さすらいの鉄薊   作:あぱ

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あの味

 

 レプニムスの教会。

 黒色の修道服を着た修道士たちが中にいて、聖堂の前方、一番目立つところには彼らが崇める神、ルーアの像がある。彼らの経典によれば、世界を作ったのはあのルーアという神なのだそうだ。

 

 普段なら静かな場所であるはずだが、昨日も今日も人が押しかけて怒号を浴びせている。

 

「で、ですから騎士団は今——」

「知ったこっちゃねえよ!こっちは村を捨てるかどうかの状況なんだぞ!?」

 

 修道女に詰め寄る人たちはどうやらアンビルの外からやってきたらしい。怒号を聞いていれば何となく、どういう状況なのかは推察できるけれど………

 あ、何か投げてる。

 

「すみません……今教会も連日この状態で」

「いえ、大変ですね」

「えぇまあ……彼らの置かれた状況も理解できるのですが……」

 

 教会に入ってじっと様子を伺っていた私に一人の修道女が話しかけてくる。その表情からは疲労が見て取れるけれど、それでも私に話しかけてきてくれたのだろう。なんだか申し訳なく思う。

 

「状況…とは?」

「アンビルの周辺地域に魔物が複数発生しているらしく……騎士団は諸事情で分散しておりまして、魔物討伐にまで手が回らなく、アンビルにまで避難してきた村人たちが対応が遅いと教会に抗議を……」

「……なるほど」

 

 本来ならこの町を収めている貴族なり権力者なりに訴えかけるべきだろうけれど、魔物が相手となるならばそれは騎士団の管轄であり、レプニムスの対処すべきことだと。

 騎士団の諸事情というのは……シアンタのことだろうか。

 

「アンビルは大丈夫なのですか?」

「はい、そのようで………問題が解決するまではアンビルに避難していていいという許可と補助自体はきちんとあるのですが……彼らにも彼らの生活がありますから、こうなってしまうのも無理はありません」

 

 道中の村で相手をした、氷の魔法を使う鳥の魔物。あれと同じようなものが、同じようなアンビル周辺の村に何体も発生していると。

 

「あぁすみませんこちらの話ばっかり!何か用があっていらしたんですよね?」

「いえただ来てみただけで……早く討伐されるといいですね」

「えぇ、本当に。……教会から傭兵団に依頼を出したので、これでどうにかなると良いのですが……」

 

 あまり自分がここにいて手間を取らせても申し訳ないと、その後軽く会話して教会から丘の上のエイアムさんの家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してたの?」

「少し私用で……エイアムさんは?」

「お婆さんの様子見るって今向こうに」

 

 エシアさん……じゃなくてエシアが奥の方の部屋を指差す。

 エイアムさんの奥さん……リウェさんのことも、あの方の手記には書いてあった。

 

『見ているとなんだか、あの人のことを思い出す』

 

 ……肝心のあの人が誰のことなのかが分からない。けれどそこには私の知らない、あの方の大切な人がいたのかもしれない。

 昨日この家を訪れた時、奥さんの顔を見せてもらった。眉間に皺を寄せて苦しそうな表情で眠っていて、顔や手を見ても随分痩せ細っているのがわかった。

 

 元気な頃はどんな人だったのだろうか。

 

「今日は昨日より落ち着いてるみたいですよ」

「確かにアレは酷かったなあ、呻き出して、起きたと思ったら変なこと言い始めるんだもん。なんだっけ……あの子はもうご飯は食べたのかって言ってたな」

 

 今日でこの家を訪れるのは3度目……つまりこの町に来て3日目。私も昨日のリウェさんの様子を見せてもらったけれど……その「あの子」という言葉の指す意味がエイアムさん達の子供のことなのか、それとも……

 

「夢と現実の区別がついてないみたいな感じだって、お師匠様が言ってた奴なんですかね。確かせん妄……だったっけ」

「自分のことまだ50か60くらいだと思ってるんだってあのお爺さんは言ってたけど」

 

 声も掠れていて、聞き取ろうとすれば顔を近づけなければならない。エイアムさんに私のことを紹介してもらったけれど、私が誰かというより、私自身をちゃんと認識しているかどうかすら、私からは分からない。

 ……エイアムさんは、会えて嬉しいと言ってる、と言っていたけど。

 

「あぁ来てたのか、待たせてすまんね」

「いえ。リウェさんは?」

「今日は静かに寝とるよ」

 

 テーブルについたエイアムさんを見て、その向かいに座らせてもらう。ルルゥさんとエシアは少し離れたところで何か話しながらこちらを伺っている。

 

「さて、昨日の話の続き……と言っても、途中で婆さんが調子崩したから大して話せてなかったか」

 

 あの方とエイアムさん達が出会ったのは町中、あの中央広場の噴水をじっと眺めていたご主人様を見かけて話しかけたのがきっかけらしい。息子たちがみんな街を出ていってしまって寂しかったところに、一人で旅をしているというあの方が現れて世話を焼きたくなったのだそうだ。

 

「大体2ヶ月くらいだったかな、ここの屋根裏で寝泊まりしとったよ。もう片付けちまって何も残ってないが……もう机も壊れちまったんでないが、この部屋の隅っこでたまにその手帳を書いとったよ」

 

 エイアムさんに言われて部屋を見渡す。自然と書斎で何かを書いていたあの方の姿がこの部屋の中で映し出される。

 

「………エイアムさんから見て、あの方はどういう風に映っていましたか?」

「不思議な子だったよ。あんまり自分の話はしたがらないけれど、儂らの話は何話しても楽しそうに聞いてくれて……昼間は毎日町のどこかに出掛けて何してるのかは分からなかったが」

 

 自分の話はしたがらない……か。

 

「あんたはあの子がどういう人だったのか知ってるのかい?」

「いえ……私も詳しくは聞かされたことがなかったです」

「そうかい………もう聞けもしないんだよなぁ」

 

 それを知るために、旅を始めた。

 けれど………確かに、言われてみれば当たり前のことで。

 

 生きていればどんな些細なことでも聞けただろうし……教えてくれなかったのではなく、私が知ろうとしなかっただけのように思う。今更それを気にしたところで、あの方が答えてくれることはない。

 もうどこにもいないのだから。

 

「うちには娘は生まれなくて男ばっかだったから。自然と接してくれてたあの子を見て、娘がいたらこんな風なのかなって婆さんとよく話してたよ」

「例えばどういうところが?」

 

 私が聞くとエイアムさんは困ったように頭に手を当てる。どんな些細で当たり前なことでもいいからと私が付け加えると、それならと口を開いてくれた。

 

「まあなんだ……今日のご飯が美味しかったとか、私これは嫌いだとか………儂の作業場に来て、これ私もやってみたいとか」

「……嫌いなもの、あったんだ……」

 

 知らなかった、本当に、全く。

 いや、私が作れる料理はあの方が食べたいと言っていたものばかりだから、そもそもあの方が嫌いなものを出すことがなかったんだろうけれど、それでも……

 

「……何が好きと言っていましたか?」

「あぁよく覚えとるよ、婆さんの得意料理の……鶏肉とハーブが沢山入ったスープを美味しいって言ってたな。逆にキノコとかはあんまりいい顔はしなかったと思う」

「……スープ、鶏肉とハーブの……」

 

 少しの間思案して、エイアムさんに提案する。

 

「今日の夕飯、私に任せてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと味薄いかなあ」

「そうでしょうか?」

「うーん……」

 

 ある料理を作る時、いつもはあまり指示や注文をしてこないあの方がやたらと味の指定をしてくることがあった。言われた通りにしてもいつも歯痒そうな顔をしたりして、なかなか納得のいく味は作れないようだった。

 

「……うん、いい感じ」

 

 たまにそのスープを食べたいと言われて味を変えながら、一年くらい経った頃にようやく納得のいく味に仕上がったようで、それ以降あの方が味に口を出してくることはなくなった。

 このスープだけは明確に、あの方の中に味の正解があったのだと思う。当時は特に疑問に思わなかったけれど。

 

 

 

 

 

 食べやすいサイズに切った野菜や鶏肉を鍋に入れて、あの頃と同じように調味料を入れながら味を整えていく。全く同じものを揃えることはできなかったからいくつか代用品を使ってはいるけれど……

 

「……もう少し胡椒かな」

 

 何度か味見をしつつ鍋の中を混ぜていると、横からエシアが覗き込んできた。

 

「……どうかしましたか?」

「いや、別に」

「…そうですか」

 

 鍋から目を離したかと思えば今度は私の顔をじっと見てきて、何かと聞く前に戻っていってしまった。

 ……お腹空いてるのかな。

 

「………うん」

 

 多分こんな感じだったと思う。しばらくしっかりした料理というものをやっていなかったら少し不安ではあるけれど……

 

 スープを器に盛って、エイアムさんの前にまで持っていく。

 

「お熱いので気をつけて」

「ありがとう。それじゃあ……」

 

 スプーンで掬って、少し息を吹きかけてから口の中に運ぶ。少し味を確かめるように咀嚼したあともう一口、再確認するように食べていた。

 

「……驚いたな。婆さんの作るのと同じ味だ」

 

 やっぱり、と心の中で呟く。

 

「あいや、全く同じってわけじゃないんだが、婆さんのとよく似た味で……いばらちゃんが好きそうな味だよ」

「……そうなんですね」

「そうか……あの味、覚えててくれてたんだな、あの子」

 

 リウェさんの作ったスープと同じ味を求めて、私に何度もスープを作らせたあの方。……手記には書かれていなかったけれど、多分本当にそのスープが気に入ったのだと思う。

 手記の内容にも、リウェさんのことがよく書かれていた。

 

「……ルルゥさんとエシアもどうぞ、冷めないうちに」

「あ、はい!いただきます!」

 

 同じように器にスープを盛ってテーブルに並べる。

 

「あっづ」

「ん!美味しいです!」

「………ぁ」

 

 三人がテーブルで私の作ったスープを食べているのを見て、ふと思った。

 あの屋敷にいた頃は、あの方と自分のため以外に料理をするなんてことはなかった。旅に出てからようやくし始めて……ちゃんと料理をしたのは、今日が初めて。

 

 自分が作ったものを食べている人の顔を、あの方以外の顔を今初めてちゃんと見た気がした。

 あの方の好きな味に作ったスープを、こうしてあの方以外の人に振る舞う。それがなんだか……上手く言葉に出来ないけれど、不思議な気分で。この気持ちを表す方法を、私はまだ持ち合わせていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなこと書いてたのか」

 

 ルルゥさんとエシアさんには先に帰ってもらって、エイアムさんと二人きりになる。あの方の手記を読みたいと言われて見せると、懐かしむような表情を見せた。

 

「こんな何気ないこと書いて……」

「……その何気ないことが、あの方にとっては大切だったのかもしれないですね」

「そう思ってくれてたんなら嬉しい限りさ」

 

 パタンと手記を閉じて息を吐くエイアムさん。もう暗くなってきて、彼自身も相当疲労が溜まっているはずなのに私に付き合ってくれている。

 

「あの子な、儂らに自分はこんな魔法が使えるんだって自慢してきたんだ。まあ魔女だってのは別に分かってたから驚きはしなかったんだが……」

「自慢……ですか」

「自分の魔法が余程好きだったんだと思うがね」

 

 私の記憶ではそこまで嬉々として使っていた記憶はないけれど……()だからだろうか。

 

「死ぬまでにもう一度会えたら、そう婆さんと言ってたが……ついぞ会えなんだ」

「………」

 

 何故あの方があの時、人間に燃やされる終わり方を選んだのかは分からない。あの方は全く、エイアムさん達と会いたいとは思っていなかったのか、それとも……

 

「なあ、名前、教えてもらってもいいかい」

「……名前ですか」

「あぁそれともやっぱり聞いちゃまずいのかね。あんたも名前は呼ばないし……」

「いえそんなことは。ただ私もあの方の名前を呼ぶことが少なかったもので……」

 

 屋敷にいた頃はずっとご主人様呼びだったし……なんとなく、口に出して呼ぶのが変な気がして、自然とそうなっていた。

 

「エピン……あの方の名はエピンと言います」

「エピン……か」

 

 私が伝えると、エイアムさんはゆっくりと天井を見上げて、少しそのままじっとしていた。

 

「婆さんにも色々伝えてやらんとな。悪いが儂もそろそろ体力の限界だ、また明日来とくれ」

「はい。長い時間お邪魔しました」

「いやいや、来てくれるだけ嬉しいってもんだよ」

 

 エイアムさんは私が扉を開けて外に出るまで見送ってくれていた。あたたかい人なんだと思う、あの方がこの人たちの家で過ごしていたのも分かるくらい。

 

「……エピン」

 

 荊の魔女としての、あの方の名前。

 ……何故、エイアムさんたちに名乗らなかったのだろうか。

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