さすらいの鉄薊   作:あぱ

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言い淀み

 

「釣ってきたよ〜」

「ありがとうございます、そこに入れておいてください」

「んー」

 

 旅の人数が一人増えた。

 一人旅の期間はそれなりに長かったけれど、同行者が増えるのは意外と早かったように思う。エシアさんはアンビルまでの付き合いだから、その先がどうなるかは分からないけれど。

 

「アンビルまであとどのくらいかな」

「このままのペースなら……あと3日ほどでしょうか」

「まだそれなりにあるなぁ」

 

 川も多く食材も取りやすい、気候もこの前の大雨を除けば安定していて道もある程度舗装されている。よく使われている道なのだろう、ハスティアとシアンタの間ほどではないにせよ、他の人と頻繁にすれ違う。

 

「野草採ってきましたー」

「ありがとうございます、そこに置いてください」

「はーい。野営地も用意されてるし……こうやって整備された道に沿ってる分には随分楽ですよね」

「町も近いのもあるんでしょうけど…」

 

 元々ミルバンが冒険家だったのもあるのか、それともこの国を開拓していた頃の名残か……不思議と旅をする人はそれなりにいるし、旅人にも寛容なのがこの国だ。

 

「まああまり人目にはつきたくありませんから、本当ならこういう道も避けていきたいのですが」

「別に、楽な道でよくない?目をつけられればその都度逃げるなり黙らせるなり」

「うわ物騒…」

「物騒なのは向こうじゃん」

 

 ……とにかく今日の食事の支度を進める。近くに香草が生えているとルルゥさんに聞いたから、今日は川魚を香草焼きにする。エシアさんに釣ってもらったけれど、どうやら釣りが得意らしくあっという間に必要な分の魚を釣ってきてくれた。

 

 火にかけて蓋をして少しの間待つ。普通に焼いてもよかったのだけれど、設備が整っている場所だからせっかくだからと少し凝った料理にしている。

 

 横に倒された丸太の上に座って手記を開く。

 あの方がどういう経路で旅をしていたかは想像でしか考えることは出来ないけれど、数十年経てば色んな場所で変化は起きているだろうから元々全く同じ旅路をできるとも思っていない。

 

「……何見てんの?」

「今後の旅の予定…のようなものです」

「へぇ〜……最終目的地ってどこなの?」

「それは後のお楽しみということで……まだ確かめていません」

「ん〜…?」

 

 エシアさんに不思議そうな顔をされる。

 

「大切な人の旅路を追っている最中なんです。ですから……出来る限り次の目的地だけ目に入れるようにしています」

「ふぅん……」

「エシアさんはアンビルには何をしに?」

「秘密〜」

 

 あまり聞かれたくないのか、すぐにそう答えられてしまう。そんな彼女から視線を戻して、あの方の手記のページをめくってアンビルのことが書かれているページを開く。

 この町は、少し不思議だ。

 ハスティアもシアンタも、他の町も1ページほどしか記述がなかったのにアンビルに関しては4ページに渡って長々と旅の内容が記されている。

 

 多分、滞在期間がそれなりに長かったのだと思う。数週間か、数ヶ月か……

 

 街の規模で言えばシアンタやハスティアよりも小さいアンビルに、何故長居する必要があったのか……理由自体は書かれてはいるけれど……

 

「魔女なんでしょ、その大切な人って」

「……どうしてそうだと?」

「見てれば分かるよ、そんな感じするし」

「そんな感じ……」

 

 別に隠していたつもりもないけれど……魔女と関わりがあるというのを普通の人に知られるのはあまりよろしくはない。騎士団に目をつけられれば自由で気長な旅が一気に逃亡生活になりかねない。

 

「あたしたち、多分似たもの同士だと思うんだ」

「エシアさんと私が、ですか?」

「魔女と人間っていうのは関係ないよ?そういうんじゃなくて、もっと別のところが似てるんじゃないかなって」

「……例えば?」

「秘密〜」

 

 そこまで言っておいて……

 

「そういえば、次のアンビルってどんな町なんですか?」

 

 火を見てぼーっとしていたルルゥさんが思い出したように口を開く。

 

「アンビルはハスティアやシアンタに比べれば小さく、これといった特色のない町ですが……強いて言えば、この一帯は村が多く、その村同士の交流が主に行われているのがその町……なのだそうです。だから規模の割にはひとが多いのだとか」

「前魔物を退治した村もその一つだったりします?」

「そうですね」

 

 国の南側はそもそもが気候も温暖で安定しており、北の方に比べれば魔物などの被害もないため農作なども盛んに行われている。とりわけハスティタ、シアンタ、アンビルの周りはそのために農地や村が多く作られている……らしい。

 

「魔物?」

「あぁ、この前村に行ったら魔物がいるとかで足止めされちゃって。仕方ないから退治したんですよ。……ディステルさんが」

「へぇ……珍しいね、こんなところに出てくるの」

 

 あの魔物の出現は少しか気がかりでもある。町に着いたら色々聞いてみたいところだけれど……

 魔女が二人もいるため、今までよりもさらに騎士団やレプニムス関連からは距離を置いた方がいいだろう。少し活動しづらくなるだろうか……

 

 いや、そもそもエシアさんが町についてからどうするかを聞けていないか。ルルゥさんのように今後も一緒に旅をすると決まったわけではないし……

 少し、考えることが増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわ、もしかしてずっと寝てない?」

「いえそんなことは……エシアさんは?」

「あたしは……なんか寝れなくて」

 

 ルルゥさんが寝静まってしばらく経った後、エシアさんが起きてきて私を見て驚く。別に寝ていないわけではないけれど……

 

「……もしかして見張り?」

「まあ……近頃物騒…というより、色々と巻き込まれがちなので」

「つまり寝てないんじゃん」

「寝てはいますよ?一応」

 

 短い睡眠時間でも活動できるように訓練はさせられたし、その睡眠も何かあればすぐ飛び起きられるようなものだ。気の抜き方は心得てるから、安全な場所ではしっかりと眠っているし。

 

「整備されているとはいえ町の外であるのは変わりませんし、野盗などに出くわしても対応できるようにと……」

「大変なんだねぇ…」

「……エシアさんは、何かトラブルのようなことはなかったのですかんめ

「トラブル?まあ……最初に会った時に泥に塗れたのが一番のような気もするけど」

 

 あぁ……確かにあれはなかなかだった。

 服の汚れも結局落としきれなかったし……町に着いたら買い換えた方がいいだろう。

 

「ここまでずっと無我夢中で旅してきたから……ついこの間までは自分の目的以外のこと考える余裕なんてなかった」

「……今は違う?」

「二人に会ってからは、心に余裕というか……忘れてたものを思い出せたような気がする」

 

 横になった丸太に背を預けている私と同じように横に並んで、夜空を見上げているエシアさん。

 

「旅に出たら、世界が広すぎてさ。何が何だか分からなくて……こう、自分の手に負えないって言うのかなあ」

「広い……」

「ずっと自分の周りの狭い世界でだけ生きてきたから、なんというかこう、不安というか」

「……まるで迷子になったような気持ちになる」

「そう、それ」

 

 その気持ちはよく分かる。旅に出た時、毎日のように感じていた感覚。過去に普通の人間として生きていた頃はあまりにも幼くて、世界を認識することなんかできなくて。

 成長して、正しく世界を捉えるようになったと思えば一人きりでこの広い世界に放り出される。

 

「広さを知って初めて、自分のいた鳥籠がどれだけ居心地の良いものだったのかを知る。……それでももう、戻ることは出来なくて」

 

 あの屋敷にいたころは、私の世界の中心にはいつもご主人様がいて。私のすることの全てが、ご主人様に繋がっていた。

 

「あの方はもういない。全てともいえるものを無くして、残ったのは途方もなく広くて果ての見えないこの世界」

 

 旅に出る前と、今の私は全くの別人だと自分で思える。

 あの方の所有物でしかなかった私が、旅に出てどんどん一人の人間となっていくのを感じていた。無くしていた感覚を取り戻すような、そんな感覚。

 

「……やっぱり、あたしたち似たもの同士だよ」

「…そうですか?」

 

 似ている、と言われても私はエシアさんのことをよく知らない。彼女にとってはそう見えるのかも知れないけれど……

 

「ディステルのあのナイフさ、大切な人からもらったものでしょ?」

 

 彼女のいうあのナイフとは、あの方から貰った普段使いしない方の、あのナイフのことだろうか。

 

「物に魔力を宿すのって、途方もない時間と労力がかかるんだ。それを魔女じゃない君が持ってるってことは……それをくれた人は、相当ディステルのことが大切だったんだと思うよ」

「……大切」

 

 確かに、大事にされていたと思う。それは対等なものではなく、彼女の所有物として……大切な物に向けられる感情だったと思うけれど。

 

「あたしも持ってるんだ、大切な人からもらった、大切なもの。それを抱えて旅をしていて……世界の広さに眩暈がして……ほら、あたしたちって似てるって思わない?」

「そう、なのでしょうか」

 

 エシアさんがそうだというのならそうなのかもしれない。似ているという事そのものが、私はよく分かっていない気がする。

 

「仲良くしよう、せっかく出会ったんだから」

「……そうですね」

 

 あの方は、相手の目を見ればどういう人物なのか分かると言っていた。私には理解できなかったし、理解しようともしなかったけれど……

 彼女の目の奥には、なんというか……不思議なものがあるように感じる。

 

「……ん?そんなじっと見て、どうしたの」

「あ、いえ……仲良く、と言われても私、そういうのよく分からなくて…」

「え?……ルルゥとは随分仲良さそうにしてるけど?」

 

 旅に出てから常々思う。以前までの私の人生には本当に、ご主人様しかいなかったのだと。誰かと仲良くするということがどういうことなのかすら分からない。

 

「んー……じゃあまずさ、そのさんって付けるの辞めてみない?」

「……えっと、じゃあどうお呼びすれば…」

「エシアでいいじゃん、呼び捨て。私も二人のことそうしてるよ?ほら」

「え、エシ……」

 

 呼び捨てでいいと言われたけれど、その先が出てこない。元々人の名前は様かさん付けでしか呼んでこなかったし、メイドを辞めてからは全てさん付けに統一している。

 つまり、呼び捨てで誰かの名前を呼ぶという機会が皆無と言っていいほどない。

 

「エシアさ………エシ、ア……さん」

「そぉんなに難しいかぁ〜?」

「すみません慣れなくて……」

「慣れないって、今までどんな……いやまあいいか」

 

 とはいえこんなに口馴染みのないことを言うのが難しいとは……たかが呼び捨てにするだけだと言うのに。

 

「じゃあ今日はちゃんと言えるようになるまで寝かせないよ〜」

「へっ?」

「ほらほら、言い淀まなくなるまでやってもらうからね」

「が、頑張ります……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んー……っ!はぁ……」

 

 今日もいい朝、いい天気。

 アンビルに着けば、とりあえずはこの野宿生活とおさらばできる、少しの間だけだろうけど。……そういえばディステルさんに着いたら何するのか聞いてなかったな。

 

 ディステルさんは……もう朝ごはんの用意してる。

 

「おはようござ——」

「おはよ〜ディステル……あんな時間まで起きてたのに早起きだね」

「おはようございます、えと……エシア」

「ん、おはよ」

「………なっ」

 

 は、え?

 あんな時間?いや、今呼び捨て……え?

 

 ……聞き間違い?

 

「まだちょっと躊躇いを感じるけど〜?」

「こ、これでも精一杯……」

「うそうそ、冗談だって」

「……あの、暑いです」

「あぁごめん」

 

 ……見間違いかな?

 

「すぅ………」

 

 そのまま寝床に戻り、二度寝をかました。

 起き抜けに衝撃的な情報を流し込まれて頭爆発しそうになったけど、まあ、多分。

 

 気のせいだと思います。

 

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