アカシヤー蔵馬に咲いた花ー 短編   作:hazeleye

7 / 11
時系列的には、6章~7章の話。


飛影と葵、蔵馬の一コマ

それは暗黒武術会をひと月後に控えた頃のこと。

 

人間界の林の奥深く。

昼の光が木々の葉を透かし、地面にまだら模様の影を落としていた。

 

その光と影の狭間に、葵の姿があった。

自然に溶け込むように立つ彼女の両手には、簡素な麻袋に包まれた依頼品。

差し出されたその包みを、目の前の小柄な影。飛影が無言で受け取る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼女の髪には、どこかの枝に触れた拍子だろうか、鮮やかな緑の葉や、細い枝がいくつも絡まっていた。

飛影は無表情のまま、ちらりとその頭を一瞥する。

そして手元の袋を確認するように軽く持ち直した。

 

「お前、このあと、どこへ行くつもりだ?」

 

低く投げられた問いに、葵は普段と変わらない微笑みを向けた。

 

「蔵馬のところに、依頼品を届けに行くわ」

 

飛影はふっと視線をそらし、「……なら、いい」とだけ返す。

どうやら、頭の枝葉については、教育係(くらま)に指摘してもらえればいいと判断したようだ。

余計なことを言わないところも彼らしい。

 

踵を返し、林の奥へと歩み出そうとしたその背に、透きとおる声が追いかける。

 

「飛影。なにか、いいことがあったの?」

 

ぴたりと足が止まる。

林の奥で鳥が一羽鳴き、風が枝をわずかに揺らした。

飛影は無言のまま振り向かず、短く吐き出す。

 

「……別に、何もない」

 

声は低く、僅かに硬くなった。

 

実は先日、長らく行方知れずだった妹・雪菜の所在を人間界で突き止めたばかりだった。

飛影の言葉には、彼の心臓を若干震わせるほどの衝撃と、誰にも知られたくない秘めた安堵が隠されている。

それを、この場で目の前の葵に口にするつもりは毛頭なかった。

 

 

「妖気が、以前よりも少し柔らかいわ」

 

葵の瞳が細められ、風に乗るように静かな言葉が落ちる。

飛影の眉がわずかに動いた。

それだけで、彼は林の影の中へ溶け込むように姿を消していく。

 

残されたのは、風に揺れる葉の音と、まだ髪に枝葉をまとったままの葵の、穏やかな微笑みだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

暗黒武術会の激戦の合間、ようやく訪れた束の間の休息。

ホテルの一室は、戦場とは思えないほどの静けさに包まれていた。

 

窓越しに射し込む午後の光は柔らかく広がり、机の上のグラスに揺れる水面を淡く照らしている。

 

ソファに腰を下ろした蔵馬は、長い髪を肩に流しながら、ふと目を細めた。

視線の先、窓辺に立つ飛影が腕を組み、影のように動かずにいる。

 

「……あいつは、余計なことを言わないところがいい」

 

唐突な一言に、蔵馬は静かに笑った。

彼の言う『あいつ』とは、誰と聞かなくてもすぐわかる。

 

「それは評価してる、ということでいいのかな」

 

その声音は軽やかで、目の奥には好奇心の色が忍んでいる。

 

飛影はしばし無言のまま、やがて吐き捨てるように続けた。

 

「……武器の調達も、悪くはない。素材の質も上等だった。物資補給源としては、上出来だ」

 

任務報告のような淡々とした口調だったが、その評価には確かな満足感が含まれていた。

 

「そうか、それは良かった。どうやら葵は、目利きのある古道具屋とつながりがあるらしい。手際もいいし、裏道の品にも強い」

 

飛影は軽く鼻を鳴らし、わずかに目を伏せる。

 

「たまに……訳のわからんことを言うがな」

 

その言葉の響きには、明らかに不快感が混じっていたが、同時にどこか諦めや、僅かな困惑も感じられる。

蔵馬口元が、ほんの少し楽しげに緩んだ。

 

「へぇ。飛影が困惑するほどの『訳のわからんこと』とやらを、オレにも聞かせてくれませんか?」

 

問いは柔らかに投げられたが、その奥には鋭い探針のような探りが潜んでいる。

 

「……思い出したくもない」

 

飛影の答えは、予想通り素っ気ない。

しかしその瞳が、一瞬だけ不自然に泳いだことを、蔵馬は見逃さなかった。

彼の脳裏には、過去の葵の予期せぬ言動がいくつも浮かぶ。

 

「葵は、時々こちらが思いもしないような的確さで、鋭く言い当てることがありますよ。驚かされます。まるで……相手の心の奥底を見透かすように」

 

中性的で静かな声の余韻が室内に溶ける。

 

飛影は応じず、窓の外へと視線を逸らした。

眉間に落ちた影が、言葉にならない心の動きを物語っている。

 

蔵馬はくすりと小さく笑った。

「……あなたも、それを味わった口ですか?」

「……。」

飛影は何も言わず、ただ眉をしかめた。

その沈黙自体が答えだった。

 

蔵馬はその様子に、目を細めた。

飛影の沈黙の中に浮かぶ微かな感情の揺れを感じ取りながらも、それ以上は追及しなかった。

そして、あえて別の話題をさらりと差し込んだ。

 

「そういえば、さっき雪菜ちゃんに会いましたよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

その名が落ちた途端、飛影の肩が、わずかに動いた。

視線は変わらず窓の外を向いたままだ。

 

蔵馬という男は、葵との会話をまるで盗み聞きしていたかのように、この話題を持ち出してきた。

飛影が彼女から、その『訳のわからんこと』を言われた時、気配を消してその場にいたのか、それとも直感でただからかっているだけか。

蔵馬の場合、どちらの可能性も大いにあり得た。

 

「……フン。くだらん」

 

飛影は低く吐き捨てた。

 

次の瞬間、窓が小さく音を立てて開く。

冷たい風が一陣吹き込み、カーテンを揺らす。

蔵馬が視線を向けると、飛影の姿はすでにそこにはなかった。

 

残された静寂の中で、蔵馬はグラスの水を口に含み、喉を湿らせる。

目を伏せた横顔に浮かぶのは、会話の余韻とも、人知れずの想いともわからない影だった。

 





蔵馬と飛影のやりとりは、原作の頃から面白いと思っています。
妖怪には年齢差か関係なく、強さという信頼関係が魔界のシンプルなルールなのかもしれません。こういう関係も素敵だと思います。

次回更新は、本編となります。
12章も佳境に入っています。蔵馬が魔界との行き来をしている期間がそれなりにあるので、13章まで魔界編となっています。

アカシヤ本編はこちら:https://syosetu.org/novel/375741/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。