静かな日々が過ぎていく。
エイアムさんの家を訪ねて、昔話やご主人様についての話を聞いて、リウェさんの様子を見て。ルルゥさんやエシアと一緒に町を見て回ったりして……
穏やかに見守るような日々が過ぎていく。こういう時間を過ごすのはいつぶりだろうかと、何度も何度も過去を思い出す。
程なくして、その日はやってきた。
「………」
いつ息を引き取ったのかも分からないくらい、その最期は穏やかなものだったそうで。もしやと思って医者を呼んで、ようやく……ということらしかった。
葬儀はとても静かに執り行われた。レプニムスの弔い方だったため、教会から牧師が来るからと魔女であるルルゥさんとエシアは家の中で待機してもらっていたから、エイアムさんの他に同席していたのは私だけということになるけれど。
「三人揃ってわざわざありがとう、あいつも喜んでるよ」
「いえ……息子さんたちは呼ばなくてよかったのですか?」
あまり口を出すことではないとは分かってはいるけれど、他にいるのが私だけというのも……そう思ったのだけれど、エイアムさんは墓石を眺めて笑いながら語った。
「あいつら全員遠くの街でそれぞれ元気にやってるから、死んでから呼びつけても間に合わないしな。それに、あいつがまだちゃんと喋れたころに、弱ってる姿は見られたくないから死ぬまでは黙っておいてくれって頼まれてたんだよ」
「……そうだったんですか」
「まあ文句は言われるだろうが、今から手紙を出して知らせるさ」
一度リウェさんとも話してみたかったと、ここにいるうちに何度も感じた。けれどまあこうして立ち会えただけでも幸運なのだと思う。
「ああそうだ渡したいものがあるんだった、着いてきてくれ」
エイアムさんに連れられ、家のなかの小さな引き出しから取り出したものを手渡される。それは綺麗に手入れされているが年季を感じる万年筆だった。
「…これは?」
「いばらちゃんが使ってたやつだよ。元々あの子が持ってきたものだったんだがここに忘れていって、次会った時に渡そうと思っていたんだ」
「あの方の……」
「君が持っていくべきだ。これ以上この家に置いておいたらワシが死んだ後に息子達に持っていかれる」
どこのものだろうか、作りもしっかりしていそうだし手触りもいい。その辺りの店で売られてはいなさそうな代物だけれど……
「……長い間預かっていただいてありがとうございます、大切に使わせていただきます」
「是非、そうしてくれ」
あの方がこの万年筆を本当に忘れてしまったのか、それとも置いていったのか……今となっては知ることはできないけれど。
あの方の痕跡は、確実に感じ取ることができている……そんな気がする。
「私、お師匠様と一緒に結構いろんな人を見送ったんです」
エイアムさんに別れの挨拶を告げて宿へと向かう帰り道、ルルゥさんがそう呟いた。
「大怪我をして意識が戻らないまま…だとか、病気で苦しみながら死んでいくのを見てられないから、薬で楽にしてあげて欲しいって家族の人に頼まれたり……とか」
視線を上げて遠い空を見つめながら、思い出すように語るルルゥさん。
「リウェさん、私が見てきた中で一番、穏やかに最後の時を過ごせたと思います。人ってあんな穏やかな終わり方も出来るんだなあ、って……」
「……そうですね」
苦しまずに逝けたんだから大したもんだと、エイアムさんも感慨深そうにしていた。ずっと近くで見守ってきたあの人だからこそ思うところもあったのだろうけれど……
「みんな、あんな感じで終われればいいのになあって。苦しんだり悲しんだりする人は、少ないほうがいいに決まってるのに」
……あの方は、最期の時を苦しみを感じながら過ごしたのだろうか。足先から火で焼かれながらも笑みを浮かべていたあの方は……
あの方の使っていた万年筆と手記を揃えても、あの時何を考えていたのかを想像することすらできない。
「誰しもが終わり方を選べるわけじゃない。……私たちみたいなのは
特に」
「……エシア?」
「明日、時間くれないかな。別に急いでるわけじゃないんでしょ?」
彼女のこの町でやりたいことだろうか。わざわざわたしの目的に付き合ってくれたのだから、私にできることであれば手助けがしたい。この町でお別れになるかもしれないし。
「いいですよ、いくらでも付き合います」
「ありがと。……あ、ルルゥは留守番で」
「へっ………?」
「………これでいいでしょうか」
「お〜……」
「それやめてください」
試着室から出るたびに感心するような声と拍手を浴びせられる。正直言ってかなり恥ずかしい、これ程の羞恥を感じるのはいつぶりだろうか。
「ホントになんでも似合うな……元々来てたのも良く言えば骨董品って感じだったけど、やっぱり古臭いのよりそっちの方がいいよ」
「そうなんでしょうか……服の良し悪しとかはあまり分からなくて」
「うん、私もわかんない」
「あれ?」
「つまりそれは私の趣味!」
いい笑顔で元気よくそう言ってくる。
自分自身特にこだわりがあるわけではないけれど、今まで来ていたあの方の服とブーツと……昔着ていたメイド服とシルエットが似るようなものがやはり個人的にも慣れている。
それを分かってか、エシアもそういった類のものを選んでくれているように感じる。
「でもせっかくスタイルいいんだし、こんなに服にゆとりがなくたってさあ」
「懐には色々忍ばせておきたいので……それにサイズをちょうどにすると動きづらくなってしまいますし」
「つまんないこと考えてるなあ」
つまらないこと……なのだろうか。
実用性まで鑑みれば、旅に向く服とそうでないものというのは別れて当然だと思うのだけれど……彼女にとってはそれがつまらないことらしい。まあ魔女からすれば魔法を扱うのに身軽さとかは関係ないのだろうか。
「あ!あそこの方にあるのとかいいんじゃない?ちょっと取ってくる!」
「………」
あの方が用意してくれた服は、結局一度着て見せただけでほとんどがそのまま屋敷の瓦礫と共に燃え尽きてしまった。ただのメイドの服を買う理由なんて、考えたこともなかったけれど……
今のエシアのような表情を浮かべて、服を選んでくれていたのだろうか。
「見てこれめっちゃ肌出てる!!」
………流石に違うかなぁ。
「このコーヒーっていうの、最近隣の国から流れてきたらしいよ。なんか豆?をどうこうしてするんだって」
「へぇ……」
散々着せ替え人形みたいにされ、次に連れられてきたのはエイアムさんの手がけた噴水のすぐ近くにある喫茶店。
「とりあえず飲んでみてよ」
「はぁ……それじゃあ」
湯気の立ち昇っている、やたらと香ばしい匂いのするその液体を火傷しないように、少しだけ口の中に含む。
「………苦い」
「ね!そんな顔になるよね!」
「私の顔見たさに飲ませたんですか……?」
「ごめんごめん、正直泥水にしか思えないんだけど流行ってるの信じられなくて」
「もう……」
まあ……苦味に慣れれば悪くない…かも?外国との交易もこれまでの歴史でほぼしてこなかった、というよりは出来なかったミルバン。様々な交易路……主に船だけれど、それによって近年では色んな国のものがよく流通するようになったらしい。
コーヒー……おそらく大陸の東にあるラオガングだろうか、今度調べてみよう。
「それで……そろそろ聞いてもいいですか?私に何か用があったんですよね」
「……別に、一緒に服選んだり喫茶店に行きたかったってのも本心だよ。それが本題じゃないのは認めるけど」
少しバツの悪そうに紅茶を口に運ぶエシア。視線を私から逸らして、広場の中央にある噴水を見ながら話し始める。
「少し、昔話してもいいかな。いやまあ昔って言っても一年やそこらの話なんだけど」
「……どうぞ」
「ありがと。ちょっと長くなるけど……」
私、元々は普通の家の……まあ北部寄りのとこに住んでたけど別に暮らしに不自由があったってわけじゃないんだけどさ。まあ普通の町娘をしてて……父と母と、姉と私の四人家族で。
私とお姉ちゃんの間には誰にも言えない秘密があった。親は違かったけれど、私とお姉ちゃんは同じ魔法を使う魔女だった。絶対誰にも言わずに、二人だけの秘密にしようって……そうやって生きてきて、私が15歳の時。町でも人気のパン屋の看板娘が魔女だって騒ぎになって、気づいたら町からいなくなってた。
怖かった、連れてかれたか、殺されたのか分からなかったけれど……何か悪いことをした人とは全く思わなかったから。本当に魔女だったのかどうかすら今となっては分からないけれど……
私とお姉ちゃんはそれで凄い危機感を感じて……二人で一緒に家を出た。別にお母さんやお父さんと仲が悪かったわけでも、魔女ってバレそうになったわけでもないけれど……
二人だけで家を出て、国の北は魔女狩りは盛んだって聞いてたから、南へ南へってやってきて……町からも村からも離れた山奥で、二人で静かに暮らしてた。
魔法のおかげで狩りとかにも困らなかったし、なんとか暮らしていけてた。たまに恋しくなって、こっそり町にまで降りたりしたこともあったけど……上手くやってるつもりだった。
そうやって2年、頑張って、静かに、誰にも傷つけられないように生きてきた。
「その後、どうなったと思う?……って、これは意地悪か」
「………」
自分の目の前にもあるコーヒーの水面をじっと見つめながら、どういう感情から来ているものなのか分からない笑みを浮かべて彼女は話す。
「特務は……レプニムスは何のために魔女を殺すと思う?」
「え…?」
「教義に背いているから?法王の思想?存在していると教会にとって不都合だから?もちろんそれもあるんだと思うよ。けどね、私が見たものは………あの日、私が見たものは」
どこからか、肌を針で刺すような冷たさの風が吹いてきて、そっと首筋を撫でる。まるで彼女の感情に呼応するように。
「ここが、抉り出されていた。乱暴に、家畜の内臓でも引き摺りだように」
胸に手を当てて、淡々と話す。
何故か焦燥にも似た感情が、私の中に浮かび上がってくる。
「血の匂いがあまりに充満してたから、獣に食いちぎられてるところもあった。……笑っちゃうよね、本当に私たちを駆逐したいならその場で砕けばいいのに、持ち帰ろうとするんだから」
「貴方は……」
「ねえ、ディステル」
机の上にあった私の右手を掴んで、両手で握る。まるで氷にでも触れているかのように冷たくて……
彼女の表情は笑っているのに、その瞳の奥には真っ黒なものが見え隠れしていて。
「この町の人間、皆殺しにしようよ」
「………え」
大した事じゃないみたいに、そうからっと言ってみせる彼女に理解が追いつかなくて。困惑した声を上げることしかできなくて。それでもその冷たい手のひらは私の手を握って離さない。
「ああ、あのおじいさんは住んでるとこ遠いし巻き込まれないと思うよ。ルルゥは……あれはちょっと普通の子供過ぎるかな。ディステルさえいれば騎士団の奴らを相手にしたって———」
手を振り解いて席から立つ。
このまま掴まれていたらその冷たさに、その瞳の奥の黒い何かに飲み込まれてしまいそうだったから。そんな私を見て彼女は、心底失望したかのような、諦観しているかのような表情を浮かべた。
「まあ、そうだよね」
「エシア……貴方は——」
広場の噴水から噴き出る水が一瞬で凍りつく。彼女の全身から迸る魔力がピリピリと肌を突き刺し、冷や汗が浮き出てくる。
「いいよ、ダメで元々だったし。君は優しいから」
「……これが貴方の、やりたかったことなんですか?」
凍りついた広場の噴水から肥大化していく氷、それに気づいた人々が悲鳴と怒号を上げながら逃げ出していく。そんな様子を彼女は椅子に腰掛けたまま、頬杖をついて見ていた。
「どこでもよかったんだ、魔物を生み出して近くの村から避難民を出せばそこに自然と人が集まる。いくつか想定外はあったけれど……まあでも、人生ってそういうものじゃん?」
「……復讐のために?」
「…そうだよ?」
人々に向ける冷たい視線とは違って、私には笑顔で語りかけてくる。
「私、ディステルのことが好きだよ、魔女じゃなくったってね。別に私を手伝ってくれなくたって、私はあなたのことを嫌いになんかならない」
「何を言って———」
反射的に身体が動いてナイフを抜いていたけれど、広場の氷塊から伸びてきた鋭く尖った氷に対しての行動が間に合わず左肩を貫かれる。
「ぐぅっ…!?」
そのまま身体を持ち上げられ、耐え難い痛みが身体を襲いながら振り回されて道の真ん中へと放り出された。
「さよなら、楽しかったよ」
その後に何か追撃をしてくるわけでもなく、道の真ん中で肩を押さえている私を見下ろしながら冷淡に彼女は言い放った。なんとか言葉を捻り出そうとしている間に、足音が近くに寄ってくるのが分かった。
「ディステルさんっ!!」
「っ……ルルゥさん?なんで、ここに……」
酷く焦った様子の彼女は私の右肩を組んで立ち上がり、その場から去ろうとする。振り返って見たエシアはそれ以上何かしてくる様子はなく、じっと凍りついた噴水を眺めていた。
「ルルゥさん待ってっ、私は——」
「嫌です!!」
困惑し、傷を負った私には今までに見た事のないような必死な顔で、真っ向から否定してきたルルゥさんを振り解くことはできなかった。左肩の痛みに歯を食いしばりながら、エシアと既に民家ほどの大きさになった氷塊から逃げ出す。
「……コーヒー、冷めちゃったなあ」
聞こえた言葉に、聞こえないふりをして。