「ふひ~~、疲れた」
何とか半分ほど埋めた宿題のノートを閉じて少し冷めたコーヒーを喉に流し込む。
俺は頑張ったんだ、後は楓と桜に泣き付く事にしよう、それが良い。
ふん、情け無いと笑わば笑え。
俺の名は稟、「土見稟」
深呼吸がてらに背伸びをするとふと目に付いた押入れを開き、其処に仕舞ってあった物を手に取る。
何とか原型は留めているが所々黒く焼け焦げているプロ野球のチームのロゴが付いた子供用の帽子。
新聞紙に包んでビニール袋に入れてあったそれを久しぶりに取り出した。
俺が父さんに買って貰い、形見になったその帽子を俺はあいつに譲った。
楓を救う為に自分が傷付く事を選んだあいつに俺は何かをしてやりたかった。
俺は助けたかったんだ。
あいつを、俺の始めての大事な親友を。
「浜菊忠夫」を。
―◇◆◇―
引っ込み思案であまり笑顔を見せなかった幼馴染の女の子、「芙蓉楓」
そんな楓を今まで見た事が無い笑顔で笑わせた一人の男の子。
それがあいつ、「浜菊忠夫」だった。
俺と桜は呆気に取られていた。
今までどんなに一緒に遊んでいても軽く笑う程度だった楓が満面の笑みを浮かべているのだから。
驚くと同時に感心もし、感謝もした。
大事な友達の楓をあんなにも笑顔にしてくれた事に。
まあ、
そうやって皆で遊ぶ様になってふと気付けば、忠夫は自然に俺達の中心に居るようになっていた。
俺達の誰かが泣いていても忠夫は何時の間にか傍に居て、泣き顔は自然に笑顔に変わっていた。
両親を亡くして孤児院で暮らしている忠夫の事を馬鹿にし笑う奴も居たが俺達にはそんな事は何の関係も無かった。
何時も一緒に遊び、一緒に笑っていた。
何時までも一緒に居られると、何時まででも一緒に笑い合っていられると信じて疑っていなかった。
あんな
ー◇◆◇ー
僕の両親と楓の母親の紅葉さんが旅行に行った際、僕達と留守番をしていた楓が突然高熱を出して寝込んでしまった。
幹夫おじさんは気を利かせて紅葉おばさんに電話をしたのだが、逆にそれが仇となった。
楓を心配した紅葉おばさんが父さん達と旅行先から引き返している時に起きた事故。
その事故で僕の両親、そして紅葉おばさんは…この世を去った。
大好きな母親の死は楓の心を蝕み、その笑顔を消した。
いくら話しかけても答えを返さない楓は心と瞳からも光を消していた。
僕と忠夫がおじさんと医師の先生が居る診療室を覗き込もうとすると二人の話し声が聞こえた。
『先生、楓は…楓を救う方法は何か無いんですか?』
『お嬢さんは母親を喪った事で生きる意味をも失っています。今のお嬢さんには生きる意味が、生き甲斐となる何かが必要です』
生きる意味、生き甲斐となる何か。
その方法に思い当たった時、隣を見るとそこに居た筈の忠夫は既に居なかった。
『忠夫、何処に?ま、まさかあいつ…。忠夫っ!』
僕が忠夫を呼ぶ声が聞こえたのかおじさんが診療室から出て来た。
『稟くん、忠夫くんがどうかしたのかい?』
『おじさん!あいつ、僕がやろうとした事を。きっと僕の代わりに…』
僕とおじさんが楓の病室に駆け込んだ時、もう全ては終わっていた。
『返して、お母さんを返して!返してよおーーーーーーっ!』
忠夫を押し倒して馬乗りになり、その首を絞めながら大声で喚き立てる楓。
非力な楓とは思えない位の力で引き剥がすのに苦労した。
『タダく……、お前なんか、お前なんかお前なんか……忠夫なんか死んじゃえーーーーーーっ!』
僕がやろうとした事を、憎まれる事で楓の生き甲斐になろうとした事を忠夫は先にやった。
楓を救う為に、僕を守る為に……
そうして楓に笑顔が戻り、忠夫から笑顔が消えた。
ー◇◆◇ー
辛かった、忠夫が苦しんでいる事が。
悲しかった、忠夫が笑えないでいる事が。
情けなかった、忠夫を救えないでいる事が。
そしてあの日、忠夫は消えた。
そうだ、消えただけだ、死んじゃいない、そんな事誰が信じる物か!
楓も桜もそう信じている。
少しばかり時間はかかったが楓は真実に辿り着いた。
まあ、俺とおじさんの話を聞かれたのが原因だったがな。
それに逆に俺達が励まされた、忠夫は生きている、また会えると信じていると。
忠夫が護ろうとし、取り戻したあの笑顔で。
「ただいまー」
おっ、楓が帰って来た。
今日の晩飯は何かな?と、それより。
「お帰り、楓。ところで物は相談なんだが」
「駄目ですよ稟くん。宿題くらい偶には自分でやらなきゃ」
「そ、そんなぁ~~。楓様ぁ~~」
「くすくす、仕方ないですね」
忠夫、お前の護った物は、楓の笑顔は今、此処に在る。
だから早く帰って来い!
《NEXT・桜》