さすらいの鉄薊   作:あぱ

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ヴェルデ家

「何考えてるんですか!」

「だってお金が…」

「だからって……」

 

 メイドになって働くという提案を快諾した後、部屋に案内されて二人きりになった途端にルルゥさんに怒られ始める。

 

「大丈夫です、何かあればお金を持って逃げ出す準備はしておきますから」

「何気に凄いこと言ってる……じゃなくて、その…本当によかったんですか?メイドだなんて……あいつのことご主人様って呼ぶってことですよ!?」

「ラシレアさんは当主ではないのでお嬢様かと……」

「あそっか。……いやそうじゃなくって!」

 

 心配してくれているのは分かる。まあ旅の同行人がいきなり従者になって働き始めるというのは理解に苦しむ事態ではあるだろうなと。

 

「そういえば言ってませんでしたか。私、旅に出る前はメイドをしていたんですよ」

「……っ?…?……!?っ!!!?」

 

 言葉にならない驚き。

 

「え、いやだって……え?」

「魔女であるご主人様のもとで、十年ほど」

「はっ………ぁぇ?」

「ですからまあ……多分苦ではないかと」

「?????」

 

 目の前で手をひらひらさせて見たけれど、ルルゥさんは完全に静止してしまった。そんなにショッキングなことを言っただろうか、私は。まあ前もって伝えておけばよかったのかも…?

 

「……それにしても」

 

 周囲を見渡してみる。

 来客用だろうか、とてもいい部屋だ。今まで泊まってきたどの宿よりも……何なら、あの方に仕えていたあの屋敷のものよりも豪華で、広い部屋。ハスティアは流通の要だったけれど、このシアンタは国の入り口のようなもの。豪華なのも納得はできる。

 

「ほら、ルルゥさんベッドすごいふかふかですよ」

「ふか……ふ……う?」

 

 うーん……そっとしておこう。

 

 荷物も私たちが泊まっていた宿に取りに行ってくれると言っていたし、私が働いている間はこの部屋で寝泊まりをしていいとのことだった。毎日3食ご飯付き。

 普通に旅をしていたら経験することなんかないのではないのか、というくらいには色々あって豪華な屋敷だ。

 

「………さて」

 

 静かに手帳を開く。

 『なんか変な奴らがいたから潰しておいた』と、あまりにもあっさりと武闘派な文章が書かれている。少し町を回って見たけれど、あの方のいた痕跡と、その変な奴らというのについては特に情報を得られなかった。まあちゃんと聞き込みは出来ていないから、しっかりと調査すれば違うのかもしれないけれど。

 

 ただあてもなく町を徘徊するのであれば、貴族の屋敷という場所でお金を貰いつつそういう情報も収集できた方がいい……というのが私の考え。ルルゥさんにとっては軽率だったみたいだけれど……

 

「不思議なこともあるもの、かぁ」

 

 メイドでなくなった私が、一年と経たずにまたメイドとして仕えることになる。私にとっての主人はいつまでもあの方ただ一人だけれど……

 

「……私も日記とか書いた方がいいのかな」

 

 そんなことを呟いているとドアをノックする音が聞こえる。短く返事をして、放心し続けているルルゥさんをベッドの上に横にさせてから部屋を出る。

 

「貴方は……」

「スタグと申します」

 

 ラシレアさんの隣にいた執事の方が部屋の前にいた。身なりは整っているけれど、顔には皺が浮かび髪の色も白くなっていてそれなりの年齢ということがわかる。……いや、私も髪は白いけれど。

 

「えぇと……何か?」

「お伝えしなければならないことがありまして。……内密にしていただきたいことです」

 

 周囲を確認し、他に誰もいないことを確認してからスタグさんは口を開いた。

 

「ラシレアお嬢様はお身体が弱いのです、そしてお父上であるクリファ様も」

「……身体、ですか」

 

 親子で悪いというなら遺伝的なものなのだろうか。母親は……

 

「公にはせず、本人も出来る限り表に出さないようにしていることですが……ディステル様にはこれからお嬢様に一番近い場所で仕えて貰うことになりますから、これだけは伝えておかねばと」

「……分かりました、心に留めておきます」

「よろしくお願いいたします、それでは」

 

 去っていく背中を少しだけ眺めた後、部屋の中へと戻る。

 

「あぁ、目は覚めましたか?」

「いや、別に寝てはないですけど……」

 

 ルルゥさんが立ち上がってなんだかソワソワしていたのでそう聞いたけれど……もしかして聞いていたのだろうか。

 

「……開港祭、私たちは楽しめるのかなぁ」

「…2日目になれば当主の方が帰ってくるそうです。そうなれば恐らく私は必要ないでしょうから……そこで時間を貰えるように頼んでみましょうか」

「……そうですね、そうしましょう!」

 

 手帳には書かれていないけれど、あの方がこの町へ来たのも開港祭の時期だったりしたのだろうか。……気づかなかったとか、興味なかったから書かなかったとかありそうで。

 

「……でも、ディステルさんがいない間私何すればいいんですか?」

「………」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お金だけはある……本でも買おうかな…」

 

 本当はハスティアで買いたい本色々あったんだけど、あの時は本当にお金なかったから……でもそうは言ってもここからハスティアに色んなものが届くわけだし、同じ本もあるかもしれない。

 

「……大きいなあ」

 

 シアンタの貴族……ヴェルデ家だっけ。ただ大きい屋敷というだけなら今までも何度か見てきたけれど、この町のそれはどこからでも見えるくらい目立つ所にある。丘のようになった他よりも高い場所に聳え立っていて、街の全てを監視しているかのようで。

 

「メイドかあ」

 

 今朝出かける前に見たディステルさんのメイド服姿、恐ろしいほどに似合ってたけれど……

 

 お互いに、自分のことはあまり話していない。それはなんとなく、お互いにあんまり簡単に踏み込めない場所なんだなって思っているからで。

 ディステルさんは私が何の魔女かは流石に知らないだろうし、私もつい昨日に言われるまではメイドだなんて全く知らなかった。

 

 ただ大切な人が魔女で、その人を知るために旅を始めた…って。

 

 

 心の傷との向き合い方は人それぞれで。

 ちゃんと癒す人もいれば、覆い隠しちゃったり知らないふりをしたりする人もいるし。その場しのぎすら出来ないまま、傷の痛みに苦しみ続けて生きていく人もいる。

 

 ディステルさんも何か傷を背負っていて、旅をするっていうのはその傷と向き合うあの人なりの方法なんだって、勝手に決めつけてる。でもそんなに間違ってるとは思わない。

 

「お師匠様くらいデリカシーなかったらなあ」

 

 魔女ってことは絶対隠し通さなきゃいけないことだったから。私にとって他人っていうのは踏み込んじゃダメで、踏み込ませちゃダメな相手だった。ただその肝心な部分がディステルさんにはもうバレちゃってるわけで……

 

「どうすればいいんだろうなぁ……」

 

 人との関わり方がよく分からなくなってしまった。

 普通の子みたいに歳の近い友達なんていうのもいないし……歳の近い……

 

「ぅん…?」

 

 そういやあのムカつく貴族の、歳同じくらいなんだっけ……

 

「……いやいやいや、ない、絶対ない」

 

 常に誰かを見下してるような奴とは仲良くできません!歳が近いってだけで仲良くなれるなら苦労はないと思います!

 

「……はあ」

 

 昔に比べれば気楽なものだと思う。時間はあるし、危険もないし……それなのに、なんでだろう。

 

 ずっと焦ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー!」

 

 あまりに豪華すぎて私は場違いな屋敷に戻るのに、数十分くらい門を見て躊躇しながら恐る恐る戻ってきたらあいつの大きな声が聞こえてきて、そーっと部屋を覗く。

 

「なんで余計なことするの!?」

「し、しかし……」

 

 ディステルさんが……怒られている……?

 

「与えられた仕事だけやってなさいよ!」

「全部済んだので…」

「終わったなら休んでなさいよ!」

「この服着てると休む気になれず…」

 

 なんか呆れながら怒ってるラシレアと、困った表情を浮かべているディステルさん。服似合うなあ……じゃなくて。

 

「仕事だっていくらでもあるわけじゃないのよ!?」

「は、はあ…」

「賃金だって出してるわよね!?なんで与えられた賃金以上の仕事するの!?そんなにお金が欲しいの!?」

「そういうわけでは…」

 

 ど、どういう……?どういう状況?これ。

 

「そもそも貴方は私のメイドであって清掃係じゃないの!私の身の回りの世話をしなさいよ!なんで屋敷中綺麗に掃除しちゃうのよ!」

「も、申し訳ございません……」

 

 ……あー。

 部屋戻ろっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が字を読めるのはお師匠様に教えてもらったから。もともと住んでいた村では字の読み書きが出来るのなんて村長くらいだったんじゃないかな。田舎者ってバカにされたけれど、実際のところ何も間違ってはいない。

 

 ハスティアもシアンタも、本が普通に売ってあるってことは字の読める人ばっかりってことで……やっぱり学校で学んだりするのかな。

 

「……はぁ」

 

 買った本を眺めてため息をつく。別に興味なんてなかったけれど、小説だとかなんとか言って、店員から勧められたものを一冊買ってしまった。買ったはいいけれど全然読む気にならない。なんか10巻くらいあるらしいし……

 

「……あ」

 

 本のことを考えていたところで、窓際の机の上に置かれた手帳とナイフが目に止まる。ディステルさんの大切なものだと思うんだけど……あんなところに置いてていいのかな。

 正直買った小説より全然興味が湧くんだけど……流石に読むのはダメだよね?

 

「装飾ついてる……年季も入ってる」

 

 触れずに観察してみるけれど、別に特別な何かがあるようには思えない。ちょっと金の装飾はあって豪華な感じはするけれど、本自体はかなり使い古されているみたいだ。

 

「うーん……こっちのナイフは…」

 

 ディステルさんがいつも使ってる……のとは違う。紫色の花…?みたいな意匠が凝らされているけど……こんなのも持ってたんだ、もしかしてこっちも大切なものだったり……

 

「………へ」

 

 無意識のうちに手を近づけてしまっていて、触れる直前でハッとして手を引っ込めたけれど、その時にとても覚えのある感触がした。

 

 魔力。

 魔女なら持っていて当然のソレが、このナイフに宿っていた。

 

「………これは」

「ただいま戻りました…」

「ひょわっああああっ!!?」

「あっすみませんノック忘れて…」

 

 ドアが開いて急にディステルさんがやってきて、慌てて自分のベッドにダイブする。

 

「お、お疲れ様です……今日の仕事はもういいんですか?」

「えぇまあ……メイドとしての立ち振る舞いを学ぶことが目的で、目的の日にちゃんとしていればいいらしいので」

「は、はあ………えっと…なんか、落ち込んでます?」

 

 明らかにしょんぼりしているもんだから、流石に気になって聞いてしまった。私のディステルさんに何かしてくるのなら、あのラシレアとかいうクソガキに物申さなきゃいけなくなる。

 

「いえその……何というか。怒られるという経験がなくって…」

「……はあ、えっと…?」

 

 頬に手を当てて、心底困ったような表情をするディステルさん。

 いつもは少しまとめられているだけの長くて白い髪が団子みたいに結ばれていて、いつもと違う雰囲気なんだけれど所作は変わらず上品なままだ。

 

「私のご主人様は働けば働くほど褒めてくださいましたし、何かミスをしても笑って許してくれたので……まああれは今思えばペットでも見るような表情だった気がしますが」

「ぺ、ペット?」

「働きすぎで怒られるだなんて……世界の広さ、というよりは今まで自分が生きてきた世界の小ささを痛感しているところです」

 

 ええと、怒られてショック…ってことでいいのかな?

 なんか子供みたいで可愛いな……じゃなくて。

 

「と、とりあえず服脱いだらどうですか?」

「…そうですね。ルルゥさんは今日何を?」

「え?あー……こういう本買ったんですけど……まだ読めてなくて」

「本……旅の道中で読んだりするといいかもしれませんね」

「あぁ…確かに」

 

 それなら今急いで読まなくたっていいのか……それってやることない時に暇つぶしで読むってことな気がするけれど。

 

「ん、しょ………違う服とはいえ、メイドという服装に身を包んでいるといやっぱり複雑なものがありますね…」

 

 服を脱いでいくディステルさんから目を逸らしながら、メイドとしてずっと働いていたディステルさんの姿を思い浮かべる。絵になりそうだなっていう感想しか浮かばない。

 

「ディステルさんにとって、その……主人でいいのかな。それってどんな人なんですか?」

「どんな……」

 

 一瞬だけ考える様子を見せた後、いつもの服に着替えたあとに口を開いた。

 

「……私にとっての、全てです」

「…全て?」

「食事は用意してくれているみたいですし、一緒に行きませんか?」

「ぇあっ、はいもちろん!」

 

 全てって、そう言った時の複雑そうな表情が妙に頭にこびりついて。ご飯を食べるまでずっとそのことを考えていた。

 

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