「既に8体の魔物を確認……?聞いてた話と違うが」
アンビルの近くにまでやってきて、人がすっかりいなくなった村の中を徘徊していた、氷で出来た大きな牙を持つ猪の魔物を仕留めた日。教会の人間から改めて依頼書を出されて愚痴を吐く。
「受けた依頼じゃ3体だったはずだが?」
「魔物とはいえ獣ですので……」
「……まあそれもそうか」
傭兵の中でも魔物を進んで討伐したがるやつは少ないらしい。こっちは報酬に釣られてのこのこ来てしまったが……来たのは俺一人だけ。騎士団に任せておけばいいという思考らしい。
まあ実際そうなんだが……
「あの……私は南部の生まれなので魔物を見るのが初めてなのですが、こうも同時に発生するものなのですか?」
そう俺に聞いてきた若い修道士。鍛えてはいるようだし武装もしているからこうして町の外に出られるのだろうが……まあ実戦経験はないだろう。生涯戦わずに済むならそれに越したことはないが。
「……北部ならある。南部なら……そもそも自然な魔物の発生自体が滅多にない。ここまで同時に特定の地域でってなると……俺は聞いたことないな」
「やはりそうなのですね……」
魔物のことなら教会の人間ならしっかり理解しておけ……と言いたくなったが、南部の平和さでそれを意識しろというのも無理な話なのだろう。
「不安なのです。何か良くないことの予兆のような、そんな気がして……」
騎士は特務ではなくとも魔物のとの戦闘訓練……というより、魔法を扱う相手を想定した訓練をする。
アルコス騎士団の相手はレプニムスに仇をなす存在、と士官学校時代から何度も聞かされてきた。まあ盗賊なども仇をなす存在になるんだろうが……実際に敵として扱われているのは魔女。
「不安なら傭兵なんて頼ってないでちゃんと騎士団を呼べばいい。もしかしたら特務……パージの連中を寄越してくれるかもしれないしな」
「彼らは今シアンタにいるそうで……」
「シアンタ?……あぁ」
そういえば大規模な魔法が確認されたとか何とか言ってたっけか。なるほどそっちに戦力を割かれて……
騎士団を抜けてからあそこの動向なんていちいち気にしないから普通に忘れていた。
「特務が出張るほどの事態なのか……」
「もし、このアンビルの周辺に魔女がいるならパージは来てくれるでしょうか……」
「………さあ?」
この修道士、たかだか傭兵相手に随分とお喋りだ。普通のやつならこんなに話に付き合っちゃくれないぞ、あいつら教会やら騎士団やらは嫌ってるのが多いし。
「ただ魔女ってだけならどうか知らんが……
「赫月録……よくご存知ですね」
「………」
レプニムスが出している、名前と魔法の分かっていて教会にとって重大な敵と認識された魔女の名前が記された名簿。建国以来騎士団が仕留めたもの、行方の知れないものまで含めた数多くの魔女がそこに名を連ねている。
「ドゥリア、ミクェラ、リドナ、シルヴァ……ロザリィ……は、もう討伐されたのでしたっけ」
「…俺が知るかそんなもん」
「あっすみません……」
しかしこれだけ同時に魔物が存在するのは……この近くに新しい地脈の噴出口でも出来たか、それとも……
まあ、そこまでは俺の仕事じゃない。
「ほら邪魔だ、危ないしとっとと帰れ」
「えっ、さっきまで話してくれてたのに……」
「警告してやってんの」
いつどこから魔物が現れるとも知れない状態で外を出歩くなんて、見方によっちゃ自殺願望者だ。教会もどうかしている……というより危機感がないのか?
そういや、騎士団でも南部配属を取り合ってたな………
「あんたさ、魔女が怖くないの?」
「ぶふっ、げぇっほごほっ」
突然凄いこと聞き出したんだけどこの人!!エイアムさんも凄い困惑した表情してるし!
ディステルさんが今いないからって……いや、なんで私とエシアさんがエイアムさんの家にたむろってるのかって話になっちゃうんだけど……
「怖い?」
「あんたら人間にとっちゃあたしら魔女は恐れ、憎むべき存在で…」
「ただ魔法が使えるだけの同じ人のことかい?」
「……は?」
エイアムさんの言葉に、エシアさんは理解できないって顔をしてる。
「誰にでも得手不得手はある。儂らにとってはそれが魔法で、あんたら魔女にとってはそれが魔法って、ただそれだけの話じゃないのか?」
「……なんだそれ」
「捻くれてる自覚はあるよ」
……魔女は数十年、数百年もの間姿が変わらずに存在し続けるのもいるって聞いたことがある。確かに肉体のほとんどは普通の人間と同じだけれど……
エイアムさんが口で言うよりももっと難しくて、歩み寄れない差が確かにある。
「確かにいばらちゃんも変わってるところはあったが……世界の歪みとか言われるほど、普通の人間の子と違うところは儂には分からなかったな」
「……なら、もしあたしがここであんたを殺そうとしたら?」
「ぶっふぉ」
また飲み物を口から吹き出してしまった、さっきから好き放題言い過ぎだろこの人。
「そりゃ逃げるか、命乞いでもするんじゃないか。まだ死にたくないし。相手が魔女とか関係なく殺されそうになったらそうするだろうさ」
「………」
あぁ、本当に。
この人にとっては違いがないんだ、魔女も人間も。
ディステルさんの大事な人も……そんなところに居心地の良さを感じてたんじゃないかな。
エイアムさんは、変な質問を何度もしてくるエシアさんに対してもいつもの調子を崩さずに……それでいて少しだけ優しい表情で語りかける。
「あんたに何があったのかは知らないし、別に知ろうとも思わない。その想いも、儂には理解できないものなのかもしれない。だから気の利いたことは言ってあげられないが……胸が苦しいのならゆっくりでいい、その苦しみと向き合ってみなさい」
「………知った風な口を」
「知らないからこそ好き勝手言えるってもんさ」
そこまで聞いたエシアさんは黙って扉を開けて出ていってしまった。
「……へっ」
私、ひとりぼっち?
この空気で?
「自分勝手がすぎる……」
「お菓子いるかい?」
「いる!……いります!」
「探しましたよ」
「……なんで」
「なんで、と言われても……宿に戻ってこないから心配で」
日が落ちる前に見つからなければ諦めて戻るつもりだったけれど……意外と探し始めてすぐに見つかった。エイアムさんの家が丘へと登る道を少し外れたところにあるベンチに、彼女は座っていた。
この場所から、アンビルを見下ろしながら。
「よくここが分かったね」
「偶然です、当てなんてなかったので」
「じゃあ運命だ」
「……よく分かりませんが」
私がそう言うと彼女は少し微笑んで、隣に座るように促してきた。手招きに従って横に座ると、彼女は私に近づいて少し体重をかけてくる。
「あの……」
「こんなに誰かの近くにいるの、すごく久しぶりな感じがする」
「………」
私は……記憶にない。
肩に乗っかっている頭が重いという気持ちと、そこまで近くにいることを許してくれていることが嬉しい気持ちで、なんだか不思議な気分になってくる。
「最初はどんなもんなんだって、嗤ってやろうと思ったんだ」
「嗤う?」
「魔女のことを理解してる人間なんているわけが無い、だってあいつらは自分勝手な理由で私たちを人じゃいられなくして、追い込んでくるんだから」
いつもは明るい表情で振る舞っているエシア。今はその表情を見ているわけでは無いけれど……なんとなく下を向いて、憂鬱そうな顔をしているのが浮かんだ。
「……それで?」
「理解なんかしてなかった。……出来なくて当然だとか、そんなこと言ってきた。誰かを完全に理解することができないのは、あのお爺さんにとっちゃ当たり前で………あたしは魔女なのに、所詮あのお爺さんの当たり前でしかなかった」
バカバカしいって、思った
そう言った彼女は私の肩から顔を上げて、町の方へと視線を戻す。
「そんな簡単なことなら、何でみんなあたしたちを当たり前にしてくれないんだろう。なんで……そっとしておいてくれないんだろ」
何もされなければ。
ただそういう存在だと受け入れて、それ以上は求めないから。
たったそれだけの望みが、叶わない。
もっと受容してくれていれば、あの方は今もいて……私は、ご主人様に拾われなかったのかもしれない。
「飲み込めなくなって、飛び出して。ここで色々考えてたらこんな時間になっちゃってた、ごめんね」
「……私は」
なんで自分も話そうと思ったのか。
彼女が自分の気持ちを吐露してくれたのだから自分も……とでも思ったのだろうか。それとも単に、聞いて欲しかっただけなのか。
自分でもよく分からないまま、言葉は紡がれていく。
「最近、後悔……というものを感じ始めました」
「……後悔?」
「あの方は、近くの村の人間たちに焼かれました」
今でも鮮明に思い出される、あの光景。
足先から焼かれていくのはどのような感じなんだろう。火がのぼって、身体が焼けて……意識を手放すまでずっと苦しみ続けて、想像も出来ないような苦痛の中で。
何故、笑顔でいられたのだろう。
「抵抗だって簡単にできたはず、その気があれば魔法を使って……なのに何故、ただ焼かれることを選んだのか……」
それだけじゃない。
何故この旅をしていたのか、何故エイアムさんたちに名前を名乗らなかったのか。何故私を拾ったのか……
貴女は一体、どこから来たのか。
「分からないことだらけだということに、あの方がいなくなってから気づいた。今更気になっても答えてくれることはない。……私はただ、答え合わせのできない問いを追い続けることしかできない」
「……そうだね」
「後悔すら感じられないほど、私はただただあの方の死を受け入れてしまっていた。今ようやく、正しく……それと向かい合い始めたように思うんです」
思考を辞めた時、人は死ぬという考え方がある。
メイドだった時の私は、本当に思考をしていただろうか。餌を待つ雛鳥のように、ただ与えられたものを無心で貪っていただけじゃないのだろうか。ちゃんと思考をしていれば、ちゃんと考えていれば……
ミクェラ様のように、あの方の死にもっと心が動いたんじゃないのか。
「ディステルは……その人と対等になりたかったの?」
「……分かりません」
あの頃の私はもういない。
あの屋敷の跡地から出た日、荊の魔女のメイドは主人と共に死んで……今ここにいるのは、ただの人間のディステルなのだから。無思考だった自分の考えなんて……よく覚えていない。
「あの方はもう戻らないし、私はもう戻れない。この広い世界にたった一人で放り出された私は、あの方の影を追うことでしか生きることができなかったのかもしれない」
もしかしたら、あの時の私は逃げたのかもしれない。あの屋敷から……メイドをしていた自分から、主人を失った自分から逃げて、別の私になろうと必死だったのかもしれない。
「たった一人……かぁ」
話しているうちに下を向いてしまっていた私とは対照に、エシアは空を見上げる。
「私は……もう一人の自分を失ったような気持ちだった。悲しくて悲しくて……次に思ったのは
「エシア……」
「ふざけるな、無理に決まってる、何勝手に置いて行ってんだ、私の……私の大切なものを奪ったこの世界でなんか、生きていけるか……って」
でも、とこちらを見たエシア。傾いた日の光が彼女の顔を照らして影を作っている。
「隣に君がいるでしょ。……今はそれでいいかなあって」
「……私、ですか?」
「旅に出てからこんなに色々話せたの、ディステルが初めてだし」
「…そうですね、私もです」
ルルゥさんには、こういう話は聞かせたくない。
元気で明るい彼女のことが好きだから。
「私たちやっぱり似てるって思わない?」
「…少しは」
「え〜?」
「フフッ………戻りましょうか」
「そうだね」
あの方に近づけている、その実感はある。少しずつではあるけれど足跡は追えている。
この旅が終わる頃には……私のこの虚しさもきっと、埋まっていると、そう思いたい。