IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 Unsung Episode 作:オブライエン
今回は、説明ばっかです。
「――ちら、こちら―――――機関、緊急事態が発生した!ISの起動実験に失敗、研究用のジェネレーターが暴走した、このままではジェネレーターがオーバーロードを起こしてしまう!こちらで何とか制御を試みているが、長くは持たない、誰かこの通信を聞いている者がいれば救援を求む!至急、救援を――」
以上が、とある研究機関の残した最後の通信記録である。
その機関は、ISが世界に普及した頃から、ロシアの極地に確かに存在していた。
大規模ではなかったが高い技術レベルを持っていた機関である。彼らの目的は、IS技術の更なる発展や、適応者の育成とはまた少し違っていた。高い技術力を結集させ、戦場にも即時適応するハイレベルな適応者を造り出すということに主眼が置かれていたのである。一体でも十分、二体や三体輩出されれば大成功といった塩梅だった。
その研究機関は、《ラボ・アスピナ》といい。進められているプロジェクトの内容から、「悪魔達の揺り籠(デビルズ・クレイドル)」と仇名されてもいた。
アスピナは、《A》から《Z》までの26人の被験体を揃え、データを用いたシュミレーションを行わせていた。単純なシミュレーションだ。あらゆる戦場、あらゆるシチュエーションを再現しておきながら、最終目的は一つ。敵性存在と設定された。たった一機のISを撃破すること。
しかしアスピナは、先ほどの通信を最後に、ある日突然地図上から姿を消すこととなる。
原因はIS用の新型ジェネレーターの暴走による爆発。研究員と被検体は全員死亡し、周囲数キロに高濃度の汚染物質が撒き散らされ、爆心地付近は今でもA級汚染地帯とされている。ISの起動実験中の事故から起こった悲劇とされるが、数少ない記録を紐解いてもその記述に幾つかの疑問点が残る。
プロジェクトの核となったISは、コードネームを《アンサング》といった。
第XX話 part1 [揺りかごの中の子供達]
【経過報告書 ――No,XX】
No.14『M』が累計81回目のVR訓練中に死亡した。
解剖の結果、脳神経に損傷が見られ、加えて脳幹からの出血、大腸の内部に三つの潰瘍が確認された。直接の死因はISシンクロによって発生した負荷による脳溢血と急性潰瘍だと思われる。NO.14『M』は当研究機関内においても中位の適性値を持つ個体である為、これ以下の被験体に実験を継続させる場合は、ISとのシンクロレベル設定を見直す必要があると考えられる。以下に、試験記録、及び解剖記録の詳細を記す――
NO.13『M』マリアンが死亡してついに残る被験体は半分をとなった。
ラボ・アスピナは他の研究機関とは一線を画すプログラムを実地している。それは技術面においてもそうだが、それはむしろ、被験体に対する非人道的な側面が目立つ。
IS操縦者=人間以上、あるいは人間以外とする考えは少なからず世界に存在するものである。これはIS操縦者ではない「普通の人間」が感じるものであって、特に「彼女等」を新たに輩出する機関の職員ば顕著である。IS操縦者は先天的な素質が必要不可欠であり、ISの力を振るうその力は常軌を逸した怪物のそれである。その為、それに従事する一部の研究機関では人を人と思ってはならない――そうでなければ良質なISも操縦者も生み出せない、といった考えが広まっていた事ここはあえて得筆しておく。
しかし、そういった「都合」を鑑みてもアスピナはいささか異常にやり過ぎるきらいがあった。そもそも職員の大半が■■■■から異動した人員であるからして、その性質は推して知るべきであろう。彼らの頭脳や技術は他を圧倒する結果を生み出しているものも、その求道者めいた性質は被験体に対する道徳理念を頭から無視していた。
決して大きくは無い研究施設には、26人の被験体がいた。
平均年齢は14~16歳。最も感受性が高い時期の子供達である。人種はバラバラであったが彼女達には一つの共通点があった。機関にいた以前の記憶を殆ど――あるいはまったく持っていないということだ。
被験体達はプロジェクト最初期に行なわれた実験の成績に合わせて番号とアルファベットで呼ばれていた。例えば、死亡したマリアンは26人中13位の成績であったため、NO.13の番号とその番号に対応したアルファベット『M』。「マリアン」というニックネームで、それぞれに与えられたアルファベットの頭文字からとっている。
26人の被験体を対象し行なわれた計画は《プロジェクト・アンサング》と呼称されていた。
被験体達がIS操縦者となるため、そしてプロジェクトを終わらせ、研究所から出るために一つの壁を越える必要があった。
アスピナが設定した壁はただ一つ。VRの模擬戦闘において、設定された一機の敵ISを撃破すること。単純であったがそれ故に困難な壁である。
なぜならその敵ISは、かつて世界を変えた《最強》――《ブリュンヒルデ》織斑千冬が駆った白騎士のデータなのだから。
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アンサング。■■■■の計画によりアスピナが製作した新型ISである。
研究員達は完成された個体戦闘力を――「最強のIS」を求めた。彼等はそれを実現する為に独自の設計理論の元、アンサングを製作した。
そもそもISの強さとはなんであるか?
一つは、速さである。PICによる慣性やGからの解放、そして圧倒的なスラスター出力、瞬間移動めいた瞬時加速による加速はISを常識の埒外の速度域へ辿りつかせた。
一つは、防御力である。最新技術の塊である複合装甲はもとより、ISのコアが生産するシールド・エネルギーが作り出すバリアーは通常の火器の一切を遮断する。
一つは、火力である。ISのコアから生産される新種のエネルギーは駆動系に凄まじいパワーを与え、その規格に合わせた武装は火力の水準が極めて高い。
篠ノ乃束が造り出したISはまさしく完璧な兵器と言えた。研究員達はそうした点を踏まえ、自分達の理論と感覚であらゆる無駄を削ぎ落とした。
すなわち、ISは全てが高水準にまとまった最強の兵器であり火器の搭載は必要最小限に留めておけば良く、シールドエネルギーも敢えて強化する必要は無く、一点特化の兵装や第三世代兵装のような特殊武装、シールドエネルギーの偏重、余計な装甲の増加、あるいは戦闘距離の限定や過剰な高火力――これら全て、ISが本質的には必要ないと断じたのだ。ISは全てが極めて高い水準で纏まった兵器であり、火器も必要最低限に留めておけば良く、シールドバリアーもあえて強化し続けるべきものでもない。そうして研究員達は操縦者の寓意と動きを確実に反映する制御系、激しい機動にも耐える運動機関の調整に力を傾けた。そうした独自の設計理論で製作していった結果、純粋な「速さ」だけが残った。必要最低限の総火力にシールドエネルギー、圧倒的スピード、鋭く精密な制御システム。恐竜的な進化のルートを進むIS研究の中、ISという最強の個体戦闘能力を結実させた、一つの完成型としてアンサングは完成した――はずだった。
確かにアンサングは使いこなせば極めて強力なISと言えた。しかし、そのために操縦者に要求される負荷は常軌を逸していた。極限まで鋭角化された性能に加えて、アンサングに使用されたコアは『IS研究の負の遺産』と呼ばれる代物だった。
――コアNO.004『災禍』。それがアンサングに使用されたコアの名称だ。災禍は初めて完全な軍事目的で製作されたISコアであり、自己進化力に特化した物だった。災禍は、同調した操縦者の経験や知識、果ては記憶されも吸収、学習し己の進化の為に利用する。が、操縦者の脳をスキャニングする際に神経が焼き切れるほどの負荷をかけるため、『人の魂を喰らうIS』として開発者である篠ノ乃束自らが凍結、封印した。その封印されていた災禍を■■■■が解放し、利用したのだ。
操縦者への負荷を度外視した極限まで尖鋭化された機体性能と『人の魂を喰らうコア』。その二つの要因により、アンサングは人間が扱えるISではなくなってしまった。恐らく彼の織斑千冬であろうともアンサングを制御することは出来なかっただろう。だが、研究員達は気にしなかった。元々制御出切る人間を造ることも計画の内だからだ。そういった個体がいなければ造ればいい。失敗したらまた造ればいい。元より織斑千冬に劣るものなど必要としていないからだ。
26人の被験体はそうした事情からアンサングを――ISを制御するために精製された強化人間である。ドイツ軍が採用している疑似ハイパーセンサー『超界の瞳(オーダン・ウォージュ)』の投与はもちろん、人工補助心臓と人工血管を増設させることで細胞活性を行い反射速度の向上させた。さらに人口肺の移植により心肺機能の向上させ、カーボンフレームの骨格補強で耐G能力の向上させ、ナノマシンと薬品により運動機能を向上させた。そして最も特質しすべき点は、神経系を機械化、光学化させることでISと物理的なシンクロを可能としたことである。
ドイツの遺伝子強化素体のような先天的な強化とは違う人権や倫理観を最初から無視した危険極まりない後天的な強化であり、一人一人の全身、それこそ爪先までが最先端技術の塊といえる代物だった。
――が、そこまで行なったにも関わらず実験は完了しない。被験体達は死んでいく。
▼
自分は、生きている価値の無い人間だと思っていた。
NO.26『Z』《ジーク》、彼は失敗作だった。
彼は被験体の中で唯一の男性だった。何故、ISの動かせない男性である彼が被験体であったのかは、実験にプロジェクトの核となったIS『アンサング』に使用されたコアNO.004『災禍』に関係している。
災禍は、他を圧倒する自己進化速度を持って、ISは女性でしか動かせないというIS最大の欠陥を克服していた。ジークは、男性とISをシンクロさせた場合はどうなのかの調査するために用意された被験体だ。
が、結局の所ジークのIS適性は女性のそれを超えることはなく、アンサングが制御するのに必要なレベルにはまるで届かなかった。そうのため彼がNO.26『Z』という最低位の位置づけにされたのは当然の結果と言える。
ならば何故、彼は他の低位の被験体達のように使い潰されなかったのか。その理由は、ジーク自身のパーソナリティそのものある。
当時のジークは20歳と26人の中で年長にあたる年齢にあたり、粗野でぶっきらぼうな男であった。噛み付くようにもの言う彼は、実験体というよりも拾ってきた野良の獣と表現した方が相応しい。
奇妙だったのはジークが脳の洗浄処置を受けたというのに、以前の人格を保ち、あまつさえ以前の記憶をある程度残していたことだ。
アスピナが行なった脳の洗浄処置は、その個体から記憶を消し去り実験体として仕上げるためのものだ。人間の人格というものは人生の記憶に形作れらており、記憶を洗われてしまえば個性の多くが奪われ、パーソナリティを持たぬ人間が生み出される。すなわち一から施れる強化や教育に適した素体である。
もっとも、当時の技術、特にアスピナの技術力を持ってすれば、記憶や人格を残したまま適性を磨くことも勿論可能だった。それをしなかったのは人権や倫理感を超越した実験でないと意味がなかったからだ。普通のやり方では日々育成に力を注いでいる他の機関に遅れをとる可能性がどうしても残る。26人の子供達の人生を葬ったのは病的とも言える完璧主義ゆえだ。
その中で、元の人格を保っている個体も少数だが存在していた。が、ジークのようにある程度の記憶を保っている被験体は彼以外は存在しなかった。
考えられる理由は二つ。記憶洗浄処置になんらかの不備があったか、あるいはジーク自身になんらかの特性があったか、である。
前者の理由はアスピナの技術レベルから考えてまずありえない。なら、後者となるがなんらかの特性とは何かという疑問が解けない。そもそもアスピナが行なう記憶洗浄は外科手術ではなくナノマシンを使用し、脳神経に作用することで記憶を「消去させる」というものであって物理的なものではない。そのため、完全にモニタリングすることは極めて難しい。
ならば何故か? 「精神力」とでも言うべきものが彼の記憶を守っているのか? だが、それは科学ではなくオカルトだ。アスピナは魂や心などいった実証しようないものを信じないし、そんなものについて考える程暇でもなかった。
いずれにせよ、NO26.『Z』のケースは極めて珍しく興味深いものであることは確かだった。――ゆえに、解剖は先送りにし、経過観察する。それがアスピナの方針であり、ジークの現状だった。
ジークの記憶は所々欠けていて、詳細に思い出せるものなどほとんどなかった。どこにいたのか、何がしたかったのか、そういった意味のある記憶は全てぽっかりと抜け落ちてしまっていた。
ただ、ろくな人生は送ってこなかったという確信だけはあった。
ジークは、中国の貧民街から回収された青年である。
何故そこいたのかも、いつからいたかも定かではない。当時の中国は経済成長の影響で貧富の差が激しく浮浪者は山ほどいたし、「一人っ子政策」呼ばれる人口規制政策の影響で、路地裏にいけばストリート・チルドレンは掃いて捨てる程いた。子供という材料を集めたかった機関側からすれば絶好の穴場と言えた。戸籍も待たず、何人消えても問題にならないのだから。
孤児達を保護するという名目で集め、品定めし、大半を振るい落とした。その中で残り、機関で本格的な処置を受けたのがジークである。あらゆる手段で集められた被験体の中でジークは珍しいケースでもあった。
アルファベットと番号を与えられる前のジーク――そうなる前の「誰か」は泥をなめるように生きていた。両親の行方に興味はなかった。どうせ捨てたか死んだかでしかないからだ。ジークはゴミ溜めのような場所で奪い、奪われる、人間らしいとはいえない生活を送っていたのは間違いない。何故そうすることになったかは本人にも分からない。分かることと言えば、どうせあそこで生きていてもどこかでくたばっていた、ということだけだ。
故に、ジークは現状に不満はなかった。投薬による苦しみも、ISとのシンクロによる不快感も最悪だったが、飢えと寒さに苦しむ雨の日に半殺しにされる苦しみに比べれば大差ない。最悪が最悪に変わっただけで、どうせ死ぬことに変わりないし、死だけは平等だと昔から思っていた。
だというのに、ジークは何故か常に正体不明の苛立ちに悩まされていた。
原因は自分にも分からないが、時折中途半端に欠落した記憶が存在を主張する。苛立ちの原因は過去の記憶が原因とも考えたが、あのく屑としか言いようのない記憶に思い出に値するものなど一つもない。あるとしたら、それは自分。自分に関する何かが欠如している。
失ったものはなんだ?
残ったものはなんだ?
どうせ消すなら綺麗さっぱり消してくれれば良かった。そうすればこんな感覚に悩まされることもなかったことだろうに。
ただ、こう思っていた。
構わない、どうせ行くのは地獄だ、と。
ジークは欠伸を噛み殺しながら廊下を歩いていた。被験体に与えられた手術服のような真っ白な衣服を歩くたびに手足に擦れて苛立ちを募らせる。
研究施設は一般にIS操縦者を育成するのに必要な設備は全て揃った、中々に広いものだった。簡単な遊技場もあれば、人工的とはいえ中庭もあり、紙やデータの媒体を揃えたライブラリもあれば、トレーニングルームもある。日に数度、デスクと端末が用意された教室で教習が行なわれ、栄養管理がなされた食事もきちんと与えられる。被験体達の年齢も考えればIS操縦者を育成する専用の教育機関に見えなくもないが、実体を見ればそんな感想を抱く者は皆無だろう。
だから、教習の内容は全て戦術倫理である。ISを始めとする個人兵器の運用法、火器や弾丸の知識、各種戦術機動論。ライブラリに収められているのも殆どが戦術に関するもので、一般教養のものも確かにあるにはあるが、それも半分に満たない。子供達の学ぶ全ては実験棟の一機のISに集約される。
病的なまでに清潔に保たれた研究所の片隅でジークはいつもイラついていた。
自分が何に苛ついているか自分でも分からない。研究所内での自分の立場のことでも、アンサングを制御出来ないことでもない気がする。ただ、原因不明の焦燥のような感覚が常にジークの中に存在した。大半が消去された記憶に関係しているか、だが、あんな反吐が出る人生にそんなものがあったとは思えない。
いつものように、自分の中の正体不明の苛立ちに気を取られていたせいで廊下の角から近付いて来ている足音に気がつかなかった。
「――あっ」
曲がり角で鉢合わせになって、ようやく彼女の存在に気がついた。
茶髪の猫のような少女が立っていた。
「オマエ……」
顔を見て名を思い出す。ジークとは逆に平均年齢を下回る12歳の被験体、NO.02『B』《バティ》である。圧倒的なIS適性を誇る第二位の個体であり、ジークにとって「いけすかない奴」だ。
バティは錠剤のケースと何かが書き込まれた紙切れを持っていた。こうして見ればただのチビのガキで、【織斑千冬さえも超えるIS適性値】を叩き出す個体だとは到底思えない。バティは自分よりもずっと大きなジークの前で逡巡して、困ったようにジークを見てくる。ジークは舌打ちを打つ。子供は好きではない上、バティは「いけすかない奴」だ。
「どけガキ、邪魔だ」
むっと、その言葉にバティが反応した。
「…ガキじゃないもん」
「いいからどけ。そこにいると邪魔なんだよガキ」
「ガキじゃないもん!バティって名前があるもん!!」
すっかりムキになったバティは顔を真っ赤にしてジークにまるで「かかってこい」と言わんばかりに睨みつける。メンドクサイ。無理矢理蹴り飛ばして進むのも情けないし、廊下を引き返すのも癪だ。
ジークはいいかげんうんざりし始めところで、バティの背後から足音が近付いてきたことに気がついた。
「……」
ジークはこちらに近付いてくるプラチブロンドのセミロングヘアーの少女を視界に捉え、顔をしかめた。
「バティ?どうかしたの?」
NO.01『A』《アウラ》。最高のシンクロ率を叩き出すアスピナ最高位に位置する第一位の被験体であり、ジークにとっては「大嫌いなヤツ」だ。彼女のどこが気に入らないのかと問われると本当のところは答えられない。ただ気に入らないのだ、その不快感の元となるものが何なのかわからないことにも腹が立つ。
本当に面倒臭い。
嫌そうな顔をするジークの存在に、アウラも気付いた。少し目を丸くして驚くアウラ。二人は元々、互いにほとんど交わらない立場にあった。適性値の高さもさることながら、バティをはじめとした被験体の子供達に姉のように慕われているのがアウラであり、逆に恐れられているのがジークだ。アウラは現在19歳とジークと同じ年長組であったが、二人の立場は違い過ぎるほど違っていた。
「あ、ジーク……」
「このガキ連れて失せろ。うざッたくてしョうがねェ」
「だから、ガキじゃないもんっ!」
アウラは状況を理解したようで、きょとんとした顔で二人を見比べた後、困ったように笑みを浮かべた。それこそ、本当にバティの姉のような優しさに満ちた微笑だ。
――ああ、そうだ。これだ、これが気に入らねぇんだ。
ジークは明後日の方向に視線を飛ばし、苦虫を噛み潰したような顔で沈黙する。まとわりついてくるバティをハエでも払うような手つきであしらい、諦めて自分が脇にそれる。彼女達の横を通るのは良い気分じゃないが、いつまでも同じ場にいるのはもっと嫌だ。
そのままずんずんと言ってしまおうとするジークの背に、慌てたようなアウラの声がかかる。
「あの、ねぇジーク!」
答えない。構わず足を進めるジークだったが、アウラは諦めなかった。
「明々後日ね、オリビアの誕生日なの! 私たちでお祝いしたいんだけど、ジークもどうかな!」
オリビア――確か『O』の少女だったか。下らない、とジークを切り捨てる。そんなものを祝ったところで、アンサングを制御できなければ死ぬだけだろうに。
「……興味ねェよ」
ジークは冷たい声で言い捨てて、今度こそ二人を振り切ろうと足を速める。しかし、
「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかっ!!」
いきなり、大声が背に覆いかぶさった。
流石に驚いて振り返ると、バティがおもいっきりあっかんべーしていた。
――本当に、気に入らねェ。
▼
報告書を上に提出し、如月(きさらぎ)は大きな溜息と共に紫煙を吐き出した。
彼は研究所内ではドクターと呼ばれ、IS工学だけではなく生態学、解剖学、医学にも精通して研究員である。根っからの■■■■の者ではなく外部の関係施設から派遣されてきたという立場である。だからか、如月にとってアスピナという研究所は正直不気味だった。研究員達は皆どこか虚ろだ。求道者めいているというか、研究のことしか頭にないというか。
だからこそ、彼等は被験体達の死にも極めて機械的に対処する。もちろん如月自身もさんざん汚いことをやってきた身ゆえ、今更人道がどうだか言う気はないのだがまだ子供と言える歳の少女達の死体をその度解剖、死因の解明とサンプルとしての保存を行なうのは流石に答えた。死亡した被験体は十三人に達していた。
マリアンはまだ14歳だった。あと三日すれば15歳だった。
仕方ないと言えばそれまでだ。
プロジェクトはまだ終わっていない。これからも、まだ――――
「ドクター。間もなくNO.4『D』のテストを開始します。バイタルチェックモニタリングはお任せできますね?」
「ん……ああ」
物思いにふけっているところに声をかけられて、顔を上げればそこにはいつもの研究員がいつもの白衣を着て、いつもの淡々とした眼でこちらを見ていた。
「……わかってる。今行く」
吸殻を灰皿に押し付けて、イスから立ち上がる。
いつものテストが始まる。仮想空間での織斑千冬との戦いである。
前を歩くアスピナの研究員の背を見つめる。彼らはいつも淡々とテストを進める。誰が死のうと顔色一つ変えることはない。「死亡しました」「死体を回収します」「検死と解剖をお願いします」で終らせて次に移る。魂を抜かれた、研究の徒の群れだ。そして如月はこうも思う。
――俺も、同じだ。
マリアンは最後のテストに向かう前に、如月と言葉を交わしたことがある。
彼女は、疲弊していた。度重なる投薬と実験とVR戦。この時点で既にアスピナは彼女を「見込みなし」と断定しており、徹底的にデータを絞りとる方針に決めていた。もちろん、如月もそれを知っていた。
マリアンは死ぬ。それはもう、決定した未来だった。
「ねぇ、ドクター。聞きたいことがあるんだけど」
「……なんだ」
「もしも、もしも私がブリュンヒルデを倒せたら私が適合者になるの」
「ああ。そう…だな」
「じゃあ、その後はどうなるのかな?」
「どう?」
「みんな終わって、外へ行けるの? みんなでここから出るの?」
如月は迷わなかった。
「ああ。出れる」
嘘だ。同じ裾をつくのはこれで十三回目だ。
アリアンは笑った。
「そっか。――うん、わかった。じゃあ、私頑張るね」
それが、最後に聞いたマリアンの最後の言葉だった。
NO.14『M』マリアンは想定通りに死亡した。
死してなお、彼女は研究所の外へ行けはしなかった。先に死んだ十二人の被験体と同じく死体を検証、解剖され、貴重なサンプルとして防腐処理を施した後、カプセルの中に保管された。
テストが始まる。幾度なく繰り返されたあの女との戦闘が繰り広げられる。淡々とした目でバイタルサインを観測しながら、如月は想う。
――俺達のような屑は、死んだところで地獄にしか行き場所はないな。
いや、恐らくそう思うこと自体が逃避でしかないのだろおう。死後の世界など存在しないのだから。死んだ人間は死んだままで、そこにずっと閉じ込められる。死んだ子供たちがそうだったように――自分がそうしたように。
▼
「――これで良し、と」
マリアンの墓を作り終え、アウラとバティは息をつく。
『お墓』ラボ内のある区画に、彼女らがそう呼ぶ場所がある。世間一般での墓地とはまるで違い、そこは使われていない資材の倉庫だった。二人はその中心にスペースを作り、今まで死んでいった被験体達の墓を立てている。
簡素な墓だ。あまった資材を重ね、紙に手書きの名前と写真、それから造花を添えただけの物であるし、そこに埋められるべき被験体の身体はない。彼女達は如月の手によって「解剖」され、サンプルとして「保管」されている。
資材置き場には、墓は十三個あった。マリアンのものを含め、NO.09『H』《ハル》、NO.14『N』《ナタリア》、NO.16『P』《ポリー》、NO.17『Q』《クインティナ》NO.18『S』《サヤ》、NO.19『R』《ライラ》、NO.20『T』《ティア》NO.21『U』《ウナ》、NO.22『V』《ヴァネッサ》NO.23『W』《ウェンディ》NO.24『X』《シャオ》NO25.『Y』《ユウナ》。彼女達の身体は、ここにはない。二人は、それを知らない。知らないがしかし、「死んでしまった」ということは理解している。
「……ねぇ、アウラ」
出来上がったばかりのマリアンの墓を見下ろしながら、バティが口を開いた。
「ん……なぁに、バティ?」
「マリアンは、《てんごく》に行けるの? ユウナ達と同じとこへ行けるの?」
バティはそう言って、アウラへ顔を向け、じっと注視した。
その瞳はどこかすがるような色が含まれていることをアウラは見逃さなかった。見逃せなかった。
「きっと向こうで幸せになってるわ。……もう、あの子たちは苦しい思いなんかしないの。だから大丈夫よ、バティ」
アウラは優しく微笑み、バティを抱きしめた。
バティはアウラの胸に抱かれ、無言のまま身じろぎ一つせず、じっとしていた。
長いこと、そうしていた。
→To the next...
次の話から、ちゃんと話進めます