アカシヤー蔵馬に咲いた花ー 短編   作:hazeleye

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時系列は、アカシヤ本編10章の境界トンネルの戦いが終わって蔵馬達が人間界に帰ってきた直後。


黒の章 ――蔵馬と飛影

洞窟を抜けた先に広がる草原は、雲間から覗く初夏の午後の光を浴びて、柔らかく輝いていた。

遠くの地平線はかすかに揺らぎ、草の海が風に撫でられて波打つ。

空は高く、幾筋もの白い雲がゆるやかに漂っていた。

 

ついさきほどまで、特有の暗い空の魔界にいたことが嘘のように、ここは静かで、あまりにも穏やかだった。

人間界に戻ってから、蔵馬は妖狐の姿を解き、人間の姿で草原に立っている。

風が横切り、長い髪を流れるようにたなびかせながら、遥かな地平を見据えていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その静けさを破るように、低い声が背後から響いた。

 

「……どういうつもりだ、蔵馬」

 

振り返らずとも、誰の声かはわかっている。蔵馬からすれば予想通りの反応だった。

黒衣の袖が草をかすかに擦り、飛影の放つ苛立ちを帯びた妖気が空気を震わせる。

その紅い眼は怒りに燃え、刃のように鋭く蔵馬の背を射抜いていた。

 

彼はつい先ほどまで深い眠りに囚われていた。黒龍波を放った反動で、魔界にいる間ずっと冬眠に近い状態にあった。そして目を覚ますと、自分が人間界の草原に横たえられていると知り、激しい怒りを覚えた。

 

「なぜオレを人間界に連れてきた?」

 

低く噛みしめるような声。

蔵馬は草原の端、入魔洞窟の出口近くに腰を下ろした。

光を帯びた草が影を揺らし、彼の膝にかすかに触れている。

飛影の怒気を正面から受けても、表情に揺らぎはない。

その深い瞳には、風景を静かに映す余裕があった。

 

「君が怒るのも、当然だ」

 

静かに言葉を落とす。草原を渡る風に紛れるほど穏やかな声。

 

「だがあの時、黒龍波を2発撃った代償で、深い眠りに落ちた君を、あのまま魔界に放置すれば……どうなるかはわかるだろう。だから人間界へ運んだ。あの場にいた全員の一致の判断で、オレも同意見だった」

 

飛影の目がさらに細められる。

怒りの奥で、わずかに理を認めざるを得ない葛藤が揺れていた。

 

「フンっ。勝手な真似を……」

 

吐き捨てるような声。その背後で草がざわめき、風になびいた。

蔵馬はふっと笑みを浮かべる。挑発ではなく、彼の激しさを受け止めた上での柔らかな余裕だった。

そして、ふと思い出したように傍らの荷に手を伸ばした。

 

「そうでした……これを渡すのを忘れてたよ」

 

そう言って、黒光りするビデオテープを取り出す。

陽光を浴びて鈍く反射するその姿に、飛影の眼が一瞬見開かれた。

 

「……黒の章か」

 

飛影の紅い眼が大きく見開かれた。

驚きと警戒とが交じり合い、その視線はテープに吸い寄せられる。

戦いの前に、幽助から「こっそり渡してもいい」と言われたことを思い出した。

 

「幽助から預かった。君に渡してほしいと、頼まれてね」

 

黒い表面を指先で軽く弾きながら、蔵馬は差し出す。

その小さな一本の中に、人間界、霊界、魔界を揺るがすだけの秘密が封じられている。盗賊にとっては、宝にも等しいものだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

飛影はしばし沈黙した。草のざわめきと遠くの鳥の声だけが響く。

やがて、彼の肩から長い息が零れる。怒りの炎は徐々に鎮火し、赤い瞳の光だけが鋭く残った。

 

「……ちっ」

 

彼は黒の章を受け取った。その動作は慎重で、刃を扱うように手の中でその重量を確かめる。そして低く言葉を吐いた。

 

「相変わらず、用意周到だな」

 

口の端がわずかに吊り上がる。笑みと呼ぶには淡いが、敵意を和らげた証だった。

蔵馬は目を細め、静かに応じる。

 

「オレではなく、幽助の提案です」

 

草原を吹き抜ける風が、互いの間に落ち着いた沈黙を運んでくる。

飛影はテープを手玉のように転がし、視線を伏せて言った。

 

 

「……お前がオレに黒の章をわたすようにしたのは、幽助の一存じゃないだろ?」

 

「……想像に任せます」

 

蔵馬は微笑みながら返す。

飛影は目を閉じ、静かに息を吐く。黒龍破の余熱がまだ残る体から、ようやく苛立ちが抜けていく。

 

「……やはり、お前は食えない奴だ」

 

「褒め言葉と受け取っておくよ」

 

空は高く、白雲が流れる。

こうして、飛影の怒りは静かに鎮められ、霊界の極秘たる一本のテープが、盗賊二人の沈黙の中に存在していた。

 

 

 

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