さすらいの鉄薊   作:あぱ

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残氷

 

 物に込められた魔法は、その性質を変化させることがある。それも魔女本人ですら使えないような物に。

 

 なんの変哲もない鉄製のナイフは、あの方の魔力と合わさることによってその刃を荊のように鋭く、枝分かれするように伸ばすことができるようになった。

 

 被害が広がらないように町を飲み込む氷の増殖を止める。再開すること自体は容易だろうけれど、今はナイフに込められた魔力を使う私の警戒で手一杯。今すぐに再度町を飲み込もうとはしないはず。

 

 向こうの魔力操作を私に完全に集中させられるようになったと思えば少し不安だけれど……このナイフの魔力が切れない限りは手数で圧倒されることはないと思う。

 最も、まともに戦闘で使うのは初めてだけれど。

 

「優しいんだか生温いんだか」

「………やっぱり邪魔か」

「あ?」

 

 スカートの裾をナイフでズタズタに引き裂く。布がなくなり肌に直接周囲の冷気が突き刺さるが、動き回って熱を帯びてきた今の身体には丁度いい。

 

「……それ、大事な服かと思ってたけど」

「………そうですけど動きにくかったので」

「そんな理由で?意外と薄情だったり?」

「さあ…どうでしょう」

 

 確かに、あの方の形見のようなものだから大切といえば大切なものだけれど……今はそれよりも、大切にしなきゃいけないものがあるから、そのために。

 

「それだけ本気、ということにしておいて頂ければ」

「……そっかあ。ふふっ……ふぅん?」

 

 結晶と彼女自身から放出される魔力量が、数段階放出される。ここまでの魔力に晒されるのは初めてで……ナイフを握る力が自然と強くなる。

 

「そのナイフの魔力もそんなに多くないでしょ。そっちだけ先に息切れってのも不公平だからさあ……」

 

 息を吸って、吐く。

 腰を落とし、左手に魔力の込められたナイフを、右手に長い付き合いのナイフを持って構えて。

 

 

「思いっきり遊ぼうか———!!」

 

 

 そう吠えると同時にエシアから全方位に向けて握り拳ほどの氷塊が大量に生成され、絶え間なく撃ち出される。左のナイフを振り翳し前方に鉄の荊を伸ばして駆け上がれるように壁を作り、切り離して走る。

 壁の1番上まで登り思いっきり踏み込んで跳んですぐに鉄の荊を鋭く、長く作り出してそのまま身体ごと空中で捻って彼女に向けて叩きつける。

 

「器用じゃん!」

 

 作り出された氷壁をかち割りはしたが彼女に届く前に勢いが殺される。すぐに切り離して彼女に向かって接近する。

 左のナイフを彼女の胸元に首からぶら下がっている結晶に向けて突き出すが、届く前に腕ごと氷塊の中に氷漬けにされる。すぐに氷の中で鉄の荊を生成して氷を内側から割り、そのまま右のナイフで胸の結晶を狙う。

 

 キン、と甲高い音。

 彼女の手に握られた氷の剣に塞がれる。頭上から降ってくる氷の槍を鉄の荊を上に広げて振るうことで一掃し、エシアの氷の剣も鉄の荊を伸ばして塞いでそのまま切り離し、身体を捻って足を伸ばし彼女の胴を蹴り飛ばす。

 

 

 魔女と戦闘したことは何度かある。ここまでの本気ではなかったけれど……普通の人間相手の戦闘と違い、魔女の魔法は彼女たちの身体から少し離れた場所でも発動することができる。

 遠くにいては物量で飛び道具の撃ち合いをしていても一方的に負けるため、接近戦をしかけるのが普通。故に騎士団の特務も軽装備の者が多い。死角からの攻撃に注意を払いつつ、魔女が一般的に不得意とする近接戦闘で決着を付ける。

 

 それがセオリー……ではあるけれど。

 

 

「いてて……動きやっばあ」

 

 鳩尾を狙った蹴りだったけれど、寸前で剣を持たない腕で防御された。

 息を入れた後、距離を空けられないように再接近するが、背後からの魔力の起こりを感じて地面に左のナイフを向けて鉄の荊を伸ばし、跳躍と共に身体を持ち上げ背中を狙って伸びてきた鋭い氷塊を回避する。

 

 そのままの勢いで彼女の手に持つ氷の剣とナイフがぶつかり合うが、空中から切り掛かった私が弾き返される。

 

 

 彼女の氷は一度避けたり防いだりしても、一定の距離さえあればその氷を起点として新しく氷を生成することができる。彼女の魔法を受けるほど周囲が彼女にとって有利なものになっていく。

 そして接近したとて簡単にこちらの攻撃が通るわけではなく、私の動きに対応した上で魔法を発動して引き剥がそうとしてくる、

 

 

 あまりにも……厄介。

 

「ぜんっぜん当たんねーや、ははっ……ぐぅっ…」

「………」

 

 とっくに、彼女の魔力は切れている。

 それを補うために、結晶の魔力を直接自身の体内に取り込んで魔力を行使している。同じ性質を持つからこそできる荒技で……無茶。

 

 苦しそうに息をしている。剣を杖代わりにして立っている。

 

「エシ——」

 

 言葉を遮るように地面が氷で覆われる。

 

「なら氷の上で踊ってみなよ!!」

 

 高速の氷の槍が一本、頭目掛けて飛んでくる。身体ごと捻って避けるが足場が滑って体勢を崩してしまう。追撃を喰らう前にそのまま鉄の荊を勢いよく地面に向かって伸ばし身体を押し出す。

 そのまま氷の上を滑り、右手のナイフを地面に突き刺して勢いを殺す。

 

 左肩の傷から滲むような熱を感じる。ルルゥさんに手当てしてもらったがもうとっくに開きかけている。出来るだけ負担が少ないように立ち回っているつもりだけれどやはり限度というものはある。

 

 

 足場が安定しない中で氷塊が伸び、氷の槍が降り、どこの地面から攻撃が飛んでくるかわからない状況になる。

 身体が滑る前にナイフで慣性を殺し、足場を滑らないように真っ直ぐに蹴ることを意識する。

 

 もし一度でも着地を失敗すればその隙に滅多刺しにされることだろう。そこの意識に集中を割いているために肉薄する余裕がない。私の鉄の荊は速度を上げるほど複雑な展開が困難になる。遠距離から攻撃するようなものではない。

 

 勝利条件は、エシアの無力化。

 今ならもう一つ、新しい方法を取れる。

 

 ナイフに残存している魔力も残り少ない、どちらにせよこのまま繰り返すわけにもいかない。思考をする余裕も段々となくなってきた。これ以上時間をかければいつ騎士団が来るかわからない。

 

 

「すううぅぅ………」

 

 

 深く、深く息を吸う。

 次に息継ぎをしないでいいように、これで終わらせるために。

 

 見え見えの隙を逃すわけもなく、私に向かって大量の氷が迫ってくる。それを振り切り、ナイフと氷を使って地形を跳ね回る。氷に楔を打つようにナイフを突き刺して、跳んで、その繰り返し。

 

 戦いのリズムやテンポなんておかまいなしの、がむしゃらな身体の動かし方。

 

 

 今までで最速の動きで、エシアの背後を取る。

 当然、私の動きは察知される。目で追えずとも背後で静止すればそこに向かって攻撃をしてくる。今の彼女は実質的に空間のどこからでも攻撃を繰り出すことが可能。

 

 左手に持っていたナイフを右手に持ち変え、右足を前に出し、左足を後ろに下げて腰を落とす。右手のナイフを腰の左側に持ってきて、いつでも振り抜けるように構える。

 

 私は防御しない、それを察したのか彼女の周りには氷壁が作り上げられていく。

 この使い方はあまり得意じゃない。そもそも魔法の性質があの方のものとは異なっていたため詳しく教えてもらえることもなかった。ただ、そんな中でもこういう風に使えばいいんじゃないかと、そうして言ってくれたもの。

 

 エシアは動いていない、つまり私からの距離は変わっていない。

 確証はない、完全に感覚、詳しく計算をする余裕もない、それでもやるしかない。

 

 

 鋭く、風を、音を切るほど鋭い刃を想像し、形成しながらナイフを振り抜く。私の全力の力で振り抜かれたナイフは、その刃を彼女の胸元まで伸ばし——

 

 

 周囲の氷壁ごと、胸にある魔晶石を砕いた。

 

 

 結晶の中に溜め込まれていた魔力が勢いよく放出される。街を埋め尽くしていた氷は弾け、蒼色の光となって宙に舞う。残ったのは地面に倒れているエシアと私と、瓦礫だけ。

 

「……器用じゃん」

 

 掠れるようなか細い声でそう呟く彼女の元に駆け寄ってその身体を起こす。力が入らないのかぐったりしている彼女の身体は冷たく、重い。

 

「なんでそんなに、悲しそうな顔してんのさ」

「……言わないと分かりませんか」

 

 魔女にとって魔力は血管と同じようなもの。魔法の出力が限界を超えるほど身体に負担がかかりら魔力切れが起こった時の後遺症も酷くなる。

 あれだけの魔法を行使した上で魔力切れを起こし、魔晶石からの魔力を無理やり身体に流し込んでどうにか保っていた彼女の身体は……

 

「もういいんだよ。姉の形見すら無くなった私はもう、いいんだ」

 

 諦観染みた言葉を吐き出す彼女の、吹っ切れたような顔を見つめて、自分勝手、だなんて言えなかった。

 

「羨ましかったんだと思います」

 

 代わりに、自分の気持ちを話す。

 

「私は……人との関わりが少ない人生を送ってきましたから。ルルゥさんが友人と親しそうにしている姿を見て……」

 

 重ねていた。

 あの方とミクェラ様の対等な関係と、ルルゥさんとラシレアさんのそれとを重ねて、自分にはないものを見て。

 

「だから、貴方が親しくしてくれて嬉しかったんです、本当に。……貴方が本当に姉の仇を取ろうとするのだったら……私は貴方の助けになろうとしたかもしれない」

「………」

「けれど、ただ虚しさのためだけに取り返しのつかないことをしようとする貴方のことを、止める事しか出来なかった」

 

 エシアをどうしたら肯定出来るのか、分からなかった。結局私は歩み寄れもせず、否定しただけに過ぎない。

 

「もっと早く出逢っていれば……」

「……いい口説き文句じゃん」

 

 ゆっくりと、彼女の瞼が降りていく。身体の力が抜けていく。

 弱々しく揺らめいていた魔力が、途切れていく。

 

「ありがと、それと……ごめん」

「………」

「ルルゥにも……代わりに謝っといて」

「………分かりました」

 

 私の言葉を聞いた彼女は、安心したように笑みを浮かべて。

 そのまま、重々しく瞼を閉じた。

 

「……ゆっくり、休んでください」

 

 冷たい風が、私と彼女の顔の間をすり抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合わせていた手を離し、閉じていた瞼を開く。目の前の墓石を少しだけぼーっと眺めて立ち上がる。

 

「もう行くのかい」

 

 エイアムさんの声を聞いて振り返る。看取ったあとも変わらず、活力を感じさせる立ち振る舞いをしている。

 

「はい、本来は今頃街道を歩いていたでしょうし……復興だのでごたついてて、ちゃんと検問が為されていない今のうちに町を出ておきたいですから」

「そうかい、気をつけてな。また会えることを願ってる」

「ありがとうございます。……けれど、本当に良かったのですか?巻き込むような形になってしまいますが…」

「今はひとりぼっちの寂しいジジイなんだ、気にすることはない」

 

 簡単に言ってみせているけれど、もし教会や騎士団に見つかってしまえば……なんて、頼み込んでおいて何を今更という感じではあるが。

 

「手紙、楽しみにしとるよ」

「…はい、必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘から見下ろす町は、思っていたよりも壊れてはいない。まあ町の中心部がかなり瓦礫の山になってしまったため、見た目よりも混乱が起きてはいるけれど。

 町を歩けば様々な声が聞こえる。シアンタから騎士が大急ぎで戻ってきている最中だとか、魔女の存在を不安がる声だとか。

 

 奇跡的に死人が出なかったことを喜んでいる人もいた。

 

 人混みを掻き分け、瓦礫の山を登り、また人混みを掻き分け。

 北門の近くで待たせていたルルゥさんを見つけた。

 

「うーん、やっぱり服がそんなに変わると違和感が…」

「そうですか?」

「ずっと同じ格好みてたからなぁ」

 

 流石に替えはあったけれど……

 以前の服は紫色だったけれど、今は黒とグレーと言った感じだ。ゆったりとしているけれどベルトを締めればちゃんと身体にぴったりと合うようになっている。動きやすくて過ごしやすいのでそれなりに気に入っている。

 

「……行きましょうか」

「はいっ」

 

 街道に沿って東に進んでいく。次の目的地の町まではそれなりに遠く、山を二つほど超えることになる。

 

 

 ルルゥさんは何も聞いてはこない。

 エシアが最後に謝っていたと伝えると、下を向いてそうですかといって、その後はもう何も話さなかった。二人の関係がどのようなものなのか……お互いにどう思っていたのかは分からないから、その沈黙の意味も察することはできなかったけど。

 

 しばらく、悩んでいる様子を見せていた。

 

「……道すがら、教えて欲しいことがあるのですが」

「ん?なんです?」

「手紙の書き方を……教えてほしくて」

 

 全く同じ旅路を歩むことはできない。

 あの人の足跡を追うことが、私の旅となる。それなら私は、この旅の中で何を成し得るだろうか。

 

 破いたあの服は、エイアムさんのところに預けてきた。

 私に取っての意思表明のようなもの、そのために。

 

 

 肩の傷が、まだじんわりと痛みを帯びている。

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