ディ・ロイ・リンカーは王を擁する   作:テーヴァミント

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二話

 

 

 

 

 黒膣(ガルガンタ)に足場はない。現世と虚圏(ウェコムンド)を繋げる、ただ黒い空間だ。

 

 東仙要に連れられたグリムジョーとディ・ロイは黙々と後ろを着いていっていた。片方はただ不機嫌そうに、片方はただ気不味そうにしている。

 

「……ここを抜ければ直ぐに藍染様の御前だ。今のうちに釈明の言葉を考えておくといい」

 

 落ち着いて話す東仙に、グリムジョーは歯を剥きだした。

 

「は? ねぇよ。そんなもんは。害虫駆除を一刻も早く行うのが藍染サマのためだろうがよぉ」

「──グリムジョー……!! 判断は藍染様が下される。そして処置は私がする。本当に申し開きはないというのか?」

「なんべんもいわせ──」

「いやあすんません!」

「あ? おい──」

 

 霊圧がせめぎ合い、空間の質量が重くなっていく。両者の意見が堂々巡りであることは一目瞭然だった。それが最初からわかっていたのであろうディ・ロイが手を振りながら前にでる。

 

 後ろの「余計なこといってんじゃねぇぞ!」とがなり声が鳴るのを大声で誤魔化し、ディ・ロイは頭を下げた。

 

「現世に行きたいってのは従属官(フラシオン)の俺らが言い出したことなんスよぉ統括官サマ! そんでそいつらも俺を除いて皆死んじまったし、死人に免じて罰するのはオレだけにしていただけませんかね!」

「……ふむ。残念だが、責は上官のグリムジョーにあり、裁量は藍染様にある。大人しく着いてくるんだ」

「ははー!」

 

 平伏するディ・ロイと舌打ちするグリムジョーを眺める。東仙の霊圧は静けさを取り戻していた。グリムジョーの従属官は5体だった。この数は多い。

 

 (ホロウ)にあるのは弱肉強食である。退化への恐怖に怯え、強きものに怯え、ただ暗い砂漠の中で同族をひた喰らう。当然、そんな(ホロウ)が群れを成すのは社交性や社会のためではない。つまり支配されたとてあるのは安心よりもただの隷属である。

 

 粗野な口調、乱雑な振る舞い。それらは調和や秩序を重んじる東仙が疎う行いばかりである。しかし、グリムジョーの群れは他とは少しばかり毛色が違うのは盲目な東仙から見ても明らかであった。東仙は少しばかりではあるが、グリムジョーの評価を考え直していた。

 

「……気を引き締めるといい。ここを抜ければ藍染様がお見えになる」

 

 差した光が黒膣の終わりを表していた。

 

「只今、現世への無断侵攻を行ったグリムジョー・ジャガージャック及びその従属官を連れ戻し帰還しました」

「ご苦労だったね、要。お帰り、グリムジョー」

 

 膝をつく東仙とディ・ロイを尻目に、グリムジョーは立っていた。俯きこそすれど、その目は自らを高みから見下ろしている藍染を睨め付けていた。

 

「この者達の処罰を願います」

「処罰などないさ。私は何も怒ってなどいないよ要」

「ですが罪は裁かねばなりません」

「今回の一件はグリムジョーの私への抑えられない忠誠心によるものだと思うんだ。違うかい? グリムジョー」

「……そうです」

「ならばせめて膝をつけグリムジョー! その誠意の欠片も見えぬ態度はなんだ!」

 

 それはそうだ、とディ・ロイは思った。まずい、と激しく冷や汗が流れている。藍染が赦すと言ったことを良いことにグリムジョーがつけ上がっているのは明らかだった。

 

「いいんだ要。グリムジョーは従属官を四体も失って傷心しているに違いない。気が立ってしまうのは仕方のないことだとは思わないかい?」

 

 微笑みを浮かべてさぞ優しく言う藍染だが、グリムジョーを煽っているのが丸わかりだった。ディ・ロイはぎざぎざの歯を噛み締めながら必死に神に祈った。今顔を上げたらグリムジョーが斬りかかっていたりするんじゃないかとすら考えていた。

 

「そこの君は確か……。ディ・ロイ・リンカーだったね。君はどう思う?」

「お、オレっすか?! グリムジョーも理性はあったというかですね、あくまで現世の調査ってことで刀剣解放はしてないですし、平に御容赦! 御容赦下さい!!」

 

 喚き立てるそれは弁明というよりは命乞いであった。

 

「可哀想に。怯えてしまっているじゃないか。ここに来るまでの道中、いじめ過ぎたんじゃないのかい要?」

「私は組織として当然のことをしているまでです!」

「その組織の長が赦すって言ってんだ。私情じゃねぇのか統括官サマ?」

「貴様! 肝心の貴様がその態度なのが許しては置けぬと私は言っているのだ!」

「統括官殿! 御容赦下さい!! グリムジョーは謝ったら死ぬ病かなんかなんです!」

「てめぇ! へらへらしてんじゃねえぞディ・ロイ!」

 

 厳正な空気は消え失せ、わーわーぎゃーぎゃーと乱痴気騒ぎが繰り広げられている。

 

「えらい楽しげやねえ。その辺で勘弁しはったらどうですか? その子、可哀想でかなわんわ」

「市丸! お前も私が弱い者虐めをしているようにいうのか」

「組織のためいうんは立派やけど、どうです? ここは一つ、愛染隊長の言う通りにしようやないですか」

「くっ……!」

 

 東仙が頭を下げて退室していく。ディ・ロイの決死の遅延が功を奏し、市丸ギンの助けもありお咎めなしとなった。グリムジョーはずかずかと、ディ・ロイはそそくさと退室する。

 

 

「ま、マジで終わったかと思ったぜオレは……!」

「お前はびびり過ぎだ。みっともねぇぞディ・ロイ」

「いいや?! 絶対オレのファインプレーだぞ今! 絶対オレいなかったらグリムジョーの腕の一本や二本東仙に斬られてんぞ! あいつキレ散らかしてたぞ!」

「まぁ何かしらしてきても可笑しくはなかったな」

「わかってんなら挑発すんじゃねーよ……」

「もう過ぎたことはいいじゃねーか。小せえやつだな」

「おう……」

 

 ディ・ロイを強引に言い負かしたグリムジョーはやはり不機嫌であった。従属官──仲間を4人も失ったその胸中では、どう落とし前をつけようかと、それだけが頭の中を渦巻いている。過ぎたことはなどと言い放った本人が、最も過去を気にしている。

 

 しかしながらグリムジョーは仇の顔を見ていない。聞けばわかるのだろうが、仇を知った後に次の機会を大人しく待てるかというと、おそらく否であろう。

 

「ちっ!」

 

 大きく舌打ちをし、自らの宮(十刃それぞれに当てがわれている)に入るなり、乱暴に腰掛ける。

 

「なんつーか……。ここも広くなったもんだな」

「借りは必ず返すぜ」

「当たり前だぜ」

 

 娯楽や生活必需品などがない彼らがいた痕跡など、ほとんどないといって良かった。宮の中の従属官のための部屋も、今ではただ白い空間が広がっているに過ぎない。

 

 腹の虫がおさまる様子のないグリムジョーを後にし、ディ・ロイはどうやったら強くなれるのか考えていた。

 

「当たり前だぜとは言ったものの、どーすっかな」

 

 先程戦った死神、黒崎一護との戦闘を思い返す。グリムジョーがいなければ死んでいたのは間違いないだろう。

 

「あいつらが殺されてんだからそりゃそうか」

 

 しかしシャウロン達は果たして弱かっただろうか? とディ・ロイは考える。仮に黒崎一護には勝てなかったとしても、隔絶した実力差があるようには思えなかった。

 

 目を閉じる。

 

 ──なぁ、オレはどうやったら強くなれる?

 

 心の中にいた存在を確認した時から、その力を感じていた。

 

 意識が心の中に沈んでいく。

 

 ──教えてやるよ。オレの使い方をな。

 

 黒い死神装束を着たもう一人のディ・ロイが斬魄刀を構えて斬りかかってきた。その太刀筋や身のこなしはディ・ロイそのものであり、剣と共に歩んできた死神からすると酷く拙いものだろう。それもそのはずで、斬魄刀は面を剥いだ時に何故かあったものでしかなく、実戦で刀を振るった経験もとても乏しかった。

 

 ──不服そうな顔だな? そうだ。お前は斬魄刀なんて飾りくれーにしか思ってなかったからな!

 

 斬り結ぶ。乱雑に力任せに叩きつけ、離れては近づいて振るうを繰り返す。

 

 ──だが考えみろよ! この斬魄刀にあるのは虚の力ばかりで、虚時代の姿に戻ってるだけじゃねえか!

 

 ──あ?! つまりなんだってんだよ!?

 

 ──馬鹿が! 結局破面なんてのは少しばかり死神の力を足して、バランスをとるために余分な虚の力を斬魄刀に押し込んだだけの存在でしかねえっつってんだよ! それで帰刃したら虚時代の姿になりますだぁ?! それのどこが強くなってるっつーんだよ?!

 

 ──た、確かに……! うぉいてぇっ!

 

 ──目ぇ逸らすんじゃねえ馬鹿が! だがディ・ロイ! お前は運が良かった! 他の連中が虚の自分に固執する一方で、お前は虚の自分なんてもんはちっとも好きじゃなかった! 死神の姿に近づくことにもなんの嫌悪も抱いちゃいなかった! だからお前には進化の余地が生まれたんだ!

 

 ──進化? なんだよそりゃ?

 

 ──虚の力を増やすんじゃねえ! 破面としての進化だ! 卍解でもなんでもいい! 刀を持ったまま戦う自分をイメージしてみろ!

 

 イメージしろと言いながら、決して手を緩めようとはしない。ディ・ロイは悪態を吐きながらも冷静に思考していた。

 

 そう、今まさに刀を待ったまま戦っている。そして目の前にはまさにそのままの自分がいる。

 

 その自分が更に強くなった姿を想像する。黒崎一護のように斬魄刀から力を呼び出し、高速で戦う自分を更に圧倒していたあの死神の姿を自分に置き換える。

 

 あの死神は強かった。あの死神は何のために戦っていた?

 

 自問自答の果てに、イメージは収束する。

 

 ──オレはグリムジョーのためにこの刀を振るう! 斬魄刀だかなんだが知らねえが、オレに力を寄越しやがれ!

 

 ──はっ! なんだ、わかってんじゃねぇかよ。

 

 斬られて消えていきながらも、それは満足げな声色だった。

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