必要とされなかった俺、今では周囲に愛されすぎてツライ 作:とっとこ吞太郎
白くまばゆい朝陽が中庭の噴水を照らし、飛沫が虹をつくっていた。
そのきらめきよりまぶしい溺愛を一身に浴びながら、僕――ユウトは玄関扉の前で軽く深呼吸する。
今日は両親から頼まれた買い物と、鍛冶屋に預けた小刀の受け取りがある。
久しぶりにひとりで街へ――そう思っていたのに、真後ろから二つの影がぴたりと重なった。
「ユウト、準備できた? 街路は石畳が滑りやすいから、私が付き添うわ」
「俺も同行する。護衛兼、荷物持ちとしてな」
「え……二人とも、授業や訓練は?」
「そんなものより大事な用事があるだろう?」
「……声をそろえて言わないでほしい……」
僕の自由行動という儚い幻想は、朝露のように溶けて消えた。
両親に見送られ、三人で街道へ。
姉リリアは僕の左腕に自分の腕を絡め、兄レオンは右側半歩後ろを護衛のように歩く。
中央の僕は、左右から心地よい体温に挟まれつつも、まるで厳重警護中の王族だ。
街道沿いのオリーブ並木は、夏の始まりを告げる土と緑の匂いを運んでくる。
石畳は確かに滑りやすく、リリアはその度に僕の肘をぎゅっと引き寄せた。
「ユウト、大丈夫? 足元見て歩いてね」
「姉さん、過保護が過ぎるぞ。もし転びそうになったら、俺が空間魔法で着地を補助するから安心しろ」
「それはそれで、まず転ばせないのが私の役目よ」
ふたりの視線が僕の足元に集中し、歩調が自然とゆっくりになる。
周囲の通行人は微笑ましいというより、若干ひいている気がする。
やがて石造りの大アーチをくぐると、露店の呼び声とパンの焼ける香りが入り混じる。
僕は思わず足を速め――しかし左腕に絡むリリアのホールドがさらに強くなり、右後方のレオンは魔力で微かな風障壁を展開した。
「兄さん、その防風結界、ちょっと過剰じゃ……?」
「人混みは埃が舞うからな。ユウトの喉を守る」
「さすがね。でも、視線の遮断も兼ねてるんじゃない?」
「……否定はしない」
どうやら二人の過保護は成長しているらしい。
まずは雑貨屋で母に頼まれた瓶詰めハーブを購入。
店主の若い女性がレシートにサインを求めながら、僕ににこりと笑いかけた。
その瞬間、背後にふわりと殺気にも似た気配が走る。
「ユウト、その書類は私が持つわ」
「姉さま、少々威圧的では?」
「当然よ。弟に無闇に笑いかけるなんて」
「店員が笑顔なのは礼儀だぞ」
「礼儀以上の温度を感じたわ」
リリアが伸ばした手は優雅な笑みを貼りつけながら、店主の手元ぎりぎりでレシートを攫う。
視線は相手を刺すように鋭い。
「ユ、ユリア様のお身内で……?」
「ええ、“弟”よ。大切な、大切な弟なの」
「そ、そちらはお兄様……?」
「不用意に触れる者は、たとえ誰であろうと――」
言外の圧力に店主が青ざめ、僕は慌てて笑顔を作った。
「すみません! 姉が過敏で……でも商品はとても助かります!」
店を後にするころ、レオンが小声で囁く。
「リリア、度を越してはいけないぞ」
「レオンこそ、あの店を囲うように結界を張ってたわね?」
「外敵排除は護衛の基本だ」
“外敵”呼ばわりされた店主が気の毒すぎる。
二軒目は父から預かった小刀の受け取り。
鍛冶屋の親方は筋骨隆々で、上腕ほどあるトンカチを軽々持ち上げる。
「おお、ユウト坊。仕上がってるぜ。ほれ、切っ先に指触れんなよ?」
親方が僕の手をとって柄を握らせた瞬間――背後の兄が咳払い。
重力が一瞬増したような圧が空気を歪ませる。
「親方、その手は慎重に。ユウトの肌は繊細なんだ」
「お、おう? すまねぇ」
「兄さん、親方はプロだよ……」
「それでも念には念を」
親方でさえ狼狽させる過保護っぷりに、僕は申し訳なさで胃が痛い。
荷物も揃い、帰り道。
近道になる石畳の細い路地で、小さな灰色の子猫が鳴いていた。
「可愛い……」
「猫の爪は意外と鋭いの、気をつけて? ほら、撫でるならこの手袋を」
「姉さん、どこからそんな高級手袋が……?」
「弟のために常備しているの」
「糖質と脂質のバランスが良い。幼獣への給餌なら、この乾燥肉が最適だ」
「兄さんまで準備良すぎない?」
猫は肉に夢中、僕は二人に挟まれ身動きが取れない。
路地裏でさえ、独占欲は鳴りやまないらしい。
西の空が橙に染まる頃、邸宅の門が見えてきた。
夕風は涼しいはずなのに、背中にはじんわり汗が滲む。
「今日は疲れたろう? 夕食前に浴を用意させよう」
「ねえユウト。……今日みたいに、私たち以外に気安く笑顔を向けないで。胸が、痛くなるの」
「姉さん、脅すのはやめろ。……ユウト、信じてくれ。俺はお前の自由を尊重する。ただし――泣き顔だけは、俺たちの前でしか見せるな」
「優しいけど怖いよ、二人とも……」
この兄姉にとって“世界”は、弟を頂点に回っている。
そこに他人が踏み込む余地などない。