さすらいの鉄薊   作:あぱ

2 / 20
ハスティア

「はぁ……どうしよう」

 

 これが最後の干し肉……味わって食べようかと思ったけれど、食べれはするけれど不快な味わいのするそれを口の中に留めて置きたくなくて、すぐに飲み込んでしまった。

 

「これで食糧なし、お金なし……」

 

 勢い余ってこんな遠くの街にまで出てきちゃったはいいけれど、これからどうするか何にも考えてなかった。自分の浅慮さを恨みつつも行動まで後悔してしまうと本当に辛くなるのでほどほどにしておく。

 

「お師匠様心配してるだろうなあ…」

 

 そんなんだから何年経っても半人前なんだって言われて、じゃあ旅に出て一人前になってやる!って啖呵を切ったはいいものの……

 

「……ここ人通り多いな」

 

 道を外れて路地裏に入る。どちらにせよ立ち止まってちゃ周りの迷惑になっちゃうし、これからどうするかも考えないといけないし……

 

「はぁ……」

「そこのガキ、一人か?」

「…え?ひゃっ」

 

 声のする方に振り向いて小さな悲鳴をあげてしまう。だって目の前にくまるで壁みたいな巨漢が屈んで私に目線を合わせていたから。

 

「ダメじゃねえの、こんなところに一人で来ちゃあよ」

「え、えっとぉ、そのぉ……いだっ!?」

 

 わ、私の細腕がっ。こんな丸太みたいな腕に掴まれたら簡単に折られちゃうってか痛い痛い痛い!!

 

「こっち来い、俺がこの町のことを教えてやるからよ」

「けけ結構です!ぐっ……腕ふとっ!力強っ!バケモン!!」

 

 ど、どうするっ!?明らかにヤバい奴に絡まれてる……お師匠様は知らない男に声をかけられても絶対についていくなとは言われたけど、ついていくなっていうか連れていかれそうなんだけど!?

 魔法は……使えば抜け出せるだろうけど、こんなところでつかえば……

 で、でも………

 

「抵抗してんじゃ——」

「ひっ………え?」

 

 バタン、と巨漢が後ろに倒れた。まるで気を失ったみたいに……というか、気を失ってる。

 

「大丈夫ですか?怪我は……なさそうですね」

「へ……」

 

 巨漢を踏み越えて私の方へ寄ってくる白い髪の女性。

 凛としていて優しい声色が、私を不安にさせないようにしようとしているのが伝わってくる。聞いているだけで安心できる声。

 

「え、えっと……」

「こういう人の多い街の路地裏は危険なので、人通りの多い場所にいた方がいい……と、私もさっき学んだばかりです。怪我がないようならとりあえず通りに出ましょう」

「はっ、はい!」

 

 言われるがまま、優しく手を引かれるがままに通りに出てしまった。人混みの中でも離れないようにしっかり手を握られ、そのまま人の流れに乗って広場までやってきてようやく、足を止めて落ち着くことができた。

 

「さっ、さっきはありがとうございます」

「いえ……それよりもさっき……」

 

 何かを躊躇うような素振りを見せた後、首を横に振ったかと思えば長いスカートの裾を持ち上げて、まるでメイドさんみたいに振る舞った後ハッとして首を振った。

 

「ディステルと申します。驚かせてしまったなら申し訳ありません」

「い、いや助けてもらったのにそんな……わ、私はルルゥって言います」

「ではルルゥさんと呼ばせていただきますね」

「はっ、はい」

 

 所作や言葉遣いが一々丁寧というか、すごく上品で、なんだかこっちまで背筋が伸びるような思いになる。後ろで三つ編みにされている白髪の髪もそうだけど、凄く目を惹かれる。

 

「この町ハスティアはどうやら大通りを外れるとスラムのような場所が広がっているらしく……私も危うく捕まって売られるところでした。ルルゥさんも気をつけてくださいね」

「は、はぁ……ディステルさんはどうやって逃れたんですか?」

 

 可憐な人なのにそんなことに巻き込まれて無事でいるのが不思議でなんとなーく聞いてみると困ったような表情をされて。

 

「その……あはは」

 

 不器用な愛想笑いで察した。

 多分この人、全部さっきみたいに撃退したんだろうなぁ……見た目とは裏腹に結構……捕まって売られるって自分で言ってるのも軽いし……

 

「あっそうだお礼」

 

 お師匠様の「恩は絶対返せ、靴しゃぶってでも返せ」という極端な言葉が急に頭の中に浮かんできて、何かお礼をしなきゃと自分の持っているものを確かめてみる。

 

「え、えっとお金はないんですけど、この……あれこれなんの薬だったっけ。ちょっと待ってくださいねっ?」

 

 確かカバンの中にお師匠様の調合した凄い効き目の治療薬が……

 

「お礼なら結構です。通りがかっただけでしたし…」

「いえいえそんな!借りを作ったままにするなら死ねってお師匠様に言われてますし!」

「極端ですね……」

 

 まあ死ぬつもりはないけれど、お礼はした方がいいのは間違いないし。でも返せるものが……道端で拾った調合に使える草しか……

 

「でしたら……宿を探すのを手伝ってくれませんか?今日寝る場所に困ってまして……」

「………了解です!!」

 

 お手伝いもお礼に含まれるよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルルゥさん、ここ朝食もついているみたいですよ。五泊分の部屋も取れましたし、これでしばらくは大丈夫ですね」

「………あれぇ!?」

「わっ、大きな声」

「あっごめんなさい……いやいやそうじゃなくって」

 

 ………「?」みたいな顔してるけれども!!

 

「なっなんで私も一緒に泊まることになってるんですか!?」

「え?だって先程お金がないと……あ、もしかしてすぐにハスティアを発つ予定だったのですか?それなら余計なことを…」

「いやいや全然しばらくはいるつもりだったし、宿どころか明日のご飯にも困ってたけど……」

「なら、丁度よかったですね」

 

 両手を合わせてすっごくにこやかに笑ってそう言ってくる。一つ一つの所作が素敵なんだよなあ……いやそうじゃなくって!

 

「ここ結構宿代高かったですよね?二人部屋だし……私そんなにお金返せない……」

「いいんですよ。丁度一人は寂しいなあと思っていたところで…」

「……ま、まあそう言うことなら…」

 

 いやでもどこにも当てがないのも事実……優しすぎて裏に何かないのか疑ってしまうくらいには都合のいい状況なんだけど……

 

「そちらのベッドはルルゥさんがお使いください」

「……はい」

 

 遠慮してのたれ死んでも仕方ないし、ここは素直に従っておくことにした。5日間の間にどうにかしてお返ししなきゃいけないけど……

 

「……わっ、ベッドふかふか……」

 

 旅の疲れもあったんだけど。

 隣にディステルさんがいて、なんだかいい匂いもして、すぐに眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……魔女」

 

 薄らと紫がかった黒色の髪の少女。ご主人様が魔法を使う時の気配によく似たものをこの子が発していて、急いで止めに入った。どちらにせよ助けるつもりではあったけれど……

 

 ベッドでスヤスヤと眠っているその子供らしい姿を見て自然と笑みが溢れる。

 魔女と一口に言っても色々いる。大雑把に言ってしまえば永い時を生きる種族として魔女となったものと、魔法を扱えるだけの普通の人間。

 

 ご主人様やミクェラ様は前者で、恐らくこの子は後者なのだろう。

 

 旅に出て数ヶ月、あの方の手記を頼りにこの町へとやってきたけれど、まさかご主人様やミクェラ様以外の魔女と出会うとは……

 あの方達にもルルゥさんのように幼い頃があったのかもしれないなと、そんなことに思いを馳せてみる。

 

 手記を開いてページを捲る。

 

「……ハスティア、ワインが美味しい」

 

 あの方の手記から読み取れる、この街の特徴を表した文章はこれだけだった。他はなんというか……何を食べたか、くらいしか書かれていない。もう少し丁寧に書いてくださっていれば私も辿りやすかったのだけれど……

 

「………どこまで踏み込んでいいのやら」

 

 魔女狩りは一部地域で始まり、そこから連鎖的に広がって行った。今どのようになっているかは分からないけれど、少なくともこの町周辺でそう言った異端を排除する動きは聞いたことはない。

 だからと言って魔女ということを公にしている魔女は明らかに以前より少なくなっている……と、思う。流石に警戒しているのだろう。

 

 私は気づいているけれど、ルルゥさんは隠し通したいかもしれない。彼女がなぜ一人でこの町にいるのか……何か困っているのなら、私はその手助けがしたい。

 

「………私を拾ってくださった時、貴女は何を思っていたのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の外までやってきて散策、ディステルさんと手分けをして欲しいものの捜索をする。

 

「この葉っぱを……何に使うのですか?」

「薬の調合に使うんです」

 

 ディステルさんが摘んできてくれた葉っぱを確認して籠の中に放り込む。手伝いはいいって言ったんだけど「暇なもので…」と言い張られ、結局こうやって手伝ってもらってしまっている。

 

「調合……」

「私のお師匠様が薬師なんですよ。私はその見習いで……」

「つまり……今は武者修行というわけですか?」

「武者……ま、まあ確かにそうなるのか、な?」

 

 反抗心でムカついて旅に出てきたなんて言えない……曇りのない瞳で「立派なのですね」と感心してくれているディステルさんにそんなこと言えない。

 

「けれど、一人旅は反対されなかったのですか?」

「まあお師匠様も同じ歳くらいの時に旅……というより家出?みたいなことしたらしくって、だったらいいじゃんって無理やり……みたいな?私は今14歳なんですけど」

「………」

 

 でも見覚えのない植物ばっかりだなぁ、そりゃ場所が違えば植生も違うのは当たり前なんだけど……お師匠様の本棚から持ってきた図鑑とまた睨めっこしないといけないかなあ。

 

「…私も、大切な人が昔旅をしていたと知って。その後を追いかけている最中なのです」

「……そ、それって恋人……だったり?」

「え?」

「あっ違うんですねごめんなさい」

 

 なんか未亡人みたいな雰囲気出してるからそうなのかと思っちゃった、恥ずかしっ。

 

「えーと…な、なら私たちちょっと似てるってことなんですかね?あはは……あっ一通り集まった。ありがとうございます手伝ってくれて…」

「いえ……この後は薬の調合に?」

「はい!……あっ手伝わなくっていいですよ!?というか手伝ってもらうことないですし」

 

 調合は専門的なことだし……何より自分でやらないと旅に出た意味がない。

 

「ディステルさんは自分の用事を済ませてください!というか一方的に手伝ってもらってますし、私がなんか手伝いますよ!」

「私も特にこれと言って用事は……町を見て周りたいくらいなので、ルルゥさんは気にせずに頑張ってください」

「あっはい…」

 

 なんか、お誘いを断られたみたいな感情になって切ない……その大切な人っていうのに関係することなのかな、町を見て周るっていうのは。

 

「それでは私はこれで。あまり町から離れると危険ですので、お気をつけて」

「あっはい、ありがとうございます」

 

 去っていくその背中を見つめながら、すごい頼りになる人と出会えてよかったなあとしみじみ思う。一人だったらどうなってたことやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ?聞いたことないけど……」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 あの方がこの手記を持って旅をしていたのがどれほど前なのか、私は知らない。私があの方と出会ってあの屋敷に住み始めてから10年近くは経っているだろうから、それよりは前なのだろうけれど……

 

「手がかりはワイン……確かに名産と言われてはいるけれど……」

 

 ご主人様のような……具体的には「魔女が昔この町にいた」という話を知らないか聞いて回ってはいるものの、なかなかそれらしき情報に巡り会えない。 

 そもそも自分を魔女だと名乗る魔女も少ないのだけれど……

 

 容姿なども特徴的なものを挙げて聞いてみてはいるものの、やはり手応えがない。どのくらい前なのか、という情報がないのがなかなか厳しい。

 

「ワイン……」

 

 ここより前の町も手帳に書かれた順に従って辿ってきたけれど、どこも同じような感じであの人に関する情報は特に何も聞けなかった。あの人の後を追えてはいるのだろうけれど……

 

「………ワイン」

 

 そうやって考え事をしながらぶつぶつ言って歩いていると、いつの間にか町の中心の方にまでやってきたようで、ワインの瓶が売られているお店を見つけた。

 

「………あっ」

 

 店頭に並んでいるワインのラベルを見つけてハッとする。同じもの……正確にいえば少し変わっているけれど、確かに見覚えのあるものが屋敷の酒蔵にあったのを思い出した。

 そうだ、確か年代は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「20年から30年前………」

 

 あの酒蔵にあった年代のワインを販売していた時期はおよそそれくらいだと、店員さんに聞いた。少なくとも私と出会う10年以上前には旅をしていたということになる。

 

「……役に立ちましたね、これ」

 

 簡潔な文章でワインを褒めているだけだけれど、おかげで私が今、いつのあの方の足跡を追っているのかが分かった。まあ正確な時期は分からないけれど……これだけでも十分だと思う。

 ご主人様はあまり自分の方について語らなかったから。失ってしまってから、どれだけ私があの方のことを理解できていなかったのかを実感した。

 

「さて、買ったはいいものの……」

 

 ワイン……ワイン、かぁ。

 考え事をしていると勢いよく扉が開かれた。

 

「ただいまです!……あれワイン?買ったんですか?」

「あぁおかえりなさいルルゥさん。お店に寄ったのでつい……」

「お酒、よく飲むんですか?」

「いえ……飲んだことはありませんね」

「飲まないのに買ったんですか……?」

「まあ……」

 

 このワインはあの方が好きだった味なのだから、気にならないといえば嘘になるけれど……

 

「……調合はどうでしたか?」

 

 ワインを鞄にしまって、ルルゥさんに質問を投げかける。

 

「ふふん、上手くいきましたよ!とはいっても簡単な傷薬ではあるんですけれど……お師匠様に比べたらまだまだですが、良い経験にはなったと思います」

「それは何よりです」

 

 ルルゥさんは魔女であることを隠したいのだろうか。私に気づかれることを恐れてはいないのだろうか。

 無邪気に笑って楽しそうに話すのを見ていて、彼女が何を背負い込んでいるのかに思考を巡らせてしまう。

 

「ディステルさんは町見てきたんですよね?どうでした?」

「あぁ……そうですね、素敵な町だと思います。スラムこそありますが発展していて、街を歩いているだけでも笑顔がよく見られる」

 

 ハスティア自体がそれなりに発展していて、交易の中継地点となっていることも大きいのだろう、物がよく流通していて人も多い。商業地区の発展具合はこの地方でもなかなかのものだと思う。

 スラムがあるのも人が集まるが故という風に感じる。

 まあそれほどいろんな町を回ってきたわけではないけれど……

 

「ルルゥさんはどれくらい旅を?」

「いやぁ全然。とりあえずこの町まで来ようって思って寄り道もせずにやってきたんですけど、ちょうどお金も尽きちゃって……お金どうしよっかなあ!!」

 

 思い出したように嘆くルルゥさん。

 

「お金ですか…」

「そうだ、ディステルさんお金ってどうしてるんですか?その……結構持ってます、よね?」

「そうでもないですが…」

 

 旅を始めたばかりの頃を思い出す。割とすぐに路銀はそこをついて、どうするか悩みに悩んだけれど……

 

「まあ戦う手段があるのなら商隊の護衛として一緒に馬車に乗せてもらうのが良いと思います、危険ですけれどね。私はそうしてきました」

「護衛……な、なるほど」

「ルルゥさんなら薬を売り込んだり、薬師として商隊に乗せてもらう手もありますよ。個人で馬車を借りるのはやっぱりそれなりに値が張りますし」

 

 今持っている路銀の大半は、野盗を成り行きで壊滅させた時に頂戴したものを換金したものなのだけれど……

 

「薬はどこへ行っても貴重ですから」

「確かに言われてみれば……で、でも私の薬売ってもいいんですかね?あんまり自信が……」

「……なら、私で試してみますか?」

「いやそれは流石に……あー……」

 

 自分で試さないのは、何か理由があるのだろうか。

 

「じゃあ……もし怪我することがあれば、その時はとりあえず傷薬、試してもらってみても良い…ですか?」

「はい、もちろんです」

「……えへ」

 

 照れくさそうにそう笑っていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。