必要とされなかった俺、今では周囲に愛されすぎてツライ 作:とっとこ吞太郎
朝から姉が様子がおかしい。
「ねぇユウト、今日はふたりっきりで出かけましょ?」
「えっ……なんで急に?」
「昨日夢で見たの。ユウトが町の娘たちに囲まれて困ってたの……私のいないところでっ!」
姉の目がキラキラしている。いや、ギラギラかもしれない。
「兄さんは?」
「レオンには言ってあるわ。“今日は女の勘に従う日”だって」
謎の了承取りつけてるし!
結局、僕は姉に手を引かれ、町へ出ることになった。
姉リリアは上機嫌で僕の腕にしがみつき、時折ちらっと周囲を警戒するように見回していた。
「今日はね、ユウトの“男としての魅力”を再確認するつもりなの」
「えっ、なにその趣旨……?」
「女ってね、弟を守る本能と、時に支配したくなる本能、どっちもあるのよ。私は後者寄り」
怖すぎる。普通にホラー。
「それに……最近少し距離ができた気がして……たまには、二人きりで“密着時間”って大事じゃない?」
「えっと、兄妹だよね、僕たち?」
「もちろん。でも兄妹でも、ドキッとする距離って……あるじゃない?」
いや、ないです。
* * *
街を歩けば、人混みの中でもリリアは僕から一歩も離れない。
というか、むしろ肩が密着してる。
「ふふっ、こうしてると恋人同士みたいね」
「全然違うからね!? 街の人に誤解されるよ!」
「むしろ“牽制”になるわ。誰にも渡す気はないってアピール」
そんなマーキングあるか。
姉は僕の髪をいじったり、シャツの襟を直したり、まるで恋人のように世話を焼く。
まわりからの視線が、どんどん集まってきてる気がする……
「ほら、あの女の子。さっきからこっち見てる。記録、記録……」
姉は小さなノートを取り出して、「接触危険度:中」と書き込んだ。
何それ、CIAかよ。
露店で売っていたシャツを手に取ると、リリアは目を輝かせた。
「このシャツ、ユウトに着せたら絶対似合うわ!」
「襟元広すぎない? 鎖骨丸出しなんだけど!」
「それがいいのよ。私しか見ないなら、全然OKよね?」
「私“しか”って何!? 勝手に所有権主張しないで!」
試着を押し切られ、鎖骨シャツを着せられた僕は、たちまち通行人の注目を集める羽目に。
「見ないでください。これは事故です……!」
「ユウト……すごくいい……もう、キスしていい?」
「ダメだよ!!」
「ふふ、うそうそ。まだ昼間だもんね」
“まだ”って何? 夜ならOKってこと!?
* * *
事件はそのあと起きた。
花屋の前で、一人の町娘が僕に近づいてきた。
「あ、あの……坊ちゃま、よかったら……これ……!」
差し出されたのは、黄色い花の髪飾り。
「あ、ありがとう……」
受け取ろうとした瞬間──
「まあまあまあ、可愛い髪飾りね〜〜?」
後ろから姉の声がした。
ゆっくりとした笑顔。しかし、目が笑っていない。
「えっと……リリア姉さん……?」
「それ、“黄色のマーガレット”よね? 花言葉、知ってる?」
「『秘めた恋』よ」
「ひ、ひめたこい……」
「つまり、この子はうちのユウトに“恋心”を伝えたってことね?」
町娘の顔が真っ赤になる。
「ち、違っ……そんなつもりじゃ……!」
「じゃあ、あなたはユウトの好きなスープは?」
「えっ?」
「くしゃみの回数、眠る時の癖、寝起きの機嫌……どれか答えられる?」
「え、えっと……」
「ふふ、残念。恋する資格、ないわね」
「ひ、ひどいっ!」
町娘は泣きそうな顔で逃げ出していった。
僕は慌てて後を追おうとするが──
「待って」
姉が僕の腕を掴んだ。
「恋ってね、弱い人がするものじゃない。ユウトの隣に立つには……私ぐらい、覚悟が要るの」
え、姉さん、なんでそこで“ライバル宣言”みたいになってるの……?
町娘の件のあとも、姉の暴走は止まらなかった。
「ユウト、こっち来て。……はい、ストール巻いてあげる」
「え、なにこれ?」
「視線遮断用。あなたの魅力を40%カットできる布よ。通行人対策」
「何その需要に応えた布!? 魅力をカットしないでよ!」
「しょうがないでしょ。今日はもう3人からガン見されたんだから」
確かに、姉の行動で逆に目立ってる気がする。
昼下がり、カフェに入って一息つこうとしたときのことだった。
「いらっしゃいませ〜! お兄さん、これサービスですっ!」
若いウェイトレスの笑顔とともに、スイーツが差し出される。
「うわぁ、ありがとう。すごく美味しそう……」
その瞬間。
「全部、買います」
「……え?」
「そのスイーツ、今ある分ぜんぶ。だから“特別扱い”はもう結構です」
姉は財布を取り出し、無表情で高額の硬貨を並べはじめた。
「姉さん、何して……」
「ユウトに向けた“メスの視線”は、すべて事前に排除するのが愛よ」
いやいや、どんな愛情表現?
姉の言動により、店員は目を白黒させながら「し、失礼しました……」と去っていった。
僕はカフェの隅で小さくなりながら、姉の対人スキルが心配になる。
「……っていうか姉さん、それ、嫉妬じゃない?」
「嫉妬よ? 当たり前でしょ? あなたは私のものなんだから」
「いや、だからさっきから“所有”やめて?」
「じゃあ、仮に誰かに取られたら、どう思う?」
「……嫌だけど、でもそれは、兄妹としての愛情であって──」
「ユウト」
姉の声が低くなる。
「私ね。もしユウトが他の誰かにとられるなら、剣術学舎も全部やめてもいいって思ってる」
「それ、人生壊れてない!? もっと自分のために生きてよ!」
「ユウトの隣が、私の人生の真ん中なの」
さらっと言わないで!? 胸にズキンとくるから!!
* * *
夕方、買い物帰りの馬車の中。
姉は僕の肩にそっと頭を預けてきた。
「ねえ、ユウト……今日、ちょっとは“ドキッ”とした?」
「えっ」
「たとえば、服屋のキスとか。あれ、ほんとはしたかったんじゃない?」
「し、してないし、したくもないし!!」
「ふふ、でも目が泳いでる。……やっぱり男の子なんだね」
「姉さんが色仕掛けしてくる方がおかしいの!!」
「だって……ユウトって、たまに私の胸いやらしい目で見てるときあるよね?」
「いや見てない! というかそういう視線、むしろそっちが向けてきてるよね!?」
「……じゃあ、もし他の子にキスされそうになったら、どうする?」
「全力で逃げる!」
「よし、合格。……でも逃げられなかったら?」
「姉さんが絶対に現れるから問題ないんでしょ……」
「その通り♪」
……なんかもう、言い返すのも疲れてきた。
* * *
家に戻ると、そこには腕を組んだ兄・レオンが待っていた。
「ユウト……無事でよかった。姉さん、また暴走してないか?」
「暴走なんてしてないわよ。少し“過保護”だっただけよ」
「過保護ってレベル超えてるよ……ユウト、鎖骨出てるし、視線避けストール巻かれてるし……」
「どれも必要な防衛策だったわ」
「この子は防衛しなくてもいい子だよ……!」
「じゃあ、もし町娘がユウトに再アタックしてきたら、どうするの?」
「黙って見守るしかないだろ」
「だからあなたは独り身なのよレオン!」
兄妹でケンカ始めないで!
結局、ふたりの“ユウトを巡る小競り合い”は夕飯時まで続き、僕はご飯3杯目を食べる頃には完全に思考が停止していた。
* * *
夜、ベッドに入った僕は、天井を見つめながらため息をつく。
「……なんか、いろいろ疲れたな……」
でも、姉の言葉を思い出す。
『ユウトの隣が、私の人生の真ん中なの』
あんなに真っ直ぐに、想われたことなんて、前世では一度もなかった。
ちょっとヤバいけど。
少し重いけど。
たまに色気で攻めてくるけど。
でもそれでも──
「……悪くないな、って思っちゃう自分がいるのが悔しい……」
枕を被っても、顔の熱さはごまかせなかった。