IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】 Unsung Episode 作:オブライエン
奇妙なことに、施設内は異様なほど静かになっていた。
銃声が聞こえない。人の気配がない。あるのは仄かに漂う血と硝煙の臭気、それから破壊の痕と人の死体くらいなものだ。この世のものとは思えないような静寂の中、陰から陰へバティを背負ったジークと如月の二人が移動している。三人はその時、遠ざかっていくヘリのローター音を聞いた。
「……あれは多分、回収班が帰還するヘリだ」
「回収班? 連中、何を回収するってんだ?」
「有用なデータと、まだ使えそうな被験体さ。本部にとって最優先の目的はその二つだった。最初から回収を優先した班を分けて、終わり次第先に撤収させるつもりだったんだろう」
つまり、こうだ。
ここは辺境の研究施設であり、施設とその構成員そのものが持つ脅威度も皆無だ。加えて極秘の制圧任務であるからしてあまり大事にはできない。つまりは動員する人員の数を最低限にする必要があり、そうである以上は必然的に優先順位が設定される。ジークが聞いた歩兵やデイズの言葉と如月が知る情報から考えるに、第一にバティの確保、第二に実験データの回収とすれば、あとの順位は少し考えればはっきりとわかる――すなわち、第三に被験体、第四にアンサングの本体、第五に生き残りの処分だ。
彼らはアンサングの所在に関する情報をまだ得られていないに違いない。とすると実験棟を中心に調べる筈であって、もはやほとんどが死に絶えた施設の所員を丁寧に殺していく手間は尻の方に追いやる筈だ。如月は物陰で施設の構造と歩兵の動きを予測し、彼らがアンサングを探し歩き回ると思しきルートを割り出した。恐らく今なおここに残っている歩兵は五人といるまい。
しかし安心してもいられない。歩兵の数は半分以上に減ったろうが、今なお施設内を徘徊している彼らはつまり探すか殺すの二択でもって動いているわけであって、自分達以外の誰かを見つけたら何の躊躇いもなく撃ってくる連中なのだから。
「俺達は、このまま消されるということだ。全て奪われ、ここ自体も消える。俺達の存在はなかったことになる……いや、上にとっては元の鞘に戻ったと言うべきことなんだろうが……」
如月は音がする方、窓も何もない天井を見上げながら、なんとも言い難い表情をしていた。
「なら……どうするの?」
バティが問うと、如月はぽそりとこう言った。
「アンサングは、奴らが探すような場所には無いんだ。……脱出する手段ならある、ついて来い」
曰く。
この施設には、閉鎖された広大な地下駐車場があるのだという。
元々この施設は大きな医療センターであったらしい。故に器具を運搬する車両や、それこそ救急車などを駐車する場はあって当然ということだろう。
アンサングは、そこに停められた巨大な装甲トレーラーに待機状態になって格納されているのだという。
ジークはアスピナの研究施設にそんな場所があったこと自体初めて知ったし、研究員らが既にそのような準備を終えているということも当然初めて聞いた。どうやら彼らはいずれこうなることを予測し、アンサングに探知妨害処置を施し、作業用ロボットを用いてそのトレーラーに積み込んでいたらしい。このことを知っている者はただでさえ少ない研究員の中でも更に限られ、今なお本部と繋がりの深い者達以外で秘密裏に行っていたとのことだ――慎重に慎重を重ねた結果であるが、まさかそれが本当に功を奏すとは如月でさえ思っていなかったようだが。
「地上に出れば、あとはどうにでもなる。とにかく不意を突いてトレーラーに乗り込むことさえできればこっちのものだ」
「……けどよ、そんなに上手くいくか?」
「上手くいかせるんだ。バティを連れて逃げるんだろ、ジーク」
そのように言われた時、ジークは如月の言葉の狭間から滲み出る違和感のようなものに気付いた。その正体がわからず無言で眉をひそめるジークだったが、ただの思い違いである可能性も十二分にあるため、結局問い質すことはできずにいた。
如月は実験棟を極力避け、施設の外周をぐるりと回るルートを選んだ。それから敢えて死体が転がっている辺り――つまり「制圧が完了した」と向こうが判断される場所を優先的に通過した。ラボ・アスピナには医療センターから研究施設に改築するにあたって、使用されず放逐された部屋もあれば実験の為に大規模な改築を施したところもあり、同じようにその増改築に伴い潰されたブロックも存在する。結果的に消えた通路が幾つもあり、中には現在の施設見取り図には記されていない抜け道というものがあったりする。如月はそれを知っていた。
照明が何も無い完全な暗闇と、血生臭い表の通路。如月は過去と現在の情報を突き合わせ、その向こうに透けて見える第三の経路を選択したのだ。そのおかげで、歩兵の近くを一度も通らずに地下駐車場に繋がる非常階段に辿りつくことが出来た。
地下へと繋がる真っ暗な非常階段には、道筋を示す緑のサイリュームライトが点々と光を滲ませていた。研究員が投じたものだろう。それは階段を降り切った後の地下駐車場にもあった。暗すぎて距離感がまったくわからず、そのライトを頼りに歩いているとまるでこの世ではない場所を闊歩しているような気分になる。
目が慣れてきた時、ジークは広大な駐車場内に転がった数々の廃車を見た。車の墓場だ。既に何人もが死んでいる施設の地下としてはおあつらえ向きかもしれない。
ふとサイリュームライトの光が途切れる時、暗闇の中にうずくまる巨大な影を認めた。
これだ。
それは確かに、まったくもって大きな装甲トレーラーだった。コンテナの部分が一つのISの調整室にも匹敵する。走るだけで下手をすればコンテナ上部が天井を削るかもしれない。だがこれが入るということは、多少なりとも無理をすれば十分外に出られるということでもある。
あの中に、アンサングが、ある。
「ジーク。俺はコンテナの方でやることがあるから、お前はバティを助手席の方に乗せておいてくれ。後、トレーラーの発車準備も頼む」
如月はそういうと、ジークにトレーラーの電子ロックの解除コードを伝え、さっさとトレーラーのコンテナ部分に入っていった。ジークは如月の指示に従いながらも、先ほどから感じるその行動と言動の淵に奇妙な違和感について既に一つの答えを得つつあった。とはいえ確証があるものではない、あくまで妄想めいた印象に過ぎないのだが――
▼
最優先目標が見つからない。
デイズと残った5人の歩兵達は施設内の全ての制圧を完了させていた。が、未だに最優先目標であるバティと確保の対象であるアンサング、処分対象であるジークと研究員一名――如月を発見出来ずにいた。施設外に逃げた形跡はない。というよりも施設周辺には被験体脱走防止用の柵があるので逃げられる外に逃げたところで逃げられるはずがない。
と、すればそれらはどこに消えたのか。いくら探しても見つからないうえ、作戦終了時間も迫り、デイズ達は少なからず焦ってきていた。
正直言って彼女ら、ひいては■■■■にとって一研究者である如月や失敗作であるジーク、そしてアンサング本体の安否はどうでもいい。
アンサングのデータは有用だが、つまる所たかだか『研究段階のIS一機』如き、■■■■にとっては大した価値はない。しかし、バティは別だ。バティのその特異性は■■■■にとって、そして『デイズに取引を持ち掛けてきた存在』にとっても大いに価値がある。故に、回収が失敗すれば自分たちがどういう処罰を受けるか、考えてたくもない。それでは、駄目だ。デイズの目的のためにはこの任務の成功は絶対に必要だ。
「……仕方ありませんね。あまり信用できませんが、ないよりはマシでしょう」
デイズはISのハイパーセンサーを使用して施設内の構造をスキャンした。デイズが今所持しているISはまだ開発段階であり一時移行どころか調整すらまともに行っていない。つまりは、まともな性能など期待出来ない代物だ。その上、操縦者にかかる負荷はアンサングと大差ない。高負荷で性能も期待できないものなど使いたくもないが、そんなことを言っていられる状態でもなくなってきていた。
施設内をスキャンしている中でデイズは違和感を覚えた。自分が記憶している施設内の構造と実際の施設の構造が異なっているのだ。見取り図にはなかった通路がいくつも存在している。そこで、デイズは思い出した。この研究所は医療センターを大幅に改造して作ったものだということを。ある可能性がデイズの頭に浮かび、それを確かめるために近くにいた歩兵にデイズはこう言った。
「この研究所の元になった医療センターの見取り図はありますか?」
▼
「――ちらで、何とか制御を試みているが、長くは持たない、誰かこの通信を聞いている者がいれば救援を求む! 至急、救援を、……」
ぷつん、と通信を切って、装置を破壊する。
トラクターのコンテナ部分はISの調整室としての機能を持っており、通信機器も搭載されている。如月はそれを使い研究所の通信機を経由して本部へ偽りの救難通信を行った。
最後のペテンがこれで終わりだ。
せめてもの抵抗だった。これで公的には実験中の事故として残ることだろう。よもや■■■■がありのままのことを記録に残すとは思えないし、だったらせめて事態を隠匿する口実くらいはくれてやってもいい。
これであとは、最後の仕上げを残すだけだ。
「おいドクター、何してんだよ」
気づけば、ジークがコンテナの入り口に立って、怪訝な目で如月を見ていた。如月は振り返ると一気にまくしたてるようにジークに言い聞かせた。
「発車準備出来たなら早く出せ時間はないぞ。車の運転はできるな? 外へ繋がるゲートもこのトレーラーならぶち破れるだろう、外に出たらフェンスがあるがそれも問題にならない筈だ」
ジークはふと、だがはっきりと気付いた。
――おい、
「外に出れば廃墟の街になる。とにかく南へ行け。南に行けば大きな町がある。しばらくそこに身を隠すのが得策だろう」
――待てよ、まさか、
「ドクター」
ジークは、頭の中に浮かんだありのままの質問を口にした。
「アンタまさか、ここに残るつもりなのか?」
そうだ。
先程から感じていた違和感の正体は、これだ。如月の物言いは、如月自身が「そこにいない」ことを前提とした上での言い方だったのだ。
バティを連れて逃げる、地下駐車場でトレーラーを手に入れる、それから外に出てひたすら南へ走る――そうした脱出のプロセスのどれにも、如月自身がどこにもいない。それは異様な感覚だった。そして、強烈な不安を煽り立てる違和感でもあった。ジークは思う、何故だ、何故あんたが「そこ」にいない?
ジークの問いに対し、如月は答えを躊躇うかのように口を噤む。
「……おいっ!」
対する如月の声は、ひどく落ち着いたものだった。
「俺は、ここに残る」
はっきりと意思を孕んだ返答。
ジークの頭が、一瞬、真っ白に染まる。
「待てよ。……おい、待てよ。なんだよそれ、どういう意味だよ!?」
「そのままの意味だ、ジーク。俺はこのまま施設に残って、お前達を逃がす」
「だからそれがわかんねえって言ってんだよ!」
わけがわからなかった。混乱と焦りが混ざりジークの語尾が荒げられるも、対する如月はどこまでも落ち着いていた。もう何を言ったところで揺らがないような、そんな強い確信が彼の中にあるように思えた。
「このまま逃げるだけなら簡単だよ、確かにな。けどな。逃げ続けられるかどうかっていうことに関して言うなら、それは別問題になる。兵士がどこを探してもアンサングを見つけることができなかったらどうなる? 簡単だ、生き残りが機体を持ち去ったという結論にあっさり行き着く。逃げた、ということをわざわざ白状してやるようなものだ。違うか?」
ジークは言葉も無い。だが事実その通りだった。機密事項そのものとも言えるIS一機を持って逃げたという事実がはっきりとわかれば、■■■■がこちらを探す目は途切れることなく付きまとうだろう。そして一旦そうなってしまったが最後、たった三人ごときがどこまでも逃げおおせられる道理は無いというものだ。この逃亡劇は、それ自体が今後にまで続く大きなリスクを孕んでいるものだった。ジークは勢い込んで如月に喰ってかかる
「でもよっ! でも……じゃあ、アンタは残って何をするって……!?」
「実験棟の起動実験室に実験用のジェネレーターが取り残されている」
如月は、はっきりと言った。
もうここまでくると、ジークにだって次ぐ如月の言葉を想像できない筈がなかった。
如月はそれでも微笑さえ浮かべこう言った。
「準備は出来ているんだ。ジェネレーターをオーバーロードさせて、この施設を吹き飛ばす爆発を起こす」
「……っ!!」
「それ以外に手は無い。この施設を『事故』でアンサングと残された被験体ごと潰れたと思わせるんだ。ジェネレーターの核になっている物質は重度の汚染物質だ。爆発すれば、向こう数年は汚染で人が立ち寄ることすらできないだろう。アスピナとアンサングはそれで、本当に記録から消える。……お前達が逃げて生き延びるには、これが最善の方法だ。どうだ?」
どうもこうもない。
ジークは理解できなかった。この男は死のうとしている。尊い自己犠牲という奴だ。このまま三人でトレーラーで脱出すればそれで事足りるというのにも関わらず、だ。だが、頭の中の冷静な部分が如月の判断が正しいと感じているのも事実だ。少しでも気取られれば全て終わる、そんな綱渡りのような状況に自分達はいる。だが――。
ジークのこうした困惑は、恐らく感情の部分によるものなのだと思う。合理的に、自分の損得だけを考慮して考えるのであれば、如月の案は正しいようにも思える。
だが、バティはどうなる。アウラを失った事実を知り、なんとかその悲しみから立ち直った彼女はどうなるというのだ。これ以上、また何かを失えというのか。
「なんだよ……そりゃ」
わかっている。ここで悠長にやっている暇はない。
だがジークは、溢れ出る感情を制御できなかった。
「なんだ、そりゃあ! オレは……オレは、そんなの許せねえぞ! だってまだ終わってねえんだろ!? アンタにはまだやることがある筈だ、なのに!」
「これが、……俺の、やることだ。俺が最後に出来る、たったひとつの方法なんだよ、ジーク」
不思議なほどに落ち着いた如月の声。それが無理やりに震えを抑えた上でのことだと気付くのは、そう難しいことではなかった。
その顔にはまず、恐怖があった。もしも実験棟に辿りつくまでに歩兵に射殺されたら、せっかく固めた覚悟も無駄になる。失敗することへの危惧と、どちらに転んでも自分自身は死ぬということへの恐怖。大人も子供もなかった、ただ、怖い。引き攣りそうになる表情筋を必死で制御し、やせ我慢の微笑すら浮かべてみせる、意地が剥き出しの顔だ。ライフルを握り締める汗ばんだ手は、まるで底から湧き出てくる恐怖の震えを押さえつけるように、過剰なほど力が入って白くなっている。
挫けてしまおうか。
このまま三人で逃げてしまおうか。
そんな選択肢すらあるこの瞬間、如月は自分の生存を拒絶した。どうしたって怖くて仕方がないに決まっていた。だが如月にとっては、自分自身が死ぬということよりも、バティとジークが死ぬことこそ最も恐ろしいのだ。
「このまま行かせてくれ。もう一度バティの顔を見たら……お、俺はもう、行けなくなるかもしれない。頼むよ……最後くらい、恰好つけさせてくれ……」
ジークは今度こそ完全に言葉を失う。如月は一歩踏み出し、ジークの肩を掴む。
服越しに確かな温もりと、如月の想いを感じた。
ほんの僅かな間だった。如月はジークを押しのけてコンテナから出ていく。ジークはもう、止めなかった。
「――すまないな。バティを頼む」
一歩を踏み出す。如月は施設内部へ。ジークは最後に如月に何かを口を開こうとした。その瞬間、
――何かが、轟音と共に地下駐車場の天井を突き破り、トレーラーを踏み砕いた。
▼
「これでようやく目的達成ですね」
爆発炎上するトレーラーの中でそう呟いたデイズは、その身に異形のISを纏っていた。東洋の鬼を想起させる天を衝く二本の角を持ったヘルメット。黒曜石のような透明感のある美しい漆黒の全身装甲。ISには珍しく翼(ウィング)がなく、フレキシブルブースターと長方形の突起があるだけの背部。工業的な凹凸が残るフォルムはまだ碌に調整も終えていない証拠だろう。
そのISの名を『ベナトナシュ』という。アスピナでの実験で得られたデータなどを元に■■■■が開発している新型第三世代ISである。
「これで、このベネトナシュは私の物だ」
デイズは自身が右腕に抱えている意識のないバティに視線を向け、ヘルメット中で笑みを漏らす。
取引の一つで、バティを差し出す代わりにベネトナシュはデイズの専用機となることになっている。後は、バティを連れて帰ればデイズの目的は達成される。居場所は分かった上、脱出用の足であるトレーラーも潰した。後の始末は歩兵に任せようと決め、デイズは自分が開けた天井の穴から外へ出ようと飛んだ。
その瞬間、爆炎の中から伸びてきた黒い腕がデイズの右足を掴んだ。
「むっ」
「ぅらぁぁあああああ!」
黒い腕はデイズを床に叩き付けようと力任せに振り下ろす。しかし、デイズは咄嗟の事態にもなんなく対応した。
掴まれていない左足のスラスターを吹かして、右足を掴んでいる黒い腕を蹴り上げる。腕から逃れたデイズは蹴りの勢いのまま、回転しながらその場から大きく後退する。
「おやおや、誰かと思えば……」
黒い腕の正体は、ベネトナシュと似た姿をした異形のISだった。
猛禽を想起させる鋭い形状のヘルメット。黒よりもなお黒い、ベネトナシュの美しい光沢のある黒ではなく光沢もなにもない艶消しの漆黒の全身装甲。明らかに防御のことを考えていない最低限の厚みしかない装甲。贅肉を極限まで削ぎ落としたフォルムでありながら唯一厚みをもった腕部。そのISの名前は、『アンサング』。この場所、アスピナで開発されたISだ。それを使える人間は今この場では一人しかいない。
「実験でボロボロの体で戦おうとは、死にたいんですか『ジーク』?」
「黙れ。バティは返して貰うぜ、デイズ!」
アンサングを纏ったジークは踏み込むと同時に物理ブレードを二本展開、握ると同時に振り落す。デイズは左手に銃と剣が一体化している武器『ガンブレード』を構築、落雷じみた速度で振り落さるジークの斬撃を受け流す。ジークは踏み込みの勢いのままデイズの脇を抜けていく。それを追ってデイズが振り返った時にはすでにジークが地下駐車の壁を蹴って加速と同時に方向転換を行い、再びデイズに向けて突撃してきていた。
「中々、」
デイズは加速の勢いを乗せた斬撃をなんなく切り払う。ジークは切り払われた勢いを利用して、体を一回転させてバティを抱えれているせいで死角となっているバティの右半身へ回転切りを放つ。回避も防御も不可能と判断したデイズは盾にするようにバティの体をジークの斬撃軌道に置いた。
「んなっ!?」
ジークは獣じみた反射速度で、ギリギリ力づくに自身の斬撃を止める。だが、そんな致命的な隙をデイズが見逃すはずもなかった。脚部スラスターを利用した高速の蹴りがジークに叩きつけられる。
「がふっ」
「お互い苦労しますね」
ゴムボールのように吹き飛び、並ぶ廃車を幾つも蹴散らしながら転がっていくジークを尻目にデイズは現状を再確認する。
現状ではジークもデイズも全力を出せない。バティを巻き込む可能性がある限りベネトナシュとアンサングの最大の武器である高速機動を行うことが出来ない。ISの全力機動は音速をゆうに超える。そんな速度で狭い地下駐車場の中で動きまわれば中にいる生身の人間は衝撃波でバラバラにされることだろう。
(ですが、ベネトナシュに新たな実戦データを蓄積させるには好都合と言える。ならば、)
ベネトナシュの完成に一番不足しているのは戦闘経験だということをアスピナの実験に参加してきたデイズは知っている。故に、制限が設けられた限定空間での戦闘は珍しい戦闘データとして有用だ。この戦闘はデイズにとっては幸運な出来事であり、全力で行うべきものである。
廃車の中からジークが這い出てきたのを確認したデイズは、バティを天井に向けて放り投げた。
「テメェ!!」
「本気でいきますよ」
ジークは激昂して、デイズへ斬りかかかり、デイズもガンブレードを構え直して迎撃態勢をとる。
お互いの間合いに入り、先手を取ったジークの胴薙ぎの一閃がデイズに襲い掛かる。デイズは足裏のスラスターを全開で吹かせて体を縦回転させ、回避と同時に爪先でジークの顎を蹴り上げた。
「がっ、ッッオラァ!」
ジークは大きくのけぞりながらも、無防備に背を見せる体制になっているデイズに突きを放つ。しかし、デイズは人間離れした反射神経と身体操作で縦回転を横回転に変えて、回避と同時に回転切りをジークの側頭部に叩き付けた。
ヘルメットの右半分が砕け、ジークは地面に叩き付けられる。デイズは回転切りの勢いのまま一回転しながら落下してきたバティをキャッチし、そのまま地面に倒れるジークを串刺しにしようと突きを放つ。なんとか、それから逃れようとしたジークだが、顎と側頭部への強烈な一撃によって脳震盪を起こした体はまともに動いてはくれない。
(しまっ、避けきれねぇ!)
デイズのガンブレードは容赦なく人体を貫いた。飛び散った返り血を浴びたデイズはヘルメットの下で不愉快そうに顔を顰めた。
「――余計なことを」
「…えっ……………」
ジークは、目の前で静止した(・・・・・・)ガンブレードを呆然と見つめ、降り注いでくる血(・・・・・・・)を浴びながら、間抜けな声を漏らした。
「なっ、にしてんだよ……ドクタァァアアアーーーー!?」
「ふんっ」
絶叫が地下駐車場に木霊した。二人の間に割って入り、ガンブレードで胸を貫かれた如月をデイズはまるでゴミでも捨てるようにガンブレードごと放り出す。
放り捨てられた如月にまともに動かない体を引きずるようにして向かうジークの姿を見て、デイズは自身の中に珍しく灯った熱が急速に冷めていくのは感じた。
なんだ、これは。
せっかくの貴重な実戦と楽しみがあんな研究員一人の無意味な行いのために台無しではないか。それにあのジークの情けない姿はなんだ。たかだか目の前で人が一人死んだ程度で折れてしまうような闘志だったのか?
興が削がれたどころではない。最早戦闘の続行は不可能だ。あっけ無さすぎる結末にデイズは、彼女としては酷く珍しく投げやりな気分になってしまった。
「――もういいです。二人まとめて虫のように潰れてください」
デイズは再びガンブレードを構築し、天井に向けて引き金を引いた。施設が倒壊し、地下駐車場が完全に瓦礫で埋まるように計算して柱と天井を破壊した後、デイズはもうジークには目もくれず、バティを抱えたまま破壊した天井から脱出していった。
▼
「ふざけんな! オレは……オレは、まだ許してねぇぞ! アンタだけ先に楽になろうってのかよ! そんなのずるいじゃねぇか!」
崩壊する地下駐車場の中、なんとか如月の元に辿りついたジークは、如月を怒鳴りつけ、その体を揺さぶった。もう手遅れだということには気づいていた。アンサングのハイパーセンサーが如月の生命反応が急速に小さくなっていくのを察知していた。それでも尚、如月に呼びかけるその姿は縋っているようにも見えた。
「……なぁ、……ジー、ク…一つ……聞い、て…いいか……」
「なん、だよ?」
それは、恐らく明確な答えを求めての質問ではなかった。
「…俺、の…やって、きたこと…に、意味は、あった…かな…?」
ジークは少しだけ考え、応えた。
「わからねぇ。そんなの、オレが決めていいことじゃねぇ。……でもな、」
どんどん冷たくなっていく如月の体を――「別れ」の時を感じながら、ジークは何より確かなことを告げた。
「オレはアンタのことは、嫌いじゃなかったよ――――『父さん』」
如月が、少しだけ笑ったように見えた。
ああ。死ぬというのは、こういうことなのか。
この期に及んでやっとそれを実感できたことが歯痒かった。もっと早くにこれを知れていれば、死んでいった子供達へも違った感情を抱けたかもしれないのに。
――俺は、正しいことを出来ただろうか?
自分自身への問いが、頭の中に浮かんでは消える。
思う。ジーク、辛い役を押し付けてしまってすまない。
思う。バティ、怖がらなくていい。お前のことはジークがきっと守るから。
思う。アウラ、カルナ、デイズ、エルザ、フィオナ――みんな。すまなかった。
思う。今はもう死んでいるアスピナの研究員達。俺は、望む通りのことができただろうか?
思う――俺のしたことに、「意味」はあっただろうか?
その答えは、誰にもわからないことなのだとも思う。胸を張って誇れることなどなに一つなかった。焦がれるほど望んだ、世界に名を残すような結果にもならなかった。もはや何が正しいのかもわからなくなり始めていたし、もしかすれば何一つ正しいことなどしていなかったのかもしれない。自分は、弱い人間だ。死に瀕した今でさえ心の中には臆病な光があると思う。ただ、そこで思い出されるのはバティの言葉だった。
――――ずっと一緒にいてくれて、ありがとう
そうだ。多分、間違ったことしかしちゃいなかった。だが、研究者でなく、如月という一人の人間として。
――せめて、あの「ありがとう」に恥じない大人になりたかったんだ。
▼
雪が降り積もる中、『ラボ・アスピナ』が崩壊していく。
実験棟も。
遊戯室も。
ライブラリも。
ジークとアウラが一緒にいた、あの部屋も。
そして、アウラ達の脳と脊髄を保管していた解剖室も。
デイズはそれを少し、離れた場所で眺めていた。近くには回収部隊のヘリが止まっており、歩兵達が最後の撤収準備を行っている。数年間過ごした場所が消えていくというのにデイズは何も感じなかった。今までも何度か見てきた光景だったからもあるだろう。
「我々で最後だ。帰還するぞ『D』」
「ええ。了解です」
声をかけてきた男に抱えていたバティを預け、デイズがヘリに向かおうと研究所に背を向け、一歩踏み出した瞬間だった。
――――上空から隕石じみた速度で降ってきたアンサングがヘリを真っ二つに切り裂き、爆散させた。
「これは、」
「なんだ、何が、」
最後まで言うことは許されなかった。
ジークが投擲した一本の物理ブレードがバティを抱えていた歩兵の頭を貫いた。衝撃で吹き飛ぼうとする歩兵の腕からバティの身体が離れ、雪原に投げ出せれようとする。ジークは、バティの落下速度よりも速く(それでいてバティに怪我を負わせない速度)動いてバティを受け止め
「はは」
ようとしたとこで、ベネトナシュを展開したデイズがガンブレードで斬りかかった。ジークは歩兵の顔に突き刺さった物理ブレードを引き抜き、ガンブレードを迎撃する。二本の剣が金属音と火花を上げて激突した。それと同時にデイズがバティをキャッチし、顔のほとんど失った歩兵の体が小さな音を立てて雪原に倒れた。
「デェイズゥゥ!!」
「いい顔になりましたね、ジーク」
火花を上げながらせめぎ合うブレード越しに睨み合う二人。ヘルメットの右半分が割れたことで今は直にジークの表情を見ることが出来た。怒り狂った獣のような、今にもこちらの急所に喰らいついてきそうな程の怒りと殺気に満ちは溢れた表情だった。デイズは直感する。先ほどとは比べ物にならないほどに上物だと。
再び、いや、先ほどよりも遥かに大きな熱が自身の中に灯るのをデイズは感じた。
デイズは、大きく後ろに跳躍し、距離を取ると雪原にバティを放り出し右手にもガンブレードを構築する。怒りにかられたジークが襲い掛かろうと身を屈める。デイズはそれを静止するように語りかけた。
「待ちなさい、ジーク。お互いバティが近くにいると思うように戦えないでしょう? ここは一端場所を変えましょう」
そう提案し、デイズは戦場を変えるべく空に向かって上昇を始める。ジークもそれを追おうと飛翔した所で、デイズは「ああ、そうだ」まるで今唐突に思い出したから一応伝えておくと言わんばかりに、真実をジークに告げた。
「言い忘れていましたが、アウラが死にバティが心を壊したあの暴走事故を仕組んだのは私です。有益なデータをとるために暴走すると分かっていてアウラにリミッターの解除方法を教えたんですよ。まぁ、あそこまでのことになるとは思ってはいませんでしたが」
言い終えるのと同時に急上昇し、灰色の雲の中へと消えた。ジークはゆっくりとデイズの言葉を咀嚼した。
己の中で燃え上がっていた感情が一気に爆発し、奥底からマグマのような熱くドロドロとした感情が湧き出てくるのを自覚した。
自然と、口角が吊り上がり三日月のような歪んだ笑みを口に浮かべた。視界がぐらつく、頭の裏辺りがチリチリと痛む。喉が焼け、手が震え、肌が泡立ち、血が沸騰する。そして、一気に一つの決意のようなものが頭の中を埋め尽くし、声となって漏れた。
「――殺す」
▼
分厚い灰色の雲を抜け、遮るものが何一つない大空へとデイズは飛翔した。まるで宇宙が剥き出しでそこにあるかのような美しい星空がそこに広がっていた。遥か下方からISが迫ってきているのをハイパーセンサーが察知する。旋回して体を下方に向けて、照準。
遥か下方にいたはずの敵が、その時すでに間合いにいた。
「さぁ、始めましょうか」
灰色の雲の中蒼のアイセンサーが尋常ならぬ速度で残光を引く。デイズは空中で巧みにスラスターを制御して、見えた方角にカウンターの連射。マズルフラッシュが閃き、灼熱した弾丸が無数に目標に殺到する・
ジークはそれを、無茶苦茶なジグザクの空中機動で回避する。何発か撃ったところでデイズはベネトナシュの射撃システムに違和感を覚えた。
(照準補正が悪い上に致命的に遅い、所詮は調整前の機体ですか)
デイズは射撃は無意味と判断して、格闘戦に思考をシフトする。その時にはすでにジークが自身の間合いにデイズを捉えていた。物理ブレードを上段から振り落す。精緻な技術などかけらもない、ただの感情任せな一振り。デイズは身をひねりながら後方に下がって回避。
「らぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ジークは踏み込みながら二本のブレードで出鱈目な連撃を放つ。その一撃一撃が音速を超えた速度だった。代表候補生クラスの操縦者であっても何も出来ずに圧倒されていたことだろう。だが、デイズはそれを悠々と回避あるいは防御し続ける。
「どうしましたジーク? 真正面からの連撃とは貴方らしくもない、まるで獣だ」
「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
地下駐車場の一戦ではバティがいたために出来なかったが、本来のジークはアンサングの敏捷性を利用して相手の死角に常に入り込み相手の反撃すらさせずに圧倒するという戦法を得意としている。そもそもIS適正が足りずにアンサングを制御出来なかっただけで、こと単純な「戦いの才能」ならジークはアスピナの上位個体達と比べても引けは取らない。
が、今のジークにはそれらの片鱗を見る事すら出来ない。ただ怒りに任せて攻撃を繰り返しているだけだ。だが、
(だが、それでいい。私が超えるべきは技術ではなくこの気迫だ)
デイズはVRシュミレーションでは感じられない本物の殺意と殺し合いの空気を肌に感じて、彼女としては珍しく口元に小さな笑みを浮かべた。
デイズは連撃の間の一瞬の隙をついて、全力で真後ろに飛んだ。ジークも全速力で後退する敵を追撃するべく、全力で加速した。
その瞬間だった。全速力で後退していたはずのベネトナシュが一瞬の停止も減速もせずに同程度の速度でいきなり突撃してきた。
不可能機動。
性能的に、各機関や操縦者の安全的に、いっそ物理的に不可能とされる運動慣性を明らかに無視したマニューバ。それは、ISという兵器の性能に加え、アンサングと同様に敏捷性を極限までに追及されたベナトナシュの力と、26人の被験体の中で最も空戦技術を得意としていたデイズの技術が合わさって可能としたまさしく神業。いや、もはや悪魔の所業、魔技である。
「ッッ!?」
「空戦で私に勝てるとでも思っていたんですか?」
完全に出鼻を挫かれたジークの両肩にデイズのガンブレードが振り落された。ベネトナシュの悪魔的な加速力が上乗せされた強力な一撃がアンサングの肩部の装甲を粉々に砕き、その体を大地に向けて叩き落とす。錐揉みしながら落下するジーク。
あまりの激痛で視界が眩み、平衡感覚が狂いどちらが上も下かも分からない。高速で迫る大地。ジークはその中、見た。追撃を加えようと接近してくるデイズの姿を。
ジークはISが持つ慣性制御機構――PICと各種スラスターを駆使して落下慣性を強引にねじ伏せ、崩れた体勢のままデイズの脳天に向けて、カウンターの突きを放つ。意表と隙をついた一撃。
が、デイズは再び慣性を無視した不可能機動でそれを回避した。速度を殺さず鋭角に真横に移動したベネトナシュの背部装甲が展開する。長方形の突起が巨大な腕へと姿を変える。
副腕機構。
それがベネトナシュに搭載された特殊機能である。操縦者に腕が増えるという強烈な身体的違和感を産むことからIS開発初期時代に開発が凍結されたシステムだが、最高クラスの適正値とISとの親和性を高めるために脳の一部と神経系を機械化された体を持つデイズはそれをなんの問題もなく操った。
巨大副腕が振り落され、指の代わりになっている物理ブレードがアンサングの装甲をヒビを入れ、その体を木の葉のように吹き飛ばす。ジークはそのまま雪山の中腹部分に墜落した。気づけば山脈地帯にまで飛んできていたらしい。
「がっっっっっっっっっっっっっっ!!」
墜落の衝撃で雪山にクレーターが形成され、深く積もった雪とその下にある土を巻き上げ、視界を白と黒が染め上げる。あまりの衝撃に一瞬意識が飛び、肺の中にあった空気が全て吐き出される。衝撃のまま何度もバウンドしながら雪山の側面を数百メートル転がされていく。
だが、背筋に冷たいものを感じてジークは飛びそうな意識に活を入れ、地面にブレードを突き立てながら急制動をかけて体制を立て直して、痛む首に力を入れて上を向かせる。
――その瞬間、追撃をしかけてきていたデイズの膝がジークの顔面に突き刺さった。
半壊していたヘルメットが完全に砕け散り、再び吹き飛ばされ雪山を転がせられる。そのジークの姿をデイズは副腕を格納しながら憮然とした態度で見つめる。
「もう終わりですか、ジーク? もう少し頑張ってください。でないとバティは本部で再び非人道的な実験に参加させられることになりますよ、いいんですか?」
「っっっ!? ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」
咆哮を上げて、ブレードを杖にするように震える足で立ち上がるジーク。そのジークか自身へ向けて発される肌を貫き、真実痛みを発生させる殺気を感じ、思わず歓喜の声を上げた。何度も挑発をし、ジークの怒りと憎しみを戦いの中で育てた甲斐があった。今のジークを逆に喰らえば自分は新たなステージ(・・・・・・・)に上ることが出来る(・・・・・・・)。
「いいですよ、ジーク。それでこそだ。貴方のその強靭な意志と怒りを喰らい、踏み台にし、私は更なる高みへと昇る!」
同時刻、二人の戦闘で生まれた衝撃が頂上の付近の雪を崩し、雪崩を発生させていた。雪崩の地響きが響き中、二機の最速の名を冠する漆黒のISが同時に駆け出した。一瞬で音速を突破し、激突する。
記録に残らない存在しないもの同士の戦いが一つの終わりを迎えようとしていた。
一秒の密度が常軌を逸していた。
速さ以外の物を全て削ぎ落とした二機。もはや他の全てを遥か後方に置き去りする速度でショートレンジの攻防を繰り返している。追い追われ、崖を突き抜け、雪を蹴散らし、岩を薙ぎ払い、破壊と共に交差する。二機を中心に風圧が逆流し、撹拌され蒸発した雪が水蒸気となり辺りを水煙で真っ白に染めた。双方が速すぎて互いのシルエットを一秒も捉えられなかった。極限まで引き絞られた反射で追うのは、アンサングとベネトナシュの姿ではなく、もはやセンサーが捉えた反応であり音源の残滓であり、アイセンサーの残像であった。
コアの幾百幾千もの予測演算と戦術データを脳で受け止め、人口心臓が激しく鳴動し、人工血管を通して全身に高純度の人工血液を流し込み肉体を活性化させ、PICで殺し切れなかったGを強化筋肉とカーボンフレームで補強された骨格が受け止める。
音が追いつくような次元の話ではなかった。吹き散らされた雪が地面に落ちる頃には二機はもう何百メートルも駆け抜けており、轟音が大気を揺らす時にはその音より二手も三手も先の攻防を繰り返している。
「ジィィックぅ…!」
「デェイズぅぅっ!」
限界まで絞られた神経の中、二人は呻き声のような叫びをあげる。
猛然たる競り合いの中で余計なものが剥がれ落ちていく。ISを動かす思考だけが先鋭化されていく。見えるのは目の前の敵であり、因縁だ。
ばちん、と弾かれたように飛び退くデイズ。
互いが速すぎて決定打を叩き込めない神速の攻防の中、その均衡を破るべくデイズは銃口を自分たちの頭上へ向けて、引き金を引く。吐き出された銃弾は二人のいた崖の上方を崩し、岩雪崩を引き起こす。デイズはなんの躊躇もなくその岩雪崩の中に飛び込んだ。ジークもそれを追って岩雪崩の中に飛び込む。
「さぁ、ついてこれますか?」
「逃がっすかぁぁぁあああ!!」
デイズは落石を回避、あるいは蹴って方向転換と加速を行いながら上昇していく。対してジークは回避も方向転換も行わず、一直線に進む。落石をブレードで斬り払い、あるいは激突しながらも衝撃を強引にねじ伏せてデイズを追う。
突如、切り払おうとした目の前の落石が突然砕け、大量の礫となってジークに降り注いだ。デイズがガンブレードで狙撃したのだ。ジークは避けることも防ぐことも出来ずにもろに大量の礫を全身に受けた。
「がふっ」
あまりの衝撃にたたらを踏み、ブレード握る両手が宙を泳ぐ。音速を超えた速度で動く二機にとって落石であっても十分な武器となりえる。その隙を逃すわけもなく、反転したデイズが落石の間を縫うように追い抜き、ジークへ迫った。
「終わりだ」
相手を串刺しにせんと、最速全力の突きを放つ。
反撃の手段は、ジークにはない。
二本の腕では。
刹那、ジークを串刺しにせんと突き出されたガンブレードが、中心で斬られ、刀身が宙を待った。
――まずいっ!
背筋が凍るような悪寒を感じてデイズは全速力で身を伏せる。黒が渦を巻いてデイズの紙一重頭上を通り過ぎ、ヘルメットの二本の角を根元から刈り取る。一瞬でも身を伏せるのが遅ければ、角ではなくデイズの首が飛んでいただろう。
斬られた、何故だ、瞬間に生じた高エネルギー反応は確かにレーザーブレードのもの、ならばまさか、
見上げる。目の前に見えるアンサングの姿。それは、どういうわけか『腕を四本持っていた』
デイズは驚愕した。ベナトナシュはアンサングの実験データを元に開発されているISだ。当然元になった機体であるアンサングもベナトナシュと同じように副腕機構を搭載している。だが、それは操縦者に途轍もない負荷をかける機構であることに変わりはない。それを扱ったというのか?度重なる実験と今もなお続く戦闘でボロボロになった身体で、最低位の適正しか持たない『Z』であるジークが――!?
至近距離、漆黒の身が奔る。二閃四撃。四脊を有する怪物が、ベネトナシュに襲い掛かる。
半ばで斬られた左のガンブレードと健在の右のガンブレードで、自分の首を刈りにきた二本の物理ブレードを弾く。が、残りの二本のレーザーブレードには手が回らない。二閃の光刃がベネトナシュの両手首を切り落とす。
「っっくっ!」
「逃がっすかってんだ、クソヤロォォォ!!」
武器を失ったデイズは再び全距離で落石の間を縫うように急上昇して、逃亡をはかる。ジークは、迫りくる落石を全て四本の刃で切り捨て、最速最短ルートを全力で駆けてデイズに迫る。
頭が割れるように痛む。脂汗が滝のように吹き出す。耳の奥がきぃんと鳴る。毛細血管が破裂して涙腺と鼻腔から粘ついた血が垂れる。視界が狭まり赤く染まる。四腕操作は、ジークの体を極限まで酷使していた。 恐らく、数秒で限界を迎えまともに動けなくなるだろう。
岩雪崩を抜け、崖から飛び越え、再び空へと飛び出した。デイズの背はもう目の前にあった。四本の刃をその背に叩き込む。これが最後の一撃。これで仕留めきれなければ――――
「――惜しかった、ですね」
刹那、暴風と漆黒が渦を巻き、斬撃を弾き飛ばし、アンサングの副腕をもぎ取った。
デイズは、四本の刃が背に叩き込まれようとした瞬間、副腕を展開すると同時に瞬時加速旋回(イグニッション・ターン)という高等技術を駆使し、高速旋回しながらその速度を乗せた一撃でジークの斬撃を弾き飛ばし、副腕を二本纏めてもぎ取ったのだ。だが、それでデイズの攻撃は終わらない。旋回し、ジークと正対したデイズは自身の体と副腕を引き絞られた弓のようにしならせる。
「残念ですが気力だけでは――――」
「くっっ」
ドンッッッ!! という空気が破裂する音が響いた。
瞬時加速によって一瞬で最高速まで加速された踏み込みで放たれた巨大副腕の貫手は、それを受けようとした二本の物理ブレード粉砕し、ヒビの入ったアンサングの装甲を突き破り、ジークの体を腹から背へ貫通した。
「勝敗は変わらない!」
ジークの身体はデイズを間合いに捉えた時すでに限界を迎えていた。故に、最後の一撃には速さも力もありはしなかった。そんな攻撃デイズにとっては防ぐことは容易だった。そして、その結果が今の状況だ。
「ですが、貴方には本当に感謝していますよ、ジーク。この戦いは私にもベネトナシュにも最高の経験となった。これで私達は更なる高みへと昇ることが出来た」
ベナトナシュの副腕に串刺しされたジークにデイズは微笑みと礼の言葉をかける。だが、ジークはその声がもうほとんど届いてはいなかった。
ジークは消え行く意識の中ただ茫然と砕け、宙を待っている物理ブレードの刀身を見つめていた。
意識が暗闇の中に沈んでいく。身体から力が抜けていく。腹の傷から血と共に命が流れていくのを感じる。終わる。後数秒でジークの意識は溶けて消える。ならいっそ、目を閉じて諦めてしまえば――――
――――“バティを、お願いね”
「――――――――――――――――――――――――あっ」
お前は何を託された?
お前は何を失った?
「あっああ――――」
――――“バティを泣かしたら、怒りますよ”
誰のおかげでここまでこれた?
何を守ると誓った?
「ああ、あ―――――あ」
――――“すまないな。バティを頼む”
何を犠牲にしてここまで来た?
誰と共に生きると誓った?
何を貫こうと思った?
「ああっ――――ぉ」
そうだ。
だからこそ、守らないと。
全ての敵から、彼女を苛む絶望から、この理不尽で無慈悲な世界から、彼女を守るのだ。
全てを奪われ、自分の生きる意義を失い、本当に生きることに絶望した少女。
互いの命しか確かなものを持たなかった彼女が―――――
―――――“わたし、は、いきていて、いい、の?”
―――――いつか、また心から笑って生きられるように。
その為に、デイズ(オマエ)は邪魔だ。
「お―――――おお、オ―――――」
―――――失せろ。
オマエが存たままだと、バティは二度と笑えない―――――!
「オオオオオオオオオぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――!!!!!!」
自身の身体を貫くベネトナシュの副腕を両手で掴み、握りしめる。装甲がメキバキと軋みを上げて潰れてひしゃげる。前へ踏み込む。宙を舞うブレードの刀身を歯で掴み取り、
「なっ、まだ―――!?」
「あぁああああああああああああああっ!!」
一閃。
煌めく白刃は装甲とヘルメットの間を抜け、デイズの喉を切り裂いた。
「が、ヒュ――――」
鮮血が吹き出し、気管から空気が漏れる。ジークとデイズの視線が交差する。デイズはその時、『死』を感じた。
目の前にいる男はデイズにとって自分に迫る『死』そのものだった。
喰われると思った。
自分は目の前の怪物に喰われ、この世界から消えるのだと本能で感じ取った。
瞬間、正体不明の感情がデイズの中で爆発した。
「―――――――――――――――っっっっっっっっっっっっっっ!!」
声にならない絶叫を上げて、デイズは全力でジークを蹴落とした。
衝撃で握り潰されていた副腕が千切れ、支えを失ったジークは落下し、二人の戦闘の余波で発生していた雪崩に飲み込まれて姿を消した。
「がふッ、ゴヒュ――」
いくら口から酸素を取り込もうとしても全て喉の傷口から漏れていってしまう。しかも動脈を斬られたのか出血も酷い。
デイズは、肩で震わせながら必死になって切り裂かれた喉を押さえて出血を抑え、体内の血流を操作して脳に酸素を送る。
(まずいまずいまずい! このままでは本当に死ぬ! 早くバティを連れて帰還し治療を受けなければっ!)
ISの操縦者保護機能と強化人間として能力があったとして長くは持たない。どの道あの状態で雪崩に呑まれて生きていられるわけがない。ジークの死体とアンサングの回収は改めて回収部隊を送れば済む。デイズはそう判断して、一心不乱に置いてきたバティの元へ―――そして、一刻も早く傷の手当てを行うべく他部隊との合流地点に向かった。
その場にとある人物が近づいてきていることを知る由もなく。
▼
真っ暗闇の中、声が聞こえた。ノイズのかかった女の声だった。
――――足りない。
女の声は言う。
――――怒りが、絶望が、憎悪が、まだ足りない。それでは、食指も動かん。
だからこそ、と続ける。
――――今回は助けてやろう。更なる怒りと絶望と憎悪に身を焦がせ。その身を鍛え上げろ。
女の声は笑いながらこう言った。
――――その時こそ、貴様は我が器となるのだ
And 第一話 それは復讐の始まり
意識が真っ暗闇から浮上する。
鉛のように重たい瞼と口をなんとか開く。酷く喉が渇き、「ぁ」とかすれた声がジークのくちから漏れた。
眠っていた間に誰かの声を聴いたような気がするが思い出せない。
半濁した意識と霞む視界で辺りを見渡す。どうやら見知らぬ病室のベットの上にいるようだった。見れば、自分の身体にも幾つもの電極やケーブルがついており、ベットの近くに置いてある幾つかの計器に繋がっていた。
体を起こす。全身がだるく、体の半身を起こすだけでもかなりの重労働だった。
すると、部屋の入り口の扉が開き、高級そうな赤いスーツを着た豊かな金髪を持った女性が部屋に入ってきた。
「やっと起きたみたいね、気分はどう?」
女性はジークに意識があるか確認するかのように手を振りながら、声をかける。ジークは未だはっきりしない意識のまま問いを投げかけた。まともに口が動かず、途切れ途切れに声を発する。
「あ、んたは誰だ? そ、れに、ここは何処だ?」
「ここはうちの組織が保有してる医療施設よ。雪崩の中から貴方を掘り出したんだけど、何も覚えてないの?」
言われて全てを思い出した。
研究所の粛清。デイズの裏切り。バティの涙。如月の死。そして雪山での戦い。全てを思い出したジークは噛みつくように女性に詰め寄った。
「――――バティは!? アイツは何処だ!? あれからどれだけ経った!?」
電極やケーブルを引っぺがして立ち上がろうとするジークだったが足に力が入らず、立つことも出来ずにベットの脇に倒れた。女性は肩を貸してジークをベットに座らせ、ベットのサイドテーブルにおいてあった水を飲ませて落ち着かせながら、言い聞かせように告げた。
「私が貴方を見つけて此処に連れてきたのが一か月前。バティって子が誰かは知らないけど貴方を見つけた雪山の周辺と研究所の近くには誰もいなかったわ。恐らく、連中に連れて行かれたんでしょうね」
連れて行かれた。
一か月。
それがどれだけ絶望的な情報か分からないジークではなかった。
バティの精神と肉体はすでに限界だったのだ。
そんなバティに父親と慕っていた如月の死を伝えられたら、再びあんな実験に参加させられたら、バティは絶対にもう耐えられない。
「っぁぁ……」
守れなかったのだ。
奪われた。失ったのだ。色んな人に託されたモノを。何を引き換えにしても守ると誓い、共に生きると約束した少女を。自分の生れてきた『意味』を、その『価値』を。
「…あ、ぁぁぁあ、……く、ああ…ふぐっ、ああ……ああぁ、……~~~~っ」
ジークは生まれて声を上げて泣いた。アウラが死に、その脳髄が保管されているのを見た時も如月が冷たくなって時も流れなかった涙が止めどなく流れてくる。
唯一残った、ようやく手に入れた大切なものを失い慟哭の涙を流す青年の姿を金髪の女性はただただ見つめていた。
「落ち着いたかしら?」
「………」
しばらく経ち、ジークが泣き止んだのを見計らって女性は声をかけた。ジークは顔を伏せたまま無言。女性はそのまま続ける。
「アスピナで起こったことの全ては記録に残されずに処分されることになったわ。いいえ、違うわね。そもそも始めから(・・・・)何もなかった(・・・・・)ことにされた。貴方を含めた、あの場所に確かにいた人間達も、なにもかもがね」
「…………」
ジークは無言。女性は構わず続ける。
「存在を抹消された貴方が、これから選択すべき道は二つあるわ」
女性は指を二つ立て、告げる。
「一つは、家への道。研究所であったことを全て忘れて、平穏に普通に暮らす道。その手助けと用意なら私がしてあげる。寝ている間に貴方の身体とISは調べさせて貰ったから、その価値は私も分かっているつもりよ。このままあのISを私たちに渡してくれるのならその対価として平穏な暮らしを保証するわ。もちろん、最低限の監視はつけさせえて貰うけど」
女性は中腰になってジークの顔を覗き込み、「どう、悪くないでしょう」と優しく微笑みかける。
ジークは眼球だけを動かして微笑む女性の顔を見て。口を開いた。
「もうひとつは?」
「ん?」
「もうひとつの道は、なんだ?」
ジークのその言葉を聞き、女性は笑みを浮かべた。だが、それは先ほどまで浮かべていた優しげな微笑みではなく、見たものの背筋を冷たくし、人を惹きつける、狂気にも似た熱情を秘めた笑みだった。
女性は立ち上がり、歌うように告げる。
「もう一つの道。それは、世界への道よ」
女性を先ほどの人を惹きつける笑みを浮かべたまま続ける。
「その道を行けば貴方は辿りつけるかも知れない。貴方が倒さなければならないと思っている存在や殺さなければならない相手、取り戻さなければならない人の所まで。貴方達の命を弄んだ連中や研究の正体も、分かるかも知れないわね」
そこでジークは、顔を上げて初めて真正面から女性の顔を見た。問う。
「アンタは、何者だ」
金髪の女性は笑みを深めて、答えた。
「私は、『亡国機業(ファントム・タスク)』のスコール・ミューゼル。 ――――私に付き従い世界の道を進むのなら、貴方に世界と戦う機会と力をあげる。その覚悟はあるかしら?」
金髪の女性――スコールは、ジークに手を差し伸べる。
ジークは先からずっと考えていた。そして今、決意した。なにもかも終わらせることを。
ラボ・アスピナにおいて、誰もかもが『意味』を求めていた。生まれてきて少しでも良かったと思える何かが欲しかった。ジーク自身がそうだったし、如月もそうだった。だが、本部は――――否、この無慈悲で残酷な世界はそれを認めなかった。アスピナにいたすべての者たちの想いも願いも全てを踏みにじり、無意味で無価値なものだと切り捨てた。いや、先ほどスコールが言ったようにその存在すら否定し、始めから存在していないものとした。その上で、今、自分が生きているのなら証明しなければならない。
アスピナが、アンサングが、如月が、ジークが、アウラが、バティが、――――あの世界で確かに生きていた、全ての者達の生きた証を、この世界に証明しなければならない。
――――アンサングと自身の手で、第四世代ISとその操縦者を撃破、殺害する。
――――そして、デイズを殺してバティを取り戻す。
それで、何かもが決着する
これは復讐だ。自分たちから全てを奪っていった、第四世代ISへの、デイズへの、そしてこの世界への。
ジークは自分の意志で、スコールの手を、世界への道を掴み取る。
「名前をまで聞いていなかったわね。貴方の名前は?」
「俺は、ジーク。――――ジーク・キサラギ(・・・・)だ」
ジークは想う。
――――ドクター、あんたも連れて行くよ。だってさ、あんただけ楽にさせちゃやらねぇからな。
餞別がIS一機じゃあまりに味気ない。だからせめてさんざん自分達を振り回した連中の代表としてあの男の名前ぐらい拝借しておかないと割に合わないというものだ。
スコールにはその名前の意味は分からなったに違いない。だが、ジークの瞳宿る意志から何かを感じたのか、ジークの手を強く握り返した。
「ようこそ、ジーク。――――我々『亡国機業(ファントム・タスク)』へ」
この物語はまだ、続いている。なかったことにはさせない。悲劇では終わらせない。
窓から見える夜空には、変わらない月と星々があった。
ジークはあの日あの時、見上げた星々に毒を吐いたように。我が物顔で空を照らすあの光たちを睨む。
――おい、見てるか。まだ終わっちゃいねぇぞ。
▼
以上が、研究施設であるラボ・アスピナに関する全ての事件の詳細である。
■■■■はこの事実を秘匿した。もとより記録に残さない出来事のつもりだったようだが、ISの回収が成らなかったというのは失態だ。施設を中心とした周囲数キロは重度の汚染物質によって汚染され、今もって人間が立ち入りできない区域となっている、ということに(・・・・・・)されている(・・・・・)。■■■■は派遣した歩兵の第一班が回収したデータと被験体を抱え、表向きはその施設に関して「実験中の起動事故による爆発」で失われたものとして記録した。
そうして、この一連の事件は記録データの一部分として葬られることとなり、その記録データでさえ今では■■■■の手によって抹消され、そこで起こった出来事については誰も知らない陰の物語として消えることとなった。
だが、ジーク・キサラギは知っている。
彼女達が「そこ」にいたことを。
アンサングは影から世界の闇へ返り咲き、そうして《語られぬ者》の名を改めることとなった。
それはアンサングのコードネームのもう一つの候補として挙がっていたものらしい。
世界に悲劇を撒き散らし、人々の記憶に恐怖と絶望を持って刻み込まれ、語り継がれる現象。
その名は、《災禍(ディザスター)》という。
To be continued
以上が『IS【Three Heroes ~白・黒・灰~】』の黒の主人公ジークキサラギの誕生秘話となります。彼の物語がこの先、どんな結末となるのか。それは本編の方で書いていきたいと思っていますので、お読み頂ければ幸いです