さすらいの鉄薊   作:あぱ

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鉄華

 

 夢を見ているかのような感覚だった。

 彼女と交わした時間が何度も頭の中で繰り返されて、左肩の痛みで現実に引き戻され。そしてまた意識が追憶に割かれる。

 

「とりあえず応急手当ては済みました、かなり強く包帯を巻いたので苦しいかもしれませんけど……」

「ぅ……」

 

 手元と服が私の血で汚れてしまっているのにも関わらず、ただただ私を案じる表情を浮かべるルルゥさんを見て、随分と血に慣れているんだなと思ってしまった。

 

「ディステルさん、今すぐ町を出ましょう。まだ街の中心部から氷はそこまで大きくなってはないですけど……魔力の量が変なんです。やろうと思えばあの人は今すぐにでも氷でこの町を飲み込める」

 

 周囲からはすっかり人気はなくなり、中央広場の方を見れば風車小屋よりも大きくなっていそうな氷塊が目についた。既に日は落ち始めており反射した夕日が目に入って、眩しい。

 

「町を出て、人目につかない安全なところに行って、ちゃんと治療して、それから」

「…ルルゥさん」

「っ……そんな目で見ないでください」

 

 身を案じてくれているのは分かっている。今のエシアの危険性も、ここで魔女と関わることの重大さも。

 

「分かってたんです、ホントは。あの人が私とは違う魔女だって、いつ爆発するかわからないような人だって分かってて………でも、だからこそ行かせる訳にはいかないんです。ああなった魔女の危うさはよく分かってるし……シアンタでのあの大波も……」

「…そうですね」

「あれは魔女じゃなかったから、でも今回は……それにその傷で、怪我してて……やっばり行かせられないです」

 

 私の右手を、自分の血塗れの両手でぎゅっと握っている彼女。

 

「行かないで、ください。見て見ぬふりをして、嫌なことは全部忘れて、前に進んで……私はもっと旅がしたいです」

 

 言うことは最も。

 エシアとは長い付き合いというわけでもない。今ここで飛び出して、殺されるかもしれない場に赴いて、知り合いでもない人々を助ける義理なんてありもしない。

 知らないふりをして立ち去ること、それが最善であり、エシアもきっと私にそうすることを求めている。

 

 けれど。

 

「……傷の手当て、ありがとうございます」

「…ダメです」

「ルルゥさんは町の外へ向かってください。私なら大丈夫です、必ず戻りますから。今は巻き込まれないことだけ考えてください」

「ダメだって言ってるじゃないですかっ!あなたの旅の目的は、そんなことじゃ……っ」

 

 ……さっきは血に慣れているなんて思ってしまったけれど。今の彼女の表情を見て同じことは思えない。

 

「危ない場所に…行って欲しくないです」

「……もうすぐ、分かりそうなんです。エシアと私の違い……同じようで違う、その理由が」

「…それを知ることは、この旅より大事なことなんですか」

「この旅と私にとって、大事なことです」

 

 私はあの方のようにはなれない。全く同じ旅路を辿ることもできない。今私がやっていることはあの方の旅ではなくって、私自身の旅だから。

 

「……意外と頑固ですよね」

「そうでしょうか」

 

 私の右手を固く握っていた両手が緩む。手を優しく振り解いて立ち上がり、二本のナイフを懐に挿す。

 

「鎮痛薬はもう飲ませたのでもうすぐ効いてくると思いますけど……無理しないでくださいね」

「……頑張ります」

「もう……」

 

 話をしなくちゃならない。

 私のために、彼女のために。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってんだか」

 

 最初は自分の生み出した魔物が倒されたのを見て、気になって。魔女と人間が一緒に行動してるのが分かって、それが不思議で近づいてみて。

 思っていたよりも随分居心地が良かった、それだけ。

 

 氷塊は広がっていく。建物を押し除けて、飲み込んで、どんどん広がっていく。枝のように伸び広がって、そこからまた大きな氷塊となってこの町を埋め尽くしていく。

 その気になればもっと早く出来るのに、こうして時間をかけているのは何故なのか。

 自分に向けた嘲笑が口から出てくる。

 

 

 最初からこうするつもりだったのなら、もっと早くできたはず。何故わざわざ人と関わって、引っ掛かるような思いを抱えて。随分前に決心したはずなのに、何故こうも揺らごうとするのか。

 

 何がしたい、何がしたい、何がしたい、何がしたい。

 

「………」

 

 自問自答を、手元で光る結晶を痛いくらい胸に押し付けて飲み込む。めり込んで、血が出てきそうなくらいに押し付ける。

 それくらいしても、あいつが感じた痛みのかけらにも及ばない。痛みだけが私をここまで連れてきた。痛みに誓って、やり遂げると決意した。

 

 

「………なんで来るかなあ」

 

 ブーツの足音を鳴らしながら、隠れもせず。堂々と私の元にやってきた彼女は、その手に武器すら持っていなくて。

 

「話がしたくて」

「……話すことなんてないよ」

「私にはありますから」

 

 私に怪我させられたことなんか気にしていないみたいに、その肩の痛みを全く意にも介さず。

 

「ちゃんと、話をしましょう」

 

 純粋なのか、無垢なのか、無知なのか。

 その真っ直ぐな目を見ると、どうしたって揺らいでしまう。

 

 痛みを忘れてしまうくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝えたいことがあるんです」

「……それで?」

「あなたと私の違いについて」

 

 エシアは私と自分を似ていると、そう言っていた。多分境遇のことからそう判断していたのだと思う。けれど……

 

「あなたは姉を奪われ怒りを、悲しみを抱いて、それを人間へと向けた。私はあの方を奪われて怒りも悲しみも抱かず……誰に復讐するでもなく、自分が旅に出ることを選んだ」

 

 境遇は似ていても、考えたことは違う。同じ人じゃないのだから考え方も感じ方も違っていて当然で。

 

「どちらも間違っていないと思うんです。そこに正解なんてないと、私は思っています」

「……じゃあ何が言いたいわけ?」

「…私はあの方はきっと満足に死ねたのだから、他者がそれに対して何かをする必要はないと……あの方が自分自身で、あの結末を選んだのだと思っていました」

 

 ミクェラ様は平気な顔をしている私を見て、言葉を聞いて呆れたように笑って去っていった。

 

「私は……受け入れてしまった。奪われたことを、自分で勝手にこじつけて、納得して……激昂することも、慟哭することもしなかった、できなかった。……私とあなたは、違うんです」

 

 私は人として未熟で、普通の人間の感じ方というものをようやく最近理解できるようになってきたと思えてきたところで。

 

「私は……復讐という行いを否定できない、する資格がない。大切なものを奪われて怒りも、憎しみも、悲しみも苦しみも感じなかった私に、その思いを踏み躙る資格はない」

 

 あの方は復讐について何か言っていただろうか。

 あの方に復讐したいと思うような出来事は、あったのだろうか。

 

「それを伝えるために、わざわざここに来たの?騎士団に見つかったらディステルも疑われちゃうよ」

「………あなたのやろうとしていることが、本当に復讐なのかを聞きに来ました」

「…へぇ?」

 

 机に頬杖をついたまま、彼女はさも興味津々というような表情で私の言葉を真剣に聞いている。

 

「だって……貴方が恨むべき相手はきっと、人間じゃなくてレプニムスだから」

「………」

「あなたのお姉さんを殺したのは騎士団。心臓を奪い返したのならきっと、騎士団を倒したのだと思う。……復讐というのなら、この時点ですでに終わっている」

「別に、人間全員を憎んだっておかしくないんじゃない?」

「それなら何故、もっと早くこの町を飲み込まないのですか?」

 

 あまり信用できるものではないけれど、彼女から人間という存在に対しての憎悪や殺意を感じたことはない。そういうものとは別の黒い何かが彼女を突き動かしている……私にはそう見えた。

 人を心の底から皆殺しにしたいのならエイアムさんのところへから必要もなかった、言葉を交わす意味もなかった。こうして町の中心でいつまでも姿を晒さず、もっと早く人間を殺して身を隠したほうがいい。

 

「……どうしても、あなたがこんなことを、こんなやり方でやろうとしていることが気になって、知りたくて。ここに戻ってきました」

「…ほんと、優しいね」

 

 そう言った彼女は席を立ち、噴水を完全に飲み込んだ氷塊を見上げて話し始めた。

 

「人間を皆殺しにして魔女の世界を作ろうとした魔女は、それはもうたくさんいた。でも結局最後は人間に殺される。それは歴史として既にある事実で……結局魔女は自分達だけじゃ増えられないから、人間の数を超えることはない。数で負けてるからいつか殺される」

 

 膨大な魔力を放ち続けながら水色に淡く光る結晶状のそれを、紐のようなもので結んで首からかける。

 

「生かすも殺すも私たちには簡単、それだけの力がある。ただ、普通に生きることだけが難しい」

「………」

「姉を失った時に、私の世界は終わった。こんな世界で私だけ生きてる意味なんかない、さっさと私も死んで、こんな酷い世界とおさらばしようって思った。でも、ただ死ぬだけじゃつまらないでしょ?だから出来るだけ多くの人間を殺してから私も死んでやろうと思った」

 

 八つ当たりにも近い思考、自暴自棄としか言えないようなもの。それを否定できないくらいの傷を彼女は負っている。

 

「誰でも、どこでも良かった。人間が集まってるならどこでも……恨みなんかない、私の大切な人がいなくなっても何食わぬ顔で回り続けるこの世界への、ちっぽけな反抗心」

「……それに意味がないと、分かっていても?」

「意味がなくたって、それが私が今死んでない理由だから」

 

 理屈で止められるものじゃない。彼女を突き動かしている何かが彼女にもどうしようもないものだからこうなってる、私がどんな理屈を並べたって、それにも勝るものを彼女は持っている。

 

「さ、話はこれでおしまい。私はこれ以上ディステルを傷つけたくないから、このまま去ってくれると嬉しいんだけど」

 

 そう言って彼女は氷塊の前に立ち、結晶を手に魔力を迸らせて私に牽制してくる。これに臆して逃げ帰ってくれと、そう言わんばかりに。

 

 もっと上手く話せていたら、こうはならなかったのだろうか。

 

「ごめんなさい。私の言葉じゃあなたを救えなくて」

 

 ナイフを抜く。

 どちらにせよ引くわけにはいかないから。

 

「私は……私の勝手で、あなたを止めます」

「…そっか。まあ気楽に行こうよ」

 

 心底残念そうにそう言った後、彼女の魔力が膨れ上がり大量の氷の槍がこちらに向かって飛んでくる。横に向かって走りエシアと中央の氷塊を挟むように回り込むと今度は氷塊から氷を伸ばしてくる。

 跳び上がり、蹴って周辺の建物の上に着地して息を吸う。

 

「分かってたけど、凄い動くよね」

「………」

 

 氷の足場を伸ばして、彼女も同じ高さまで上がってくる。

 

 勝利条件は彼女の無力化、方法はいくつかある。

 殺害、気絶などの無力化、戦闘の意思の喪失…もしくは魔力切れ。

 

 とにかく殺害はなしだ。

 気絶は狙えればいいが、近づけるのも困難な現状で狙えるかどうかは怪しい。説得による意思喪失もダメ。

 

 魔力切れは…これだけの魔法を行使していて消費も相当なはずだが現状彼女に変わりはなく、あのエシアとよく似た魔力の結晶……魔晶石がある以上それもどこまで期待できるものかわからない。

 

「…随分と分の悪い」

「なんか言った〜?」

 

 足元から建物ごと貫通して氷塊が伸びてくる。それにより空中に打ち上げられた私に向けて大量の氷の槍を撃ってくる。片方のナイフでそれを防ぐがいくつかは服や肌を掠め、そこから熱い血が滲み出す。

 立ち止まっていても不利と判断して、近づいてくる彼女と一定の距離を保ち続ける。

 

 彼女は心臓を奪い返したと言った。それはつまり少なくとも魔女を殺した騎士団の特務を彼女は殺したことになる。どちらも方法の如何にもよるが、相当慣れているのは違いない。

 

 こうして戦闘をしながら町を飲み込む氷を拡大し続けることができるくらいには。

 長引けばこの町も……そして彼女も。

 

「……ふぅ」

 

 腰に差したもう一本のナイフに、手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離ばかり取って仕掛けてくる様子のないディステルだったけれど、もう一本のナイフを抜こうとした瞬間に攻撃を浴びせ続ける。押し寄せる氷の波を、降り注ぐ氷の槍を。

 民家ごと潰して瓦礫の山にして、彼女の足場にもならないように念入りに。

 

 逃げ回る彼女を捕捉しようと攻撃し続け、気がつけば周辺の建物はすべて潰れてしまっていた。月明かりに照らされた煙が、崩れた建物ごと彼女を覆い隠す。

 

「……!」

 

 何かが回転しながら飛んでくる。氷で壁を作り、弾かれ宙に飛んだもの見つめる。月光を反射するその長剣に続くように金属製の何かが氷の壁に衝突しては弾かれていく。

 さっき壊れたのは武器屋か鍛冶屋か、とにかく手当たり次第にその場にある武具を投げつけているらしい。止まらない投擲の勢いに、一体腕何本あればこの密度で投げられるんだと考えているうちに、金属音とは別の軽快な音が聞こえた。

 

 ヤケクソのような投擲は陽動で、狙いは上空へと飛び上がること。

 

 魔力の籠ったそのナイフを構え、夜空に浮かびながらそれに刻まれた魔法を発動するのが分かった。

 

 あの紫色の古いスカートを空中ではためかせ、ナイフから伸びていくいくつもの鉄の棘が私の上空から地面へと降り注ぎ、氷塊から伸びていく町を侵食している氷を破壊する。

 

 それはまるで、花と荊のように。

 

 じわりじわりと戦闘中にも町を飲み込んでいた氷への魔力の供給が途切れ侵食が止まる。

 

 地面へと着地したディステルがナイフを一振りすると、魔力によって増殖した鉄が跡形もなく砕け散り、ズタズタに刻まれた氷と地面だけがそこに残される。

 

「ふぅ」

 

 彼女の深く吸って吐いた息が、静寂の中に溶けていった。

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