「お〜似合う似合う!今はまだちんちくりんだけど成長したら見栄え良くなりそう」
「………」
「褒めてるんだけど?」
「あ、ありがとうございます…」
「それでよし」
何故かあの方は私をどうしてもメイドにしたいようだった。拾われて、持ち帰られて、体を洗って服を用意されて。
早速家事をやらされ始めた。私が頑張って掃除をしているところをじっと眺めて、何が楽しいのか分からないと不思議に思いながら。
あの方を魔女だと認識したのはいつだったろうか。気づけばそういうものとして自分の中に刷り込まれていたような気がする。
「お前……なんで人間の子供なんか………しかも髪白いし」
「いいでしょ。欲しがったってあげないよ」
「いらんわそんなもん」
赤い髪の魔女……ミクェラ様は、時折屋敷を訪れてはご主人様とお茶をしていた。仲がいいからきっと友達なんだろうなって、そのくらいの認識で。思えばミクェラ様とちゃんと話をしたことはほとんどなかったように思える。
「メイドにしてるんだ〜」
「趣味の悪い……」
「羨ましいんだ?」
「違うっての」
自分がメイドにさせられたことに、一切の疑問は抱かなかった。親に捨てられて、あの方に拾われて、メイドになった。それより前のことはすっかり忘れてしまってそういうものなのだと、そういう人生なのだと思って生きていた。
「……なに?」
「………いばらが」
「…ああ、魔法ね」
何か本を眺めながら、庭で魔法を使っているあの方をじっと眺めてしまった。この時ようやく、自分の仕えている相手が魔女なのだという実感が湧いたように思う。
それはそこまで神秘的なものじゃなくて、派手でも綺麗でもなくって。目を引くのは鋭利な棘くらいなものだったけれど。
それでもいばらを思うままに操って、自分の手足のように動かしているその姿を見て。
自分のような人間とは違う、もっともっと……特別な。
誰よりも特別な人だと、そう思わされた。
「ごちそうさまでした!美味しかった〜」
「それは何よりです」
食器や鍋を近くの川でまとめて洗うために重ねる。この辺りに生えている草や木の実、キノコは食べられるということで適当に採取して今日の夕飯とした。
「私は植物にはそこまで詳しくありませんので……食用に適してるかどうか判断してくれるのはありがたいです」
「えへぇ……ディステルさんもお料理とっても上手ですね!」
「調味料、山ほど買ったので」
「あ、はい。………謙虚なんですね!」
「……?」
「あ、私洗ってきます!」
私が返事をする前に食器を持って川の方へ歩いて行ってしまった。そんなに洗い物がしたかったのだろうか……
「……ふぅ」
久々の野宿。それなりに旅慣れはしたつもりだったけれど、やっぱりあの快適な屋敷の一部屋が恋しくなる。
旅に出た最初の頃、一人の夜が少し怖かった。拾われる前のあの時を思い出してしまってなかなか眠れなかった。今はもうそんなことはないけれど。
次の目的地アンビルへはいくつか農村を経由していくことになる。手記にはその農村に関する記述はなかったけれど……おそらく書くことが何もなかったのだと思う。あの方はそういう人だ。
「洗ってきました〜」
「早いですね」
「えへっへへぇ」
ルルゥさん、今日はなんだかすごいニヤニヤしている気がする。いいことでもあったのだろうか……
「ええと……なんというか、ようやく旅らしいことできてるなって思って」
「旅らしい?」
不思議そうにしているのが顔に出てしまっていたか。
「だってハスティアから出た時はなんかそんなに余裕なかったし……と思ったらシアンタじゃ屋敷にずっと泊まってたし……こうやって旅らしく野宿!って感じなの、初めてじゃないですか?」
「そうですか?……まあそうなのかもしれませんね」
野宿は……別にいいことなんかないと思うけれど。
「一人で旅してたころはこんな風には行かなくて……料理する余裕なんかないし、道合ってるか不安になるし、お金も心許ないし、まだ子供なのに一人は危ないし、衝動的に出てきちゃったし、将来への不安もあったし」
「たくさんある」
「将来への不安以外は今は大丈夫です!」
「は、はあ…」
よく分からないけれど、多分好意的に思ってくれている。
「一人の時は魔法を使わざるを得ない時もあって……私、自分の魔法嫌いなんです」
「………」
「誰かを傷つけることしかできなくって、そのくせ自分では上手く抑えられなくって……お師匠様に出会えてなければ、きっとまだ…」
何も言えない。
焚き火越しに見える彼女の物憂げな表情を見つめることしかできない。
「ディステルさんのその……ご主人様?は、自分の魔法のこと……自分が魔女であることを、どう思ってそうでしたか?」
「……心底楽しそうでしたよ、本当に」
「そ、そうなんだ……」
「…けれど、気持ちは分かります」
遠い記憶を掘り返す。もうとっくの昔に忘れたと思っていたことが存外、今でも鮮明に思い出せる。
まだ普通の人間の子供としての日常を送っていた、あの頃。
「もともと私の髪は……こんな色じゃなかったんです。どこにでもいるような茶色の髪で」
「うっそぉ…」
「ほんとです」
だからこそ、急に髪の色が変わった時は不可解だった。両親も、自分も、周りの人間も。
不可解だったからこそ、捨てられた。
魔女と同じだ、理解できないものは排斥した方が分かりやすい。
「望まぬものを持たされる、それが原因で責められる。自分ではどうしようもないけれど、自分以外の誰も悪くない。自分を責めるしかない」
「……今は、どうなんですか?」
「…この髪のおかげであの方に出会えたと思えば、よかったのかなと」
普通の子供としての人生は歩めなくなってしまったけれど、今の自分の生に後悔はないつもりでいる。
「なんかいいなあ、そういうの」
「いい…とは?」
「あいやえっとぉ……そういう風に思えるのっていうか、なんていうか……」
あまり上手く言葉にできないようで、自分でも歯切れの悪そうにしている。そのうち諦めて「ごめんなさい…」と小さな声で言われてしまった。
「ルルゥさんのお師匠様は……どういう方なんですか?」
「あの親気取りの暴力ババアですか?」
お、親気取りの暴力ババア……
「お師匠様、元々たまに私たちの村の方まで来て診察とか薬の処方とかしてくれてた人で……田舎だから医者なんていなくってお師匠様に頼り切り、そんな村だったんです」
近くにある枯れ木を拾って焚き火の中に放り込むルルゥさん。
「そんでもって……まあお師匠様に拾われる、というか匿われる?ことになって、そこからはお師匠様と一緒に生活することになって。もう2年くらいになるのかなあ…」
「お師匠様って呼ぶ理由は、何かあるんですか?」
「あのババア私に薬師になれなれうるさくってぇ!!自分の理想を押し付けるのも大概にしてほしいですよね、全く全く…」
本当に嫌なら旅をしながら勉強……なんてしないと思うけれど。悪く言うのは反発心とかそういうのだろうか。
「恩人は恩人ですけど、拾った人と拾われた人以外の関係じゃないです。家に置いてやる代わりに薬師目指せとか言うしぃ?」
「は、はぁ」
「なんか昔は凄い活躍したらしいけどそんなの私には関係ないしぃ?それまでに何してようが私にとっちゃ押し付けがましい暴力の化身ですよ。……感謝はしてるんですけどね」
口で言っているよりは、その声色に憎悪や憎しみは感じない。多分とても複雑な事情があるのだと思う。私には……よく分からないけれど。
「…なんで魔女っているんでしょうね」
「………レプニムスによれば、魔女とは大地の穢れであり、それを人の手で浄化することはこの大地を守ることである…とか」
「勝手に穢れにされて、たまったもんじゃないですよ」
「まあ所詮教義ですから」
この国を治めているのはミルバンの国王ではあるけれど、そこにはレプニムス側の意思が存在している。国の騎士団であるアルコス騎士団の中に魔女狩り部隊、なんてものがあるあたりもそうなのだろう。
「ああいう教義なんて出鱈目で、自分のやりたい事を良いように言っているだけ……と、ある人は言っていました」
「まあデタラメだろうと何だろうと、私たちが迷惑被ってるのは変わんないんですけど………まあ、私の場合はそもそも自分の魔法が……」
「………魔女の力は国が統制できるものではない。もし力を持つ魔女が街を滅ぼそうとすれば、きっと一晩もかからない」
人間に害をなす可能性のある存在、人間かどうか怪しい存在。だったらそれは人種ですらなく、害獣と同じ扱いを受けてもおかしくはない……のかもしれない。
魔力を持っていればそれは人間ではなく、一方的な駆除の対象。
「そもそも魔女なんていなければ……なんでそんなのいるんでしょうね」
「……その理由を知ってそうな人はいるんですけれど…」
「え、じゃあ早く聞いてみましょうよ!」
「会えるのはまだまだ先でしょうね」
「え〜……」
ミクェラ様の出自は分からないけれど……相当長生きしているということはあの方を通して聞いていた。魔女の起源に近い方の一人だと思っている。
「全ての物事に理由や意味があるわけではないかもしれません。私の髪が白くなってしまったのも、ルルゥさんが魔女になってしまったのも。そこに原因があっても、意味はないのかもしれない」
「………魔女の存在もですか?」
「全部に答えを求めていたらきっとそのうち裏切られる……と、昔私のご主人様に言われました」
自分の行動全てに意味を見出せるか?と言いたいらしかった。人間が意味のない行動をするのだからそんなことはあり得ない……と。
「……意味っていうのは、所詮人にとっての意味なわけじゃないですか。だったらその人が無意味だって思ったならそれは無意味で終わっちゃうと思うんです」
空を指差すルルゥさん。
その視線の先には星空が広がっていて、彼女はどこかの星と星とを指でなぞって結んでいく。
「星の並びにきっと意味はない。けれど星座っていうものを作って意味を見出したのは私たち人間じゃないですか。だったら私もそうしたいです」
「……魔女という存在に?」
「私たちの出会いにも。旅に出る前に行ってくれたじゃないですか、この出会いに意味があればいいな……って」
「あ……」
確かにあの時そう言った、私もただの偶然の出会いに意味を見出そうとしていた。
「私は魔女になっちゃったせいで、ディステルさんは髪が白くなっちゃったせいで、私達は出会えてこうして話せてる。そんな簡単なことでもいいから意味があればいいなぁ、って」
「………」
「な、なーんて!すみません生意気でしたよね調子乗りましたごめんなさい……」
「いえそんな……ただ…」
素直に、心の底からそう思えているであろう彼女の。
相当な苦難に遭って来ただろうに、それでもなお純朴な瞳をこちらに向けてくるその心に。
「とてもいいなと……そう思って」
「そ、そうですか?えへへ……普通に恥ずかしいなコレ……」
全てのものに答えを求めることを諦めたあの方は、一体どんな風にそこへと至ったのだろうか。
今私は、これまでの私の全てだったあの方の価値観よりも、ルルゥさんの語ったものの方が良いと……正しいと、そう思ってしまった。
「………もう寝ますか?ディステルさん」
「そう、ですね」
その事が少しだけ不安で。
何故不安なのか、自分ではよく言葉にできないけれど、そのせいなのかどうかすらよく分からないけれど。
その日はあまり、よく眠れなかった。