必要とされなかった俺、今では周囲に愛されすぎてツライ 作:とっとこ吞太郎
朝食を終えたあと、僕が椅子に背を預けたその瞬間――左右からふわりと気配が迫った。
振り返る前に、頬にそっと触れる手と、耳元に柔らかな声が降ってくる。
「ユウト、ちょっと動かないでね。髪が乱れてるの、私が整えてあげる」
「姉さん、待って。それは俺の担当だろ。今日は俺が身支度を見る番だって、昨夜話したじゃないか」
「でも“了承”は得てないわよね? 私、譲った覚えはないもの」
僕を巡る姉と兄の静かな戦火が、今朝も例外なく始まった。
姉・リリアは白銀騎士学舎の首席剣士。端整な顔立ちに深紅の髪、そして優雅な物腰――まるで貴族そのものの気品をまとっている。
でも弟の前ではその仮面が時々、ほんの少しだけ剥がれる。
兄・レオンは魔導学院の主席候補。空間魔法と防御魔法の天才で、基本的に理性的。
ただし、僕に対しては例外だ。すぐに甘やかしてくるし、どこか嬉しそうに僕のことを観察してくる。
その観察眼はたぶん、勉強とか研究とか、そういう努力の結晶なんだと思うけど――兄の熱量、ちょっとずれてる。
「ユウトの髪は、後ろがふわっと跳ねる癖があるの。昨日もそうだったわ。……それがまた可愛いのだけれど」
「知ってる。だから俺は、今日の風の流れと湿度に合わせて整えるつもりだったんだよ」
「……弟の髪型に気象データ使うの、どうなの?」
リリアは櫛を手に、髪を梳くたびに僕の額にふっと息を吹きかけてくる。
指先がやさしくて、微笑みは穏やかで――でもどこか、目が笑っていない。
一方、レオンは僕の襟を直しながら、マントの留め具を少しだけ締め直す。
「今日の気温なら、これくらいの防風性能が最適だ」
「ダメ。今日は私が仕立てたケープを着せるって決めてたの。内側にユウトの体温だけに反応する魔繊布を縫い込んであるの」
「また妙な素材使ったな……呪具かよ、それ」
リリアが差し出したケープは、優雅な銀の刺繍とふわふわの白い襟付き。
レオンのマントは黒を基調にした、いかにも“防御最優先”なデザイン。
両方とも僕を想って作ってくれたのは分かる……けど、ぶっちゃけ重い。物理的に。
「ユウト、どっちがいい?」
「……どっちも、着てみたいかも」
「……ああ……それって、選べないってこと……」
「ユウト、ほんと可愛い……」
僕のひと言で場がしん……と静まり返る。
そして気づけば、ふたりとも僕の方にそっと身を寄せてきていた。
優しい微笑みの中に、かすかに競り合う気配がある。
「……ありがと、ふたりとも。すごく、あったかいよ」
それだけで、リリアの顔がぱあっと花のようにほころぶ。
けれど、次の瞬間――耳元に顔を寄せて、彼女は甘く囁いた。
「ねえ、ユウト。……その言葉、ほかの誰かにも言ったら……私、どうなるか分からないわよ?」
笑ってるのに、背中にうすら寒い何かが走った。
それを打ち消すように、レオンが僕の肩を優しくぽんと叩く。
「大丈夫。ユウトが笑ってさえいれば、俺はそれでいいよ」
ふたりとも――
強くて、優しくて、僕にとっては世界で一番の家族。
でも、なんで朝から命の危機を感じてるんだろう、僕。