宗谷が出港してから数日、蓮は愛機の手入れ以外には特にやる事もないので、暇を持て余していたが、ただ何もしないで船に揺られ続けるのは苦手な蓮。
実は海軍に属していながら船に長期間乗ったことは殆どなく、陸上勤務ばかりなので外洋に出た為に頻繁に揺れる宗谷の中でじっとしてるのも無理だった。
なので船内を徘徊老人の如く彷徨っていた蓮。そんな彼女の背後で悲鳴が上がる。ついでに怒号も起きる。
「大変だ!犬が脱柵したぞ⁉︎」「誰か止めてくださーい!!」
背後で起きた騒ぎに振り返った蓮は自身の目の前で、もふもふしたくなるようなふわふわの物体が飛び込んでくる。
「ふぎゃっ!?」
突然のことで避けることが出来なかったためもふもふのふわふわの物体たちに押し倒されてしまう。
「ああああ!?だ、だいじょうぶですか!?」
「うう......大丈夫」
長髪の黒髪美少女が慌てて近づいてきた。少女の手には先が切れた手綱を握っていて、どうやらこのふわふわたちが逃げだしたのはそのせいだったらしい。
「は、はやく、助けて」
「あっごごめんなさい、すぐ助けます。あの離れてください」
少女はオドオドしながら頼み込むようにふわふわたちに言いながら引っ張って離そうとする。しかし力が弱いのか、ないしは舐められているのか上手くいかない。そうして苦戦している間にふわふわたちに舐められて涎と毛だらけにされていく蓮。
「うぅベタベタになる」
「え、ええ⁉︎だ、ダメですよ舐めちゃダメですからー‼︎」
慌ててモフモフたちを精一杯引き離そうと、頑張る少女。
「ひゃっそこは」
「ストップストップですからそれ以上は色々だめですからああ⁉︎」
だが少女が頑張るほどに事態を悪化させてしまう。
「あ、ダメこれはダメだわ」
「あ、あの諦めないでください⁈」
結局、満足したふわふわたちが勝手に帰っていくことで解放された。その場にはピッカピカになった蓮と力尽きた少女だけが残った。
⭐︎⭐︎⭐︎
騒ぎに駆けつけた船長の計らいで、風呂に入れることになった蓮と少女。特別に用意された狭い湯船に二人して浸かる。
「あの、すいませんでした。大変な迷惑をかけてしまいまって」
「ん、まぁ別にいいよお風呂に入れたし」
少女は、内心いやあれは割に合わないのではと思いつつ自身のミスのせいで蓮に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思っていた。
蓮も少女はまだ蓮自身が過ぎたことと割り切ったものを気にしているのに気づいて言葉を選んで言ったのだが、全く効果がないのでどうしたもんかと悩む。
めんどい、そう思う蓮。だけどほっとくのも出来ないので頭を捻って言葉を出す。
「......あのふわふわたちって何のために連れてきたの?」
少女は顔を横の蓮に向けて見る。蓮は横目に少女を見ていた。
「え......えっとあの子たちは南極探索の時にソリを引く子たちで、寒い所に慣れた樺太犬なんです。だから向いてるから、それで」
少女の目は自信なさげに彷徨い、まるで誰かの言葉をそのまま喋っているようで。だから何となくその理由に気づいた蓮。
「そう、貴女が世話を?」
「はいそうです、そのあの子たち賢くて、特に逃げ出した二匹のあの子たちは。小屋を開けてる際に縄切っちゃって」
蓮から視線を逸らす少女。拳を強く握り表情を暗くする。口を小さく開いたり閉じたりして何かいいたげな様子に蓮は、やっぱりめんどい、と思う。
「ん......犬の世話、したことない?」
「それは......」
少女は何かを言おうとして辞めて、頷いて肯定する。
「そう、なら頑張って」
想定していたものとは違う言葉にパッと顔をあげる少女。
蓮は湯船から立ち上がると縁の桶から自分のタオルを取り出して水滴を軽く拭く。
「あの、どうして私嘘ついて」
「それが何か問題?別に隊員の選考には私は関わって無いし多分みんな気づいてる。でも何も言わないのは貴女を信頼してるから。ならただ頑張ってやれば良い」
ウジウジ悩む必要があるレベルなのだろうか。ほんとうにめんどい。普段はしないようなことを蓮は仕方なくやってみたが、なかなか上手くできたもので、ついでだしと少しだけカッコつけながら振り返ることなく風呂場を出ようとした。
「ま、待ってください」
けれど呼び止められる。が、めんどうになった蓮は無視して進もうとして今度は腕を掴まれて、
「あの、名前、聞いてなかったので」
「......小内蓮、航空ウィッチ、じゃこれで」
さっさと答えると強引に風呂場から出ようとするだがそれが不味かった。何故か足元にある石鹸の塊を蓮が踏んでしまい、つるんと後ろ向きに力が働いてしまう。
「あっ」
「へ?」
結果どうなるかというと、どすん、という音とフニャンという音が鳴った。
「う、ぐぬなんで、石鹸が...ん、柔らかい?ふにふに...あっ」
「あう......」
蓮は自分が柔らかいものを敷いていることに気づき、自身の手が触れているものが何か一応、確かめるため、何回も揉む。自身より遥かに発育が良いそれに、何を食べたらこうなるのだろう、と内心羨ましい。
一通り堪能した蓮は、自身を見る視線に気づく。てっきり何も言わないので気絶したと思っていたが、どうやら起きていたらしい。
「あの、もういいでしょうか」
頬を赤く染めた少女に覆い被さる形になっている事に気づいた蓮はそっとどいて立ち上がる。少女も胸を両腕で隠しながら起き上がる。
「......」
「......」
両者沈黙。しばらくして先に話しかけたのは少女だった。
「えっと、私、南野犬居っていいます」
「ん、そう」
「......」
「......ん、よろしく」
また沈黙。
「ふふっ」
「くすくす」
わけがわからない。どうしてこうなった。二人は一緒に見つめ合ってついお互いに笑い合った。