さすらいの鉄薊   作:あぱ

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シアンタ

「それで君の名前なんだけど」

「……アシ———」

「いやいや、それは今の君の名前だよね?」

 

 言っている意味がわからずに首を傾げる。てっきり自分の名前を聞かれているのだと思ったから。

 

「君は今から私の物になるわけだから、そんなの捨てるに決まってるじゃない」

 

 どうやら今の名前は捨てて、新しく与えられた名前でこれから生きていけと、そういうことらしかった。今にして思えば、そうすることで自分の所有物としたかったのだと思う。

 

「うーんそうだなぁ……せっかくなら特別感があった方がいいよねぇ」

 

 うんうんと唸りながら楽しげに私の名前候補を挙げては却下、挙げては却下。なんでわざわざ口に出してこっちをチラチラ見てくるのだろう、静かに考えればいいのに、なんてことを思っていた。

 

「決めた!私の好きな花から取ることにするよ」

 

 そう言って近づいてきて、私の髪をさっと撫でる。臭くて汚い、触るのも憚れる髪のはずなのに、何故だか愛おしそうに私の髪を見ている。

 

「その花は紫色なんだけど、聞いた話によれば白いのもあるらしいんだ。私は見たことないけどね」

「………」

「見てみたいとは思ってるけど、きっと見れないだろうから……代わりに君で満足することにするよ」

 

 別に今の名前に未練はないけれど。

 なんだその理由はって、そう思わずにいられなかった。

 

「君の名前は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディステルさん!海が見えてきましたよ!」

「……本当ですね」

 

 紆余曲折あり商隊に同行しそびれ、完全に徒歩で山をいくつも越える羽目となってしまったけれど、どうにか次の街が見えるところにまでやってきた。

 

「私海見るの初めてで!本当に広いんですね!あとなんか変な匂いしてきましたし!」

「私も初めてです。……青い」

 

 道自体は整備されているから特にこれといったトラブルもなく来れはしたけれど……ルルゥさんに疲労が蓄積されていないかと心配していたけれど、海を見て気分が高揚しているみたいで随分元気そうだ。

 

「えっと次が……シアンタでしたっけ」

「そうですね」

 

 地図を開いて確認してから遠くの景色を見つめる。

 遠目ではあるけれど大きな船らしきものが港町に向かっていくのが見える。交易だったり人を運んだり……陸路を行くよりも海を使った方が運搬は楽らしい。

 

 あの方の旅の手記にはシアンタについて気になることが書いてあった。と言ってもいつものように詳しいことは書かれていないけれど……『なんか変な奴らがいたから潰しておいた』と。

 文面通りのこと以外何も読み取れない文章だけれど、とりあえず何かしらの厄介ごとに巻き込まれたというのが見て取れる。

 

 あとは魚が美味しかったとかそんなことばかりだったけれど。 

 

「町に着いたらどうするんですか?ディステルさんは聞き込み?」

「とにかくまずは宿ですね、長期滞在になればお金のことも考えなければなりませんし……」

「そっかぁ……私の薬売れるかなぁ」

 

 町や住人の気質にもよるけれど、やっぱり子供が作った薬なんてものを買ってくれる人は少ない。物の値段がどうなっているかだけれど……とにかく行ってみなければ始まらない。

 

「あともう少し、頑張りましょう」

「はい!落ち着いたらやっぱり海に行きたいです!」

「ふふ、そうですね、行ってみましょうか」

 

 ルルゥさんに着いてくるのは私の旅路でいいのか聞いたけれど、元より目的地のない旅だからと私の方を優先してくれた。この反応を見る限り海にも行ってみたかったらしく、楽しんでいるようで安心する。

 

「まあ、着くのは明日になりそうですが」

「………そーですねぇ」

 

 傾き始めている太陽に目をやる。妙に湿気た風が肌を撫でて行くのが少しだけ不快で、急いでこの山から降りて野営することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高っ…」

 

 出された値段表を見て思わずそう口から漏らしてしまった。まあ宿は取らざるを得ないので取ったけれど、ハスティアと比べておよそ2倍以上の値段となっていた。

 

「ぼったくりとか?」

「そもそも長期滞在をあまりさせたくない値段設定のような…」

 

 部屋に荷物を置いて、とりあえずこれからどうするかを考える。あの方の手記に書いてあった『なんか変な奴ら』も気になるところではあるのだけれど、目下優先しなければならないのは資金を確保すること。

 

「最悪どこかで日雇いの仕事に…でしょうか」

「ひ、日雇い……なんか現実的な言葉が聞こえてきた…」

 

 あの方もこんな風にお金に困りながら旅をしていたのだろうか……あまり、というか全然想像つかないけれど。

 

「……んー…」

 

 ふと目をやると、ルルゥさんが窓の外を神妙な面持ちで眺めていた。そんなに日雇いという言葉を気にしているのかと思ったけれど、視線の先を見て違うなと改める。

 

「ひとまず、一旦海へ行ってみましょうか」

 

 私がそう言うとパァッと表情を明るくして元気よく頷いてくる。どうやらお金の話をしすぎたせいで遠慮させてしまっていたらしい。

 

「知ってますかっ!海の水ってしょっぱいんですよ!」

 

 純朴なその表情につられてこちらも笑ってしまう。宿を探すのにも割と歩き回ったはずなのに、部屋を出て行こうとするその足取りは軽い。

 

「……え、しょっぱい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「封鎖…されてますね」

「どうして……………」

 

 地面に打ち付けられた杭に巻きつけられた縄。そこには立ち入り禁止の文字が書かれた板が等間隔に吊り下げられていて…遠目で港の方を見ることしかできない。

 

「私は一体、何のためにこの町へ…」

「私の旅の目的地だったので……」

「港に入れない港町に価値なんてあるんですか!?」

 

 そ、そんなに楽しみに……

 

「というかこの辺に生えてる草何一つとして薬草として使えないのばっかりでしたよ!来る時に見てましたけど!!」

「まあまあ…」

「窓から見てた私の期待返してよ!」

「その辺で……」

「きぇーッ!!」

 

 ………元気だなあ。

 

「はぁ…疲れた」

「えぇと……」

 

 元気じゃなくなってしまった。

 まあ興奮と期待で疲れを無理やり忘れていたようなものだったろうから、その両方を失って仕舞えばまあこうなるのも無理はないというか……

 

 どう励まそうか考えているところに、二つの足跡が近づいてくるのがわかった。随分と落ち着いた雰囲気で、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「全く……騒がしいのね」

 

 金色の長髪を海風に靡かせて嘲笑するような目をこちらに向けながら、海に向かってそう言う少女。傍には老齢の執事服を着た男性がいる。

 

「開港祭があることも知らずにこの町へ来たの?」

「……ああ、道理で」

「は?へ?なにが?」

 

 港が封鎖されている割に町には活気があり人も多かった。何か深刻な理由で封鎖されているわけではないとは思っていたけれど……開港祭の準備をしているから、ということなのだろう。

 普段ならそういった情報は同行させてもらう商隊の人に聞かせてもらうけれど、今回は徒歩の二人旅だったから……

 

「なんかよくわかんないけど、その田舎者見るような目で私のことを見るのやめろ!すっごい腹立つ!」

「別に、違わないでしょう?お上りさん」

「きぇーッ!!」

「まあまあ……」

 

 奇声を発して今にも飛びかからんばかりのルルゥさんを宥める。金髪の少女はそんな私にも目を向けてきたけれど、それは嘲笑の混じったものではなく、まるで品定めをするような……

 全身を舐め回すように見てきたあと、後ろで軽く編んでいる私の髪の毛に視線が落ち着いた。

 

「白い髪……珍しい」

「は、はぁ…」

「………そうね、決めた」

 

 町の中の丘の上にある大きな屋敷を指差す少女。それなりに遠く離れているがかなりの規模というのが分かる。

 

「明日あそこへ来て。そこで話をするわ」

「え?えぇと……」

「それじゃ、待ってるから」

「はぁ……?」

 

 自分のペースでしか生きていない人なのかな…?

 結局言うだけ言って、執事を連れてその屋敷の方へ行ってしまった。

 

「きーっ!なんなんですかあいつ!感じ悪っ!!」

「……多分、この町の貴族、ですかね」

「え………あんなのが!?」

 

 あそこまで身なりのいい格好をできる階級は限られているし……ここは大きな港町だ、そこを仕切る貴族……じゃなくてもそれに近しいものだと思う。

 

「えっとつまりじゃあ……その貴族の屋敷に招待されたってことですか?」

「そうなる…のでしょうか」

「どっ……えぇ…?」

 

 ルルゥさんとそう歳は変わらないように見えたけれど……貴族の令嬢ということでいいのだろうか、流石に節々にそれらしいところが見えていた気がする。

 ただの旅人に過ぎない私たちにわざわざ用事があるということは…

 

「絶対ろくなことじゃないですよ……行く必要ないですって!」

「そうでしょうか…」

「そうですよ!貴族なんて高そうな椅子に座ってふんぞり返ってるだけで何もしないんですから!あの偉そうな小娘だって親の脛かじってるろくに世間も知らないお嬢サマなんですよ!滅べ上流階級」

 

 偏見、決めつけ、強い憎しみ……さっき田舎者と蔑まれたのが相当気に食わなかったようで。とにかく屋敷に行く必要なんかないと訴えてくる。

 

「けれど……これも何かの縁と思えば…」

「うそぉ…」

 

 どちらにせよこの町に用事があるのには違いないし、せっかくなら近いうちに開かれるというお祭りにも参加してみたい。それはルルゥさんもそうだろうし……

 滞在する上で、そこを統治している者と関係を持っておくというのは別に悪いことではない……はず。

 

「もちろん出来る限り面倒ごとは避けたいですが……それでも行ってみませんか?何かあれば責任を取って、然るべき行動を起こしますから」

「あーもう………分かりましたよ、子供みたいにぐずってても仕方ないし……これも経験だろうし」

 

 納得してくれたルルゥさんを見て微笑んだ後、柵越しに海の方を見つめる。あの方といた10年近い年月の間、一度も海へ来たことはなかった。まだ旅に出てそこまで時間は経っていないけれど……

 短い間に、ここまで。

 

「……遠くまで、来たのかな」

「………ディステルさん」

「…宿へ戻る前に色々見てまわりませんか?お腹空いちゃって」

「あ、それいいですね!」

 

 あの方は私と一緒に海を見たら、どんなことを話したのだろうか。そんな意味のない疑問を振り払うように海に背中を向けて歩き出す。

 

「知ってます?この世界には生きた魚を生きたまま食べる文化があるらしいですよ」

「狂気ですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、ヴェルデ家へ」

 

 屋敷に入って案内されたのは執務室……のようなものだろうか。大仰な装飾の施された部屋、入り口から入って正面に事務机と椅子があり、彼女はそこに堂々と座っていた。

 

「あら、貴女も来たの」

「来たら悪い〜?」

「いや別に。ほら座って」

 

 手でテーブルを囲んでいる椅子に座るように指示される。来客用なのだろう、ソファーになっていて身体が沈む。ルルゥさんも「わっ」と小さい声を出してしまって、クスクス笑われて不機嫌そうにしている。

 

「さて、まずは自己紹介かしら。ラシレア=ラル=ヴェルデ、ヴェルデ家当主のクリファ=ラル=ヴェルデの娘よ」

 

 ヴェルデ……このシアンタを統治している貴族の名前。大陸外の諸外国との貿易地にもなっているため、元々あった町が再開発されて今に至るらしい。

 

「ディステルです、こちらはルルゥさん」

「ぐるるる……」

 

 ルルゥさんの方を見ながら自己紹介する、とても威嚇をしている。

 

「今日はお招き頂き——」

「前置きは好きじゃないの、本題に入りましょう」

「はぁ……えぇと、それなら」

 

 本当にペースを譲らない人だ。

 今日は一体私たちに何の用が、と言おうとしたところで先にラシレアさんが口を開く。

 

「貴女には私のメイドになって欲しいの」

「………えっと」

「はあ゛ぁ゛!?」

 

 ルルゥさんの声が大きい。

 

「はいこれ契約書」

「なっ……あ゛あ゛ぁ゛!!?」

 

 ルルゥさんの声が大きい。

 

「すみません、流石に本題しかなくて……色々説明して頂きたいのですが」

 

 急にメイドになれ、と言われても困惑以外できない。本題から入るのはいいけれど、最低限の説明はしてほしい。何故?以外の反応が出てこなくなる。

 

「開港祭は2日に渡って開催されるの。色々イベントはあるけれど、とりあえず1日目に他の貴族たちも屋敷を訪れて、ヴェルデ家は主催として彼らをもてなさなくてはならないわけ」

「……それで?」

「生憎、1日目は当主である父がどうしても来れなくて。私が表立って彼らの相手をしなくてはならないの。……でも貴族社会って舐められたら終わりじゃない?」

 

 そう言ったものとは無縁だったけれど、舐められたら終わり……そういうものなのだろうか。

 

「この国の貴族は昔から所有物で格を示すしきたりがある。屋敷にあるものがヴェルデ家の威光を示すのに値しないわけではないけれど……それは私個人のモノではないから」

「……だから、私ですか?」

「意味わかんないんですけど!!」

 

 ルルゥさんの大声に同意する。

 

「貴女の気品のある立ち振る舞い、何よりその白い髪……所有物として示すには丁度いいと思って」

「だからってその辺の旅人捕まえてメイドになれって、頭おかしいんじゃないですか!?」

「貴女さっきからいちいち口挟んでくるのやめてくれる?」

「なっ……………」

 

 ショックを受けている……

 

「まあそういうわけよ。もちろん衣食住は保証するし、開港祭が終われば貴女たちは貴女たちの旅路に戻って構わない。それまでの間私に都合よく使われて欲しいというだけの話よ」

「………なるほど」

「要は他の貴族たちにディステルさんを自慢したいだけってことですか?」

「そうなるわね」

 

 さっき言われたからか、不満は示しながらも抑えて発言するルルゥさん。まあ取り繕ったりせずに言えばそうなるのかもしれないけれど……

 

 メイド、かぁ………

 

「……すみません、私は——」

「あ、これが契約金ね」

「ひゅっ」

 

 机の上にドンっと、金貨の入った袋が置かれた。

 

「で、どうするの?」

「すぅ……………やりましょう」

「ディステルさん…!?」

 

 

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