さすらいの鉄薊   作:あぱ

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生き方

 

 ミルバン、それがこの大陸の4割ほどを治めている国の名前。ハスティアもシアンタもミルバンの中の町であり、ヴェルデ家もミルバンという国の貴族ということになっている。

 その歴史は約500年ほど前にまで遡り、この大陸をミルバンという探検家が発見し、彼の故郷の人々を連れてきて移り住み、発展してきたのが今のミルバンらしい。

 

「始まりは未開拓地を切り拓いた探検家の起こした町。それが今では宗教国家なんだから、分からないものよ」

 

 本を読んでいる私を後ろから覗いて、ラシレアお嬢様はそう言う。

 

「ヴェルデ家はレプニムスに否定的なのですが?」

「別に?私個人がそういうのに興味がないだけよ。国教と切り離して生きられるほどお気楽な身分じゃないから」

 

 レプニムス、初代国王ミルバンの死後に興った宗教で、詳しい教義は……この本には載っていないみたいだ。

 しかし、魔女狩りというものを広めて推し進めているのは他でもないレプニムスそのもの。異端を排除しようとするような教えがあったのは覚えている。

 

「往々にして発展というのは淘汰の歴史だけれど…ミルバンに置いては淘汰によって繁栄してきたというのは言い逃れのできない事実。事実このシアンタも、元あった漁村を実質的に解体して再開発したって聞いているしね」

「詳しいのですね」

「次の当主よ?私」

 

 それもそうかと、納得して本を閉じる。

 

「あら、もういいの?」

「まあ私が整理しなければならないほど散らかっているわけでもないようなので」

 

 書庫にある本を読みたいと頼むと、書庫の整理という名目で立ち入ることを許してもらえた。何故かラシレアお嬢様までついてきたけれど…

 

「…お身体は大丈夫なのですか?」

「…スタグね、余計なことを……」

 

 身体が弱いと聞いた割にはよく動いているので不思議に思って気遣うのと一緒に聞いてみたけれど、即座に自分の秘密を勝手に共有した人物を言い当てていた。

 

「別に、父ほど身体が弱ってるわけじゃないわ。……医者にも原因不明だって言われてて、治る見込みもないのだけれど」

「それは……」

「いいわよ別に、気にしなくて。どうせあと数日の付き合いなんだから」

 

 どうしてもルルゥさんと比べてしまう。随分と達観しているようで……どちらかと言えば諦観に近い気もする。どちらの方が年相応という言葉に適しているのか、私には分からないけれど…

 

「…スタグさんとはどういう?」

「あー…私がまだ2、3歳くらいの頃に父が拾って来た、らしい」

 

 となると今から10年ほど前……拾われたって、何だか親近感を感じるけれど。

 

「あれは父の執事だから、私個人の何かが欲しかったのよ。その点貴方は髪が白くて容姿も良いし、見せ物にするには丁度良かったわ」

「ありがとうございます」

「………」

 

 なんか変な目で見てくる。

 

「小さい頃はこの白い髪で面倒ごとに巻き込まれることもあったものですが……」

「そう?まあ物珍しいものね、私は綺麗だって思ってるわよ」

 

 こちらの目も見ずに、本棚に並ぶ背表紙を眺めながら簡単に言って見せるその姿を見て、他意のない率直な言葉だということが伝わってくる。

 

「ふーっ……」

「……体調、優れませんか?」

「少しだけ。まだ起きていられるわ」

「しかし…」

 

 言葉を続けるのを手で静止される。今まで何度もこう言われて来たのだろう、それを聞くのはもううんざり、と言った様子。

 

「どうせ人より短くしか生きられないの。……そんなことを理由にただ寝ているだけなんて、耐えられないわ」

「………けれどそれは結局」

「じゃあ何、貴女がベッドで横になってる私の話し相手にでもなってくれるの?話が得意なタイプとは思えないけれど」

「……あ」

「………あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは私は失礼します」

「あ、はい」

 

 パタン、と扉が閉じられる。

 振り返るとすごく嫌そうな顔をしてベッドにいるあいつ。無視してベッドの横に置かれた椅子に座って一度、深く息をする。

 

「昔々、あるところに——」

「待ちなさい、何語り出そうとしてるのよ」

「眠れるかなと思って」

「正気…?」

 

 無論正気だけど。

 

「私だってねえ!!」

「声でか」

「頼んできたのがディステルさんじゃなかったら全然断ってたよ!でもディステルさんなんだもん!」

「はあ…」

 

 歳が近いので気が合うかもしれませんし。って心の底からそう思ってそうな顔で言われたらそんな……断れない……

 

「くっ…これだから貴族は」

「関係ないわよね」

 

 ディステルさんは用事があるとか言ってどこかに行って、その間私にこいつなんかの話し相手になるようにって……

 暇だったけども。暇してたけれども。

 

「まあなんでもいいわよ、私は休むから騒がないでね」

「……なんか腹立つ」

「なんでよ」

 

 なんかもう一挙手一投足が鼻につく。いや、ベッドに横たわってるから身動きなんかしてないんだけど。

 

「………」

「なんで今度は急に黙るのよ、不気味ね…」

 

 元気がないのは、よく伝わってくる。あの時部屋の前で執事の人とディステルさんが話していたこと、聞こえていたから。正体不明の病気で、年々少しずつ身体が弱っていくって。

 

「………お母さんっていないの?」

「2歳の時からね」

「あっあー…」

「そんな小さい頃のことなんか覚えてないわよ」

「おっあっわー……」

 

 薄々分かってて聞いたはずなのに、結局その言葉を聞いて動揺してろくに話せなくなってしまった。

 

「……そっちは、どうなのよ」

「へ?」

「彼女とは……ディステルとは他人なんでしょう?」

「そうだけど…」

 

 窓の外を向いて私の返事を待っている。ディステルさんは確かに他人だけれど……普通に見た感じでそう判断されてるのか、もしくはディステルさんに聞いたのかな。

 

「いるけど……多分会うことはもうないんじゃないかなあ。縁切れたっていうか……私自身は捨てられたに等しいし」

「………」

「別に誰も恨んじゃいないけどね」

 

 私の親だって、魔女に産みたくて私を産んだんじゃない。単にそれは凄く運が悪かっただけで、仕方のないことで、当然のことだから。

 

「あの村に戻ることもないだろうし……何か一つでも違ってたら、私死んでたか、殺されてただろうし」

「貴女………一体何したのよ」

「え?あー……人には言えないような悪い事…?」

「何よ、それ」

 

 喋りすぎそうになっちゃった。視線を逸らして誤魔化したけど物凄い訝しむような目線を向けられていて苦しい。

 

「まあ旅なんかしてるって時点でまともじゃない人生送ってきてるだろうってのは察してたけど」

「ひどー……」

 

 偏見は凄まじいけれど、確かに私も同じくらいの子供が一人で旅してるって聞いたら何か事情があるのかなとか思っちゃうかも。それくらいまだまだ若くて、未熟で。

 

「……昔は、こんな身体で、こんな籠みたいな屋敷から逃れられなくて、望んでもないのに課せられた責務が嫌で嫌で仕方なかった。自分がこの世で一番不幸とすら思っていたわ」

「ぉ……おぉ…」

「けれど、まあ……恵まれてるのよね、私」

 

 当たり前でしょ、と喉まで出かかった言葉をグッと堪えて飲み込む。悩んでて、でもその悩みをどうすることもできなくて、半ば諦めているのが表情と声色から伝わってくる。

 初対面から私のこと馬鹿にしてきたとは思えないくらい、今はしおらしいくて、なんだか………

 

「……別に、不幸だったら偉いわけじゃないよ」

「え?」

「そりゃあ道歩いてて、同じくらいの年の普通の子見ていいなぁとか思っちゃったりもするけどさ。だからって恵まれてると思って生きていけとか……思わないし」

 

 まあそれは多分私が今そんなに不幸だと思ってないからなんだけど……出逢う人に、恵まれてるから。

 

 まあ貴族の身分は流石に恵まれてる自覚を感じて欲しいケド。

 

「……そうやって思えるのって、普通の子供には無理よ。……いい人に出会ったのね」

「ま、まあね…」

「………焦ってるのよ、私」

 

 自嘲気味に笑って、そう言われた。

 

「父もそう長くない、次に家を継ぐのは私。けれどその私も……きっとそう長くは生きられない」

「ぁ…」

「虚勢を張って、気づかれないように。必死に取り繕うけど、実感として期限がやってくる。呑気にしている時間なんかない、これが私の責務だって、分かってはいる。……分かってるけど」

 

 昔、村で同じくらいの歳の子が丁度こんな顔をしていた。耐えきれなくなって、溜め込んできもの全部吐き出してしまう、そんな顔。

 

「こっちがいっぱいいっぱいになってる時に、何も知らない奴らが身勝手な期待とか希望とか、そういうのを向けてくる」

 

 吹っ切れてしまったような、そんな雰囲気。

 

「そういうのを見ると、時々………全員まとめて死んでしまえ、って……そう思ってしまう」

 

 そう言って少し経ってからハッと私の方を見て、気まずそうな顔をして視線を逸らした。

 

「誰にも言わないでよ」

「言わないけどさ」

 

 体調とかじゃなくて、ずっと生きるのが苦しいんだと思う。ジリジリと追い詰められて、逃げ場がなくなって……余裕がなくなっていく。私もそういう経験あるし………

 私が何を言っても、他人事に聞こえちゃうんだろうな。そりゃあ他人事だろうけど………

 

 他人事だけど、関わってやる。

 

「だったらさ、私がいつか治してあげるよ」

「……はあ?」

「私、薬について勉強してるんだ」

「ジョーク?」

「事実だよッ」

 

 この流れで冗談言えるのヤバいでしょ……

 

「今はまだまだ未熟だけど、いつか立派になって……治してあげるよ、ラシレアのこと」

「………本気?」

 

 だから冗談でこんなこと言わないって。

 

「……フフッ、何よそれ。子供みたいに」

「子供だよ、夢見て悪い?」

「悪くない、悪くないけど……そうね」

 

 窓の外から見える海に目を向ける。ガラスの反射で表情が見えそうで見えない、けれど覗き込むのもなんだかおかしくて。

 

「それなら、期待せずに待ってる」

 

 一瞬だけこっちを振り返って、そのままベッドの中に潜り込んでしまった。

 

「………」

 

 ちゃんとやらないとなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこの家は今は娘が一人いるだけでなあ」

「他の親族はいないのですか?」

「もう何十年も前になるが……その時の開港祭の時に原因不明の津波が起きちまってな。あの家で生き残ったのが今の当主サマだけなんだよ」

「そんなことが……」

 

 現当主が死んだとして、まだ子供である娘に跡を継がせるのかの疑問には思っていたけれど……

 私に話を聞かせてくれている男性は酒を飲んで勢いよく息を吐き出して、その匂いがむわっとこちらにまで回ってくる。

 

「その後結婚して子供も作ったんだが、一人目産んでそう時間経たずに先立たれて……運のない家だよ、本当に。ラシレアお嬢ちゃんに頑張ってもらうしかないんだが…」

「もし……その子供も継がなくなってしまったら、どうなるのですか?」

「あー?あぁ……まあ補助する人が継ぐんじゃあないの?優秀な部下が実務を引き継いで、他所の貴族がここにやってくるとか…かなぁ」

 

 私の住んでいた屋敷のあったあたりは特に貴族などの支配が及ばない……というよりは見放されていたような土地だったから、こういう話が聞けるのはありがたい。

 お酒くさいのは、ちょっとあれだけれど。

 

「お話、聞かせてくださってありがとうごさいしました」

「おういいんだ、酒奢ってもらったしな。俺も美人さん見ながら呑めてよかったよ」

「はあ……それでは」

 

 居酒屋を出る。

 色々町を歩いて話を聞いてみたはいいけれど……どこにも手記に書かれていた「変な奴ら」の話は一切聞かなかった。もうあの方の手によって滅ぼされて今は存在しないのか……そもそも存在そのものが知られていなかったから変な奴らなのか。

 

「……明後日かぁ」

 

 落ち始めた太陽に手を翳して日影を作りながらそう呟く。

 メイドとしての所作は大部分はずっとやってきたもので構わないと言われ、一応細かい様式や当日の流れなどは大雑把には教えてもらったけれど……

 あまり人前に出たことがないため、正直に言うと緊張しているというか、不安だ。

 

「……立ってるだけでいいとは言われたけれど」

 

 メイド服を着ているのに何もしていないっていうのは正直耐え難い。

 そもそも人生の大半をそうやって過ごしてきているし……旅に出始めた頃も、人の名前に全部様をつけて呼んでいるのを不思議がられて、ようやく変えたのに。

 

 不器用だなと、つくづくそう思う。

 

 結局あの生き方しかご主人様は教えてくれなかったから。今はずっと手探りで……でも、それもまあ。

 

「…楽しいけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディステルさあああああんっ!!」

「………!?」

 

 屋敷に戻ってお二人の様子を確認しようと扉を開くと、ルルゥさんが私と目が合った途端に駆け寄って泣きついてきた。

 

「ディステルさんはなんでそんなに髪がサラサラなんですかあ!?」

「は、はい?」

「何か特別な手入れとかしてるんですか!?」

「い、いえ別に何も……」

「うわああああああんっ!!」

「っ!?……!!?」

 

 え、なに……え?

 どういう状況……?

 

「ずるい……私なんて髪ぼさぼさなのに…」

「えっ……と…す、すみません……?」

 

 何が何だか分かっていない私と、ただただ感情を爆発させているルルゥさん。そんな私たちを見てクスクスと楽しそうに笑っているラシレアお嬢様。

 

「騒がしいわね、全く」

「うぅ……ぐすっ」

「えぇ……?」

 

 か、髪の毛の話でもしていたのだろうか……

 まあ……仲良くなれたのなら、いいのだろうか…

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