「当日の応対は———」
「貴女は良くも悪くも目立つだろうから、他の貴族の上手い捌き方を——」
「………」
暇だ。
開港祭の開催が明日に迫り……貴族の屋敷でぬくぬくしてただけなんだけれど、意外と日が経つのは早いもので。
ラシレアとそれなりに仲良くなったと思うけれど、仲良くなったからって何か一緒にするでもなく、そんな暇もなく。
ディステルさんもラシレアに取られて、ずーっと明日の開港祭の打ち合わせばっかりしている。私も同じ部屋にいるけれど、邪魔をするわけにもいかないので暇で暇で仕方ない。
仕方ないのでこの前買った特に興味のない小説に目を通してるけど、ディステルさんたちの方が気になって全然内容が頭に入ってこない。
急にドアをノックする音が部屋に響いて、ラシレアが入れと指示するとスタグさんが部屋に入ってきた。
食事の用意が出来たと言って、色んな料理のあるお皿を机の上に並べ始める。ラシレアは……今は忙しいからとまだ食べないみたいだ。
冷めるのになあ……
「……おや、その本は?」
「え?」
急にスタグさんに話しかけられて驚く。少し固まってしまったけれど、私が今手元で持て余しているこの小説のことを聞いているのだとようやく理解して口を開く。
「これはその、町の書店で買って……」
「『怪人レムシェルデ』……中々渋いチョイスですね」
「渋……人気って聞いたんだけどなあ」
「私は好きですよ」
私は、って……
「そういえば、ラシレアお嬢様も一時期ずっと読み耽っていた時期がありましたね。最近は読まなくなってしまったようですが」
「そう……なんですね」
なんとなく理由は分かる。そんな余裕なくなって、自然と本とか読まなくなってしまったんだ。
「きっとルルゥ様もお気に召すはずです。それでは」
「えっあぁ、それでは……」
………正直、怪人とかよくわかんなくて取っ付きにくいなあって思ってたんだけど。
ラシレアも好きなら……読んでみようかな。
それにしてもあの料理いい匂いするなあ……
「…あ」
ディステルさんとラシレアがどこかへ行ってしまった。
「………」
「私は基本ここに立っているから、貴女は近くで静かに立っていて。貴女に話しかけてくるのがいたら私が適当に捌くから」
「ありがとうございます」
各地から来た貴族をもてなす大広間。そこでの立ち位置などをラシレアお嬢様に教えてもらっている。前日になって急に、とも思ったけれどどうやら今日は身体の調子が良いらしく、これを待っていたのかもしれない。
「……食事は摂らなくてよいのですか?」
「緊張で喉を通らないわよあんなの。食べた方がいいのは分かっているけど……」
緊張……随分立派に事をこなしているから、そんな言葉が出てきたことが少し意外で、それを感じ取ったらしく不服そうな顔をされてしまう。
「所詮私だって子供よ、人並みに不安にもなるわよ」
「いえ、その………」
「なに、言いたいことあるならちゃんと言いなさいよ」
言うのを躊躇うけれど、一度濁してしまった以上言わなければ解放してくれそうにないなと判断する。
「思ったより、ルルゥさんと変わらないんだなあって」
「あんなそそっかしいのと一緒にしないでくれる?」
「すみません……」
仲良いんだと思ったんだけど、そうでもない…?
「ふーっ………父は若い頃から優秀だったって聞くわ。それに比べて私は凡才もいいところ。……だから必死になってるのよ」
「………」
「貴女、基本何でも苦労せずに身につく種類の人間でしょう」
「え?さあ……どうでしょう」
「凡人なりに見たら分かるのよ、才ある者っていうのは」
誰かと比較される環境にはいなかった。私の世界にはあの方と私しかいなかったのだから当然といえば当然なんだけれど……
「ルルゥが貴女に懐いてるのも分かる気がする」
「懐かれてる……のでしょうか」
「自覚ないの?あれ相当よ?」
あまりしっくり来ていない私を見て呆れたようにため息をつくラシレアお嬢様。大広間から踵を返して部屋に戻り始める。
「まあ……そうなるのも無理はないのかとは思うけれど」
「………?」
「大まかな打ち合わせは終わり。ひとまず今日はゆっくりしてくれて構わないわ、明日はよろしくね」
ラシレアお嬢様が扉を開いて部屋へと戻る。そこには口の周りに食べ物を大量につけているルルゥさんの姿があった。
「………」
「………」
「………ち、違くって」
「……美味しかった?」
「………そりゃあ、もう」
「そ」
「はあ……」
「割と真面目に怒ってましたね」
「その……冷めたら作ってくれた人に失礼だなってぇ…思って……はい」
そんなに食い意地張っていたっけ、と不思議に思う。まあもしかしたらお腹が空いて空いて仕方なかったのかもしれない。
「………」
「……どうかしましたか?」
「お、お腹いっぱいで……うっぷ」
明日に向けての休みをもらい、ルルゥさんと一緒の時間を取れるのが久々なので追い出されついでに外に出てきたけれど、どうやら本当にお腹がいっぱいで苦しいらしい。
「大丈夫ですか?もしダメそうならどこかでゆっくり…」
「だいじょうぶ……はい、なんとか……ち、ちょっとだけどっかで座っていいですか?」
「もちろんです」
近くのベンチを探してそこにゆっくり座らせる。食べ過ぎってそんなに辛いのだろうか。
「ふぅ………あっそうだ、開港祭始まったら沢山船が海に出るって聞いたんです。2日目一緒に乗ってみませんか?あくまでも演出ですぐ港に戻ってくるみたいだし」
「あぁ、あれ一般の人は乗れないらしいですよ」
「…………そっかぁ」
あれは外から来た人向けのアピールだと聞いた。船自体が珍しくて高価なものらしく、町の所有している輸送船から漁船まで、色んなものを海に浮かべることで町の財力などをうんぬん……
「まあ頼み込めば乗らせてくれるかもしれませんが……ラシレアお嬢様にに」
「そこまでは……というか、外でもお嬢様呼びなんですね。…なんかむずむずする」
「あ…すみません、癖で」
せっかくメイドとしての自分が抜けてきていたのに、ここ数日で身体に刻まれていたものが随分呼び起こされてしまっている気がする。……色々思い出してしまうから、自分でもあまり良くないなとは思っているのだけれど。
「最初聞いた時、驚いたけどなーんか納得しちゃったんですよね。確かにこう、メイドさんみたいな感じというか……やたらと世話焼いてくれたし」
人生の大半をそれに費やしてきた、とは自分で思ってはいるけれど。実際に年齢で数えてしまえば半々くらい、これからはそうでない時間の方が増えていくんだと思う。
自分に染み付いてしまっているものが落ちてしまって、どんどん自分が変わっていく。
いつかそうやってあの方を遠くに感じてしまうのかもしれないなと思うと、少し寂しさを感じてしまう。
「……ディステルさんは、その……昔に戻りたいって思いますか?」
「………」
「あっえっとごめんなさいごめんなさい忘れてください!」
「いえ…」
昔に戻りたい。
戻れるのなら、戻りたいのだろうか。
「………」
「で、ディステルさん……?」
思いもよらない問いに固まってしまう。
今が楽しくないとかそういうわけではない、沢山のことを知れて、色んな人と出会えたことは良かったと、そう思えている。けれど過去のあの頃が、私にとって1番大切な時間だったことは間違いではなくて。
それなら、私は………
「そうだ買い出し行きませんか!?えっとほら、お祭り始まっちゃうと人でごった返しそうだし、今のうちに!」
「……そう、ですね。そうしましょうか」
自分のことが、自分でもよく分からない。
「あっえっと……それと一つ。屋敷に戻る前に、聞いて欲しいことがあって……」
「………?」
「おや、伯爵は不在なのですか?」
「えぇ、今こちらへ向かっている最中のはずです。明日の朝にはシアンタに着くかと」
「それはそれは、まだ幼いのに一人で立派なものだ」
「ふふ、光栄です」
立ったままじっとしているの、辛い。
何人も何人も応対をしているラシレアお嬢様の方を見て感心してしまうが、動かずにじっとしていろと言われたから出来る限りそうしているけれど。
「…ふぅ」
短く息を吐いてしまい、誰にも気づかれていないかと不安になってしまう。表情には焦りとかは出ていないと思いたいけれど……
何もしていないと時間が流れるのは遅く感じるものだけれど、今回に限っては慣れない環境のせいもあって気づけば顔合わせも済んで会食が始まっていた。相当数の視線は感じたけれど、こちらに誰かが来ないように誘導もしてくれていた。
「……もう良いのですか?」
「一旦休憩。本番は明日だし、あとの細かい対応は他のがやってくれるから………貴女も一緒に下がりなさい」
席を立って後ろに下がっていくその手を取って支えになる。流石に負担が大きかったようで、手にかかる体重がいつもより重い。
「3人くらい貴女のこと聞いてきたわ、どこで見つけたんだって」
「は、はあ……」
「貴女たちがいてくれてよかった、色んな意味でね」
「……そうですか」
その言葉を聞いて自然と笑みが浮かんでしまう。
旅に出た理由の一つは、私という人間を出来るだけ多くの人に覚えてもらうため。そうすることが、この世界からあの方を風化させない方法の一つだと思ったから。
「明日には父が帰ってくる。貴女たちは思う存分——」
「その前に。一つ、お伝えしなければならないことが」
「……?」
「何をしているのですか?」
声をかけた私のことを一切感じ取れなかったらしく、肩がびくっと跳ね上がり、息を吐いた後ゆっくりとこちらへ振り向いたら。
「驚かせないでください。見ての通りお嬢様へのお食事を運んでいる最中ですよ」
貴族たちがそれぞれの宿へと戻っていき、屋敷も静まってきていた。それぞれが今日の業務を終えようと勤しんでいる。
私はメイド服を脱いで、厨房から料理を持ってきているスタグさんに話しかけていた。
「今日までお疲れ様でした。ルルゥ様もお嬢様によくしていただいて…」
「…とても立派な方でした、私なんて必要なかったと思えるくらい」
「いえいえ、そんなことは」
さっき感じたであろう焦りも全く表情に出さない。スタグさんはこの屋敷へ来て10年ほどになるらしく、実質的に現当主から留守を任されているような物らしい。実際いつ見ても何かと忙しなく働いていた。
「最近気を張りすぎていましたから。お嬢様にとって良い出逢いになったと私は思っています」
「……そうですか」
あの方は、人間のことを好いていた。
私は人間だけれど、人間のことをよく知らない。だから彼が、どういう思いでこの家に仕え続けたきたのかも分からない。
「……貴方のことを色んな方に聞きました。誰よりも忠義を尽くし、この家のために尽力してきたこと。当主やラシレアさんからの信頼も厚く……だれよりも信頼されていると」
「………」
伝えた時もラシレアさんは到底信じられないという様子だった。長年自分たちを苦しめてきた病の原因が、信用していた執事にあったなどと。
「何故、とは問いません。理解できないかもしれないし……もし何か言うことがあるのなら、ラシレアさん本人に言って欲しいので」
「………」
「ですから……大人しく捕まって欲しいんです」
憎しみを持つと言うのは難しいもので。
それを知らない私には、そうやって語りかけることしかできない。
そんな私の言葉を聞いたスタグさんはため息をついた後、乾いた笑いを浮かべながら懐からナイフを取り出した。私の持っているそれよりも長いけれど、身体のどこかに隠して置けるくらいの長さ。
「初めてお会いした時から只人ではないと思ってはいましたが……これまで隠し通してきたものを見破られ、あまつさえ私の背後を取るとは、想定以上です、ディステル様」
「気付いたのはルルゥさんです。……よくもまあ、10年も気づかれずに食事に毒を盛り続けたものですね」
「そういう毒ですから」
無味無臭、毒の効力も弱いけれど、摂取し続ければ必ず身体が衰弱していく。それを当主とその娘に盛り続けていた。
「大人しくお話を聞かせてくれるわけではない、ということでよろしいですか?」
「えぇ、残念ながら」
「……そうですか」
私もナイフを一本、手に馴染んだそれを取り出し彼へと向ける。
「生け捕りにしろと、ラシレアさんからの頼みですので」
「なるほど」
少しの静寂が続いた後、窓を割って屋敷の外へと飛び降りて行った彼を追いかけ、私も窓辺を蹴って飛び出した。