『か、楓!』
『き、聞いて…いや、知ってしまったんだね…本当の事を…』
『どう言う事なの…?だって…お母さんが死んだのは……アイツの…忠夫のせいだって……自分でそう言ったんだよ!…嘘なんか…嘘なんか吐いた事はなかったもん!忠夫は……タダくんは私に嘘なんか吐いた事なかったもん!だから…だから……だか…ら……』
私の目からは涙がボロボロと流れている。6年間、あの日から流れる事のなかった、彼が…タダくんが消えたあの日でさえ流れなかった涙が。
お父さんはそんな私を優しく抱きしめながら言った。知らずにいた、知ろうともしなかった、知らなければならない真実を。
『そう、お前は忠夫君の事を信じていた、何よりも、誰よりも。……だからこそ信じてしまったんだ、…彼の…楓の命を繋ぎとめる為の残酷で優しい嘘を』
――分かっていた…分かっていたの、タダくんは悪くないって……
…私の中から私の声が聞こえて来た。忠夫の嘘を信じた私の中からタダくんの嘘を信じなかった私の声が……
――ゴメンねタダくん、私が…私が弱かったから…
違う、私(あなた)だけじゃない……私の方こそあんな嘘を信じなければ…私が…私達が嘘なんか信じずにタダくんだけを信じていれば……
――うん、そうだよね…私達が……
そして別れていた私と私は…一人の私に戻る。
『ごめんなさい、ごめんなさい……タダくん…ごめんなさい…』
『楓…』
その言葉から幹夫は気付いた、楓が元の楓に戻った事を。
『うわああ~~~~ん、うわああ~~~~~~~ん』
6年間、体の中に溜まっていた悲しみが溢れだすように涙となって流れ出す。
そしてタダくんへの想いがどんどん大きくなっていく。
止まることなく熱い、熱い想いが……
何時の間にか泣き疲れて眠ってしまったのだろう、私は自分のベッドの中で目を覚ました。
起きあがった私は押入れの中からしまいっぱなしだった箱を取り出した。そして…
朝食の準備が終わる頃、稟くんとお父さんが起きて来た。
『か、楓?…』
『楓、大丈夫なのかい?』
『稟くん、お父さん、お早うございます』
目は赤く泣き腫らしていたけど私は笑顔で挨拶をした。
『ああ、お早う…』
『楓、お前は』
『タダくんがあんな嘘を吐いたのは私に笑ってもらう為だったんだよね。だから私は笑うの、何時タダくんが帰って来てもいい様に』
『忠夫が?』
『うん、私は信じる事にしたの。タダくんは帰って来るって、絶対にまた会えるって』
稟くんとお父さんは呆然としてたけど、優しい顔になって頷いた。
『そうだな、俺も信じるよ。帰って来るって』
『勿論、私も信じよう』
楓の部屋の机の上、そこには6年間封印されていた想いと共に解放された幾つかの写真立が飾られていた。
その中の一つ、初めて出会った日に紅葉、楓、忠夫の三人で撮った写真が朝日を受けて光っていた。
そして2年後、想いは叶う。
第十五話「拒絶」
ごほごほ……
ああ、今日はちょっと辛いな。
でも大丈夫、この位なら普通に耐えられる。
あの日、ボクはお母さんに酷い事を言った。
お母さんの気持ちも知らずに……
それを考えればこの位何でもない。
だからボクは人間じゃないといけないんだ。
お母さんの、あの人の為にも人間じゃないと……
魔法なんか使えちゃいけないんだ……
そう思いながらボクは体から漏れ出した魔力の影響で長く伸びた自分の髪に触れる。
コンコン
部屋の扉がノックされ、何処か間延びした母親の声が聞こえて来た。
「あ~ちゃん、おはよ♪」
「う、うん。お早うお母さん」
「…あーちゃん!」
部屋を覗きこんだお母さんはボクの長く伸びた髪を見るとそれまでの笑顔が突然曇り、涙顔で私に駆け寄って来る。
「あーちゃん!大丈夫?どこか痛くない?具合は?熱は?お母さんに何でも言ってね、何でもしてあげるからね」
「うん、大丈夫だよ。それから一つお願い」
「何?何をしてほしいの?」
「髪、切ってくれる?」
「分かったわ、あーちゃんがそうしたいのなら」
お母さんは「ちょっと待っててね」と言い残し部屋を出て行き、ボクはそんな母親の背中を何処か申し訳なさそうな顔で見つめる事しか出来なかった。
「(ごめんねお母さん)…ゴホゴホッ」
そう、心の中で謝るが再び襲って来た苦しさから咳き込む。
「大丈夫、まだ耐えられる。もう少し…もう少し…」
そして、ふと壁に掛けたコルクボードに貼っている写真に目をやる。
カレハと一緒に撮った写真、楓達と女の子だけで撮った写真、去年家族で海に行った時に撮った写真、そして忠夫ちゃんとタマモちゃんが来てから新しく撮った写真。
ボクはそんな写真の中でも一枚の写真を見つめる。
麻弓ちゃんに頼み、忠夫ちゃんの腕に抱き付き強引に撮ってもらったツーショットの写真。
忠夫ちゃんはエッチなくせにこちらから強引に迫ると真っ赤に照れてうろたえる癖がある、現にこの時も腕に胸を押し付けてたけどあたふたするだけで何も出来ずにいた。
そんな忠夫ちゃんの顔を見てると何だか顔が熱くなって胸がトクトクして来る。
本当に不思議な男の子だ、楓達が好きになるのもなんとなく解る、出来る事ならボクも……。
そう言えば子供の頃に出会ったあの男の子、何となく忠夫ちゃんに似てるな。
……まさかね。
ー◇◆◇ー
所は変わって此処は木漏れ日通り。
楓・ネリネ・タマモは左手に光る指輪を眺めながらにやけていた。
「「「えへへ~~~」」」
まあ、それはシア・キキョウ・桜も一緒なのだが。
「「「えへへ~~~」」」
「皆、周りからの視線が激痛なのでそろそろその辺で…」
「無理だ、諦めるしかないぞ稟」
横島達は海に行く時の水着を買う為にデパートへと向かう途中である。
楓達、横島ラバーズとシア達、土見ラバーズは横島と稟との絆の証でもある左手薬指の婚約指輪を眺め、頬を赤らめながら歩いている。
この二組の婚約はもはやこの界隈で知らない者は居らず、横島と稟は周りからの、特に嫉妬に狂った男達からの視線攻撃に晒されていた。
「えへへ、タダくん♪」
楓は微笑みながら横島の腕に抱きつく。
その心からの幸せそうな顔を見ると横島もまたつられて顔を赤く染める。
「な、何だ楓?」
「くす、呼んでみただけ♪」
ザワワッ!!
周りから注がれる視線に今まで以上の、殺傷力が無いのが不思議なほどの殺気が注がれる。
「下に見苦しきは男の嫉妬だね」
「何を言ってるのよ。緑葉君こそ、ついさっき(殺気)まで向こう側に居たくせに」
其処に合流して来たのは樹とようやく補習を終えた麻弓、後は亜沙とカレハも一緒に海に行く為の水着を買いに行こうとこの場所で待ち合わせをしていたのだった。
「ところで稟、亜沙先輩達はまだ来ないのかい?」
「もうそろそろ来る頃だと思うがな」
呟いている稟が辺りを見回していると近くの電柱の影に何やら変な物を見つけてしまった。
(……何だ、あの「段ボール」は?)
「忠夫ちゃーん、稟ちゃーん」
丁度そこに亜沙とカレハがやって来て、当然横島達に注がれる殺気の度合いも増して行く。
「お待たせ」
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
「じゃあ、全員揃った所で出発なのですよ」
麻弓の合図で俺達は駅前のデパートへと歩いて行き、そして彼等の後を付ける様にあの「段ボール」も動き出す。
「なあ、忠夫…」
「気付くな、稟」
「そうだよ。気付いてはいけないよ稟、それは重大なルール違反だよ」
「し、しかしだな、あれだけあからさまな…」
「「俺達には何も見えていない!!」」
横島と樹の二人はそう言って目を逸らすが稟は気になってしょうがないらしい。
(何なんだ、何故俺達は街中で「段ボール」に後を付けられなければならないんだ?)
「ダメだ、やっぱり気になってしょうがない」
我慢出来なくなった稟は振り向いて「段ボール」に駆け寄り掴み上げる。
「ふえ?」
「あれ?」
其処に居たのは小さな神族の女の子だった。
「あらら、ツボミちゃんじゃないですか」
「知ってるんですかカレハ先輩?」
楓がそう聞くと女の子を抱き上げたカレハは満面の笑みで答える。
「はい、ツボミちゃんは私の妹ですよ」
「は、初めまして、お姉ちゃんの妹のツボミです」
ツボミはカレハに肩を抱かれて照れながらも自己紹介をする。
「で、ツボミちゃんは何をしてたのかな?」
「はい。稟さまをストーカーしてました♪」
「「「「……はい?」」」」
「まあ、ツボミちゃんらしいですわ♪」
((((いや、らしいですませていいものなのか?))))
「所で一体何処でツボミちゃんとやらに粉をかけてたんだいMr、ロリペドフィン」
「人聞きの悪い事を言うな。この子、ツボミちゃんとは今日が初対面だ」
横島達はせっかくやって来たツボミを追い返す訳にも行かず彼女も連れて行く事にした。
「お兄さんが横島忠夫さんですね」
「俺の事も知ってるの?」
「はいです。お姉ちゃんのお話の中によく横島さんの事が出て来ます」
「へえ~~、『よく』ねぇ」
亜沙『よく』を強調しつつ横目でカレハを見つめる。
「な、何ですか亜沙ちゃん」
「ぶぇっつにぃ~」
「で、ツボミちゃんは稟とはどうやって知り合ったんだい?」
「はい。2年ほど前私は駅前でとってもとってもしつこい男の人達に絡まれていた所を稟さまに助けていただいたんです」
稟はその事を思い出そうとしてる様だがどうやら思い出せない様だ。
「ごめんね、覚えてないよ」
「ま、稟には日常茶飯事の事だろうしね」
「でもそれって、困ってる人を助けるという事をごく自然にしてるって事ですよね。益々好きになっちゃいました♪」
「…稟、殴っていいかい?君が泣くまで」
「あそこの路地裏で一人で泣いてろ…」
そんな話をしている内に目的地のデパートへと到着する。
シアや楓達はさっそく水着売り場へと移動しようとするが稟は何時の間にか横島が居なくなっているのに気が付いた。
「忠夫の奴、逃げたな」
「まあいいじゃないか、稟も何だったら何処かに行っててもいいよ。楓ちゃん達の水着は俺様がしっかりと選んであげるからさ」
其処に女性横島の声が聞こえて来た。
「余計な事しない。樹に任せたらどんなイヤらしい水着を選ぶか分かったものじゃないでしょ」
「何を言うんだい、俺様は……え?」
話しかけられた樹が振り向くと其処には女性の姿になった横島が居た。
「忠夫?」
「タダくん、どうしたんですか。何で女の子の姿に?」
「私の体、特に背中にはちょっとシャレにならない傷があるでしょ。私は別に気にしないけど一緒に居ると楓達まで変な目で見られそうだからね。女子用のワンピースなら傷も隠せるからこっちの姿で水着を選ぶのよ」
「何だ、そう言う事かい。任せなさい、女性達の水着は俺様が責任を持って選んで…」
「人の話聞いてた?私は"ワンピース"を選ぶと言ったの。かろうじて危ない部分を隠せる程度の際どい紐ビキニなんて身に着ける気は無いわよ」
「何を言ってるんだい、忠夫。そんな人聞きの悪い」
「あ、あの、私も忠夫さまと同じ意見です」
「わ、私もっス」
「そ、そんな、ネリネちゃんやシアちゃんまで…」
「まあ、普段が普段ですから信用してもらえると思うのが間違いなのですよ」
シア達にやんわりと断られ打ちひしがれている樹にさりげなく止めを刺す麻弓であった。
「ねえ忠夫、あなた何か何時もと違う感じがするんだけど?」
「そう言えば…」
キキョウが横島に何か違和感を感じ、ネリネもそれに同意する。
するとプリムラが横島の周りを観察する様に回りながら歩き、そして何かに気付いた様に手をポンと叩くと。
「分かった。眼が紅いのに羽根が無い。それと声が二重になって聞こえない」
「「「「それだぁーーーーっ!」」」」
プリムラの指摘に皆は納得したように声を上げる。
「タダくん、これって」
「言って無かったけどヨコシマは翼を隠す事が出来るのよ。そして声は文珠を使って変えてるの」
「声は何時もの感じじゃ変に思われるしね。それに精神も幾分女性よりになるから」
「セクハラ予防という訳ね」
タマモが説明を付け加えるとと「あ~そう言う事ね」と女性陣も安心した様に頷く。
「そうだ、ツボミちゃんも一緒に海に行く?」
「ええっ、いいんですか?凄く凄く行きたいです♪」
「なら、ツボミちゃんも新しい水着を買わなくてはなりませんね」
「はい!ちょうど新しい水着が欲しかったです♪」
「ならば俺様がツボミちゃんにお似合いの…」
横島はそんな風にほくそ笑む樹の目の前に二つの文珠を見せる。
「すみませんでしたーーーーーーーーーーーっ!」
途端に樹はその場に土下座をする。
「ど、どうしたんだ樹?」
「いいからほっといて行きましょ」
横島はそのまま歩いて行き、楓達もその後に付いて行く。
横島がそっとポケットにしまった文珠には【不】【能】と刻まれていたらしい。
デパートに着くと、直ぐに水着売り場へと移動して皆、それぞれに自分の水着を選んで行く。
ちなみに横島はさすがに男性としての意識も有った為に無難な黒と赤のツートンカラーのワンピースタイプの水着をさっさと選んで今は他の皆の事を待っている。
自販機で買ったジュースを飲んでいると青い顔でふらつきながら歩いて来た亜沙がベンチに座り、背もたれに体を預けている。
横島はペットボトルのお茶を差し出し亜沙に話しかける。
「どうしたの、亜沙先輩?」
「あ…ああ、忠夫ちゃん……。大丈夫、ちょっと疲れただけだから…」
「でも、顔色がかなり悪いわよ。シア達の回復魔法で…『ダメッ!』…亜沙先輩?」
「……大きな声出してゴメン…。でもダメなの、魔法は……ダメなの…」
そんな亜沙に横島は何も言う事が出来ずにいた。
《続く》
次回予告
横島達は海水浴へと出かける。
そんな中、亜沙は倒れ、そして横島は全てを知る。
激昂する横島、困惑する亜沙。
そして二人は……
《NEXT・第十七話「せめて人として、されど人として」》
忠夫ちゃん、私は……
(`・ω・)ちなみに、怒られるのを覚悟で白状すると女性横島のイメージCVは「林原めぐみ」様でしゅ。