそう言われプラグスーツを脱ぎ湯船に入る。生まれて初めての行為に身を委ねる。
「『風呂』って不思議…。LCLと違って、ポカポカする。」
上を見上げると隙間から黄昏時の空が目に入る。宙に浮かぶ月には格子状に赤い傷跡が残る。それがアヤナミを現実へと引き戻す。
「私…『命令』が無いのに生きてる。何で?」
ガラガラと引き戸が開く音がする。それに気づいたアヤナミが視線を移すとそこにはソウリュウが立っている。
「あっ…。」
向こうも自分に気付いたのか何故だかバツが悪そうな表情を浮かべる。
「あらあら、アンタも先生んとこの…なんだっけ?」
「ほら、ソウリュウちゃんだったっけ?」
「あーそうそう、そんな感じの。」
湯船に浸かり顔を赤くした農婦達がソウリュウを眺めて口々に話を始める。
「若いってのはいいねぇ…私もそれくらいの時に戻りたいさね…。」
アヤナミもソウリュウも肌が白い。ソウリュウは健康的なコーカソイド系の肌色。アヤナミは病的なまでに白く透き通った肌、それを羨むようにリーダー格の女性が呟く。
まじまじと肌を見られたソウリュウはなんだか恥ずかしくなりそそくさとシャワーを浴び湯船に浸かってしまった。
「ふぅ…。風呂。気持ちいいものね。」
「アナタも風呂は初めて?」
アヤナミがソウリュウに問いかける。
「シャワーは浴びてたけどこういう湯船は初めて。ドイツじゃ湯船なんてものは無かったから。」
肩まで浸かり先程までのアヤナミと同じように空を見上げるソウリュウ。多くは聞かず、同じようにアヤナミも空を見上げる。
「私らは先に上がるよ。今日はお疲れさん。明日も頼むよ。」
そういうと農婦達はそそくさと浴場から出ていく。
残されたアヤナミとソウリュウには暫く沈黙が流れる。
「アヤナミ…さん。今日はどうだったの?」
「どう?…って?」
「仕事。畑仕事だと聞いてたから。大変だったのかなって。」
「『大変』…。大変かどうかは分からないけど、汗水は流したわ。」
お互いに視線を交わすことなく交わす会話。それを聞いたソウリュウはぶくぶくと頭を湯船に沈めた。
初めての感覚。ぼやぼやと歪む視界に覚束無い聴力。ふわふわとした感覚に身を委ねる。
いつの間にかぷかぷかと仰向けに浮かぶ。
「『汗水』かぁ…それを大変って言うんじゃないかしら…?」
「それが『大変』なの?」
「うん…多分。」
「アナタはどうだったの?」
「私…。私は大変だった。」
「そう…。アナタも汗水流したのね。」
「うーん…そうじゃないけど…。色んな人と会話したり、薬眺めたり。カルテ見たり。バタバタしてた。」
「それも『大変』?」
いつの間にかアヤナミも同じようにぷかぷかと浮かんでいる。美少女2人が全裸でぷかぷかと浮かんでいると様は実にシュール、だが2人にとっては大切な時間となる。
クローンとして世界を知らないアヤナミとシキナミタイプのオリジナルとして世界を知ることが出来なかったソウリュウ。2人の大切な交流の場。
「そうね。これも『大変』。生きることってこんなに難しいと思いもしなかった。」
「私は…。命令が無いのに今こうして生きている。何故だか分からないけれど…。」
「ヒトはそういうものなのよ。きっとね…。」
「…NERVに居たらずっと分からなかった。色んなことを教えて貰ってる。」
「それは私も同じよ。だからシンジさんには感謝しないとね。」
「うん。」
こうして、2人の初日は終わりを迎えた。
シンジはと言うとアヤナミやソウリュウよりも一足先に帰ってきており、これから公衆浴場に向かうという。
それを尻目に2人はキャッキャと笑うツバメに目を向けるのであった…。
本日ランキングを確認したところ順位が119位と大変嬉しい結果になっていました。
何とか今日も更新に至りましたが少し、戦闘描写が無いとだれてしまうのかなとも思っています。
今回はANIMAよりエヴァUSAウルフパックを登場させて頂きました。
一応、これ以上の活躍の場は設けないつもりですが、もしかしたら何かあるのかもしれません。
後2話は第3村篇を続けようかと思っています。
だれてしまいますが何卒よろしくお願いします。