IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 Unsung Episode   作:オブライエン

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明けましておめでとうございます。リハビリのつもりで始めたこの作品でありましたが、仕事が忙しくて三カ月更新が空く始末……頑張っていきたいです


デイジーベル

――Daisy, Daisy

   Give me your answer do

   I'm half crazy all for the love of you

   It won't be a stylish marriage

   I can't afford a carriage

   But you'll look sweet upon the seat

   Of a bicycle built for two…

   デイジー、デイジー

   どうか答えておくれ

   僕は気が狂いそうなほど、きみへの恋に夢中

   お洒落な結婚式にはならないかもしれない

   馬車をしたてるお金はないからね

   でも君はきっと素敵だろう

   二人乗りの自転車に乗るその姿は

 

 

 NO.01『A』《アウラ》は、人に優しい微笑みを向けることが出切る個体だった。

『デイジー・ベル』というこの古いポピュラーソングが、いつどこで生まれたものなのかは、彼女本人も知らない。それはどこにでもある田舎者の恋の歌で、その素朴な歌詞や耳に心地いいメロディは、データベースで見つけた時からずっと彼女のお気に入りだった。彼女はとても感受性の豊かな少女で、失われた記憶を補完するようにデータや本を漁り、それも生来の嗜好であったのか特に歌を好んだ。

 アウラは、歌う。

 せめてもと、死んだ仲間を弔うように。

 

 

  

      第XX話  part02 - デイジー・ベル

 

 

 

照明の薄青い光が、四方5メートルほどの室内を照らしている。室内に置かれた小さなテーブルを挟んで向かい合わせに如月とジークが椅子に腰をかけていた。

 

「んじゃあ、いつも通りカウセリングを始めるぞ」

「なんでもいいから、とっとと終わらせろ」

 

 変わりないようでなによりだ、と如月は苦笑して形式的な質問をいくつか投げかける。内容は多少違うが被験体達に一定のサイクルで行われるカウセリング質問だ。シークはそれを聞き飽きてたという体で投げやりに答える。

 ここは、ラボのカウンセリング室だった。IS操縦者に限っては、その精神状態も無視できない重要なファクターとなってくる。定期的な精神鑑定は必須項目であり、それらのチェックは如月の役目の一つである。

ジークの心理分析は他の被験体達に比べていささか細かった。ジークは精神面(としか説明できない部分)においては他の被験体達とは一線を画す領域にいた。ロールシャッハの投影法やあらゆる形の質問紙法などで性格分析を試みた結果、彼は実に強烈な自我を有していることが明らかになっていた。

 

「――問題なしだな。これで、今日のテストは終わりだ。いつも通りのようで安心したよ、ジーク」

「けっ、いちいち飽きるようなやり方しねぇと確かめられねぇのかよ?」

「そういうな、確実性ってのは重要なんだよ。特に、こういった場所ではな」

 

 十分にもみたない検査を終え、如月は書類をまとめる。ジークは一度如月を威嚇するように睨みつけると椅子から立ち上がった。

 

「部屋にもどるのか?」

「悪ィかよ」

 

 如月は小さく肩をすくめた。この男の協調性の無さは度を越している。

 被験体達にはそれぞれ独立した個室が与えられている。個室といっても部屋というよりは牢屋に近い。研究所の西側外周の長い長い廊下に等間隔に敷き詰められた部屋である。部屋の中には監視カメラが取り付けられており、廊下に面した扉には被験体番号とアルファベットが記されている。死亡した被験体達の部屋は そのまま封鎖され被験体番号とアルファベットを×で上書きされるようになっている。ジークの部屋は最南端にあり、用事がなければそこから出てくることはあまりない。

 

「おまえ、夜のテストまでは『自由時間』だろ? 遊戯室やライブラリで暇でもつぶしたらどうだ?」

「ヤだね、メンドクせぇ」

「そうか? 案外気が紛れるもんだぞ。例えば、歌でも唄うとか――」

「歌?」

 

 ジークが露骨に顔を顰めた。具体的に言うわないでも、如月の頭の中にはある一人の少女が浮かんでいた。それは、ジークも同じだっただろう。

 

「アイツ等みてぇにか? 死んでもゴメンだ、くだらねぇ」

 

 ジークは忌々しげにそう吐き捨てる。自分の考えていたことが当たっていたことを如月は知る。どうやら、彼女が歌を好んでいること彼も知っていたようだ。

 

「好きじゃないのか?」

「嫌いだよ。大嫌いだ。」

 

閉ざされた研究所の中をせめてもと歌で飾る少女。それに対して嫌悪感を露わにするジーク。驚くとはいかないが、意外ではあった。

 

「それまたどうして?」

 

 ジークはやや間を空けて、溜息混じりで答えた。

 

「……余裕こいてんだよ、ああいうのは。AだがBだが『S』ランクだが知らねぇがな、アイツ等自分達が他とは格が違うからって研究にも乗り気らしいじゃねぇか。特にBのガキなんかは、いつもへらへらしやがって気に入らねぇ」

 

 如月は少なからず驚いた。粗野であると同時に他人に無関心なジークがここまで誰かの陰口を言うのは初めて聞いた。恐らく、一番話すことが多い如月のそうなのだから、他の誰も聞いたことがないに違いない。

 確かに、ジークの言うとおりではあった。彼女達はアンサング本体を使ったシュミレーションだけではなく実験用のVRポッドを使用した訓練や詮議訓練も貪欲に取り組んでいる。

 

 そして、彼女達が他の被験体とは格が違うのも事実だ。彼女達のIS適性値は『S』ランク。世界大会(モンド・グロッセ)の部門優勝者(ヴァルキリー)の5人と同じランクである。そしてアウラは観測史上最高のISシンクロ率は叩き出し、バティの適性値は総合優勝者(ブリュンヒルデ)である織斑千冬の適性値すら上回っていたのだ。アスピナの研究員達がアンサングを制御しえるのは二人のどちらかであろうと考えている。

 

 はたからみれば二人は実験に肯定的であり、他の被験体を後目に実験を完遂せんと歩を進めているように見えるだろう。

 もちろんジークはそういった面はどうでもいいに違いない。彼がアウラとバティを嫌うのは、そうした積極的に実験に参加していながら、他の低位の被験体達に善人のような顔をして接していることに対してだろう。

 

 如月は、「そうか?」と軽い調子で返した。ジークは扉に背を預けながら「くだらねぇこと言わせんな」と睨みながら答える。

 

「本当にそうか断言は出来んぞ。そういった考えは一面的な物に過ぎないものだからな。違う考え、違う視点で見てみればまた違うものが見えるもんだぞ」

「……ハッ! 説教でもしてくれるてぇのかよドクター。生憎だがそんなもんは間に合ってんだよ、こちとら」

 

 刺々しい態度ではあったが、場の空気を険悪するものではなかった。

 呆れるしかないが、如月はジークにある種の親近感を覚えていた。

 如月も含めた研究員と被験体の子供達。大別して二種類の人間がいるアスピナで、最も人間臭いのジークだった。研究員達は求道者めいた狂人達であるし、子供達は人格を一度奪われている。中にはアウラ達のような表情豊かな子供達もいるが、どこか超然としている。実におかしな話だが最も会話が成立するのがZであるジークなのだ。

 ほとんどは、邪険にあしらわれて終わるが肩の力を抜いて話せる相手がいるというのは如月にとっては実にありがたいことであった。研究員の一人である自分が、研究対象の、しかも失敗作の烙印を押された個体に精神的な救いを見るとは、実に滑稽な話だと苦笑する如月。

 

「まぁ、気が向いたら中を散策でもしてみろ。お前は知らないだろうが中は中々に広いぞ」

「面倒臭ぇ」

 

 提案をつっぱねてジークはカウセリング室を出て、乱暴に扉を閉めて去っていく。あいもかわらず剣呑な態度のジークを見送り、如月は溜息を一つ吐き、胸ポケットから煙草を取り出して口に咥える。

 ――――浅はかな人間だな、俺は

 人間らしい奴とまともに会話した時、自分が少し救われた気分になる。そんなものはただの逃避にすぎないとういうのに。

 

 

 

 

 

 

 カウセリング室を出たジークは遊戯室に繋がる廊下を歩いていた。別に如月に言われて気になったということは一切無く、ただ単純に自室に戻るのにその廊下を通るのが一番速かっただけだ。さっさと通り過ぎようと足を速めようとしたところでジークは、聞きなれた物が聞こえ足を止めた。

 

「~~~~♪」

 

 遊戯室の中を覗いてみれば、アウラが歌を口ずさみながら遊戯室の中を色とりどりの紙で出来た飾りで飾り付けていた。そういえば、オリビアの誕生会は今日だったなと思い出す。ついでに自分も誘われていた事も思い出した。が、出る気にはなれない。

 

「おや、貴方はジークではありませんか?」

 

 ふと、声がかけられた。平坦で感情の燈らない、だがどこか粘つく嫌な声。ジークが、声がした方向へと目を向けると、病的に白い廊下に小柄な少女が立っていた。綺麗に切り揃えられた色素の抜け落ちた透明の髪、光の燈らない瞳。NO.04『D』《デイズ》。被験体の中でも特に感情の薄い個体であり、佇む姿は亡霊のように思える。

 

「デイズか……」

「こんなところでどうされたんですか? 誕生会のこと気になるのでしたら手伝ってみたらいかがですか?」

「バカ言え。そういうテメェこそ、こんな所でなにやってんだ?」

 

そこまで言って所で、ジークはデイズの首筋にガーゼが宛がわれていることに気がついた。接続部を消毒するためのものであり、ソレはデイズが数分前までISと接続していたことを意味する。

 

「私はポッドの方でVRトレーニングを。やはり、皆さんには負けてられませんからね」

 

 デイズは昆虫のような瞳でジークをひたと据え、顔面の筋肉を器用に操作して微笑んだ。視線が一ミリもぶれない仮面のような笑みだった。

 上位三名には譲るものも最高位の適性値を誇る個体。一般的に見れば充分驚異的なレベルであり、感情を感じさせない態度は底が見えず不気味の一言に尽きる。記憶洗浄で人格を奪われた事もあるだろうが、彼女にはそれだけでは説明できない何かがある。アウラとは別の意味でジークは彼女のことが苦手だった。

 

「それにしてもアウラは凄いですね。私なんかは自分のことだけで精一杯ですよ」

「……知るかよ」

「――しかし、職員の皆さんも人が悪いですね」

「あ?」

 

 どういう意味なのか分からない。

 問いただす前にデイズはジークの横を通り過ぎて行った。いつも通りの仮面の笑顔で「では私はこれで」と、慇懃に会釈してデイズは廊下の奥に消えていった。疑問だけを残されて釈然としない気持ちにされてジークは、とっととこの場を去ることにして足を進めた。

 

「~~~~~~♪」

「……」

 

 遊戯室の中では変わらずアウラが歌を口ずさみながら飾り付けをしている。

 彼女が唄っている歌はいつも同じものだ。それが、いったいなんの歌なのかはジークは知らない。今まで興味も無かったが如月とあんな話をしたせいか、ふと気になってしまった。

 

 

 ▼

 

 

 その日の夜、ジークは自身のノルマの実戦シュミレートを終え、部屋への帰路についていた。

 気分が悪い。ボトルに口をつけて、特製の糖分を大量に含んだ栄養ドリンクを飲み込み、摂取する。

 アンサングとの接続は身体に多大なる負荷がかかるのに加えて、強化された肉体は燃費が悪い。特に機械化された神経系の糖分消費量が高く、被験体達は糖分の大量摂取必要不可欠なのだ。

 

遊戯室の前を通った時、誕生日を祝う歌が耳に入り、ジークは顔をしかめた。

 

 もう始まっていたらしい。参加する気などさらさらないが、これではまるで時間に合わせて前を通った感じがして不快だった。

 遊戯室の入り口は開け放たれている。迂闊に横切り、そこを誰か、特にアウラとバティに見つかったら面倒なことこの上ない。ジークは入り口のそばの壁に寄りかかった。直ぐにその場を離れるのも手だったが、何故かそうする気にはなれなかった辺り、どこかで気になる気持ちがあったのかもしれない。

 

 ――――呑気なもんだな、どいつも。

 

 心の中で毒付く。それは、アウラを始めとする子供達と自分自身に対しての物だった。

 日々投薬や実験に苦しむ被験体の子供達も笑顔になる。皆の姉のような存在であるアウラがそうさせているのだろう。こんな場所故、ケーキなどは用意出来なかっただろう。鼻先をくすぐる香りはクッキーか何かだろう。

 

 ぼんやりとしていると、耳がこちらに近付いてくる足音を捉えた。

 しまった、と思った。こちらに向かってくる如月と目が合ったときジークは心底思った。

 如月は鼻メガネを装着していた。

 

「お、珍しいな」

「………………なにしてんだよ、アンタ……」

 

 いつもの白衣に鼻メガネの組み合わせは、一周回ってあまり笑えない。空回り感が半端なかった。ジークは呆れ顔で見るが、如月はプラスチックの髭の向こうで口角を吊り上げ、右手に持ったパーティーグッズが詰まった紙袋を突き出した。

 

「誕生会だからな。こういう日ぐらいあいつ等の楽しませてやりたいもんだろ」

「ああそうかよ、勝手にしなよ」

 

 さっさと部屋に戻って寝ようと思った。ジークが手をヒラヒラと振りながら如月の横を素通りしようとした時、不意に襟首を引っ張れた。

 

「んなっ!? おい、何しやがる!?」

「今日ぐらい付き合えよ、ジーク。この際だからお前も手土産にしてやる。みんな喜ぶぞ、はっはっは」

「喜っぶかよ! クソ、コノ、離しやがれ!!」

 

 じたばたと暴れるジークではあったが如月は意外と力があった。加えてジークは実験を終えたばかりで疲労困憊だったので強化人間としての力を全く活かせなかったのもあり、なし崩しで遊戯室の入り口の前に立たされてしまった。皆に気付かれたと感じた時にはもう後戻り出来なくなっていた。

 バティは如月の顔を見て、ぱっと顔を輝かせ、直後その横にいるジークの顔を見た瞬間「げっ」と嫌そうな顔をした。

 

 アウラはジークの姿に目を丸くしたが、心底嫌そうにしている彼を見て、嬉しそうに笑った。

 本当に、嬉しそう笑った。

 

 

 

 ジークからしてみれば最悪の居心地だった。

 オリビアの誕生会にはデイズを除いた十一人全員がいた。その十二人目として参加させられたジークはクッキーを適当に掴み取り、部屋の隅っこであぐらをかいて不機嫌そうな面でボリボリとクッキーを齧っていた、まるで仲良しグループから外されていじけた子供のような姿である。だが、ジークに今更子供達の中に溶け込めというのが無理な相談だったのだ。だいたい子供達の怖がる自分が参加したところでいい事なんてあるわけがない、ドクターのヤロウ考えなしに連れてきやがってあの馬鹿っと頭の中で延々と毒を垂らしていたところ、一人の少女が寄ってきた。

 

「あなたが、ジーク?」

「……だから、なんだよ?」

 

 少女はジークの刺すような視線を受け、にこりっと人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「あ、ぼくはカルナです。NO.3の『C』。あなたにだけちょっと興味があって」

 

 13歳のNO.3『C』《カルナ》。バティもそうだがこんな小さな子供がアスピナの第三位というのは信じられないものがある。

 

「ハッ、第三位様がおれなんかに何の用だよ」

「そんなこと言わないでくださいよ。ほんとうはみんな貴方の事気になっているんですよ。エルザとかフィオナとかさっきから貴方のことちらちら見てるでしょう? ジュリアスとかは、臆病だから本気で怖いみたいですけど。ははは」

 

 随分と饒舌な奴だった。カルナはあぐらをかくジークの前に座り込み、まるで物語の登場人物をみるような目でジークを見る。ほんとかよと思い、ジークは部屋の中心に目をやる。そこには如月がいて、アウラとバティがいて、主役のオリビアがいて、他の子供達と楽しそうに笑顔で談笑している。こうして見るとひとつの大きな家族に思えてくる。それだけ皆がこの誕生会を楽しんでいるのだろう。

 ふと、NO・6『F』フィオナと目が合った。どうやら本当には注目されているらしい。ジーク当人としては不愉快なだけだが。

 

「ケッ、そんなにZが珍しいのかよ」

「そんなわけじゃないです。ただ……」

 

 カルナは愉快そうな笑みを浮かべて、こう続けた。

 

「アウラがいつも貴方の話をしててね」

「……はぁ?」

「ほんとですよ? 特に貴方と始めて――」

「――っ!? カ、カルナ、何を話してるの!?」

 

顔を赤くして、慌てて立ち上がるアウラに、カルナは「ばれちゃった」と呟く。

 

「なんでもないよ、アウラ。ただの楽しい話!」

「ま、またそんなこと……もう、はやくコッチに来なさいっ!」

 

御呼びのかかったカルナはいたずらっ子の笑みを浮かべて、立ち上がる。

 

「おい、ガキ」

「ガキじゃなくてカルナですけど、なんですか?」

 

 ジークはあぐらをかいたまま瞳だけを動かしてカルナの睨みつける。この場にきてからずっと胸の内にあった言葉を吐き出した。

 

「……納得できねぇんだよ。オマエ等、なんでこんなことやってる? こんな状況でやる意味も暇もねぇことぐらいオマエ等だって分かってんだろ?」

 

それはジークにとっては純粋な疑問だった。恐らく、こうした研究所の実験に関わる者として一番正しい態度をとっているのはデイズなのだと思う。本来他の子供達は出し抜かなければならない競争の対象でしかない。ただでさえISとの接続と薬品の副作用の恐怖がある中、呑気に誕生日を祝うなど酷く不自然に感じるのだ。何故かジークは彼女達のそういった面を見ているとひどく苛立ちを覚える。特に、その中心にいるアウラを見ていると。

 カルナは考えるしぐさをした後、顔を赤くして肩をいからせているアウラに視線を向け、口を開いた。

 

「そうですね。僕も、きっと貴方の言っていることは正しいと思います……仲間だって死んでいってる」

 

 カルナも彼女なりに思うところがあるのだろう。彼女も他の多くの被験体達と同じで、記憶と人格を奪われた者の一人だ。彼女にとってココが世界の全てで、過去も外のことも知らない。

 

「……でも、それでも、僕はみんなのことが好きです。笑いあう理由なんて、たぶんそれだけで充分なんですよ」

 

 カルナはそういって、年相応の屈託のない笑みを浮かべた。

 馬鹿馬鹿しい。ジークからしてみればくだらない考え方だが、どうも嘲笑するタイミングを逃してしまい。さっさとアウラの方に行くように顎で合図を出し、手作りなのかどうも粉っぽいクッキーを口に放り込む。

 

 アウラをからかいに戻ったカルナを見送り、笑顔で談笑する如月とバティに視線を変え、最後に何故かいまだに顔が赤いアウラを見た。そして、ジークは思う。

 

 --どうしてオレは、アイツ等にイラついているんだ?

 

 偽善者が嫌いだというのならこれまでの人生で腐るほど見てきた。今更そこまで嫌悪感を感じる事ほどガキではないつもりだ。いつも感じる正体不明の苛立ちとアウラやバティに感じる苛立ちはどこか似ている気がしていた。

 

 少しだけ、歩いた先には子供達の笑顔があった。

 迫る死の恐怖を、今だけでもとやわらげるような笑顔。

 

 

 ▼

 

 

【経過報告書 ――No,XX】

 No.15『O』が死亡。VR実験中に一定以上の深度でISからの拒否反応が発生。原因は未だ不明だが大脳部分で異常を確認したため、投薬した■■の新薬が原因の一つだと思われる。念のため、被験体への投薬する新薬の臨床実験を見直した方を行なう。確認した異常について別項を参照のこと。

 

 

 その日、ジークは自分のノルマの実験を終え、自室のベットで寝転がっていた。

 頭痛が止まらない。糖分を摂取しても止まらない辺り、自分が限界を迎えるのもそう遠くではなさそうだ。

 ジークは何をするわけでもなくぼんやりと鉄格子つきの窓から見える月を見上げていた。誕生会のことについては深く考えないようにしていたが、何もしないとあのことばかり頭に浮かんでくる。

 つまりは自身の正体不明の苛立ちについてのことだ。日々のカウンセリグで如月に打ち明けることも考えたがどうにも癪にさわり、自分の手で解決することに決めた。

 ふと、扉をノックする音がした。ジークはぼんやりとした頭でノックの主も確かめずに扉を開けた。

 

「……ちょっといい?」

 

 そこにはアウラがいた。

 

 

 

 

「何のようだよ?」

 

 ベットの上であぐらをかいたジークが目の前で壁に背を預けるアウラに冷たい声で問いかける。

 

「あの。この間のこと、お礼言わないといけないと思って……テストとか色々あって、ちゃんと言えなかったから」

「この間?」

「オリビアの誕生日、来てくれて嬉しかった」

 

 そう言うアウラの顔は浮かないものだった。無理もない。そのオリビアは先日死亡している。ジークは意地悪く口元を歪めて笑った。

 

「ああ。ちゃんと送り出せて良かったじゃねぇか、順調に邪魔者は減っていってるぜ」

「そんなこと言わないでっ!」

 

 アウラが珍しく声を荒げた。だが、ジークは止める気はなかった。

 わざわざ向こうから出向いてくれたのだ、歓迎しなければならない。不快感のはけ口を見つけたジークの心に暗い熱が生まれた。自分より遥かに高位の適性値を誇る、最上位個体を射るように睨みつけ、攻撃的に歯を剥いた。

 

「ハッ、吼えるじゃねぇかよ。お優しいこったな、ひょっとして歌やらも慈善活動の一環か? ドクターにでも頼まれたのかよ?」

「そ、それは……だってみんな怖いからっ…せめて……」

 

 みんな。

 みんな。そうだ。それが気に入らないんだ。

 みんな怖がっていて、みんな善良な子供達で、みんな可哀相なんだ。アウラは、この女は心の底からそう思っているんだ。それがどうしようなく気に入らない。愚かに思うでも、嘲るでも憐れむでもなく、ジークは怒りを覚える。どうしてそんなに自信満々なんだ。どこにそんな根拠がある。どうしてこんなクソッタレな場所でそんな事が言えるんだ。

 例外はいる。絶対にいるのだ。デイズの仮面のような笑みを思い出し、他ならぬ自分もその例外であることを実感する。この女はそれが理解できていない。

 

 頭の奥が嫌に疼いた。シンクロ時の負荷がまだ尾を引いている。ジークの攻撃衝動に反応したのか、ジークの瞳の色が東洋人らしい黒色から金色に変色する。 

 『超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)』。ISのハイパーセンサーを擬似的に再現するナノマシンを被験体達の肉眼に移植する事で脳への視覚信号伝達の爆発的な速度上昇と、超高速戦闘状況下における動体視力の強化を目的とした処置だったが、今のジークのソレは彼の獰猛な攻撃衝動の表れでしかなかった。

 

 ジークは立ち上がりアウラに向けて一歩踏み出す。狭い個室ではそれだけでジークはアウラに手が届く位置に近づける。アウラはジークの急な行動に戸惑いの表情を浮かべている。

 こいつはわかっていない。この世にはどんな例を敷こうが、そこから外れるものが者が出てくる。かつて、ジークという名で呼ばれる前の『誰か』はそういった世界で泥を舐めて生きていた。こんな狭い揺り籠の中でも「そういった人間」は必ず存在する、簡単に『仲間』を信用するアウラとっての例外は今目の前にいるジークだ。

 

「えっ?――――きゃあ!?」

 

 細い手を掴み、ぐい、と引く。

 ISの制御ならいざ知らず、単純な腕力ならばジークの方がずっと上だった。アウラはひとたまりもなく足をもつらせ、ジークのベットの上に引き倒される。バネの軋む音がする。二人での使用を想定していないベッドは狭かったが充分だ。ジークは迷わず華奢なアウラの上に覆いかぶさる。

 ほんの数センチ先に、硬直した少女の顔がある。あどけなさを残しつつも、女らしさを見える顔つきと体つき。

 

「……テメェのそのご立派な考えは、こんな状況で、こんなことする相手にも通用すんのかよ、あ?」

 

 ジークの金色の双眸は嗜虐的な光を帯びていた、同時に挑戦的でもあった。

 なにが「みんな」だ。その理屈なら、ジークだって可哀相な笑顔を向けるべき対象になる。だったら、こんな状況でも笑ってみせろ。歌でも唄ってみせろ。少しでも怯えたらオマエの負けだ――ジークは、そう思っていた。

 コイツは考えが甘いだけ。恵まれた者が余裕ぶって上から目線で同情を振り撒いているだけだ。単なる偽善でしかない。

 

「それとも、テメェはいままで死んだ連中がどうやってくたばったか、見たことでもあるのかよっ!」

 

 自分が理不尽なことやっていることは分かっている。八つ当たりしている自覚はある。理由なんてものは無かった。ジークは自分とはなにもかもが真逆なアウラも突き崩せば同じただの人間だということを証明したかったのだ。

 

 しかし、アウラがみせた反応はジークの斜め上をいっていた。彼女にはジークに組み敷かれた上で、微笑んだり唄ってみせる余裕なんて始めから欠片も無かったのである。そして、ジークの望み通り怖がる余裕もなかった。

 

「~~~~~~~~~っ」

 

 アウラは、ひたすら赤面していた。

 紅潮した茹蛸のように耳まで真っ赤にして固まり、目をぎゅっと瞑って、かちんこちんに硬直していたのだ。

 

「……は?」

 

 それに気付いてジークは急に全部アホらしくなった。自分はこんな女を相手に何をやっているんだと一気に気勢を削がれてしまった。体勢を維持する気力も失せ、舌打ちを一つついてアウラの上からどく。超界の瞳も自然と解除され、瞳の色も金色から黒に戻る。

 

 アウラはジークがどいてからもしばらく仰向けのままで固まっていたが、目を開けてジークが自分を解放したことに気付くと、慌てて体勢を戻してベットの隅まで避難した。

 

「……アホくさ。オレがやめなかったらどうする気だったんだよ、オマエ?」

「そ、それは……あの…」

「やる気があってもあんなアホ面見せられれば萎えるっつうの」

 

 わざと聞こえるように溜息を吐いて、せもてもの反撃をするジーク。冷静に思い返してみると情けなくなってくる。自分はこんな女に対して何を一人で苛立ったり怒ったり試したりしているのだろうか、どう考えても無駄ではないか。

 背を向けたアウラの方からスーハースーハーと深呼吸する音が聞こえてくる。恐らく必死に落ち着こうとしているのだろう。面倒臭ぇしいいかげん追い出したまおうかっとジークが真剣に考え出した時、アウラは口を開いた。

 

「あるわ」

「あ?」

「みたことあるわ」

 

 何がだっと、ジークが口を開こうとした直後、つい先程自分が言った言葉を思い出した。

 

 ――今まで死んだ連中がどうやってくたばったのか、見たことでもあるのかよっ!

 

 ありえないと分かっていて言った言葉だった。アスピナは被験体が死亡したことを明かしても、どうして死んだのか、どうやって死んだのかは子供達にはけっして明かさない。反射的に振り返ると、アウラはぺたりっとベットの上で座り込んで躊躇うような、戸惑うような複雑な瞳でジークを見ていた。

 

「見たことがあるのは一度だけ。ユウナの時だった……あの子とは歳も近くて、友達だった」

 

 NO.25『Y』《ユウナ》。最初に死亡した個体だった。特殊な例であるジークと違って特筆するべき点の無かった彼女は、ただデータ採集のために使い潰され、いつのまにか塵のように死んでいた。

 

「最初だったから、徹底的に隠してなかったからだと思う。VR訓練の後実験棟から帰るとき、『片付け』をしている所を見たの。遠くからだったから、ユウナがどんな姿だったかは分からなかったけど……アンサングが真っ赤になってたの。装甲の隙間からどこから出てきたか分からないぐらいの血が流れ出てて、足元に大きくて、真っ赤な水溜りが出来てた……」

 

 自分の中のものを確かめるようにぽつぽつと続けるアウラは見たことのない表情をしていた。どんな顔をしていか分からないような、ひどく揺らいだ、だがその揺らぎを無理矢理押さえ込もうとしているような表情だ。ジークは何も返せず、ただアウラの顔を見続けた。

 

「みんな、ああなるんだって思った。みんなここで死んだらああなるんだって……こんな狭い施設の中で……ISに抱かれて……」

 

 アウラはそこで言葉を切り、部屋に沈黙が下りた。ジークの反応を待っているわけでは無いようだった。ただ黙っている。途方に暮れたように座り込んで、顔を伏せている。

 アウラが再び口を開いた。

 

「ねぇジーク、デイジーベルって知ってる?」

「知らねぇ。んだよそれ?」

「ただの歌よ。簡単で、どこにでもある歌」

 

 そうしてアウラは。小さな声でその歌を唄った。

 

 ――Daisy, Daisy

   Give me your answer do

 

 

 それは本当にどこにでもある歌だった。特筆するべき点など一つもない。ただの愛を唄ったポピュラーソング。アウラは一通りに唄って、少し照れたように笑った。

 

「こんな感じの歌なの。人が人を好きになって、結ばれて、結婚しましょうって、それだけの歌なの」

「……面白いのか、それ?」

「どこも面白くないよ。だけど、そこが私は好き。特別なことなんてなくて、人が人を好きになるってことが当たり前な幸せで……私は、それが好きなの」

 

 ようやくジークにもアウラが言いたいこと、やろうとしていることが理解できた。

 アウラの言う「当たり前の幸せ」は、アスピナにいては絶対に手に入らないものだ。それを手に入れるにはここを出るしかない。そしてその手段は無いわけではない。可能性は低いが被験体側からでも出切ることが一つだけある。

 

 即ち、実験の完遂。

 

 アンサングを完全に制御し、このプロジェクト自体を終了させること。

 その後、生き残った被験体達がどうなるかは誰も知らない。そこに賭けるしか希望は無い。

 

「つまりオマエは、他の連中のかわりにアンサングに喰われようとか考えてんのか?」

「……うん」

 

 アウラは頷き、また顔を伏せる。

 しかし、そういうつもりで実験に参加しても、実験は終わらない。仲間達は死んでいっている。

 

「私……また、間に合わなかった……オリビアも、間に合わなかった」

 

 アウラの身体と声は震えていた。固く握り締められた拳に落ちる雫を、ジークは見た。

 

「バティが無理してるの。あの子には耐えられない……私が先にやらなきゃいけない……」

 

 アウラの顔は完全に伏せられて、前髪に隠されてジークには見えなかった。

 

「ごめん、ごめんね……どうしようって思ってて、バティが心配するから、私は泣いちゃ駄目だから……」

 

 そこでジークは、アウラを見ることを止めた。

 毛布を引っつかんで投げつけるように、アウラに頭から被せた。突然のことにアウラは顔を上げて、目を丸くするがジークはアウラのすぐ隣に背を向けて座り込んだ。

 

「……言っとくが、オマエの考えなんてオレはどうでもいい。オレは、オマエが嫌いなんだよ」

 

 ジークはアウラを見なかった。興味が無い。面倒臭くなった。毛布を被せたのも背を向けたのもただ顔が見たくなかっただけだ、そう自分で決定付けて泣いているアウラを見なかった。

 

「だから、好きなだけ泣いてろ。飽きたらさっさと出てけ」

「うん…っ…うん……」

 

 アウラはジークの背に縋るようにして泣いた。ジークは無反応を決め込んだ。

 鉄格子付きの窓から見える満月が、二人を照らしていた。

 

 

 ▼

 

 

「でいじー、でいじー、ぎぶみーあんさー」

 

 アウラから教えて貰ったお気に入りの歌を口ずさみながらバティは実験棟の廊下をとぼとぼと歩いていた。

 

 アウラはどこにいってしまったのだろう。オリビアがいなくなってアウラは傷ついている。だから一緒に居ようと思ったのだが部屋には居なかった。如月に会いに行っているのかと思って実験棟に来てみたがいなかった。

 

 ふと、デイズと出くわした。

 

 厚い強化ガラス越しの空間に鎮座する、実験の核となるIS『アンサング』。無数のケーブルに繋がれコアを露出して、人体解剖図さながらの状態で安置されているそれをデイズは身じろぎ一つせずにじっとそれを見ていた。

 

「……デイズ?」

 

 声をかけるとデイズは無言で振り返った。そして声をかけてきたのがバティだと確認すると顔の筋肉を機械的に動かして微笑む。その笑顔がバティには不気味なものに映った。

 

「何、してるの?」

「アンサングを見ています」

 

 身も蓋も無い答えに戸惑うバティ。デイズは仮面の笑顔のままでこう続けた。

 

「バティは、アンサングが、ISが恐ろしいですか?」

 

 問われて、バティは身体を震わした。アンサングを見る目に怯えが混じっていたことを看破されていた。デイズはその反応を肯定ととったのか「なるほど」と頷いた。その無表情に等しい笑顔から正体不明の「何か」がにじみ出てくるのを感じてバティはたじろき、おずおずと問い返した。

 

「デイズは、……怖く、ない、の…?」

 

 だってもう、仲間は半分以上がアンサングに『喰われて』死んでしまっているのだ。つい先日にオリビアだって死んでしまっているのだ。突きつけられた仲間達の死は少女の心に大きな不安を生じさせるには充分すぎるものだった。それでも、バティが笑っていられるのは姉のような存在であるアウラがいるからだ。

 

「怖い? 何故ですか。ISと繋がることに恐怖を感じる必要はありませんよ」

「……でも、オリビアとか、たくさん死んじゃってるんだよ」

「彼女達は『IS』になりました」

 

 言っている意味が理解できず、バティはデイズを見返す。彼女の表情は変わらず笑顔のままだ。照明の青白い光を浴びて、影を纏ったそれは酷く無機質に見えた。デイズはまるで当たり前のことを告げるように、平坦な声で続けた。

 

 

 

 

 

「彼女達の情報はアンサングのコアに記録されました。それが彼女達の全てならば、彼女達はアンサングの一部となり、ISという存在の一部となった。それは、双方にとって素晴らしく有益なことだと私は思います。まあ、私はそうはなりませんがね」

 

 

 

 

 ――なに、『コレ』。

 バティは、事もなさげに言い放つ目の前の存在に言いようの無い感情を覚えた。幼い彼女には正体が分からなかった。強烈な悪寒。

 今、目の前にデイズが同じ人間には思えなかった。もっと違う得たいの知れない何かのように思えた。

 

「――っ、違うもん!!」

 

 気付いたら叫んで、踵を返して走っていた。正体不明の悪寒に対する子供なり防衛行動だった。バティにはデイズの何もかもが理解できなかった。ただひたすらに否定するしかなかった。

 デイズは眉一つ動かさず、言葉は投げかけた。

 

「バティ、貴方は『どちら』になるんでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 大丈夫。大丈夫だから。

 デイズから逃げるように走りながら、自分に言い聞かせていた。

 ――大丈夫、少しだけ頭が痛いけど、大丈夫。私がみんなを外に出してあげるんだから。

 心の中で誓う。自分がアンサングを制御すれば必要なくなった皆は外の世界に解放されるのだ。そして、アウラは『アイツ』と幸せになるんだ。きっとそうだ。だから自分はもっと頑張らないといけないのだ。

 

 この時のバティは本当そう思っていた。自分ひとりがアンサングを制御して犠牲になれば生きている他の皆は助かると、心の底かそう思っていた。

 

 

 その想いが、彼女にとって致命的な悲劇を産む引き金になるとも知らずに。

 

 

 

 →To the next...

 

 

 

 

 

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