さすらいの鉄薊   作:あぱ

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追跡

 

 町は夜中だが既に開港祭は始まっている。夜でも明るく紛れるには適さない、向こうが私の能力をどれくらいと見積もっているかにもよるだろうけれど。

 さっき屋敷から飛び降りたのは私との交戦に自信がないからなのか。もし本当に逃げるなら私を始末してからの方が確実だろう。それとも……

 

 飛び降りた先に広がっている庭、もし逃げるのなら町の外へだろう。草を分ける足音を頼りに追跡する。外壁を越えて町の外への森へと駆けていたが、近づいていたはずの足音が途絶えてしまう。

 

「………」

 

 向こうも足を止めたか。ただ逃げているだけでは追いつかれてしまうと悟ったのかもしれない。

 ナイフを腰より上の位置にまで上げて、木々から夜の月明かりが漏れている場所へ立つ。自分の白い髪が月明かりに照らされて、夜の森の中でもよく目立っている。

 

「っ!」

 

 耳が風を切る音を拾う。

 飛んできたのは彼が持っていたのよりももっと小さな短剣、いくつ忍ばせていたのだろうか、何本も私の方へと飛んでくる。それを避けて弾いて、短剣の飛んできた方向へと走る。

 

 という風に装って、振り向いてナイフ振るった。甲高い金属音、空中から飛びかかってきていた向こうが軽く吹き飛ぶ形になった。

 

「驚いた……今のを見切られるとは」

「短剣の飛んでくる間隔と……わざわざ飛び道具で自分の位置を教える行動からの推測です。気配はギリギリまで感じ取れませんでしたよ」

「……やはり、只人じゃないらしい」

 

 そう言ってナイフを構える、お互いに。

 

「小手先もダメ、純粋に逃げ切るのも難しい。正直既に絶望していますが、足掻くだけ足掻かせて頂きます」

「あまり無理をなさらない方が良いのでは?」

「60年以上連れ添った身体だ、多少の無茶にも応えてくれると信じているのですよ」

 

 ナイフの打ち合い。

 甲高い金属音が何度も何度も夜の森の中で響く。

 

 あまりにも大ぶりにこちらの急所を狙ってくるが、こちらが生け捕りが目的だと伝えたせいだろう。むしろ手が出しにくくなると考えてのことか、積極的に自分の急所を曝け出している。

 

 こちらとしてもその急所を突いて殺してしまうわけにもいかず攻めきれない構図を作られている。攻撃のリズムを読まれないように逆手に持ち替えて何度も突いてくるのを身を翻しながら避ける。

 移動しながら防いでいるとさっき弾いた投擲用の短剣を拾って2本のナイフで攻め立ててくる。

 

「顔色ひとつ変えずにそう凌がれ続けては自信を無くしそうですよ」

 

 そう言う彼には疲れが見えてくる。

 こちらが反撃にナイフを縦に振り下ろすと見せかけ、防ごうと身体の前で構えた2本の武器を蹴り上げて空中へと飛ばす。

 

 体勢の崩れた相手の腹に蹴りを入れてよろけさせ、なんとか防ごうと構えた腕にナイフを振るう。

 腕が切り飛ばされることはなく、手首に浅い傷がついたのみだった。

 

「フフ……加減しているのですか?今のは決め手になり得たはず」

「………()()()()、だそうですよ」

「は———」

 

 そのまま膝をつく。

 何が起こっているのは理解できない様子で、なんとか意識を保とうとしているが身体が言うことを聞かなくなってきているのだろう、段々と姿勢を崩して倒れ込んでしまった。

 

「ルルゥさんの調合した毒、凄いなぁ……」

 

 ナイフに塗ってあった毒をハンカチで拭き取って戻し、意識を失ったスタグさんを縄で縛って屋敷の方へと連れ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目覚めた?調子はどう?ルルゥの毒、あとで効いたら結構症状が凄かったから」

「………まあ、頭は割れそうですが平気ですよ」

「そう、ならよかった」

 

 屋敷の地下の檻の中……なんで檻、というか牢屋があるのか不思議でならないけれど、とにかくスタグさんはそこに閉じ込められた。

 ラシレアのお父さんが帰ってくる前に、出来るだけ早く話を済ませたかったみたいで、ディステルさんがスタグさんを捕まえてからそう時間は経っていない。

 

「とにかく今から貴女に尋問をする。まああまり時間は取られたくないから素直に答えてくれると嬉しいわ」

「えぇ、分かっております」

「………」

 

 ディステルさんも私も、何故か一緒にいてくれた呼ばれたけれどただ眺めていることしか出来ない。

 長い間毒を盛られて、信じていたはずの人に裏切られていたことを知ったはずなのに、いたって平静というか……怖いくらいに穏やかだ。

 

「まず事実確認ね。貴女が10年に渡って私と父の食事に毒を混入させていたっていうのは事実?」

「えぇ」

「そう、残念ね」

 

 淡白に言ってるせいで本当にそう思っているのか……いや、残念で済む?もっとこう……

 

「目的は?……誰かからの指示?ヴェルデ家の没落を望む者?それとも貴方の単独?」

「……ミリア教団です」

「ミリア…?」

 

 教団……って。

 ディステルさんの方を見てみるけど知らない様子。この国に広まっているのはレプニムス教だし、ミリア教なんて信仰聞いたことが……

 

「400年より前、この土地にいたミリアという名の水の魔女を信仰する教団です」

「ぁ……」

 

 魔女信仰。

 お師匠様からそういうものが過去にあったと聞いた。ミルバンが出来るより前、魔女が奇跡の担い手として崇められていた頃にそういうものがあったとかなんとか……

 

「34年前の開港祭、その時にヴェルデ家のほとんどが死んだ津波……貴方のお父上、クリファ様は唯一の生き残りでしたね。それを起こしたのも、あの教団です」

「なっ……水の魔女が今も生きてるってことですか!?」

「さあ、私はそこまで存じ上げていませんから」

 

 思わず大きな声で聞いてしまってしまった、となる。私が魔女だから過剰に反応してしまったけれど……

 

「ミリア教団……ね。そういうのが過去にあったとは聞いたことあるけど、まだあったとは」

「彼らはヴェルデ家の血を絶やし、自分たちが実権を握ろうとしています。……クリファ様の側近の中にも、教団の者がいますから」

「そこまで……」

 

 それってすごく深刻な事態なのでは…?この屋敷の中にもいるってことは町の中にもたくさん、どこにいるか分かったもんじゃ……

 

「私は……母がそうでしたから。無縁の生活を送ってきたつもりでしたが……妹とその家族に手を出さないことを条件に、気づけば抜け出せなくなっていました」

「あら、なら私に話してしまってよかったの?」

「……もう、良いのです」

「そう」

 

 短くそう言った後、地下から出て行ってしまったラシレア。もういいんだと不思議に思いながらもその後をついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明ける前、ラシレアに呼び出されて眠い目を擦りながら部屋まで行く。中へ入るといきなり机の上にドンと重量を感じる袋を置かれた。

 

「お疲れ様、これが報酬」

「………こんなに?」

「こんなにって………はぁわ!?」

 

 ディステルさんが驚いた表情をしていたので、どんなもんかと渡された袋の中を覗いてみて思わず変な声が出てしまった。

 

「当たり前でしょう?裏切り者を捕まえるのなんて、明らかに最初の契約外の仕事じゃない。傭兵とか護衛を雇ったつもりはなかったんだけれどね」

「……スタグさんはどうなるのですか?」

「話は聞くけど、処遇は開港祭の後でね。ちゃんとした判断を下すのは私じゃなくて父だし」

 

 それもそうかと納得する。別に今すぐ危機が迫ってるわけじゃないし……ない、し……?

 

「いや、ミリア教団はいいんですか!?」

「わざわざ10年近くもかけて微弱な薬を盛るような連中よ?すぐに何か事を起こすつもりがあるのならとっくにやってるでしょうに」

「あ、それもそう……なの、か」

 

 なんか納得いかないけど……

 とにかく開港祭を成功させたいって言う気持ちが強いみたいだ。まあ起きてる時はずっと書類と睨めっこしていたし、どれだけ思いをかけてるのかはちょっとくらいは分かってるつもりだったけど。

 

「それに魔女が関わってるなら異端として教団に捜査してもらえば…まあ大丈夫でしょうし」 

「アルコス騎士団ですか」

「本当は介入させたくないんだけどね、この家は武力をほぼ持ってないから仕方ないわ」

 

 あ、アルコス……私魔女だから絶対会いたくない……

 既に勝手に怯えて震えていると、ディステルさんが改めて袋の中を覗いて、手を入れて金属のこつんとぶつかる音を鳴らしている。

 

「……これ、口止め料も入ってます?」

「自由に受け取って、私は何も言ってないわよ」

「はあ……」

「ただ、父には会わないうちにここを出て行ってもらいたい。出来ることなら今すぐにでも」

 

 冷たい事を言われて少しびっくりする。私たちがいたら何か不都合なことでもあるのだろうか。

 正直伯爵に会ってすごい褒美とか貰えるんじゃないかとか期待して……いや、捕まえたのはディステルさんなんだけど。

 

「会えば多分面倒ごとに……決して悪いようにはしないだろうけれど、貴女達の旅路には不要なものでしょう?」

「そんな………」

「恩人だから。開港祭を楽しんで……その記憶を持って、ここを旅立ってほしい」

 

 私たちの旅のことを第一に考えてくれている。最初の印象こそ最悪だったけど……今考えてみても本当に嘘でしょってくらい最悪だったけど。

 

「貴女達のおかげで時間が出来た。ゆっくり、自分のことを考えられるくらい……母も兄弟もいないことの意味を知った時、初めて自分に課せられた重責を知った」

「ラシレア……」

「身体が弱いから士官学校にだっていけず……ただ家にいる間にも、自分の時間はどんどん減っていく、そんな苦しい日々」

 

 こっちを見て、静かに微笑んだ。そんな表情に驚いて、私は何も返せなかった。

 

「感謝してるの、これでも。心の底から……返せるものはまだ少ないけれど、せめて貴女達の旅が良いものになることを願ってる。……本当に、ありがとう」

「……こちらこそ」

「こ、こちらこそありがとう……ございました」

 

 私のぎこちない礼を見ておかしそうにクスクス笑って、私がそんな態度に膨れていると最後に一言。

 

「会えてよかったわ、本当に」

 

 その言葉を聞いて、私たちは屋敷を出た。

 言わなかったけれど、本当は。

 

 本当は私が治してあげたかったなあって、そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても契約金と報酬でこれ……分かってはいましたけど、貴族ってやっぱりすごいんですね〜……ディステルさん?」

「……え?あぁそうですね。あそこの店主さんの人相は確かに悪かったですね」

「言ってませんよ?」

 

 確かに悪かったけど、と小さい声で周囲を気にしながら言うルルゥさん。よくよく思い返してみれば貴族の財力が凄いとかそういう話をしていたような気もする。

 

 あの後手配された宿で泊まって、2日目の開港祭を歩いているけれど、ずっと引っかかっていることがある。

 あの方の手記に書かれていた『なんか変な奴ら』とは間違いなくミリア教団だと思う。魔女信仰の宗教組織というのが引っかかるところはあるけれど、あの方がそこまで知って手を出したのかは定かではない。

 

「よく見ると至る所にヴェルデ家の紋章ありますね、慕われてるんだなあ…」

「意外ですか?」

「貴族って民から搾取するカスどもって印象がなんか強くって」

 

 思想が強い……

 

「ほら見てくださいあそこ!なんかうねうねしたよくわかんない奴の置物!」

「……どこですか?」

「ほら、あそこの屋上!なんなんですかねあの魔物!」

「よく見えない……タコじゃないですか?ここの名産……まあ他所で人気はないって言ってましたけど、よく取れるって聞きましたよ」

「あれ食べるんですか?正気の沙汰じゃないですね…」

 

 前々から思っていたけれど、ルルゥさんはかなり目が良い。私も決して悪くはないけれど……正直私からすればあのタコの置物も、人くらいの大きさはありそうとは言え何か灰色の物体としか映らない。

 それくらい遠くのものの特徴を彼女は見て言い当てている。

 

「ここからでも船沢山あるのちょっと見える……あ、あそこ!あの船先端にタコみたいなの付いてませんか?」

 

 本人に自覚はなさそうだけれど。

 

「これじゃあまるで悪魔信仰ですね…」

「流石にそれは……」

 

 気分が上がっているのだろうか、いつもより口数が多い。普段からルルゥさんはよく話す方ではあるけれど、今日は一層饒舌なように感じる。

 

「今ラシレアは何してるんだろ」

「……日が落ちる前にヴェルデ家の人が広場で立って演説?のようなものをするらしいです。今はお父上様と話でもしているのではないでしょうか」

「そっか……なら夕方までは思う存分楽しめるってことですね?」

「まあ…」

「ふんっ」

 

 何故か袖を捲った。

 

「行きますよディステルさん!全てを蹂躙します!」

「蹂躙…?」

「昨日楽しめなかったんだから、その分今日楽しむんですよ!」

「あぁ……あぁ……?」

 

 あまり眠れてないだろうに本当に元気だなぁ…

 終わったらすぐに寝てしまうだろうし、その準備もしておこうかな。

 けれど……

 

「その前に」

 

 確かめておきたいことがある。

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