アカシヤー蔵馬に咲いた花ー 短編   作:hazeleye

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13章83話辺りの番外編になります。
久しぶりに黒い方に登場していただきました。


魔界統一トーナメントでの邂逅ー蔵馬と飛影ー

 

魔界統一トーナメントの会場は、戦いの熱を内包しているはずなのに、どこか乾いた冷気が漂っていた。

石壁に刻まれた古い魔界文字が、薄い光を吸い込み、廊下は夜の底のように暗い。

 

蔵馬はその一角を、音の立たない歩調で進んでいた。

足裏に伝わる床の硬さ、遠くから響く歓声の余韻、ふと風が通り抜けるように妖気の擦れる気配。

 

 

【挿絵表示】

 

 

周囲の妖怪たちは、かつて黄泉の元で軍事参謀長を務めた彼をちらりと一瞥している。

中には、緊張を生む眼差しを向けるものもいる。

誰一人、声をかけようとはしない。

しかし、いずれも彼に影響を及ぼすには程遠い。

 

 

そのまま、風景のように通り過ぎる――廊下の奥で、ひやりとした気配がわずかに漂う。

蔵馬は自然と歩みを止めた。

 

「……飛影か」

 

呼ぶ声は、静かで澄んだものだった。

次の瞬間、暗がりから小柄な影が滑り出てくる。

釣り上がった目が、魔界の黒い炎の残像のように一瞬だけ光った。

 

「……。」

 

それは返答とも、挨拶ともつかない。

飛影はいつものように、無駄を削ぎ落とした存在感でそこに立っていた。

 

「お前が、この大会に出るとはな」

 

 

低く、わずかに訝しむ声音。

 

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

魔界統一トーナメント。勝ち上がった者が、魔界の頂点に立つ。

飛影には、今の蔵馬にそんな野心があるようには見えなかった。

その視線には――旧知の仲としての理解と、戦闘者としての探りが同居していた。

蔵馬は肩の力を抜かず、淡々と答えた。

 

「魔界を統べるものに、なるつもりです」

 

「……くだらん冗談は聞かん」

 

彼らしい返答に、蔵馬はふっと息を漏らした。

 

「オレも、一度幽助と戦ってみたかったんでね」

 

「……それだけか?」

 

「想像に任せます」

 

薄い笑みは浮かばない。

飛影の探るような眼差しを、蔵馬は涼しい瞳で静かに受け止めた。

その奥にある意志は、決して覗かせない。

ただ、その沈黙の質が、裏にある意図を際立たせていた。

 

妖気がわずかに立ち込める。

やがて飛影は鼻を鳴らし、一歩近づいた。

 

「オレと当たったら──今のお前の全力で来い。手加減など考えるな」

 

「もちろん。そのつもりだ」

 

返答は穏やかだが、その双眸の奥で何かが揺れる。

飛影はそれを見逃してはいない。

 

「……教育係をしているからと、言い訳はするなよ」

 

飛影なりの気遣いが小さく含んだ言葉。

魔の世界に生きるものとして、仲間として、彼が認めるものへ向ける独特の不器用さ。

 

蔵馬はふっと笑みをこぼした。

 

 

「戦いに、葵を持ち出すことはしないさ」

 

「そんな腰抜けなら、その場で容赦なく殺す」

 

断言する声は、刃のように鋭い。

しかしそこにあるのは残酷さではなく、強者としての純度の高さだった。

 

やがて黒い影は、蔵馬の脇を歩み去っていく。足音はほとんど響かない。

すれ違いざま、低く一言。

 

「……どうやら、あいつは変わりないようだな」

 

その言葉の意味を、蔵馬は理解していた。皆まで言う必要はない。それだけで十分伝わる。

彼は振り返らずに答えた。

 

「……ああ」

 

わずかな呼気が、薄暗い廊下に溶けた。

その声には表情が乗っていない。

二人だけが共有する覚悟が、言葉のない領域で交わっていた。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

飛影の足音が闇に吸い込まれていく。

その最後の気配が消えると、廊下には無機質な静寂だけが残った。

 

蔵馬は立ち止まったまま、わずかに視線を落とした。

床に走る亀裂の線を追うことはなく、そこにある暗がりを静かに見つめる。

 

遠くで、観客席の轟きが薄く反響していた。

けれど、この一角だけは別世界のように静かだ。

冷えた石壁がひやりと背後から温度を奪い、魔界特有の乾いた空気が、肌に細い刃のように触れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ふ、とひとつ、息を吐く。

ほとんど音にならないほどの微かなものだった。

 

歩き出す気配は、すぐには訪れなかった。

代わりに、廊下の奥から淡い光が差し込み、蔵馬の横顔に細い陰影を落とす。

その光が、ほんの一瞬だけ彼の目の奥に揺れる何かを照らす。

 

蔵馬はゆっくりと顔を上げた。

視線の先には――誰もいない。

 

ただ無表情な石の通路が、終わりなく伸びているだけ。

静かに、自分の存在すら消してしまうような足取りで、彼は再び歩き出した。

 

 

その背に影がひとつ伸びる。

光に揺れ、深く、細く。

 

それでも──蔵馬の歩みは、止まらなかった。

静寂の中を、まっすぐ前へ。

それが、今の彼の選んだ答えだった。

 

 

 

決着(ケリ)をつける。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
来週もこちらの短編をアップして、本編更新に戻ります。
やはり飛影と蔵馬の話は、書いていて面白いです。
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