彼女がゾンビになったので、俺は魔神皇に抗議しに彼の精神世界に行くよ 作:XX(旧山川海のすけ)
第26話 次の世界に向けて
「これを持っていきなさい」
鴨志田先生との卒業試験を終え、別れ際に。
先生はそう言って俺に一振りの刀を手渡した。
木刀ではない。
漆塗りに見える鞘に納められた、明らかに本物の刀だ。
刀から伝わって来るオーラは、明らかに本物の風格を漂わせている。
「これは……なんですか?」
そう思わず訊ねると、先生は少し照れくさそうに笑い
「一応、正宗のつもりなんだけどね」
「正宗!?」
俺の声が思わず跳ね上がる。
刀剣に詳しいわけじゃないけど、正宗くらい知ってる。
伝説的な名刀だろ……?
俺は興奮が抑えきれず、鞘から刀身を少し引き抜いてみる。
刃の輝きが、まるで静まり返った水面のように感じられた。
「まぁ、僕のイメージの、つまり空想の産物だから、正宗ではなく夢想正宗とでも言っておくべきかもしれないね」
「夢想正宗……」
その名前に、俺はなんだか胸が高鳴った。
この刀は、鴨志田先生の精神世界で生まれたもの。
先生の夢や信念が形になったものだ。
なんだか色々託された気がして、俺は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、先生。必ず俺は成し遂げてみせます……」
先生は穏やかに頷き、俺とミキを見送ってくれた。
帰還可能エリアまで戻った後。
イセカイナビの「帰還」ボタンをタップし、俺たちは現実世界に帰還する。
一瞬の眩暈の後、俺たちは学校の階段の踊り場に戻っていた。
外は相変わらず真っ暗で、まだこの学校が魔界に堕ちたままなのが理解できる。
さて
「……ミキ、ちょっと待って」
今のミキの髪は鮮やかな緑色に変わり、耳はエルフのように尖っている。
まるでファンタジーの世界から飛び出してきたような姿になってしまった。
そして俺の手には、夢想正宗。
鞘に納められているとはいえ、これは本物の武器だ。
「これ、他人に見られたらマズイよな……」
ミキの異様な姿も、俺の持つ本物の刀も、学校内で目立ったらまずい。
どうするかと一瞬迷ったが、咄嗟に俺はブレザーの上着を脱いでミキの頭に被せた。
「……なんだか容疑者みたいだよね」
ミキが冗談交じりにぼやく。
確かに、ブレザーを頭から被った姿は、まるで怪しい人物みたいだ。
俺は苦笑しながら答えた。
「まぁ、これで少しは目立たないだろ。刀は……鞘に納めて堂々と持ってれば、逆に本物と思われないんじゃないか?」
そう言って、夢想正宗を手に持つ。
この学校のどこに真剣があったんだという話だし。
それにもし、これが本物の刀だと思うなら
こんな堂々と持ち歩くなんて、ありえないと普通は思うだろ。
……多分。
「よし、オカ研に報告しに行こう」
ミキの手を握り、俺たちは旧校舎のオカルト研究会に向かった。
旧校舎の部室に着くと、引き戸をガラガラと開ける。
そこにはジンさんとアヤメさんがいた。
ジンさんは椅子に座って何か本を読んでいて、アヤメさんは机に広げたノートに書き物をしている。
「ジンさん、アヤメさん、ただいま」
俺の声に2人が顔を上げる。
ジンさんが軽く手を振って応えた。
「お、ヨータ。速かったな」
……やっぱ、こっちでは時間が経っていないのか。
向こうでは体感1か月以上は居た気がしたのに。
「そして無事だったか。で、どうだった?」
その言葉を聞きながら。
ミキと俺は椅子に座り、順番にこれまでの出来事を報告した。
スフィンクスの謎かけ、鴨志田先生からの剣道の修行、そして最後の卒業試験。
ただし、先生の個人的な秘密──先生の実兄の犯罪やそのトラウマ──については、あえて話さなかった。
ジンさんもアヤメさんも、そこには触れてこない。
きっと、鴨志田先生が隠しておきたいことだから、詮索するのは良くないと思っているんだろう。
俺も同じ気持ちだった。
「で、ミキが……その、ゾンビちゃんから進化したんだ。屍鬼ボディコニアン、って」
俺がそう切り出すと、ミキがブレザーを外して緑色の髪と尖った耳を見せた。
ジンさんが目を見開き、アヤメさんが興味深そうにミキを見つめる。
「ボディコニアンか……何だか派手な名前だな。名前からゾンビが外れたけど、まだ屍鬼なんだよな」
ジンさんが難しい顔をしてそう言う。
励ましてくれる気持ちが伝わってくる。
アヤメさんも頷きながら補足した。
「でも、単純な動く死体ではなくなったとは思う。さらに進化が進めば、もっと違う存在になるかもしれない」
「ありがとうございます、2人とも」
ミキが少し照れくさそうに礼を言う。
俺もなんだかホッとした。この2人には、いつも助けられてるなぁ。
「次の精神世界は……校長の、だよな」
オカ研を出て。
暗い校庭を横切りながら。
俺はスマホを取り出し、イセカイナビの画面を確認する。
鴨志田先生の名前の下……次は「大岡素一郎」
この学校の校長の名前だ。
「校長か……正直、よく分からないな、あの人」
俺は思わず呟いた。
校長の大岡素一郎。
前に1度、ミキと一緒に何かで校長室に行く用事があって、入ったことが1回だけあるんだけど。
そのときの印象が強烈すぎる。
校長室の壁に、でっかい額縁に入った「食欲」って書かれた書が飾ってあったんだ。
あれ、なんだったんだよ……?
食欲って……
飾る意味が理解できない。
「食欲、ねえ……」
ミキが少し笑いながら言う。
彼女もあの書を思い出したらしい。
「まぁ、精神世界に入れば何か分かるだろ。……行くか、ミキ」
俺は夢想正宗を手に、ミキを見た。
彼女は緑色の髪を風に揺らしながら、力強く頷く。
「うん、行くよ。ヨータと一緒なら、絶対大丈夫」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
夢想正宗を握る手にも、力がこもる。
「よし、行こう。次の精神世界──校長の世界に!」