さすらいの鉄薊   作:あぱ

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ルルゥ 

 

「昼食一緒に取りませんか?」

「ベッド、整えておきましたよ」

「服を洗って来ようと思うのですが、よければルルゥさんのものも」

「お疲れ様です、ゆっくり休んでください」

「紅茶を淹れました、良ければどうですか?町で評判の良かったお菓子も買ってきたんです」

 

 

「………あー」

 

 自分がダメになっていく実感がある。

 部屋に帰るとディステルさんがいて、めちゃくちゃ世話をしてくれて、めちゃくちゃ優しくしてくれて、めちゃくちゃもてなしてくれてる。

 

「……なんで?」

 

 なんでここまでしてくれるんだろう。一緒の宿に泊めてくれてるだけでも大感謝なのに、その他の色々なこと……薬の売り込みにもついてきてくれたりするし、効果を私より饒舌に伝えてくれるし……

 

「寂しいから…だっけ」

 

 一人もそろそろ寂しいと思ってきたところだとかなんとか……それだけでそこまで色々する?お師匠様は無償で善意を振り撒いてるやつは頭がおかしいか詐欺師だから信用するなって言っていたけれど……

 私を油断させてどうこうしようって言うなら、とっくにどうにかされていると思う。めちゃくちゃ無防備に寝顔晒してると思うし。

 

「まさか寝てる間に何かされてる……わけないか」

 

 ダメだっ、とんでもないお人好しとしか思えないっ。

 

「はぁ〜………」

 

 ディステルさんのこと、何も知らない。それもそうで、私はあの人の大切なものでもなんでもなかって、ただただ施しを与えられているだけ。深入りするほど、出来るほど距離は近くない。

 

 

 もし、私が魔女だと知られたら。

 変わらずに接してくれるのかな。

 

「……なんて」

 

 

 知って、受け入れてもらいたい気持ちと。

 知られて、あの優しい目が変わってしまうのが怖いって気持ち。

 

 魔女狩りなんていうのをやってる場所もあるって聞くし、明かすべきじゃない。お師匠様だってそう言っていたし。

 

 

 

 自分を隠し続けるのは、すごく息苦しい。

 

 

 

「ルルゥさん、いますか?」

「あっはい、なんですか?」

「お菓子を買ってきたのですが…」

「食べます!!」

 

 こんなに素敵な人なら……って、そんなことを思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慣れないことをしていると時間はあっという間で、宿の残り宿泊数も残り一回になってしまった。

 私もディステルさんも、このハスティアの町でやりたい用事はもうなくなってしまったので延長はせず、そのままここを旅立つことになった。

 

「ルルゥさんは、次はどこへ?」

「え?あー……決めてないですね」

 

 私がそう言うと、ディステルさんは黙って私の前に地図を広げてくれた。

 

「ここハスティアは交易地でもあるので、ここからだけでも五つの町が繋がっています。私は西の方から来ましたが、こちらはあまりお勧めしません。……治安が、悪いので」

「はぁ、そうなんですね…?」

「ここから東に進めば比較的治安はいいでしょうし、植生もここ一帯より種類が豊富だと聞きます。ルルゥさんには合っているかと」

「なるほど…」

 

 すごく参考になるけれど、本当になんで私の旅路の心配してくれてるんだろう……

 

「……ディステルさんはどこへ?」

「私は南の方に。次の目的地があるのでそちらへ行こうかと思っています」

「そうなんですね……」

 

 私は東へ、ディステルさんは南へ。

 別に一緒に旅をしているわけでもないから当たり前で、私には私の、ディステルさんにはディステルさんの目的がある。出会って数日の仲でしかないから、進む方向が違うのは当たり前。

 

「……そういうことなら東に進もうかなぁ」

「それがいいと思います」

 

 地図が折り畳まれて鞄にしまわれるのをずっと眺めていた自分に気づいて、首をブンブンと振って視線を戻す。

 

「………」

「……ルルゥさんには、家族はいますか?」

「…んえ?」

 

 突拍子もないことを聞かれて変な声を出してしまう。

 

「いや……いるけど、縁は切れてるみたいな…」

 

 自分が魔女だと知ってから会ってない、向こうも会いたくないとおもってるはずだし……あの場所にはもう戻りたくない。

 

「………ディステルさんは?」

「私も同じようなものです。まあ顔も覚えていませんが……売られなかっただけ情のようなものはあったのかなって、今では思っています」

「売られるって……」

 

 これまでどうしてきたんだろう……旅に出る前は一体何を……

 

「今の自分を受け入れてくれる人は大事にしてください、人って一人で生きることはできませんから。貴女のお師匠様もきっと、貴女のことをとても大事に思ってくれているのでしょうから」

「………」

「気づかずに取りこぼしてしまった、私の後悔です。お節介でしょうが……貴女は間違えないようにしてくださいね」

 

 そう言うディステルさんの目は、私じゃない別の何か……もっともっと遠い場所にあるものを見つめているようで。そんな不思議な目に吸い込まれるような、そんな感覚になって。

 

「それでは私は旅の支度をして参ります」

「あっはい、行ってらっしゃいです」

 

 微笑んで部屋を出ていったあとも、しばらくあの目のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を振ってお別れ。

 

 時間が過ぎるのは、終わってしまえばいつだってあっという間に感じられて。手のひらに乗っかった雪みたいに溶けてしまって、実感っていうものが薄まっていっちゃう。

 

 ディステルさんは南の方へ、もうすっかり姿は見えない。

 普通にお別れの時が来てしまって、そのままお別れの言葉を交わして、見てる方向が違ったから、そのまま。

 

 ずっとモヤモヤしている。

 このままでいいのかって、自分で自分に問いかけて、このままでいいはずだって自分で自分に言い聞かせている。

 

 

 決心するなら、早く動けばいいのに。

 こうして別の方向へと歩いている間にどんどん後戻りできなくなっていく。焦りなのかなんなのかよくわからないものが私の中でぐるぐると蠢き続けている。

 

「……んんっ」

 

 立ち止まって自分の感情に嫌になって、誰が見ているわけでもないのに咳払いで何かを誤魔化そうとする。

 自分でも分かってる、これは躊躇いだ。

 私がそうしたいってだけで、あの人の旅路に関わるなんてそんなことできない、そう言い聞かせて自分のしたいことを許さない。

 

「お師匠様ぁ……私はどうすれば……」

 

 すぐに手が出て私を泣かせてくるあのお師匠様を頭の中に呼び出して教えを乞う。

 

『知らん』

 

 冷たい……何も参考にならない……まあお師匠様だしなぁ…

 

「……あーもう!」

 

 やりたいようにやれって、私の理想のお師匠様はきっと背中を押してくれる。そもそも旅に出た理由だって自分のためで、自分のためになることをするためにここにいる。

 

 きっとディステルさんと一緒にいることは私のためになるんだって、そんな予感がある。そう思いたい自分がいる。

 

 

 頭でぐだぐだ考えてたらいくらでも言い訳が出てくる気がして、とっとと追いかけることに決めた。カバンの中の小瓶がカタカタぶつかる音が聞こえるけど気にせずに走る。

 ここから南門までは行けない距離じゃないけれど、悩んでる間に結構時間は経ってしまって多分遠くに行ってしまっている。早く追いつかなきゃ行けないんだけど……

 

「はぁっはぁっ……なんでこんな道くねくねしてんのっ!」

 

 ただでさえ人混みのせいで走りにくいのに、まっすぐ進んでたら建物にぶち当たる。

 

「っあ……」

 

 目に入ったのは路地裏。

 一気に光が差し込まなくなって、なんとなく汚そうなその道。でも通りやすそうで、人が少ない。

 

「………っ」

 

 一瞬の迷いの後、その路地裏に突っ込んだ。一度怖い思いをしているのにどうしてって自分でも思ったけれど、それ以上にあの人に追いつきたかったから。

 たまに転がってるゴミとか、よく分からない腐った匂いのする何かとか、そういうのを避けて、乗り越えて、ひた走って。

 

 

「……あ?誰だお前」

「やっば」

 

 見つかった見つかった!走れ走れ走れ!息が切れても走れ!どっちにしろ追いつくためには急がなきゃなんだから!

 

「おいネズミが迷い込んできたぞ!捕まえろォ!!」

「ひぃぃっ!?」

 

 やっぱりそうだよね捕まえようとするよねっ!

 

「い、いざとなったら……」

 

 体力つけておいてよかった、まだ走れる。走れるけど……後ろの方から凄く怖そうな人たちが私が避けたゴミとか瓦礫とかを全部ぶち壊して私のことを追いかけてくる。

 

「ちょっ、ちょっと通りたいだけなんですぅ!!」

「なら通行料払って行くんだなあお嬢ちゃんよぉ!!」

「ひぃええぇぇっっ」

 

 絶対ろくなの払わされないもん!!

 とりあえず大通りにまで出ないとこのままだと囲まれる。随分入り組んだ構造はしているけど、一方向から駆け抜けるだけならこのままで大丈夫そう。けれど絶対向こうのほうが道は知っているだろうから、このまま逃げ切れる保証はない。

 

「もうすぐっ——」

 

 道の先に開けた場所があるのが見えて、そこまでもう一踏ん張りって思っていたところで何かが私の頭上を飛んでいった。押しつぶされたゴミの塊だったそれは大きな音を立てて落下し、私の通ろうとしていた道を塞いだ。

 

「はぇぇっ」

 

 驚いて振り返ると、いつぞやの身体の大きい男。気だるそうにしながら私のことを見つめる。

 

「あぁ?お前どっかで……まあ誰だっていいか」

 

 ディステルさんに気絶させられたからか、私の顔なんてそもそも覚えていないからか。私のことに気づきそうで気づかない。

 

「この辺のガキじゃねぇな……なら売り飛ばすか」

「っ……」

 

 そういう場所なんだろうけど、非道への思考があまりにも短すぎる。私本当にただここを通っただけなのに……

 ゆっくり近づいてくる男に後退りして、自然とカバンを抱えて守るようにしていた。

 

 多分、この状況ならどうとでもなる。魔法さえ使ったらどうにだってなる、けれどそれは……

 

「すぅ……はぁ……」

 

 後悔だ。

 ディステルさんを追いかけないことも、ここで私が魔法を使うのを躊躇うことも、きっとそのままなら一生後悔して、自分を恨む。あの時こうしていればって。

 

「———っ、え?」

 

 だから使おうって、そう決心して男に向かって手を伸ばしたら。

 その手を横からそっと優しく掴まれて、ゆっくりと下された。子供に優しく言い聞かせるような言葉と一緒に。

 

「大丈夫、任せてください」

「なん、で」

 

 追いかけていたはずの姿が何故かすぐそこにいて。……周囲を見渡すと、私を取り囲んでいた人たちが全員地面に倒れ伏していたのを見つけた。

 

「ディステ…どっ……えぇ?」

「さて、と」

 

 睨み合い。

 巨体の男の警戒心からくる圧力よりは静かだけれど、それでも重みのあるディステルさんさんの立ち姿。

 

「滞在している間に貴方の話は聞きました。まあどれも不愉快なものばかりでしたが……この町の人も貴方には手を焼いているようなので」

 

 懐から一本のナイフを取り出す。

 

「ここで手を引くなら見逃しましょう、私の役目ではありませんから。しかし踏み込んでくるなら………」

 

 その切先を男の喉元に向けて。

 

「覚悟の程を持って、いらしてください」

「女が……調子に乗るなよ」

 

 地面を踏み鳴らしてこちらへ走ってくる、およそ人が走っただけで鳴るとは思えない音と揺れを起こしながら。勢いそのままに振りかぶって、両腕をディステルさんに向けて振り下ろした。

 

 

 私がちゃんと理解できたのはそこまでで。

 

 振り下ろされた腕を、横に一歩動いて避けてそのまま手に持ったナイフで2回刺す動きをして。

 はいこれでおしまいと、そう言わんばかりにナイフをしまって、こっちに向かってディステルさんが歩いてくる。

 

 

「行きましょうか」

 

 淡々とそう述べて、塞がっていない別の道を指差すディステルさん。

 

「どこへ———あ?」

 

 男の振り下ろした腕は地面を叩き割って、そこから動かなかった。肘の内側に深い刺し傷があって、そこから血がドクドクと流れてるだけで、決して動く気配はなかった。

 

「これ、腕、動かっ……」

 

 

 腕を動かすために必要な何かを、的確に刺し貫いていた。

 

 何が起きたか理解できない男と同じように、何が起こったのか分かっていない私を、ディステルさんが手を引いていく。一切の無駄のない動きが、大通りに出るまでずっと頭にこびりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気づいてたんですね、私が魔女ってこと」

 

 道の端で落ち着いて、怪我がないか確認された後、小声でそう漏らしてしまった。もしかしたら気づかれてなくて余計なこと言っちゃったかとも思ったけど、どうやらそんなことは全然なかったみたいで。

 バツの悪そうに頷くのを見て、どこで気づいたのが素直に疑問に思った。

 

「いつからなんですか?」

「最初にお会いした時から…」

「そんなに」

 

 あの時も使おうとはしていたけれど……じゃあずっと隠してた私がバカみたいじゃん、この人も気を遣って言わなかったんだろうし……

 

「その……何とも思わないんですか?」

「私の大切な人も、そうでしたから」

「ぁ………」

 

 言葉に詰まってしまう。以前聞いた時は分からなかったけれど、言い方と表情から、その人が今どうしているのかがなんとなく分かってしまって。

 

「…何故あんな場所に?」

「そ、それはディステルさんもそうなんじゃ…」

「私は……道を引き返していたら大きな音がして……」

 

 あの男が投げたゴミの塊を聞いて、物凄い速さで飛んできたってこと?ディステルさんって一体……

 

「ルルゥさんは?」

「私は、その………」

 

 ここまで来て躊躇いが来てしまう。ディステルさんの旅の目的が何となく分かってしまったから。なおさらその旅路に私がいていいのかって、そんなことを考えてしまって。

 

「………」

「……私が引き返してきたのは、貴女を探しに来たからです」

「…え?」

 

 どうして、と聞く前にディステルさんは言葉を続ける。

 

「惜しいな、と。せっかく出会ったというのにあまりにもあっさりとしすぎていて……このままでいいのかと、悩んでしまって」

「ぁ………」

「意味があればいいなって、この出会いに」

 

 同じだった。

 もっともっと大人で、そんなこと気にしなくて。私なんかこの人にとってはただ出会っただけの登場人物の一人に過ぎないと思っていたけれど。

 

「それと、最近ようやく気づいたのですが、私に一人旅は向いていないみたいで……きっと、誰かと一緒の方が楽しいと思うんです」

「……私で、いいんですか」

 

 静かに頷くディステルさん。

 

「未熟で、子供で……足手纏いですよ、絶対。それにその……多分、一緒にいたら迷惑をかけちゃうと思うんです」

 

 魔女は憎まれている。全部が全部じゃないけれど、自分がそうだと吹聴して歩けば瞬く間に魔女狩りに遭ってしまうくらいには、この世界にそういう考えが根付いてしまっている。

 もし一緒にいれば、ディステルさんも危険な目に遭わせてしまうかもしれない。私が旅に出たわけも、本当は……

 

「それでも、いいんですか?」

「そうしたいから、ここにいるんです」

 

 凄く芯の強い人なんだ。自分の想いを押し通せるくらいの意思と、力があって、自分らしく生きていられる。

 どうして、そういられるんだろう。

 

 なりたいな、こんな風に。

 

「……私も、ディステルさんと一緒に行きたいって思ってたんです」

「なら、ちょうど良かったですね」

「…はい!」

 

 

 進路は東から南へ。

 躊躇いを捨てて自分のやりたいことを。

 

 先を見通せないくせに一人で始めてしまった旅を今やっと、楽しみだと思えている。

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