北の地にて
1956年 1月3日 扶桑皇国 樺太
扶桑皇国の辺境のここでは年明け早々に三日三晩と雪が降り積もり、大地を真っ白に埋め尽くした。それを脇にどけて白い山を作りながらプシュープシューガタガタと不安になるような轟音を鳴らす除雪車が雪の中を突き進んでいくと、コンクリートで舗装された滑走路が露わになっていく。
ある程度開けていくとやっと運び出せると言いながら、つなぎを着た複数の男達がテキパキと動きだし、雪がどいて開けた滑走路の中心へと、車輪の付いた鉄の箱を小型の車両で牽引して運び出した。
その鉄の箱に集まって男たちが作業すれば箱が開放され、二足の金属の脚を固定したものが露わになった。
それは膝よりも更に長いその脚のようなものは、円形に空間があって人が履けるようになっている。左右の外側には飛行機のような翼が取り付けられ、その先端部分はジェット機のノズルになっていた。
【ジェットストライカー】そう呼ばれている代物は、白地に太陽と月の描かれたマークが描かれ、扶桑皇国の国籍がつけられた、空を飛ぶための魔法の箒。魔法力を持つ少女達ウィッチがこれを履いて武器を持ち、ネウロイという人類の敵と戦うためのもの。
これが運び出されたということはネウロイと戦うためで、少し離れた位置には態々これを履くため待機しているウィッチ、扶桑皇国海軍少尉の小内蓮がいた。彼女は下半身を防寒が皆無な状態で凍えるような寒さのなか晒して立っている。あまりの寒さに足はブルブルと震えていた。
「さむい、まだ準備終わらないの?」
近くを通りがかった伍長を蓮は捕まえる。捕まった伍長は寒さに震える彼女を申し訳なさそうな顔で見る。
「はっエンジンの最終確認が終わり次第ですが」
「・・・・・・ネ20異常なし!いつでも出られます」
「どうやら確認が終わったようです」
蓮はやっとこの状態からおさらば出来る、と歓喜した。そもそも魔法力を持つウィッチは基本的に魔法によってあらゆる環境から身を守ることができる。ならそうして寒さも凌げば良いが、蓮のジェットストライカー、橘花は馬鹿みたいに魔法力を消耗するのである。
ジェットストライカーとしては初期に作られた橘花は噴流式魔導エンジン、ネ20を搭載しているがこれは他国の物よりも燃費が悪く、更に辺境の安全な内地であるここではまともに整備を出来るだけの部品が補給されておらず、とっくに本来の性能を殆ど引き出せない上に、魔法力を無駄に消費してしまう代物となっていた。
正直、さっさと新型なり中古なりを用意した方が良い、けれど蓮のいるここは滅多にネウロイが来るような場所でもないので補給の申請は通らず結局は後回しにされ続けていた。寒いし、冷遇だし、いっそ軍属なんか止めてやろうか、と内心思いながら、小内蓮はストライカーに向って走っていった。
寒さで震える脚ではストライカーユニットを履くのは大変なので両脇から支えて貰いながら、何とか橘花に脚を通して履く。
出撃します、と言いながら魔法力を使うと、青く光る魔法力が可視化され、同時に犬耳と尻尾が生える。これはウィッチの契約した使い魔の特徴が魔法を使うときに現われるもの。蓮の相棒とも言える使い魔は故郷で出会った土佐犬。そっと犬耳を撫でてあげると喜んでいるのが感じられた。
蓮は耳に付けたインカムに触れる。
「管制塔、敵の位置と距離を」
『敵ネウロイは南西より高度2万フィート、この基地から距離20キロ、時速300キロで接近中』
「了解、出撃する」
蓮はスロットルを徐々に引き上げるように、魔法力を込めた。橘花から魔方陣のようなものが展開、エーテルが噴射されて、雪を除けた滑走路をものすごい勢いで駆けぬけて飛び立った。
上空に飛び立てば、曇天の空に真っ白な大地と北の海。見ているだけで極寒の寒さ感じさせた。魔法による保護を一段強めて今よりも高く飛ぶ。ネウロイがいるのは雲の遥か上空2万フィート。メートルにすれば約六千メートル。ただの人間が生身で飛べば凍傷するのは間違いない。それでもウィッチなら問題なく飛べる……魔法による保護があるからだ。
「……そろそろ見えるかな」
事前に知らされていたネウロイの針路と高度、その航行速度から現在位置を推測して見える位置まで到達する。
蓮はホバリングに近い動きで位置を保持しながら周囲を見渡す。遠方まで真っ白な雲海が広がり、時折縦に長い雲が聳え立つ。まさに空の上のもう一つの世界。それは永遠に広がる真っ白なもの。
自分はきっとこの世界ではほんの小さな異物に過ぎないのかも知れない、そう思わせる雲の上は、だからこそ黒い一点の異物はすぐに見つかった。それはエイのように平たく、まっすく伸びた尻尾、ネウロイの特徴である全身が黒いハニカム模様の大きな飛行体。その大きさはジンベイザメと同じくらい。ネウロイは雲の海を泳ぐように悠々と飛んでいた。
「……見つけた!」
蓮は背中に背負っていた十三ミリ機関銃を手に持ちいつでも撃てるように薬室に弾丸を装填する。小さく息を吸って吐く。戦闘前の昂ぶる気持ちを落ち着かせる。そして橘花に蛇口をそっと捻るように魔法力を注いでいく。橘花の噴射されるエーテルが徐々に合わせて高まっていく。キィィィーーーンと唸り声をあげた。
それまでゆっくりと保持していた体勢から前途姿勢になり、加速していった。ネウロイへ向けて急速に接近していく。接近する蓮にネウロイも気付いた。
「遅い、先手はもらう」
ダダダッ!蓮が放った初弾は胴体の体表を中心から右側に向けて削る。が、有効打にはならずすぐに再生されてしまう。そしてネウロイはお返しとばかりにハニカム模様の組織から赤く光り、蓮に向けてビームを放った。
「んっ!」
咄嗟に魔法のシールドを展開、ビームを弾く。ダメージは無かったが、橘花はただでさえ燃費が悪い上に戦闘機動をとるだけで魔法力をどんどん消費してしまう。そんななかシールドでビームを弾いたものだから魔法力で飛べる時間を大きく減らしてしまった
「っ!……一撃で決めるしかない」
蓮は残る魔法力から一撃で倒すことを決めた。少しでも速度を得るために急降下する。ネウロイは蓮を狙って下部の組織からビームを放ち続ける。急降下で速度を得たことで攻撃を躱し雲の中に入った
「さっきの、コアが見えた」
ネウロイはコアを破壊することで倒すことができる。できなければ先ほどのようにすぐ再生してしまう。だがコアさえ破壊してしまえば白い破片となって砕け散る。その弱点とも言えるコアを先ほどの攻撃で削った部分から確認できた。
蓮は十分な速度を得ると雲から飛び出した。ネウロイはすぐに飛び出した蓮に気付くと円を描くように旋回しながら下方にいる蓮に向ってビームを放つ。それを蓮はギリギリを掠めるように避け、上昇しながらネウロイに急接近する。
「胴体中央の右、そこだーー!!」
十三ミリ機関銃の銃口がくっつきそうなくらいの距離まで近づき、引き金を引いた。そして魔法力が込められた弾丸が連続して至近距離から放たれネウロイの組織を削り、コアを露出させ貫いた。その瞬間に蓮はすぐさまネウロイから離れる。
コアを砕かれたネウロイは白い破片となり消えていった。
「ネウロイ撃破、帰投する以上」
異物だったネウロイがいなくなり、真っ白な世界に戻った。それを蓮は嬉しく感じながら帰路についた。
基地に戻った蓮は、さっきはいなかった零式輸送機が居ることに気付いた。週一の定期連絡で来ることはあるが今日ではなかったはずと不思議に思いまた偶々通りがかった伍長を捕まえて聞き出すことにした。
「あれは、何?」
「あれ?ですか、ああ輸送機のことですか」
「うん、いつもより早い」
「どうやらいつものではないらしくて、中央のお偉いさんが来ているようです。何でこの基地に用があるのかは分かりませんが」
「ふ~ん?」
辺境のこの基地にいったい何の用があるのか気になりつつも、さっさと休みたかった蓮は搭乗員待機室がある建物に駆け足で向っていった。
まさか自身の人生が大きく変わるようなことだとは露知らず。